• SLの思い出 188  鹿児島本線 熊本

    17時30分過ぎ豊肥本線1727レがキューロクの重連で発車していった。この列車は常に重連の仕業のようだ。 1970.8.8 熊本-南熊本 立野まで重連で行き、その後単機の逆行になり客車を牽いて戻ってくる仕業が与えられていたようです。 熊本での最後の1枚はC57151だった。門デフで煙管の十字がやはり美しい印象的なカマだった。 こうして九州での撮影を終わり、夜行で最後再度広島に行き、最後の安芸を写し

  • SLの思い出 187  鹿児島本線 熊本

    17時過ぎ熊本駅に到着や出発する列車が数本あったので機関区での撮影をおき、構内の外れで撮影した。 17時20分過ぎ鹿児島本線139レが発車していった。本来ならC61の仕業のようだがこの日は門デフのD51538だった。 1970.8.8 熊本-川尻 煙管のハンドルが十字で印象的で門デフもよく似合っていたカマだったと思う。 17時10頃鹿児島本線下りの貨物が到着していた。貨物を熊本操車場まで持って行く

  • SLの思い出 186  鹿児島本線 熊本

    最後の撮影は熊本機関区と構内での列車撮影になった。熊本の構内にはハドソンやライトパシフィックの旅客用のカマだけでなくD51やキューロク、C11やC12など大きなカマから小さなカマまで配置されていた面白い機関区だった。 また、さすがに長距離を引くカマがいるので大きな給炭装置が設置されていた。 1970.8.8 熊本 ちょうどC61の整備が終わり機関士が降りようとしていました。 次の仕業に向けて機関士

  • SLの思い出 184  鹿児島本線 八代

    14時前から八代を去る15時過ぎの1時間少しの間にC60とC61が3本やって来た。133レ、135レはC60、136レはC61だった。 C59から改造されたC60はさすがパシフィックの大御所ゆずりだ。自分がC60を見ることが出来たのはここ鹿児島本線だけであった。 D51からの改造C61がC60より優等列車に仕業を多く任されていたようだが残念。C60は梅小路京都鉄道博物館にも残されておらず、C60を

  • SLの思い出 183  鹿児島本線 八代

    鹿児島本線上りの貨物は長大編成でやって来ます。しかし、写している場所は下り勾配なので煙は期待出来ません。しかし、どんどんと豪快に走り去っていきました。いろんな形式の貨車をつないでいました。白い冷蔵車も見られます。高速道路も十分に発達していない時代、国鉄貨物は重要な輸送手段だったと考えられます。撮影した時間帯下りは1本だけ、上りは3本ありました。 1970.8.8 八代-肥後高田 13時過ぎにやって

  • SLの思い出 179  鹿児島本線 日奈久

    落胆する暇もなく、9時10分頃130レがやって来た。これもC61の仕業のはずがC60だった。C60とC61は共通の仕業になっていたのか?海岸線を軽快にやって来た。 1970.8.8 日奈久-肥後二見 さすがC59からの改造機。パシフィックからハドソンになったものの、C62まではいかなスマートさは残っていると思いました。 10時前、貨物364レが入り江の奥からやって来た。 この貨物は佐敷行き125レ

  • SLの思い出 178  鹿児島本線 日奈久

    肥薩線のC57が11時過ぎまでないので、ここでの撮影をいったん中断し日奈久に移動した。 駅に戻ると鹿児島本線125レが入線してきた。 1970.8.8 八代 C61が牽く仕業だったが、C60になっていた。八代で急行に道を譲るために長時間停車。自分は先行する急行101Dで日奈久に。なぜ撮影場所を日奈久にしたのか?理由はわかりません。海岸線沿いで写せると考えたのでしょうか。 125レがこの後10分少し

  • SLの思い出 176  鹿児島本線 八代

    6時20分ごろ鹿児島本線八代発出水行123レが発車。門デフのC6113だ。 1970.8.8 八代 春に鹿児島機関区のくらの中で見て以来2回目だ。丸みのある斜に構えた門デフをつけたC61。スマートさはないが魅力的な姿に見えた。仕業表を見ていると、出水には8時に着いて、13時に出発し熊本まで戻り、再び18時に熊本を出発し、出水に21時に着き、翌早朝出発し川内まで101レの後ろにぶら下がり、川内から客

  • SLの思い出 175  鹿児島本線 八代

    この頃は10代の後半、夜行の2泊ぐらいはなんともなかった。23時頃西鹿児島からかいもん○号に乗車。夜中熊本で下車したのか?それとも撮影地の八代で下車したのか不明。多分熊本まで乗り、1121レで八代まで戻ってきたのではないかと考えている。 九州での最終日8月8日の撮影記録に残っていたのは、八代駅での肥薩線から吉都線都城行き1121レだった。5時30分過ぎの発車。カマはC57100だった。なんときりの

  • SLの思い出 157 鹿児島本線

    9時過ぎにやって来たのは枕崎線山川行きの貨物を牽くC12208。結構長い編成ではないでしょうか。これから南へ鹿児島湾を下っていきます。 1970.8.6 西鹿児島-鹿児島 ED76とC57の重連回送は列車番号がわかりません。 この後DD51とC57の重連の回送は記録では201レになっています。急行○○を牽いてきたのか。わかりません失礼。 この後10時ごろ、626Dで鹿児島を後にして吉松に向かいまし

  • SLの思い出 156 鹿児島本線

    電化に向けて作業が進んでいました。この区間は到着列車の鹿児島運転所への回送があったりと面白い組み合わせが見られました。 鹿児島区のC12は枕崎方面への列車を担当していました。山川を朝一で発車、通勤客を乗せて西鹿児島に8時前に到着。その後鹿児島線の225レの前について鹿児島まで回送されていたようです。225レはD51のスジでした。写真からわかるように、ちょうど通勤通学のさなかの時間帯でした。なぜか写

  • SLの思い出 155 鹿児島本線

    7時40分頃542レが発車する。鹿児島区のC57191だ。 1970.8.6 鹿児島 ナンバープレートがライトブルーに塗られていて、おまけに朝日に輝いていたのでとてもきれいに見える。 真夏の朝だが、黒煙と白いドレインを吐き出発していった。鹿児島のカマはきれいだ。 鹿児島本線川内からの223レが到着。運用表ではC60のはずだがC57だった。しかし、プレートに形式が入っているC5772だ。正面から写せ

  • SLの思い出 154 鹿児島本線

    この後8時にかけて通勤列車が立て続けに3本やって来る。2本がSLで、1本がDLが牽引している。 7時30分過ぎに宮崎のカマだが吉松からの客レ821レが到着。門デフのC57109だ。 1970.8.6 鹿児島 客車の乗降口には早く降りたいとの通勤客が見える。止まってから降りないと大変ですよ。自分には痛い経験がある。昭和34年ごろ、幼稚園へ電車通園していた。当時の近鉄橿原線は手動扉の電車だった。調子に

  • SLの思い出 153 鹿児島本線

    西鹿児島駅から鹿児島駅に移る。乗車したのは肥薩線に入っていく824レだったと記録している。C5510が牽引している。プレートがきれいに磨かれたカマだ。 1970.8.6 鹿児島 発車シーンを写すが、機関区職員の方が退勤していく姿がばっちり映り込む。どけて下さいなんてとてもいえません。 写真に写るECは455か457系?は電化に向けてのものだろう。よく見ると案内幕の表示は「試運転」になっている。 構

  • SLの思い出 152 鹿児島本線

    この後戻って、西鹿児島駅にいると7時前に貨物5062レが鹿児島から到着。 1970.8.6 西鹿児島 しかし,C60+D51+D51の三重連。先頭のC60がここまでなのか、この先もついていったのかは不明。ただ、ダイヤグラムでは5062レのスジが太く現されているのがよくわからない。当時のC60やC61の運用にもこのスジの設定はない。今となればわからないが知りたいところだ。ただ、写真には糸くずが写って

  • SLの思い出 151 鹿児島本線

    1970年8月6日半年5ヶ月ぶりに鹿児島にやって来ました。前回は雨でしたが真夏の晴天になりました。鹿児島と西鹿児島で写した後は肥薩線吉松で狙う予定を立てていました。早朝西鹿児島にかいもん3号?で到着。この後どう撮影するのに動いたのかはほとんど記憶がありません。写真からでしか想像出来ません。しかし、この半年で構内にはポールが立ち電化へのスピードには目を見張るものがありました。 1970.8.6 西鹿

  • SLの思い出 107 鹿児島本線 

    はやともで九州に入りました。今回からは撮影列車と撮影場所しか記録が残っていません。時間を追いながら、少し思い出しながら当時のSL牽引列車の写真を見ていただこうと思います。当時こんなにSLが走っていたのかとびっくりする方もおられると思います。懐かしく見ていただく方もおられるでしょう。 1970年8月4日 早朝からSLをねらいにゆく。D6446とD51の上下列車が行く。国電に乗り折尾へ向かう。ホームに

  • SLの思い出 81 鹿児島本線 熊本

    機関区にはC11やハチロク、C60やキューロク,C61にC57、D51と多彩である。奈良のカマを見ていると門デフのカマは大変新鮮に映る。 8213レ臨時急行しろやまがC5760に牽かれて鹿児島を目指して発車をしていった。 1970.3.28熊本 そして、D51127+C11の重連563レが熊本操に向けて出て行った。 午後3時、熊本での撮影を終えてひまわりで八幡に向かった。 続きは次回

  • SLの思い出 80 鹿児島本線 熊本

    特急なはで熊本に向かった。途中でC60やC61が牽く臨時急行と出会う。春休みの時期だし万博が開催されているからだろう。もちろん写真は撮れない。(思い返すと当時は走行写真を写すのは二の次で、たくさんのSLをとにかく写すことに熱を入れていたようです。機関区で写すことが嬉しかったようです。) 鹿児島は雨だったが、12時過ぎに到着。熊本到着時は晴れていた。 しばらくすると鹿児島6:22発132レが構内に入

  • SLの思い出 79 鹿児島本線 西鹿児島

    西鹿児島に戻ると48674が入れ換え作業に当たっていた。鹿児島区から見ていた肥薩線吉松から戻ってきた821レを牽いていたのは宮崎区のC57199だった。運転所で客車を切り離し、日豊線1538レDF50の前に着いている。一駅だけの走行だろう。単機で回送しないのは? それはともかく、C57199のナンバープレートはライトブルーに塗られている。大変新鮮に見えた。 わずか3時間の鹿児島滞在で、次の目的地の

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