日本語文章のムラゴンブログ

  • 句と文節

    1008 文節と句の違いはどう見るか。短い単位としては同じであるが、連文節になるとそれを句の単位として分析する。文節は句にもあるのが、単位として文にあるから、主語と述語そして文の成分を分析する単位となる。文章の文と句、文の文節である。句における文節の単位を扱うことは文における文節と同様であっても主語... 続きをみる

  • 文と句

    1006 主語があれば文になる。主語がなければ句となる。 文法は伝統的にそうとらえてきている。国文法しかり、日本語文法にも受け継ぐ。 文の定義を必須要素とする説明に対して、文成分のひとつと規定すれば主語のある文と、述語成分で成り立つ句と、句読法をとらえる。 それで文の分類、さらにまた下位の分類ができ... 続きをみる

  • 文章を単位に 240507

    日本語文法、日本語文章、日本語表現をキーワードにする過去記事が見えたる、見えなくなったりしている。カテゴリー、ジャンルに分類されていても検索はヒットしない。記事数のこともあるだろうし、カテゴリの似たようなネーミングにもある。 投稿総数8800件余のうちの何件になるか。 文章をキーワードにすると、次の... 続きをみる

  • 文章を文体の様式に

    日本語文章を文章史によって述べる。文章に歴史があるというが、はたしてその史観には何あろう。それは文章様式の変遷を視点とするという。文体は文章様式のことであるとするとらえ方もあるので、文体の変遷と重なる。 文体史は文章表記史か 2017-04-30 | 日本語史 文体史は文章体にある、それは文章表記体... 続きをみる

  • 文体

    統一という。文章の統一に文体がある。話しことばと書きことばを混ぜないというルールのようである。その区別には何があるのか。語の用法、文字使い、そして普通体と丁寧体の別を言うが、それは語法にかかわる。ふつう体は語の言いきりが用いられる。丁寧体は丁寧の語法で、文末に、―です、―ます と用いる。それを文体の... 続きをみる

  • 文章を句読で読むことは、日本語文章でのアナ読みなどに、よく行われている。 文章について文が複数あるもの、2文以上のまとまりとする文法による解説は、文の規定を取り崩してしまったことから、文章と文に撞着を起こしてしまっている。 サイトによって、その折衷による解釈で工夫をするので、国文法をベースにしてよく... 続きをみる

  • 文章を区切る

    句読法は文章を区切る。 文章に読点、句点を付ける。 この説明に、文につける句点とすれば、文章と文の違いに及ぶことになる。この20のルールを解説するサイトであるが、 >1文あたり句点が80文字程度に1回、読点が20~30文字程度に1回つける と見えるので、文章の句読にはそれが文に打つ句点と読点とある。... 続きをみる

  • 文章形態

    220611 日本語文章 文章は文が集まったもの、とか、文が連なって2文以上で構成されるもの、とか、文章の捉え方ははなはだ経験、実験として得られる模糊としたものである。文章の全体に文を小分けにしようとすると、たちまちに句読による方法が現われる。句点によって切れるとする、その句点はなぜか文点とは言わな... 続きをみる

  • 220530 日本語文章

    日本語の文章は学校文法で文法単位に据えられた。これは明治以降の西洋文法の影響で文章の解釈を日本語の現象に当てはめて議論しなかった流れがあって、文法の分析に文章が置かれたのは少なくとも時枝文法による国語教育の理論背景があったからである。文章、文、語とする規定は文章と文の境界を明確にしなかったようである... 続きをみる

  • 死生観

    死について恐れる、不安を持つ、考えをめぐらすというようなことはなかった。わたしの中にはおさないころ近親者の死ということもあるが、17歳の終わりに病気をして18歳になるまでの3か月をふせっていたということにその後にがんの煩いまで、今からでも生と死のいわば原体験がある。 生きる感覚を庭におりた素足に持つ... 続きをみる

  • 用例

    用例採集を文献からという訓練を受けて来て文学作品に偏ったこと、それはまた文字記録に及ぶ、ということをよく知るから、その言語現象を特例とするには資料の全体を眺めることになるので、そこに使われる状況を判断する癖がついている。万葉集の冒頭歌に日本語の使い方を見るときも、それは伝承歌であると、題詞の時代と背... 続きをみる

  • 大成

    手元にあるのは、万葉集大成全19巻、昭和61年復刻版、平凡社刊行である。 多くのものを集めて、一つの組織にまとめ上げること、集大成の本である。 ここに執筆者を目次から眺めていると、多くを得た、学んだ方ばかりで、世代がふたつ上になるかな… 万葉集大成 第1巻 (総記篇) [目次] 萬葉集の歷史的地盤・... 続きをみる

  • 校本万葉集

    訓読は万葉集校本によるものが広く行われるが、その底本となったものは寛永版本、寛永20年1643年である。 >万葉集の本文は漢字であるが平安時代から既に仮名で訓の付された本が作られており、本書では漢字本文・訓のそれぞれに対して校異が掲げられている。また後世の学説で訓について触れたものについても引用され... 続きをみる

  • には

    朝庭 取撫賜 あしたには[寛], 夕庭 伊縁立之 ゆふへには,[寛]ゆふへに, あしたには とりなでたまひ ゆふへには いよりたたしし [歌番号]01/0003 [題詞]天皇遊猟内野之時中皇命使間人連老獻歌

  • 山常庭

    原文と訓異を載せる。 山常庭 やまとには[寛], 蜻嶋 八間跡能國者 あきづしま,[寛]あきつしま, やまとのくには[寛], 天乃香具山 騰立 國見乎為者 國原波 煙立龍 海原波 加萬目立多都 あめのかぐやま,[寛]あまのかくやま, のぼりたち,[寛]のほりたち, くにみをすれば,[寛]くにみをすれ... 続きをみる

  • 虚見津 山跡乃國者

    虚見津 山跡乃國者 やまとのくには[寛], 我<許>背齒 われこそば,[寛]われこそは, そらみつ やまとのくには おしなべて われこそをれ しきなべて われこそませ われこそば のらめ いへをもなをも 万葉集巻頭歌、ウイキ―ソースによる原文 [歌番号]01/0001 [題詞]雜歌 / 泊瀬朝倉宮御... 続きをみる

  • 文法規則

    規則は取り決めである。文法規則は言葉の取り決めとなる。国語文法を用語、専門の術語ということことから、和k利安く、親しみやすく言葉を平易にすることをもってか、言葉の決まりとして、ことばのきまえいとなって、児童たちは文法を中学英語で知るようになった。言葉の決まり、文法と、いずれの用語であっても学習する児... 続きをみる

  • 日本語文章

    文章論を再び、同様のことは40年近くテーマにもっていて、みたび、よたびと、繰り返している。文章のことを、日本語文章と項目にして考えてみよう。日本とは、日本語とは、日本語文とは、日本語文書とは何か。 文章をグーグルで検索して、説明にはOxford Languagesの出る定義をまず挙げている。 Oxf... 続きをみる

  • 形式段落のこと

    文章は段落によっている。作文における文章構成のポイントである。その段落形式に、冒頭のスペースを空ける、1字分のコマを開ける段落の始まりであるが、その形式を作文用紙で練習する。原稿用紙の書き方ともなる。その段落を構成するという文章練習ができない、できていないという現象がある。パソコンのワードを使っての... 続きをみる

  • 文章の符号

    ブログの文章は句読を打つだけである。現代日本語の文章は基本に句点で文を示し読点で休止符号とする。文法機能があって、句読は重要視され、区切り符号として用いる。休止は、その長くなる文を息継ぎしやすくするためのものである。鍵括弧が開き「 閉じ 」として用いる。二重カギは鍵の中の鍵括弧符号である。このブログ... 続きをみる

  • 文の認定 俳句表現に

    文の認定について、師が述べるところを引用する。現代俳句表現考(二) 俳句の文法Ⅰ 3 文の構造 19530409 記載である。俳句の文法を評論するなかで、俳句という限られた中で用いるコトバのキマリを述べている。文の認定について、なんらかの意味で完結した(まとまった)思想を、作者(話し手)が表現してい... 続きをみる

  • 文章解析 表現と構文

    日本語の文を骨組み構文と拡大構文に分析して2大別をした分類基準がある。会話文を基にデータとして話しことばの文型としたものである。日本語の文は構造を開いたものと解釈するなら、文の構造を閉じたものとするのは、主語が述語を支配しているものであるから、英語文などを文法解釈して規定する。そうすると、それまでに... 続きをみる

  • 文章の単位体

    文章単位体に段落を設定する。形式段落である。それを一方で、文段ととらえる。文段は章句となる。章句は章節と、大単位、小単位の関係となるか、意味単位のまとまりを形式に見るか、という関係になる。語、文、文章の文法単位体に、文節と語、連文節と句の関係のように、文章単位体には、章句、章節と文章の関係がみられる... 続きをみる

  • 文章論

    文章論は国語教育から日本語教育に展開している。それはまた、作文教育、文章構造研究におよぶものである。 文章論と日本語教育(作文教育)のサイトです。 プロフィール 木戸 光子(KIDO Mitsuko) 所属:筑波大学 https://kidolab.jimdo.com/%E6%96%87%E7%AB... 続きをみる

  • 文章法単位体

    文法単位体を唱えたのは、それには形態レベルであるモーフという、形態素を文法にしてとらえると、形態となる、その単位を作ったのは恩師である。形態から統語へとその単位体のレベルは関係構成を作り上げる。どのレベルが核となるか、その上位単位は文章、下位単位には語という、文法である。統語をシンタクスとして、その... 続きをみる

  • 主語、主題、言語主体

    日本語文と国語文章をそれぞれ、主語と主題に、述語の対応を見て単位とする。主語を必須要素とする西洋文法に対して、日本語文は主語を単位文において、必ずしも表すことがないことであるので、主語をその余の文に求めることがある。主題は一文に、その主題を示す語がまた、主語を兼ねる場合がある。 日本語の文と文章 文... 続きをみる

  • 文法、文章法

    文と文章と、そのあいだにあって、文、章句、文章となるところ、章句は文集合の段落、文段かと見る。文法と文章法を、あらためて、語、句、節、文となることと、文、章句、文章となることとを考え合わせる。 文と章と 文章があった。文を章としてたてる。その文は、綾であるから、ことばそのものを、いろいろに表現してい... 続きをみる

  • 章句

    章句を章段とした日本語である。文章の切れ目にある、そのまとまりを段落とすることが行われた。本来、章句は中国の経典解釈の学問であったから、句の文字に重きがあった。それは句読である。句読を文章に解釈して、その句を基に章に分けるのであるから、章句は句読法なのである。文に文節があり、文章に章句がある。ここに... 続きをみる

  • 文節、句

    節について、主語を文要素とするかどうか、その立場で議論をする。文における主節、従属節の分析になる。それはまた翻訳文法の概念であるから、接続詞の類によって、文を表す主語をどのように認めるかというふうに、等位、従属などの捉えかたになる。日本語ではその分類をすることはないから、接続の関係には、国語で接続助... 続きをみる

  • 句の論には

    句は歌句にある。それは和歌、俳句となって、いずれも近代短詩型文学に見える。言語の資料を文学作品にとり、時期的な変遷を経て、長歌、短歌になる反歌、そして連歌俳諧と句を見てきた。その文芸の流れを受ければ、喚体句と分析される。近代文法が国学の論を受けたものであり、日本語を文章とする議論の展開を起こすことに... 続きをみる

  • 歌句と文章

    句は中国古典漢文、文章の影響のもとに成立して、章句の捉えかたがあった。それは文章の単位を詞句においていたものである。日本には、佳句となった。そのもと、漢文漢詩に見られた句は韻文のリズムに句として音数律を派生して、日本語の句は成立した。散文と韻文とに分ける影響があり、散文文章には句の,中国文章での4字... 続きをみる

  • 作文練習

    作文練習というと、文を作ることとなる。その文は短文から始まるが、その作文は多分に、国文法の主語述語に加えた目的語、修飾語をそろえた1文単位であった。8歳から10歳ごろの練習には用いるべき単語の指示があって、それを含む文の練習であるから、難しいものではない。その作文練習は文の要素を正しく並べるというも... 続きをみる

  • 文章体

    文章体を考える。文体があり、文章にあるのは、辞書義によれば、三省堂 大辞林 に、 >ぶん しょうたい -しやう- [0] 【文章体】文章語を多く用いた文体、 と見えて、文語体を類義にあげる。文語体は口語体と対になる。 文章に文章語があるとなると、文章体の文語体に、話しことばの口語体になる。それにはま... 続きをみる

  • 句の論

    句はリズムをもって構成された語の集合である。そのリズムに分析されるのは語と語と関係を持つひとまとまりの意味である。文章を構成する句には文章の下位単位として位置付ける。 文法で、句・文章についての理論。 文法で、句を基礎において、文の構造を解明しようとする考え → 句 大辞林 第三版の解説 く【句】 ... 続きをみる

  • 文章論 杜甫の文章

    文章は思想を表す。文章に人生を書く。文章に生きてきた軌跡がある。文章を意味としてとらえる。 文章論 杜甫的文章论中日对照版 2013年第1期 杨逸 >自传的故事虽引人入胜,但中文翻译诘屈聱牙,有时还惹人恼火。我不止一次地确认了译者的名字,毫无疑问,是个土生土长的中国人。这...... >続きを読む ... 続きをみる

  • 文章論議

    文章は文の複合したもの、文は句の複合したもの、句は語の複合したもの、という、文章また文のレベルで、句が語の複合体であるというレベルの言語現象が分析されなければならない。章句を明らかにすることである。句の複合したものを文のレベルにとどめるか、文章のレベルに論議するか、文章分析にはこの章句とするものを考... 続きをみる

  • 文の法則、文章の法則

    文法則は「が」のレベル、文章法則は「は」のレベルと考える。「が」は国語の助詞であり、「は」は同じく係助詞と言われる。「は」助詞は現代語文法では副助詞に分類される。文章をシンタクスまたは構文の分野で扱うとすると、それは文法における意味を分析するが、その文章論すなわち統辞また統語では形態に対する文法論議... 続きをみる

  • 文章

    > 文章 2016-12-26 08:06:27 | 日本語文章 文章は文と同義で用いられる、と言えば、それは文そのものを文章と呼ぶ場合である。文法用語に、その説明をする日本文典に見えるのは、広日本文典、大槻文彦による、草野清民による文法篇である。19世紀末から、20世紀初頭のものである。それはまた... 続きをみる

  • 文章、文体

    文は文法論議の翻訳概念である。近代以降の国語分析に文法単位となって、文の規定をする。文、そのものをもって、字義にするならば、あやであり、書き表されたものである。それを文章とする語は、文体の一つであった。 中国文学 www.pstchina.cn/rw/zgwx.asp?id=148 宋代以後には書の... 続きをみる

  • 学問の醍醐味

    日経新聞文化欄のコラム、エッセイなのだが、冒頭文には、>学問の醍醐味は大きく分けて2つあると思う というふうに書き出して、末尾の文は、>“宝の山”から知られざるチャップリンを発掘していく作業は、生涯をかけたライフワークになりそうだ と結んでいるのが、興味深かった。初めの段落に、>誰も知らない未踏の分... 続きをみる

  • 文章

    文章は文と同義で用いられる、と言えば、それは文そのものを文章と呼ぶ場合である。文法用語に、その説明をする日本文典に見えるのは、広日本文典、大槻文彦による、草野清民による文法篇である。19世紀末から、20世紀初頭のものである。それはまた、継続して、現代語の解釈にも引き継がれている。翻訳にあててみても変... 続きをみる

  • 国語文法論、日本語文章論20

    国語文法論日本語文章論は文法単位の文から文章までの文の関係構成を分析する。日本語は文章単位で意味内容をあらわすことができる。文章は語ではない。語と語とが関係構成した文となって、その文がまた関係構成して文章となるのであるから、その小単位から大単位までにいたる文法また文章法があり、語には語法となるべく、... 続きをみる

  • 国語文法論、日本語文章論19

    文の構成を文章の単位から見ると、その文は語から構成されていることがわかる。文単位に述語を見ていくと、文構造において述語に自立して用いる品詞には動詞、形容詞、名詞がある。あそぶ たのしい 健康 この語をそれぞれに発話して、あそびます たのしいです 健康です と用いる場面があるならば、それは、「わたしが... 続きをみる

  • 国語文法論、日本語文章論18

    日本語文章の単位は文の集合体である。その文の単位が一文一文において閉じていないと規定をすると、その文は文要素を以ていわゆる完結していない文となることがある。文と文が関係構成をしてそこには文を補い合う要素があるとみる。それでは文を完結し文章を構成する要素とはなにか。文法の構造は単位体の構成を小単位から... 続きをみる

  • 折衷文法

    ある文法学史の説明に、伝統的な国学を基盤とし、西洋の文法概念が折衷された国文法、とある。いくつかの異なった考え方のよいところをとり合わせて、一つにまとめ上げることが、折衷の辞書義である。折衷案、折衷学派、折衷主義などの項目を上げる。和洋折衷の意味は、日本風と西洋風の様式を、程よく取り混ぜること、であ... 続きをみる

  • 春はあけぼの

    解釈の話である。春、曙、白くなりゆく山際、紫立ちたる雲の細くたなびきたる、という名文句である。すべてこの情景を思い浮かべることのできるわたしたちの実感である。In spring it is the dawn… また、In spring, at dawn,the dark mass of the mo... 続きをみる

  • 国語文法論、日本語文章論17

    国語文法論は文の要素を成分として主語述語修飾語とする。加えて、独立語をいれ、構文は主語述語を核とする。修飾語被修飾語には名詞修飾動詞修飾に形容詞の修飾を文の成分としている。骨組み構文に拡大構文をとらえる。主語と述語を必須成分としないことは文の成立を単位文の要素としてたしかにしないことと、修飾成分が修... 続きをみる

  • 国語文法論、日本語文章論16

    日本語文章論は文と文の関係構成をとらえる。文とは主語と述語とをもって構成される。ただ文に主語を必須要素とするものではない。述語についてそれだけで文を構成することができる。すなわち文は述語に対する主語を持ち、述語について言語の話し手による主体者の表現をとることがあるので、文の成立には文章を単位としたと... 続きをみる

  • 国語文法論、日本語文章論15

    日本語文法は形態文法をもって日本語の語基と接辞を分析し語の最小単位を音素レベルで明らかにした。仮名文字は音節レベルの便宜をもって国語文法で長く用いられていた。一方で、日本語に形態素を抽出したことは、言語分析に形態を明らかにして計算機械による分析など、多くの可能性を示し実現している。日本語文法形態論に... 続きをみる

  • 国語文法論、日本語文章論14

    学校文法は語に文節をとらえた。いわく自立語と付属語が文節を構成し、その分節は語の単位であった。しかし文節はまた連文節を構成して、文節にさらに文の要素成文としての連文節を設定するものであった。連文節は句になり、さらには節になった。そん文節の単位に議論が展開しなかったのは文節の係り受けにこだわった議論が... 続きをみる

  • 国語文法論、日本語文章論13

    国語文法論を国語と、日本語文章論を日本語とするのは、国語は文法論で議論があり、日本語は文章論で議論するのがよいとする立場である。国語も日本語もわたしたちにとってのひとつの言語であるから、国語文法論を含めて日本語文章論とすることもできる。日本語文法文章論としての議論であるが、文法論が文を扱い、文章論が... 続きをみる

  • 国語文法論、日本語文章論12

    文が開かれた単位であり、文章が閉じられた単位であるとするのは、文法論の便宜である。言語の現象は常に、この喩えを用いるならば、開かれている、大海にたたえられた言葉である。そこにうちよせる波は風波ともあって、その波のラインは文のようである。波は続き、切れ、また続いては切れる。さて、その文が開かれていると... 続きをみる

  • 国語文法論、日本語文章論11

    文法論議は文法の分析対象とする言語の現象から単位を設定する。国語文法は文を設定した。のちに、語構成論、文章論をもってそれぞれの単位設定を行い、学校文法で単位に加えている。すなわち語、文、文章である。この単位に形態を勘案して形態素を設けて分析するのが現代日本語文法の学説である。学校教育文法に国語文法が... 続きをみる

  • 漢文

    漢文は文言文である。文章の言葉になる。対して、白話があり、話し言葉である。現代中国語は白話文である。 >もちろん話し言葉のレベルでは変化が大きく、また地域差もあったが、このような変化が書き言葉に影響を及ぼすことはなく、むしろ様々な口語を話す東アジア諸民族は共通文語である漢文によって結び付けられていた... 続きをみる

  • 国語文法論、日本語文章論10

    国語文法論は品詞と構文について明らかにすることがあった。品詞論は国語の特徴を自立着付属語の2大別に成果を上げたが、ともに語とする伝統語法を受け継いできた。品詞の分類においても助詞助動詞における命名は、先の語によるところ、わかりよく分析をしたものであった。形容動詞、連体詞に品詞の特性を与え、代名詞数詞... 続きをみる

  • UV ultraviolet

    紫外線 、ultraviolet、菫外線と呼ばれることも。菫外線の表記は紫外線より少ないものの1960年代以前は学術用語としての用例。紫外・可視・近赤外分光法(UV-Vis) あいまいさを避けるページには、胃潰瘍 、ulcus ventriculi の語を挙げている。さて、その紫外線は、人間の健康や... 続きをみる

  • 国語文法論、日本語文章論9

    日本語文章論を日本語文法にとらえるなら現代語文法ということになるか。国語科目で現代日本語文法を設けるか、現代文という科目で、国語に現代文を範疇とするようであるなら、日本語にも国語があってよい。すなわち日本語に国語があり、現代文があり、古典文があるというようなことである。文章というのは文法単位で設定す... 続きをみる

  • 国語文法論、日本語文章論8

    国語文法論は書記言語を資料に実証を行った。国語学の研究は実証にあるとしてその手法を明治以前から言語資料に求めて継承している。文語法という語は実は日本語の口語法についてであるが、文語文法として文字言語を対象とすると規定をしてきた。その説明に、文語体は文章を書くときに用いられる、日常の話し言葉とは異なっ... 続きをみる

  • 国語文法論、日本語文章論7

    日本語教育の文法指導についての一文である。学校文法と教育用文法とを考えようとしている。英語教育の実践からの提言でもある。いくつかの議論が見えるが、国文法でいう形容詞と形容動詞を教育用文法に、形態から分類命名してその整合性を主張している。日本語文法に及ぶところでもあるが、国語文法論と日本語文章論からす... 続きをみる

  • 排他

    文法用語、排他は、「それだけが〜である」という排他の意味を持つとき、「が」が用いられる、排他の「が」という説明を、前に引いたとおりである。用語検索マンボウ 総記の「が」 言語一般<日本語の構造> exhaustive listing 〔論理〕 排反的な,排他的な an exclusive propo... 続きをみる

  • 国語文法論、日本語文章論6

    日本語の古典的命題に、象は鼻が長い という例文はどう分析できるか、三上章が、引き起こした議論である。国語文法論でいえば、かかりの語が述部と関係して、主題または話題を述べるということである。国文法には主題の用語がないといってもいい。それを大主語としたのを、二重主語であると批判した。文の規定に主語述語の... 続きをみる

  • 国語文法、日本語文章論5

    それは国語学だから日本語学の研究ではどうなるかをとらえなければならない、という言葉を耳にして、聞きなれたことではあるが、その立場を表明しての言及は事実の解明には役に立っていない。国語学が果たしてきた分析と、日本語学が果たしてきた、かどうか、じつはまだ、それは分明ではないのだけれど、日本語研究というの... 続きをみる

  • 国語文法論、日本語文章論4

    日本語文章と国語文章といって、何か異なるところがあるか、ないか。それは、とくにない。言語のとらえ方でその対象が、国語と言い、日本語と言い、その話し手によって変わるとか、話される地域で違うとか、そういうことがあるにせよ、その変わりようは、国語を20年も30年のあいだ使い続けてきた人と、日本語を学習して... 続きをみる

  • 国語文法論、日本語文章論3

    国語文法は読み書きの伝統を受け継いで書き言葉の作法、文法を追求してきた。第2次大戦の戦後70年、読み書きは言語生活に捉えられ、国語教育は聞く話す読む書くの技能を柱として民主主義を標榜して進められて来た。それは、表現と理解の領域をもって言語教育になってきている。書き言葉は古典語の言語資料を基に行われて... 続きをみる

  • 国語文法論、日本語文章論2

    国語文法、日本語文章と並べてみて、日本語文法と国語文章ではないかと思われる向きがあるかもしれない。日本語は言語のひとつであるから、その文法論に文を単位とする比較対照が適する。国語は伝統文法と呼ばれるうちに、文章の単位をすえてきている。国語教育で文法説明に、語、文、文章は解析されたかに見えるが、実は、... 続きをみる

  • 国語文法論、日本語文章論

    日本語は文法論を唱えるよりも文章論をとらえるべきである。国語が文法を明らかにしてきた、いや、文法は国語を説明した。明治開化期のこと、その時代に国語と外国語とを対照して、国語にあった句法というべきものを、外国語にある文法というもので、国語を見ようとした。国語における議論は文法をもって文単位を解明しよう... 続きをみる

  • 文章と文法と

    文法は句法であったとみる、あるいは語法であったとみる、それは漢文による概念である。すると文法と呼ぶようになるものはそれまでにあったか、なかったか。それまでとは時代が明治になるまでのことである。文法を翻訳語であるとする考えに従えば、また事実はそうでもあるのだが、文法は日本語の概念にはなかったと考えてよ... 続きをみる

  • 文章 ふたたび、みたび

    文章を検索して、百科事典の次を得る。項目執筆は、山口明穂による。文献に、時枝誠記著、日本文法 口語篇(1950・岩波書店)が見える。日本語文は日本語文章と同意義に捉えたとある。これは明治期の翻訳文法でいわば、文を単位文とし、文章を単位文における複数の集合を扱おうとする。その文章の用語はそれまでに日本... 続きをみる

  • クロ現

    新聞の見出しである。 NHKのクローズアップ現代のニュースである。 いわく、過剰演出「重大な問題」 との、見出しに続く。 BPOの勧告を指す。 クロ現は見出しに妙である。 それでデジタルを開いた。 過剰演出「倫理上、重大な問題」 NHK「クロ現」、BPO放送人権委も指摘 とある。 そう思うと、見出し... 続きをみる

  • 12年前のブログ

    古い書き込みだ。イラク派遣を記事にしている。その次の日、20031130に、なにが起こったか。ういきぺでぃあによると、>イラク日本人外交官射殺事件(イラクにほんじんがいこうかんしゃさつじけん)は、2003年11月29日、イラクへ派遣されていた日本人外交官2人が、バグダード北西140kmに位置するティ... 続きをみる

  • 11月が去る、ことば

    11月の言葉、朝日新聞の天声人語より。 君たちに憎しみという贈り物はあげない、君たちの望み通りに怒りで応じることは、君たちと同じ無知に屈することになる、という、ことば。 映画ジャーナリスト、レリスさんが、パリの多発テロで妻を亡くした。怒りに耐えて、亡き人を思う気持ちが伝わってくる。 次は、難しい。 ... 続きをみる

  • 連体と連用と、その相違

    連体形は連体言であった。 デジタル大辞泉の解説 >れんたい‐げん【連体言】国文法でいう連体形の古い言い方。東条義門の用語。 連用言も同様である。 デジタル大辞泉の解説 >れんよう‐げん【連用言】国文法でいう連用形の古い言い方。東条義門の用語。 連体形は、国文法で次のようである。 >れんたいけい【連体... 続きをみる

  • 文節 続々

    文節は日本語の自立語付属語という語をよくとらえた分析である。その分析による応用は言語の機械処理に応じている。文節により得られる文の構成は、文節を単位に短くも長くもその単位にして、その語を決定することが可能である。 http://www.ikd.info.gifu-u.ac.jp/ibukiC/abo... 続きをみる

  • 句読、句読点

    句読 くとう という。 読点 とうてん という。 句点というのは、句の切れ目、句のまとまりを示す、という原義に、その命名であるにかかわらず、句読点として、文意における休止符、また終止符として、テン、マルをさすようになった。 近代になってからのことである。 明治39年(1906年)の文部省大臣官房圖書... 続きをみる

  • 文章論

    文章の章字についてふたたび、文章をとらえると、文と章とにあやがあり、その あや は、訓にして、綾 文 彩 となるものである。 したがって、文章そのものはその語義を展開して、楽曲の章、文章などを構成する部分となったようである。 文法論でとらえると、文章は文章論の議論となる。 デジタル大辞泉 親項目ぶん... 続きをみる

  • 文体

    文体とは何か。 検索すると、文章の様式とあり、和文体、漢文体、あるいは書簡体などを挙げる。 また、筆者の個性的特色が見られる、文章のスタイルのことであるという。 中国語にして、写作风格とある。 英語は、literary styleとある。 いずれも訳の一部表示である。 日本語の文体は書き言葉と話し言... 続きをみる

  • 文末、である

    論文の語尾を である に統一する添削がある。 どのように文末につけるかは、それは文体による。 また、すべての文末が、である になると限らない。 この文体を、敬体、常体、この二つに対して、とくに である体 ということがある。 日本語教育で、次のような説明がある。 >普通体にはダ体とデアル体があります。... 続きをみる

  • 学習の文法7

    ホーム > いざない > 漢文と日本文化 > 主謂主語句(ネクサス主部) 第一部 日本文化と漢字・漢文 第五章 読解のための漢文法入門 第3節 主謂短語 サイトの解説を学習する。ここに記して謝意を申します。 http://kambun.jp/izanai-index.htm (2)主謂主語句(ネクサ... 続きをみる

  • 学習の文法6

    日本語の文は、中国語の文法を学べば、無主句と有主句とがある。 句は文のことである。 句そのものは、無主ではないので、本来的に有主が句であって、その句にあるものとして無主がある。 したがって、わざわざ無主と言わなければならないのは、句には無主があるということからである。 整理をすると、句があり、それに... 続きをみる

  • 学習の文法5

    ネクサス nexus は、デンマークの言語学者イェスペルセン Otto Jespersen が提唱した文法上の単位である。 連結、連鎖、、繋がりなどを意味する名詞であるが、言語学で文中成分同士に成立する関係の一つとする。 ジャンクションの対概念 主部と述部を含むもの 主謂短語、ネクサス nexus ... 続きをみる

  • 学習の文法4

    素読について、どの程度、行われていたか。 第一部 日本文化と漢字・漢文 第四章 漢文訓読について に、それを言及する。 漢文訓読を現代に活かすために 素読から文法理解へ には、藩校の学習内容で、書物名と対象年齢が引用されている。 そして、その一つ、明倫館の課業には小学生素読の試験で、五経十一冊と小学... 続きをみる

  • 学習の文法3

    学習の文法は引き続き、詞と短語である。 短語は一種の自由表現 free expressions である。 一種の固定表現formula 慣用語である複合詞とは異なる。 複合詞との違いは、例でいうと、慣用語、熟語である、山麓 に対して、自由表現として、泰山之麓 のように、結構助詞、之 を、用いるような... 続きをみる

  • 学習の文法2

    学習の文法、前回は次を参照した。 第五章 読解のための漢文法入門 第1節 漢文法へのいざない (1)漢文法と訓読 (2)漢文の特徴 (3)漢文の基本句式 (4)三つの基本句式 (5)無主句について1 (6)無主句について2 (7)複句について 漢文法では単語を、詞 cí と呼び、詞と呼ぶようになった... 続きをみる

  • 学習の文法

    素読という。 辞書には、デジタル大辞泉の解説は、書物、特に漢文で、内容の理解は二の次にして、文字だけを声に出して読むこととある。 ほかの辞書にも、大辞林 第三版の解説で、意味を考えないで、文字だけを声を出して読むこととある。 漢文の素読、漢籍を素読することであった。 素読は白文によって行われた。 白... 続きをみる

  • 文法の論理

    日本語は漢文を訓読して詞と辞を学んだ。 辞を文法機能の語とする。 文章経国の思想を作文にすることを学んだ。 仮名を工夫して文字とし、和歌を詠み、物語文を作る。 片仮名は訓読文を日本語文字にして書き表すようになる。 和歌には体用、たいゆうのことを、表現するように論じられた。 それを体言用言に類分けする... 続きをみる

  • 日本語文章

    日本語文章は漢語漢文の学びにあった。 それはまず、学習を漢詩作法に得た、韻文の技芸のもとに漢語を入れて辞となるもの、詞となるもの容れた。 その一方で散文を受け入れて、国史の編纂をおこなった。 漢文訓読は日本語文章の形成に資するところがあった。 漢文を漢文訓読のままに近代までその学的伝統を保とうとした... 続きをみる

  • 文法の用語

    段落をパラグラフと言えば、何が異なるか。章段を文段というのは、何が違うのか。文段はわたしに用いるものである。章句となると、zhāngjù 古書の章節と句読、漢代の学術書の一種、古代の文献に句読をつけ解釈したもの、としての用法がある。これは漢語文献に用いられた用法である。すると、パラグラフは、a se... 続きをみる

  • 文章、文段

    文章、文段はともに、文が複数である。文には、節と句がある。するとその下位にある、節、句は語の関係構成で、語と語とが複数で構成する。そして、その語の下位単位が、形態である。それを宮地学説によるモーフとすることができる。文段を意味段落にまとまりを見ると、章とすることもできるので、わかりやすく、章、段、文... 続きをみる

  • 文段

    日本語文章の段落は、形式段落が議論される。いわく段落にする文章構成が論理にかなわない、というのである。形式を重んじると、その長短の内容を段落にする必然性のないこと、さらに短段落では意味のまとまりがうかがえないことなどである。形式段落の4段構成に、起承転結を見ようとする、あるいはそれを構成することが漢... 続きをみる

  • 段落 パラグラフ

    段落は、章段、 段ともいう。文を連ねて複数の文からなる。第1文の文頭をあける、スペースを作ることから、日本語では1文字を落とすことから、そこから始まる段落となる。パラグラフとなって、カタカナ語でも使われるようになった。段落には、形式と意味と区別するのは、国語の文章作法であって、パラグラフには、トピッ... 続きをみる

  • 文の単位

    日本語文法は文と文章の単位を分けるようになった。それは国語の、語、文、文章と分けることにならう。さらにくわえて、語レベルを見て、その下位単位に形態を捉える。形態文法による形態素の析出をして、文法論で形式を扱うようになった。カナ文字の表記によって国語は音節レベルの文法分析を進めてきた。そのカナ文字での... 続きをみる

  • 文章の単位

    文章の単位は文法単位体のことである。文章単位、文章単位体、それぞれに文法用語として使い分けができる。文章を文法単位体として位置付けたのは、宮地裕先生である。文論に、あるいは、さかのぼって日本語学講座に著わされた。文章を文章論としたのは時枝誠記である。名著となった国語学原論、その続編、そして、日本文法... 続きをみる

  • 文章の字

    文章の語は、あや、文様の意味である。文の字は、字通に、 >文身の形。卜文・金文の字形は、人の正面形の胸部に文身の文様を加えた形。文様には×や心字形を用いる。(中略)額に文身を加えたものを顏(顔)という。中国の古代に文身の俗があったことは卜文によって明らかであり、のち呉・越・東方の諸族には、長くその俗... 続きをみる

  • もんじょうけいこく

    文章経国は、《魏文帝「典論」論文から》文章は、国を治めるための重大な事業であり、永久に朽ちることのない盛大な仕事である、デジタル大辞泉より、と解説がある。 文章経国は、その読みでは、もんじょうけいこく である。 その意味内容を文学のこととする。 その文学とは何か、凌雲集、文華秀麗集、経国集の勅撰漢詩... 続きをみる

  • 文章という語、再び

    文章は、ぶんしょう、もんじょう、もんぞう と読む。 もんじょう は、文章道、文章家、文章博士 と用いられる。 もんじょうどう 文章道、の略として、菅家文草〔900頃〕二・賀右生、業是文章家将相、朱衣向上任君心 と、日本国語大辞典は挙げている。 また、もんぞう は、改正増補和英語林集成〔1886〕に、... 続きをみる

  • 文章の種類

    いきなりであるけれど、韓国語、ハングルでの「文章の種類」문장의 종류、ムンジャエチョンリュの説明があって、それによると、文型の種類があった。문 文と、글 文、文章というのは、한글 韓国の文字、ハングルというときの用法とがある。そして、日本語でいう、文の種類というのは、文章の種類ということである。そこ... 続きをみる

  • 文章とは

    文章について言葉の連続とみるか、文を連接したものとみるか、言葉の連続も文の連接も、それを成立させるのは、語法であり文法であり、文章法である。 言葉の連続は語と語との関係を見るし、文の連接は文を内容に見て、次の文との意味内容の関連を見ようとする。 日本語の語と語と、その関係は膠着現象である文法機能辞が... 続きをみる

  • 古典文章

    古典文章は古典文学として、古文に現れる。 その古文は国語科目での名称で定着してしまっている。 古文は文学史の分類になると、古文そのものは明治以前の文学とすることが行われる。 その古文に対して近文があるかとなると、その用語もない。 日本語としても辞書項目にはない。 中国語には、文体の一つとしての名称が... 続きをみる

  • 文章論、文章法

    文章論を文法の範疇で議論することを考える。文法を捉えて文章法とすれば、文章法という用語は広い意味において文章作法ととらえられるのが一般であるので、それには文法を捉えることは議論が異なる。文法は、その単位を文に限るものとすれば、文章法はその単位を超えるため、文章法は文と文との連文を扱う分野として捉える... 続きをみる

  • 説明文、説明的文章

    説明文を、ある事柄について客観的、論理的に説明した文と、大辞林三版は説明する。 事柄を説明し、正確に伝達することを目的とする文章とあるのは、大辞泉である。 ただ、大辞林では、叙情文、叙事文、叙景文と、対して使う語であるともいう。 これを、国語教育では、文学作品以外の実用的文章をいう、とするのは大辞泉... 続きをみる

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