よいこの童話 あかずきんチャソ@DMB
御絵描き刑事VANに描いていました「あかずきんチャソ」を、こちらに転載します。 理由その1(御絵描き刑事VANだとログが流れてやがて消える。当分は保管しておきたい) 理由その2(刑事VANの表示だと、後話が上部に出るのでちょっと読みにくい。) というわけでして。 ではどうぞ。 ■■ よいこの童話 あ... 続きをみる
御絵描き刑事VANに描いていました「あかずきんチャソ」を、こちらに転載します。 理由その1(御絵描き刑事VANだとログが流れてやがて消える。当分は保管しておきたい) 理由その2(刑事VANの表示だと、後話が上部に出るのでちょっと読みにくい。) というわけでして。 ではどうぞ。 ■■ よいこの童話 あ... 続きをみる
はっきりと答えが返り、だから撫子は、言葉を失った。 果ての無い森の奥から来た自分。 始まりは、無い。 ……私は何? もっと何か教えてもらおうと、撫子が口を開いた時、それをさえぎるように、萩に似た女が言った。 「あの石像は、置いてきたのね?」 子供を産めるわけが無い。 だってわたしは、 ……翔伯、わた... 続きをみる
間違いない。 彼女は萩だ。 「萩……」 翔伯は、井戸の向こうに立つ中年の女に、声を掛けた。 「萩だろう? 生きていたのか? 今まで、どこに……?」 「いいえ」 即座の否定だった。 「いいえ。私は、萩という者ではありません」 言いながら、こちらへと歩いてきた。 月光のある、薄闇の中で、その姿は次第に明... 続きをみる
翔伯は、掛ける言葉を失った。 ……どこから来たのだろうか。撫子は。 隣でうずくまってしまった金の容姿の少女。 今、翔伯が見下ろすのは、彼女の、銀の飾りの付いた黒い円筒形の帽子。小刻みにふるえている。 「おぼえて、いないのか?」 気遣う口調に、少女はかすかにうなずいた。 「おぼえていません。なにも……... 続きをみる
塔の敷地を出て、両脇を低木の並木に沿われた一本のまっすぐな道を歩く。 やがて、並木が途切れ、両脇は建物に取って代わる。 灰色の街だった。懐郷の街は。その建物はどれも直線的で、大小高低の箱が並んでいるように見えた。 見上げれば、灰色の石材でできた高い角柱型の建物は、やがて闇にまぎれてその天辺は見えなく... 続きをみる
「いってらっしゃい!」 門番の威勢のいい声を背後に、二人は、懐郷の塔の敷地を出た。 灰色の町。 空は闇。夜だ。 「永劫の夜……」 門を出て三歩、撫子は空を見上げてつぶやいた。 それより二歩進んで、翔伯は振り返った。 「君は、『歌』を知っているのか?」 彼は言葉を発する前に、二つ瞬いた。少し驚いている... 続きをみる
銀のマントを羽織り、頭には銀の飾りがついた帽子、足には銀の「甲殻靴」を履いて。 撫子は、黒衣の首から掛けられた銀鎖の先についた、「天頂月下の声」と呼ばれる指先ほどの大きさの透明な珠をじっと見つめた。まるで、夜露。 翔伯は、左腰につけた、防具と呼ばれる銀の長剣の鞘を、左手でなでた。 二人、塔を出て、門... 続きをみる
菊……。 「きく……」 「桔梗、桔梗」 李両は、涙を流してうなされる桔梗の肩をつかんでゆすった。 「桔梗、」 青紫の髪の女は、しかし、その辛い眠りから目覚めることを拒むかのように、うめきながら首を振った。起きるのを、嫌がった。 「き……く……」 恨めしい恋敵の名を呼んで。罪悪感を与え続ける女の名を呼... 続きをみる
「菊、」 祈職の長は、体ごと振り返った。 菊が、こちらに、出入り口に向かって歩いてくるところだった。 私が立っていたところは、入り口から進んでわずかのところだった。 目の前に広がる部屋は、「月の昇る地平」に面した大きな窓にそって、つまり塔の外壁にそって作られていた。塔の内側部分は全て壁で仕切られてい... 続きをみる
「銀無垢の長衣が好きならば、」 祈職の長は、父の正面に立っていた。私ではなく。そして、……当時の私にでもわかる、ひどく冷え切った口調で、言った。 「貴方の令嬢が、それほど銀無垢の長衣を好きだというのならば、」 首だけで、背後を振り返り、長は言い放った。 「誰か手の空いている者。……ああ、萩、彼女に、... 続きをみる
真っ黒といえばいいのか、空の中といえばいいのか。 祈職の階は、そんなふうだった。 床も壁も、磨きぬかれた黒御影石。外壁はほぼ一面の大きな窓。黒い壁床は、景色を鏡のように反射している。 他の階は、こんなではない。灰色の岩の壁のままだったり、岩壁に木の壁を設えてあったり。とにかく、人の住む空間であるのだ... 続きをみる
思えば、あの待っている時間が、私のこれまでの人生の中で、一番の幸せな時間だった。 そして、これまでの人生の中で、一番おめでたい時間だったのだ。 ……愚かな私。 私と父は、部屋に戻って、ただ無言で待った。 私は父に話したいことがたくさんあったのだが、彼の表情は厳しく、私は声も掛けられなかった。 父は私... 続きをみる
父みずから、私を階下へ連れて行った。 表階段を降りながら、父は言う。抑えた調子で、淡々と。 「桔梗。お前が祈職になったら、肉親も何もかも、関係がなくなる。覚えておきなさい」 縁を切るということだった。 私は、今見た祈職のキクの態度の方にばかり気が向けられていた。「祈職になれば、偉くなる」などという、... 続きをみる
何も考えていなかったのだ。結局。 今ならば、わかる。 父と菊とが、なぜにあんな会話を、父は丁寧に菊は鷹揚に言葉を交わしたのか。 なぜ最上階の一つしたに、隠されるようにして祈職の階があったのか。 私は、当時の私は、それがそうである理由を考えようともせず、ただ自分にとって都合のよい利用できる道具だとしか... 続きをみる
私は、 いつのまにか父の後ろに来ていた。 父の背中越しに、菊の姿を覗き見ていた。 銀無垢の衣装を、彼女は着ていた。 金の目の白い女が、銀の長衣を着ていたのだ。 その姿を見て、私は、背骨を銀の剣に貫かれたような、それほどの深い精神的な衝撃を受けたのだ。 私は、私がその姿に見入っているのだと気付くまでに... 続きをみる
その日の父は、いつにもまして優しかった。 私は何も考えずに、朝から父の後ろで「笑って過ごして」、午前の仕事を終えた。 そして昼食時に、父は言ったのだ。 父の部屋で、一流の料理人に作らせた昼食を、二人で向かい合わせに座って食べながら。 「どうだ桔梗? お前、他にやりたいことがあるのではないのか? 秘書... 続きをみる
私は打ちひしがれていた。 手紙の嘘は、すぐに明らかになった。 筆跡は真似られても、父の書いた文章か否かは、彼を知っていればすぐにわかるものだった。 ……私が、父の本来の姿を、知らなかったのだ。彼は少なくとも、私のような幼稚な人間ではなかった。 私が書いた「父からの手紙」は、ひどく単純で単刀直入な、つ... 続きをみる
翔伯は必ず裏庭の修練場にいる。 わかりきっていた。 だが、あえて同期の李両のところへ、彼の行方を聞きにいった。 証拠を、残すために。 父からあずかった手紙を、私がたしかに彼に渡したという証拠を残すために。 ……父の筆跡をまねることなんて、簡単なことだった。 「おはよう、李両君」 私は李両のいる部屋に... 続きをみる
きっと、泣いたり騒いだりすれば、……自分にとって、もっと不利なことになる。 私は、父の冷え切った瞳を見て、そう悟った。私は自分の幸せだけ考えて生きてきた。それゆえに、今この父に逆らったらどうなるか、簡単に想像できた。不幸になると。 身包みをはがし、ていの良い、そして私に都合の悪い理由を付けて、本当に... 続きをみる
「お父様……?」 私は、よろよろと扉を開けた。 だが、私が思うような激しい展開は、ひとかけらもなかった。 「おお? なんだい? 桔梗」 ゆったりと、私を見る父。 「では失礼します」 何事も無く、部屋を出て行く部下。 「お、お父様? わたくし、今の話を」 「ああそうだもう一つ頼みがあったよ。ちょっと戻... 続きをみる
隣室に入った私は、お菓子の山を目にした。 今思えば、私は「子供扱い」されていたのだ。それも、頭に「厄介な」と付く。その時は、気付きもしなかったけれど。 「ふうん。どれもこれも、見たようなものばかりね?」 その菓子を造った職人の名も知れている。どれもこれも、一流の職人たちばかりだ。その味も知っている。... 続きをみる
私は父に、菊のことを聞いた。 父は塔の幹部だった。 私は、遅くに生まれた子どもで、既に姉も兄も一人前になっていて、孫も同然の子どもだった。そのお陰で、父も母も、たいそう私をかわいがってくれた。望むもので手に入らないものなど、なかった。 塔の最上階、父の部屋に帰るなり、私は言った。 「お父様! 菊とい... 続きをみる
すぐに反応したのは、菊だった。慌てふためいたり、恥ずかしがったりすれば、幾分か私の気も晴れるというのに、憎らしいことに彼女は、……お疲れ様、と言ったのだ。それはただ職場の同僚として、私を認知しているということで。 「あらお疲れ様です。翔伯、私を離して? お仕事ではないの?」 翔伯は、くっと眉根を寄せ... 続きをみる
そっと、壁から顔を半分だして、修練場の中をうかがう。 血染みのついた、灰色の石でできた広い修練場。 中央に、二人がいた。 白い女の姿が、見えた。 白い髪、初めて見る白い衣装、白というより青白い肌。 なんてきれいな、と思って、私の心が勝手にそう思って、……私は私に裏切られたような気になった。 それが菊... 続きをみる
私は夢を見ている。 終わらない夢を。 それは、悪夢。 償えない、償いの、夢。 ……覚めない夢。 菊が、月である限り。 翔伯と出会ったのは、塔に入ったその時。 父とその同僚たちの前で、「新規採用者の挨拶」をする時だった。 私は、秘書職として、この塔に入った。 ……容姿しかとりえがなかったからではない。... 続きをみる
菊は、白い装束を風に翻して、裏階段を下りていく。その後姿。しなやかな背筋。真白の髪、青白いほどに白い肌。 菊は、祈職の女。 「菊!」 私は二段飛びに階段を降りて、彼女にようやく追いついて、声を掛けた。叫んだ。 「菊っ!」 菊が、振り向いた。 白い長髪が、その時吹き抜けた強風に吹き散らされた。 まばゆ... 続きをみる
それは伝承だった。 いつまでも昇らぬ「天体」について理由を後付けしようと、昔の人々が作り上げたものだと思われていた。 作り話かと。 しかし、それをそれで終わらせられない事実が、いつも、伝承と共にあった。 揺らぐのだ。伝承、それ自体が。 同じ話をしたつもりでも、聞いた人それぞれに、違う話となって伝わっ... 続きをみる
菊は、そこにはいなかった。 最上階より一つ下の階に、祈職たちの部屋がある。 ……誰よりも「死」に近い者たちの部屋が。 そこは床も壁も黒い御影石が張られた部屋で、大きな窓がある。よく磨かれたその黒は、鏡のように窓外を映す。 空の中にいるようだった。天に召される階段に立たされているようだった。 祈職たち... 続きをみる
菊と張り合うつもりでいるらしい。 その情報に、それまで室内に漂っていた冷笑の気配は、失笑にとってかわった。 私は研究室を出た。 今ここに用は無い。ここにいても桔梗の傲慢さと、菊のしてきたことについての話がただ延々と続くだけだと、わかっていたから。 菊に会いたくなったのだ。私は。 祈職の菊がいる、塔の... 続きをみる
「あのオジョーサマが『祈職』に就くってさ」 私たちがこの塔に入って半年目のことだった。 新規採用の最初の六ヶ月は、仮任用期間。そこまで勤め上げて、晴れて正採用となるのであるが。 ……祈職? 私は、耳を疑った。 さすがに、耳を疑ってしまった。 あれが、桔梗が、……祈職、だと? 「馬鹿いうなよ」 研究室... 続きをみる
桔梗は、父親の秘書をつとめていた。 ここでは、幹部の令嬢にありがちな地位だった。特に「嫁すまでの経歴作り」をしたいだけならば。彼女たちは、父の仕事において、実動実務以外の面での補助業務を行っていた。つまり、ただ親の背後に立って華やかに笑っていれば、それで事足りるという「仕事」だった。 桔梗は、けれど... 続きをみる
昔。 そう、太陽がまだこの地に、今では「懐郷の街」と呼ばれてしまったこの地に、射していたころ。 私たちは、生きていた。若い時を。 「おはよう、李両君」 口角をきゅっと持ち上げて、自信に溢れた華やかな笑みを浮かべて、桔梗は部屋に入ってきた。 今は、「懐郷の塔」と呼ばれている、塔の4階の隅にある一室に。... 続きをみる
塔から望む風景は、いつも月夜。 過去と未来にとりまかれた、月夜。 自分の右脇で眠る女の顔を見た。 両目にくまができていた。 「睡眠不足もあり、か」 お疲れだったんだね、桔梗、とささやいて、その青紫の髪をなでてやる。 ……死んだように眠っている。 「このまま死なせてやりたいけれどね……でも、できないこ... 続きをみる
「薬は嫌! 薬なんかもう嫌!」 李両の寝台に寝転がされると、桔梗は狂ったように泣き叫んだ。 「嫌よ怖いわ怖いの! もうあんな思いしたくないの! 薬だけはやめて!」 番長はむっとして返事をする。 「まるで私が君を薬漬けにしてきたように言うな? 自分だろう? 勝手に薬品庫から持ってきては乱用して……中毒... 続きをみる
桔梗は塔の最上階にたどりついた。 懐郷の塔、見張り番の長が部屋の扉を、荒々しく開ける。取っ手を引きちぎらんばかりの勢いだった。 「李両ー!」 叫びつつ桔梗が転がり入る。 その、何か悪いものにとりつかれたような仰々しさに、李両は眉根をひそめて嫌悪感を表し、ぷいと横を向いて、舌を出した。 「……桔梗。う... 続きをみる
「はあっ!?」 懐郷の塔2階にある、用品調達の部屋番の青年は、裏返った声を出して、驚いていた。 「こ、この子を、連れてくんですか?!」 腰の高さの、白い大理石の天板が乗った、用品受け渡し台の上に両肘をのせている。ツンツンに立てた橙色の頭がまるで彼の驚きぶりそのものを表しているようだった。 「そうだ」... 続きをみる
撫子は、桔梗から階段の隅に押しのけられて、壁に身を預けた格好になった。 翔伯は元の立ち位置からゆるぎもせずに、逆に桔梗がよろけてしまった。それがいっそう彼女の気に触り、すれ違いざまに、「もうッ!」とはき捨てられた。 「……」 桔梗がいなくなり、そこは少しの静寂が落ちた。 撫子は、おとなしく、ずれた帽... 続きをみる
撫子の言葉は、まるで、秋風に吹かれた木から葉が落ちるがごとく。静かな、……介入できない運命のような。 「私には、それしかないから」 そう言いくくると、金の容姿の少女は、そっと口をつぐんだ。 今まで語ることも無く、これからも無言でいるかのように。 「……なによこの子、」 気味悪がったのは、恐れたのは桔... 続きをみる
「桔梗!」 耳をつんざくように響き渡った、翔伯さんの声。 私は、……首を、かしげた。 わからなかったから。翔伯さんが、顔色を変えて怒っている、その理由が、わからなかったから。 桔梗さんは怖い人だ。瞳がらんらんと輝き、唇がぎっと引き結ばれて、怖い顔をして、私のことを脅かそうという気持ちが、いやおうなく... 続きをみる
背後から聞こえたか細い声に、翔伯は我に返った。 年端も行かぬ娘に、修羅場を見せてしまった。 「桔梗、話は帰ってからする」 「それはいつもの逃げ口上ね!?」 「ああ、違う」 嘆息と共に首を振り、翔伯は体を傾けた。 桔梗の目に、男の後ろで身をすくめてすっかり小さくなっている金髪の少女が映った。 「……こ... 続きをみる
前を歩く翔伯さんが、立ち止まった。 私は、銀のマントを羽織った彼の背中にぶつかりそうになった。 「!」 立ち止まるどころか、後ろに一歩下がってきた。ここは階段なので、一歩上がる、という方が合っているけれど。 「!」 私は驚いて、階段を二歩下がった。 すると、翔伯さんと背丈が同じくらいになり、……彼が... 続きをみる
許せなかった。 どうして私を見てくれないのか? これだけ長く、一緒に生きてきたのに。 許せない。 どうしてまだあの女のことを、忘れないの? 毎度毎度、月ばかり見て。毎日毎日、月の所へ行って。 もういいじゃないのよ。あんなものは、残影。本当の形など、もう、在りはしない。 無いのよ、どこにも。あの女なん... 続きをみる
衣装は見てのとおり揃えてあるから、後は良しなに。 李両はそう言って、私と撫子とを部屋から出した。どうにも、「ていよく追い出した」という表現が頭をよぎる。けれど追い出すにしては、李両は機嫌がよかった。まあいい。 扉の外で、私は立ち止まっていた。右に進んで階段へ向かうことをせずに。 番長はなにか企んでい... 続きをみる
「そうだな。こう言い換えた方が、君には納得し易いかもしれないな」 李両は静かに笑って、翔伯に「履歴を」と言って返してもらい、怜悧な顔になって言った。 「仕事だ。撫子君を月まで案内しろ。道中で彼女が何か『できること』を身に付けさせろ」 どうだできるか? と相手をうかがう。 翔伯は右目を細めた。こいつそ... 続きをみる
では一体何ができる? と問いただしたら、 代わりに答えたのは李両だった。 「君が考えていることは何一つできないよ? ……なにせ、」 これを見たまえ、と言って、机上に置いたままになっている文書を一枚、私に差し出した。 撫子の履歴だった。 ……。あきれた。 15年前に生まれて、初等教育を受け、そこから先... 続きをみる
「月……?」 問い返す私の、右の視界には、渋い顔をしてうつむいて首を振る翔伯さんがいた。 正面には、李両さんが笑っていて。 「そう、月へ。ここにきた新人さんは皆、そこに行くことになっている。撫子君も、まずそこへ行ってもらう」 「その前にしかるべき訓練を経て、だ」 間髪入れずに、翔伯さんが付け加えた。... 続きをみる
私は、開いた口が塞がらなくなっていた。 「李両、」 乾いた声で呼ぶと、番長はこちらの混乱などとりあわぬ穏やかさで、ぬけぬけとこう言う。 「来たね。紹介しよう、新人の撫子君だ」 さらに、彼女の方を向くと、「彼が君の指導をしてくれるよ?」と、言ってのけるではないか。 「李両。連れて行けるわけがない」 「... 続きをみる
李両さんは私の右肩に手をのせて、また元の部屋へ戻った。 ……働けといわれても、何をするのかわからない。 ここに来ること、それしか、わからない。 「あの、働くっていうのは、……私、一体どんなことをすれば?」 李両さんは私を椅子に座らせてから、自分も腰を下ろした。「ああ、わたしのことは番長と呼んでくださ... 続きをみる
扉の前に立つ。 すると、話し声が聞こえてきた。 「……一体、どんな?」 「付いていけばいい。それでおいおいわかります」 一つは女性の声。 もう一つは慣れ聞いた番長の声。 「よく似合う。可愛らしいですよ?」 翔伯は失笑した。 あいつが新人の容姿を褒めるとは、どうしたことだ? 笑いついでに扉を開けた。
明らかに、待っていたのだ。 「翔伯、」 青紫の髪の女性が、立っていた。 あと二階分登れば頂上という、階段の踊り場に。 窓から射す月光がひどく美しく、翔伯は女性よりもそちらに目を奪われ。 「翔伯、」 再度聞こえた、今度は焦れた呼び声に、息をついて応じた。 「どうした桔梗」 「今日もあちらへ出かけるの?... 続きをみる
「働くというのは、あの……?」 来た時からとまどい通しの撫子に、李両は微笑んで返した。 「働くために来たのですよ? あなたは」 ちょっとこちらにおいでなさい、と、撫子を手招いて、李両は隣部屋に連れて行く。 そこは寝室だった。 寝台と、姿見と衣装入れしかない、あっけないほど簡素な。 「ご覧なさい。撫子... 続きをみる
今日二度目の招請だった。 懐郷の塔の側壁内部を通る表階段を、翔伯は登る。 数多の人が行き交う階段を。 「おつかれさまです。翔伯さん」 「招請ですか?」 「おつかれさまです」 すれ違うたびに声を掛けられる。 うなずきや軽い返事をしながら、塔を登っていく。 皆、筒襟の黒い衣服に銀のマントを羽織っている。... 続きをみる
一人分の机と椅子だけが、いつもその部屋にあり。それ以外には、何も無い。 それが、李両の書斎だった。 今。 二人分の椅子が部屋の中央に用意されて、李両と撫子が腰掛けている。 「ここは懐郷の街。ご存知ですか?」 「……さっきまで知りませんでした。私を街に案内してくれた人が、教えてくれるまでは」 「ここは... 続きをみる
李両が、裏階段を使うべく、塔の中から外へと扉をくぐって行った。 その後すぐに、二人を凝視していたほとんど全員が、ぎょっとした様子で口を開いた。 「子どもだ」 「李両様が連れてらした、あれは子どもだ」 「……どうして?」 「どうして、私はここに来たのでしょうか?」 書斎に通され、椅子をすすめられて、さ... 続きをみる
李両は、撫子を書斎へと案内した。 塔の頂上へ。 途中、老若男女、たくさんの人とすれ違った。誰もが二人を注視していた。敵意は感じないが、どうにも「珍しいもの」に対して浴びせる、好奇心に富んだものだった。 「……私、何か、おかしいですか?」 右手を李両に引かれて行く撫子は、あてられるたくさんの視線にひど... 続きをみる
李両は撫子の手を握り、満面の笑みを浮かべていた。 「やあやあ、遠い所をわざわざよく来てくれたね?」 「あの、私、」 何か言おうと、一生懸命に何か言おうとする撫子の声をさえぎって、李両はくるりと門番を見た。 「それ。私に貸して」 「は、はい」 門番の豪腕が、李両の、細いが筋に締まった左腕に赤子の石像を... 続きをみる
「あの、……やっぱり返して下さい、」 私は門番に両手を差し出した。 落ち着かない。 胸が、ざわつく。 返して 返して頂戴、 貴方のじゃない、 それは、私とあの人の 胸がざわつく。 どうしたんだろう? 私、何を、 ……何を「思い出そう」としてるの? 「やあいらっしゃい!!」 辺りを払うかのような、きっ... 続きをみる
知らせを受けて、李両は走った。 「来た来た来たーーーーッ!」 走った。 「どいてどいてどいてー!」 走った。 「みんなどいてーー!」 途中、翔伯を突き飛ばしたような気がするが。それでいい。それでいいのだ。 「……」 呆然と、ぶつかられた左肩をさすりながら、翔伯は、猛然と走り去っていく李両の背中を見送... 続きをみる
石の塔に入る前に、足止めされてしまった。 しげしげと私を見る。 「……あの、ここに行くように言われていて」 「あ、そう」 金属製の剛健な造りの門。間口は広い。 強健な門番の男は、その真ん中に立ちはだかり、私の頭の先からつま先まで、目に焼き付けんばかりに凝視して。腕組みして足を広げて立っていた。 「…... 続きをみる
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