聖ボナヴェントゥーラ司教教会博士 St. Bonaventura Ep., Doct. Eccl.
聖ボナヴェントゥーラ司教教会博士 St. Bonaventura Ep., Doct. Eccl. 記念日 7月 15日 聖トマス・アクイナスと共に公教神学界の双璧と称えられる聖ボナヴェントゥーラ、彼の遺した偉大な足跡は中世紀はもちろん現代までもなお燦然たる光輝を放っている。この二大学者はその著書、... 続きをみる
聖ボナヴェントゥーラ司教教会博士 St. Bonaventura Ep., Doct. Eccl. 記念日 7月 15日 聖トマス・アクイナスと共に公教神学界の双璧と称えられる聖ボナヴェントゥーラ、彼の遺した偉大な足跡は中世紀はもちろん現代までもなお燦然たる光輝を放っている。この二大学者はその著書、... 続きをみる
聖カミロ・レリス司祭 St. Camillo de Lellis 記念日 7月 14日 1550年イタリアのナポリで生まれたカミロ・レリスは気の短い男であった。ローマの病院で労働者として働いたが、乱暴な行いとばくちのために追い出されて兵士となった。当時ベネツィアはトルコと戦っていたが、カミロは5年間... 続きをみる
聖ハインリッヒ皇帝 St. Henry 記念日 7月 13日 ハインリッヒはドイツのレーゲンスブルク市で、972年に生まれ、幼い時から同市の司教、聖ウォルフガングから王侯の義務、権限、謙遜、神への畏敬などを学んだ。 1002年、いとこのドイツ皇帝オットー3世のあとを継いで皇帝となり、教会の改革に力を... 続きをみる
聖ベネディクト修道院長 St. Benedictus, fundator O.S.B. 記念日 7月 11日 大聖ベネディクトは始めて修道会戒律中に共同生活に関する規定を設けた人で、世に修道会の始祖と称せられる。もっともこれより先聖アントニオも既にエジプトで諸々に散在する山修士隠遁者等を糾合して共同... 続きをみる
ゴルクムの聖殉教者 Sts. Martyres Gorcomienses 記念日 7月 10日 オランダはもとドイツ帝国の一部で、それからスペインの領土となったが、その頃住民の一部はカルヴィンの異端に迷わされ、国の独立を計って反乱を起こした。これは政治上の争いでもあり、同時に宗教上の争いであったとも... 続きをみる
聖ヴェロニカ・ジュリアニ修道女 St. Veronica Giuliani Virg 記念日 7月9日 1660年イタリアのウルビノで生まれたヴェロニカ(本名はウルスラ)は、幼い時から修道院に入りたいと望んでいたが、父のフランシスコは大反対で、よい夫を選んで早く結婚させようと計画していた。ヴェロニカ... 続きをみる
聖プロコピオ殉教者 St. Procopius M. 記念日 7月 8日 プロコピオは非常に厳しい苦行の生活を送っていたので、彼の同時代の教会歴史家エウゼビオは、「彼は死人のように衰えたが、神の言葉を読んで霊魂に大きな力を与えられ、体も回復した」と伝えている。プロコピオは、ほとんどパンと水だけで生き... 続きをみる
聖エセルブルガ St. Ethelburga 記念日 7月7日 イギリスの東アングルの王女であったエセルブルグは、幼い時から修道女になることを望んでいた。彼女の姉セクスブルガはケントのエルコンベルト王に嫁いで非常に王を感化した。 福者ベーダによると、エルコンベルト王は国中に布告を出して、あらゆる偶像... 続きをみる
聖マリア・ゴレッティおとめ殉教者 St. Maria Goretti Virgo M. 記念日 7月 6日 マリア・ゴレッティは、20世紀の聖アグネスとも称せられているが、これは何も彼女が生前アグネスと名のっていたからとか、またアグネス同様イタリア人であるからという訳によるのではない、彼女がかのキリ... 続きをみる
聖アントニオ・マリア・ザカリア司祭 St. Antonius Maria Zacharias C. 記念日 7月 5日 1503年イタリアのクレモナで、ザカリアと名乗る身分の高い青年が世を去った。彼はまだ若かったが既に妻帯の身で、妻は彼より更に若く、なお少女と言えるほどの年頃であった。二人の間には生... 続きをみる
ポルトガルの聖エリザベト王妃 St. Elisabeth Portugalliae Vid. 記念日 7月 4日 ポルトガルは今でこそ共和国になっているが、しばらく前までは王国で、その王妃の中から本日語らんとするエリザベトの如き聖女を出だした。これは同国に取って大いなる名誉と言わねばならぬ。 彼女は... 続きをみる
使徒聖トマ St. Thomas Ap. 祝日 7月 3日 「汝等行きて万民に教えよ!」 使徒達が主のこの御遺言に添うべく、思い思いに世界の各方面へ伝道旅行に赴いた中で、最も我が国に近い所まで来たのは聖トマであった。 彼は使徒の首領聖ペトロと同じくガリラヤ州の生まれでゲネサレト湖のほとりに住み、漁を... 続きをみる
聖プロチェッソと聖マルティニアノ殉教者 記念日 7月 2日 ローマのあるカタコンブの中に、聖ペトロがモーゼのように岩を打って、そこから水が流れ出る絵が描かれている。ペトロのそばには二人の兵士が立っているのが見える。この二人が洗礼を受けているのか、水を飲んでいるのかは、絵を見ただけではわからない。伝承... 続きをみる
聖シメオン・サールス St. Simeon Salus 記念日 7月 1日 シメオンは、29年間シナイの砂漠で苦行の生活を送っていたが、故郷のシリアのエメサへ帰って浮浪者たちの世話をすることを決心した。彼の持論は「真に謙遜になりたければ、屈辱を愛さなければならない」ということであった。それで彼はわざ... 続きをみる
ローマ教会最初の聖なる殉教者たち 記念日 6月 30日 ローマ教会の栄光、使徒聖ペトロ、聖パウロの殉教を祝ってから、今日当時のかずかずの殉教者たちを祝う。64年にローマで大きな火事があったが、ネロ皇帝はその責任を問われないために、キリスト信者の放火だときめつけて恐ろしい迫害をはじめた。当時の歴史家コ... 続きをみる
聖ラジスラオ王 St. Ladislaus C. 記念日 6月 27日 中世の初め聖教は、非常な勢いで欧州の北部諸国に広まったが、それはアイルランド、イングランド等から来た宣教師等の献身的努力と共に当時輩出した諸国の聖王たちの好意ある援助による所もすこぶる多かった。その最も顕著な例はハンガリー国王ス... 続きをみる
聖ヨハネ、聖パウロ兄弟殉教者 Sts. Joannes et Paulus MM. 記念日 6月 26日 350年ローマ皇帝の位に即いたユリアノは、自ら天主の信仰をなげうったばかりでなく、不埒にも聖教の根絶、偶像教の再興を企て、新たに聖会に対し猛烈な迫害を始めた。かくて諸々方々の聖堂は焼き払われ、幾... 続きをみる
レッジョの聖プロスペロ司教 記念日 6月25日 イタリアのレッジョ・ネル・エミリア市を訪れる人々は、その市の最も有名な聖人のプロスペロ司教が大きなカテドラルで記念されておらず、市場の広場に建てられた小さな教会でひそかに記念されているのを見て驚くであろう。しかし、こういうことは、謙遜な聖プロスペロを悩... 続きをみる
洗礼者聖ヨハネの誕生 St. Joannes Baptista C. 大祝日 6月 24日 聖書によれば主イエズス・キリストは「我誠に汝等に告ぐ、女より生まれたる者の中に、洗者ヨハネより大いなる者はあらず」(マテオ11・11)と仰せられたとある。およそ聖人は多しといえども、天主の御口ずからかかる讃辞... 続きをみる
聖エテルドレダ修道女 St. Etheldreda 記念日 6月23日 イギリスの有名な聖女のエテルドレダ(聖オードレイとも呼ばれる)は2度結婚した。最初に結婚した夫は5年後に死亡した。2度目に結婚した時、彼女は夫に勧めて兄と妹のような関係を保ったが、12年目に二人は別れることになった。その時、エテ... 続きをみる
ノラの聖パウリノ司教 St. Paulinus a Nola E. 記念日 6月 22日 313年かのコンスタンチノ大帝が自らもキリスト教に帰依すると共に、有名なミラノの勅令を以て聖教信仰の自由を与えてからは、国民も先を争って受洗し、聖会は一時に隆盛に赴いた。しかしそれは量的に見ての話で、質的には遺... 続きをみる
聖アロイジオ・ゴンザガ証聖者 St. Aloysius Gonzaga C. 記念日 6月 21日 聖会にはあらゆる階級、あらゆる年輩の人々に対し、模範となる聖人聖女があるが、青年諸君にとって無上の鑑と仰ぐべきは、聖ヨハネ・ベルヒマンス、聖スタニスラオ・コストカ、それに今語らんとする聖アロイジオ・ゴ... 続きをみる
聖ロムアルド大修道院長 St. Romualdus Abbas 記念日 6月 19日 聖ロムアルドの生涯は御憐れみの限りない事と、罪人も痛悔して聖寵の導きに従えばよく完徳の域に達し得る事とを示す最高の実例である。 彼はイタリアのラヴェンナに生まれた。父母は貴族であったが、その生活振りは全く世俗的非キ... 続きをみる
聖ユリアナ修道女 St. Juliana Virg. 記念日 6月 18日 聖ユリアナ童貞は、かの聖母の僕会の7人の創立者達がフィレンツェに男子修道院を起こした時、同じ目的で除し修道院を創めた人である。 彼女は1270年イタリアの貴族ファルコニエリ家に生まれた。それまで長い間女子に恵まれなかった両親... 続きをみる
ピサの聖ライネリオ証聖者 記念日6月 17日 ライネリオは、若い時イタリアのピサで放埒な生活を送っていたが、ある日伯母が紹介した聖ヴィト修道院の修道士に会ったときから、すっかり回心して今までの生活を改め、両親が心配するほどの変わり方であった。まもなく、イエズスが地上の生活を送られた聖地への巡礼を望ん... 続きをみる
聖ルトガルジスおとめ St. Lutgardis Virg. 記念日 6月 16日 聖女ルトガルジスの一生は、いわば主イエズス・キリストとの完全な一致を目指す努力精進の連続であった。「汝等は死したる者にして、その生命はキリストと共に天主において隠れたるなり。我等の生命にてましますキリストの現れ給う時... 続きをみる
聖ヴィト、聖モデスト、聖女クレスチェンチア三殉教者 記念日6月 15日 Sts.Vitus, Modestus et Crescentia MM. 聖ヴィト、その乳母クレスチャンチア及びその夫聖モデストに就いては、歴史に伝えられる所甚だ少ないが、彼等に対する崇敬は中世紀から相当盛んに行われたもので、... 続きをみる
コンスタンチノープルの聖メトディオ総大司教 記念日 6月14日 メトディオがシラクサで生まれた頃は、東方教会の人々がイエズスや諸聖人の絵画を破棄していた時代であったが、メドティオは美しいイコンを描いて信者達を励まそうと努めた画家達を、力を尽くして支持したのであった。 メドティオは若い時に皇帝の廷臣に... 続きをみる
聖コルンバ司祭 St. Columba 記念日 6月 9日 コルンバは、アイルランドのドニゴール州で生まれ、15年間アイルランドで宣教して、デリーとケルスとデュローに有名な修道院を設立した。563年にスコットランドのイオナ島に航海してひとつの修道院を建てたが、それは何世紀もたつうちに有名な所となり、... 続きをみる
ヨークの聖ウイリアム司教 記念日 6月 8日 ウイリアムは、イギリスのヨーク大聖堂の参事会員及び会計係として功績をあげ、1142年にサースタン大司教の死後、カテドラルの参事会員の大部分によって大司教に選挙された。しかし、この時点でウイリアムの平和な生活は終わりを告げたのであった。ヨーク大司教区のシト... 続きをみる
聖フランシスコ・カラッチオロ司祭証聖者 St.Franciscus Caracciolo C. 記念日 6月4日 ルターが聖会にそむいて後、天主の聖旨に従って異端者等から受けた損失を快復すべく、幾つかの修道会が生まれたが、その中に「小さき聖職者修道会」というのがあった。本日記念する聖フランシスコ・カ... 続きをみる
聖母マリアの聖エリザベト御訪問 Visitatio B. Maria V. 祝日 5月 31日 イエズス及び聖母マリアの御生涯における出来事は、すべて我等の救霊に関係があり、少なくとも我等の模範となり教訓となるものであるから、どんな事柄でもなおざりには出来ない。 大天使ガブリエルは、ナザレトの清きお... 続きをみる
聖ジャンヌ・ダルクおとめ殉教者 記念日 5月 30日 1329年、フランス王チャールズ4世の逝去によりカペー王朝が断絶し、そのいとこにあたるヴァロア家のフィリプがあとを継いだ。ところが、英王エドワード3世はチャールズ4世のおいにあたるという理由からフランス王位相続権を主張して一歩もゆずらなかった。こ... 続きをみる
パッチの聖マリア・マグダレナおとめ St. Magdalena a Pazzis V. 記念日 5月 29日 パッチの聖女マリア・マグダレナは1566年、イタリアのフィレンツェの名門パッチ家に呱々の声を挙げた。洗礼の折りにはシェナのカタリナと命名された。栴檀は双葉より香しとやら、彼女もつとに幼児より... 続きをみる
パリの聖ジェルマノ司教 記念日 5月28日 パリで最も古く、そして最も大きい中世紀のサン・ジェルマン・デ・プレ修道院は、この聖人の生存中にチルデベルト1世王によって558年に建てられたものである。ジェルマノはそれを聖ヴィンセンチオと聖十字架に奉献した。 576年5月28日にジェルマノが80歳で死去し... 続きをみる
カンタベリーの聖アウグスチノ司教 St. Augustinus E. D. 記念日 5月 27日 4世紀の民族大移動に際し、アングロ・サクソン族はブリタニア(今のイギリス)に侵入し、既にキリスト教の教化に浴していた土着民を殺戮、征服したので、同地における聖会も一時全滅の悲運を見るに至ったが、ローマに... 続きをみる
聖フィリポ・ネリ司祭証聖者 St. Philippus Neri C. 記念日 5月 26日 「汝等常に主において喜べ、我は重ねて言う、喜べ!」(フィリピ書 4・4) フィリポ・ネリは、この使徒聖パウロの言葉を一生の標語としたような聖人であった。フィリポ・ブオノ(善良なフィリポ)と言えば当時のローマ... 続きをみる
聖マグダレナ・ソフィア・バラ修道女 St. Magdalena Sophia Barat V. 記念日 5月 25日 カトリックの女子修道会も数多あるが「聖心会」の如きは、最も大にして最も著名な一つであろう。同会経営の女子教育機関は殆ど世界の各国に亘って置かれ、我が国においても東京、神戸の両市にその... 続きをみる
キリスト信者の扶助者おとめ聖マリア 祭日 5月 24日 教会の歴史を調べると、聖母マリアが何回も特別な助けをお与えになったことは明白である。聖母の連願の中に「キリスト信者の助け」ということばが、昔からあったがこれを特別な祝日と定めたのは教皇ピオ7世である。彼は、ナポレオン皇帝からフランスに捕虜として... 続きをみる
聖デシデリオ司教殉教者 St. Desiderius M. 記念日 5月 23日 デシデリオは6世紀の中頃にゴールのオータンで生まれて、後にウィーンの司教になった。当時は、教会の聖職者たちの規律がゆるんでいたので、それを改めさせるためにデシデリオは力を尽くした。そのうえ、宮廷でも不品行なことが行われ... 続きをみる
聖アンドレア・ボボラ司祭殉教者 St. Andreas Bobola M. 記念日 5月 21日 典礼聖省いわく「殉教の調査も数多したが、その残虐さにおいてアンドレア・ボボラのそれに勝るものは未だかつて聞いたことがない」と。それにも拘わらず彼の聖人に挙げられるの比較的遅く、ようやく殉教致命後300年... 続きをみる
シェナの聖ベルナルディーノ司祭 St. Bernardinus C. 記念日 5月 20日 聖ベルナルディーノは15世紀にいけるイタリアの有名な説教家で、またアッシジの聖フランシスコの弟子中最も世に知られた一人であろう。その名のベルナルディノとは、「小さいベルナルド」という意味であるが、それかあらぬ... 続きをみる
聖ダンスタン大司教 St. Dunstan Archiep. 記念日 5月 19日 聖ダンスタンは、王であると同時に教会人であり、「大王」という称号に値するアルフレッド王の死の10年後、909年頃グラストンベリーの近くで生まれた。ダンスタンの若い頃については、ほとんど知られていない。彼は、ウェセック... 続きをみる
カンタリチオの聖フェリクス証聖者 St. Felix a Cantalicio C. 記念日 5月 18日 16世紀は人も知る如く、ルター等がいわゆる宗教改革の美名に隠れて様々の異端説を唱導し、欧州の宗教界を収拾し難い混乱に陥れた悲しむべき時代であったが、他方には新大陸アメリカに布教の開拓が行われ、... 続きをみる
カンタリチオの聖フェリクス証聖者 St. Felix a Cantalicio C. 記念日 5月 18日 16世紀は人も知る如く、ルター等がいわゆる宗教改革の美名に隠れて様々の異端説を唱導し、欧州の宗教界を収拾し難い混乱に陥れた悲しむべき時代であったが、他方には新大陸アメリカに布教の開拓が行われ、... 続きをみる
聖パスカリス・バイロン司祭 St. Paschalis C. 記念日 5月 17日 今や全世界公教徒の待望の行事となった御聖体大会はおよそ115年ほど前にイタリアではじめられたものであるが、1897年この大会その他御聖体に関係ある事業の保護者には、どの聖人を選ぶかが問題になった際、多くの人々は、御聖... 続きをみる
ネポムクの聖ヨハネ司祭殉教者 St. Joannes de Nepomuk M. 記念日 5月 16日 ネポムクの聖ヨハネの肖像は、大抵黒の司祭服の上に小白衣とストラとを纏い、右手に十字架を持ち、左手に口を閉ざす様に描くのが常である。その理由を知るにはローマ殉教録を見るがよい。そこには彼に就いて次の... 続きをみる
聖マリア・ドミニおとめ St. Maria Dominica 記念日 5月 15日 聖マリア・ドミニカ・マゼレロおとめは1951年6月24日にピオ12世によって列聖された、彼女は我が国において宮崎教区をはじめ大分教区、東京大司教区、大阪大司教区等で活動している「扶助者聖マリアの修女会」(扶助者聖母会... 続きをみる
使徒聖マチア St. Matthias Ap. 祝日 5月 14日 ある日聖ペトロが使徒達を代表して「主よ、私共は一切を棄ててあなたに従いました。その代わりにはどんな報酬が得られましょう?」とお訊ねすると、聖主は「我に従うた汝等は、世あらたまって人の子がその光栄の座に就く時、同じく12の座に就いてイ... 続きをみる
ファティマの聖母 ロザリオの聖母の御出現の記念日 記念日 5月13日 ポルトガル中部の丘陵地帯コパ・ダ・イリアの近くで聖母は1917年5月13日から10月13日までの間に、6回にわたって3人の田舎の子供たち、ルチア・サントス、ヤシンタ・マルトとその弟フランシスコに現われました。出現のときにマリアは子... 続きをみる
聖ネレオ、聖アキレオ兄弟、聖ドミチラおとめ、聖パンクラチオ殉教者 記念日 5月 12日 Sts. Nereus, Achilleus, Domitilla et Pancratius M.M. 聖会は本日4人の聖なる殉教者を併せ記念する。その天国への凱旋の日は必ずしも同一ではないが、共にローマ帝国の... 続きをみる
聖イシドロ農夫 St. Isidorus C. 記念日 5月 11日 天主は社会のあらゆる階級、あらゆる方面の人々に、それぞれ模範となり保護者となるようなさまざまの聖人を起こし給うが、本日祝う聖イシドロは生前農業を生業としていた所から全世界農民の保護者と仰がれている聖人であって、4月4日のくだりに述... 続きをみる
フィレンツェの聖アントニノ大司教 St. Antoninus Archiep. 記念日 5月 10日 イタリアのフィレンツェは古来数多の名高い美術家、政治家、文学者等を生んだ由緒ある土地として知られているが、そればかりでなく、同市を揺籃とした聖人も少なくない。本日記念する聖アントニノもその一人である... 続きをみる
タレンテスの聖ペトロ司教 記念日 5月 8日 タレンテスのペトロほど成功した司教は他にないであろうが、また彼ほど司教職につくことをいやがった者もないだろう。 ペトロの唯一の望みはシトー会の修道者になることであった。20歳の時にシトー会の修道院に入ったが、自分の両親と兄弟、姉妹にも修道院に入るように勧... 続きをみる
ベバリーの聖ヨハネ司教 記念日 5月 7日 イギリスの東部ベバリーの教会は、国中で最も美しいカテドラルだと言われている。それを建てた人はベバリーのヨハネ司教であった。 ヨハネは、福音史家聖ヨハネにささげられた小さな教会のそばに修道院を建てて、721年に死去した時、ここに埋められた。ベーダによると、ベ... 続きをみる
聖ドミニコ・サヴィオ証聖者 若者、青少年の保護の聖人 記念日 5月 6日 「罪よりもむしろ死を」これは少年聖人ドミニコ・サヴィオが7歳で初聖体を受けたときに立てた決心の一つである。実際、彼はイエズス、マリアに信頼し、利己心と戦い、聖ドン・ボスコの導きの決心を生涯守り通した。 彼は1842年、イタリア... 続きをみる
聖ボニファチオ殉教者 St. Bonifatius M. 記念日 5月5日 この聖人はドイツの使徒と呼ばれる聖ボニファチオ大司教殉教者と異なり、四世紀ローマに生きていた人である。最初は聖人どころか、キリスト信者の名を汚すような罪の生活を送っていたが、後勇ましい殉教によってその一切を償い、以て聖なる痛... 続きをみる
聖十字架発見の記念 Festum Inventionis Ss. Crucis 記念日 5月 4日 主の御死去後ユダヤ人等は、その聖十字架を二人の盗賊の磔刑柱と共に引き抜き、過ぎ越し祭の始まる時刻も近づいたことゆえ、大急ぎで之をゴルゴダの丘の東側にある坑の中に投げ込んだ。そしてその後もあらゆる手段を... 続きをみる
聖フィリポ、聖ヤコブ使徒 Sts. Philippus et Jacobus App. 祝日 5月 3日 聖フィリポ及び聖ヤコブ両使徒の記念は、昔から日を同じくして行われる定めになっている。しかし彼等は同じ日に帰天した訳でもなければ、主の御昇天後共に働いた訳でもない、却って別れ別れに異なる国へ、福音... 続きをみる
聖アタナシオ司教教会博士 St. Athanasius E . D. 記念日 5月 2日 堅信の秘跡を受けてキリストの兵士となった信者は、己の信仰の為、力を尽くして闘わねばならぬ。ただしこの世の兵士の如く武器を用いるのではない、各自の能力に応じて、或いは学問により、或いは祈りにより、或いは迫害の時に... 続きをみる
聖ピオ5世教皇 St. Pius V. P. P. 記念日 4月30日 1565年にピオ4世教皇が亡くなった時、最適任者としてそのあとを継いで教皇となったのは、アントニオ・ミカエル・ギスリエリで、彼は1556年に司教に任命されるまで、ドミニコ会の学校で哲学と神学を教えていた。 ピオ5世として教皇の座... 続きをみる
シェナの聖カタリナおとめ聖会博士 St Catharina Sinensis V. 記念日 4月 29日 シェナの聖女カタリナの生涯は、聖パウロが記した「神の愚かなる所は人よりもさとく、神の弱き所は人よりも強し」(コリント前書1-25)という言葉の、良き例証とも言えよう。何となれば、彼女は別に深い学... 続きをみる
十字架の聖パウロ証聖者 St. Paulus a Cruce C. 御受難会創立者 記念日 4月 28日 十字架の聖パウロは西暦1694年、北イタリアのジェノバに程近いオヴァダという小さい都市に生まれた。ようやく物心つく頃から既に信心も深く、犠牲心に富み、世の常の子供等とは選を異にしていた。それかあ... 続きをみる
聖ジタおとめ St. Zita V. 記念日 4月 27日 聖女ジタはイタリアのモンテセグラディ村出身の貧しい両親の子と生まれた。父は早く世を去ったから、忘れ形見を育てる責任は、全くか弱い母の肩一つにかかった訳である。しかし信心深い彼女は、自分の言行を以て子供等に鑑を示し、彼等に敬虔を教え込む術をよ... 続きをみる
聖グリニヨン・ド・モンフォール 英知修道女会創立者 記念日 4月 26日 「私はよい牧者で、よい牧者は羊のために命をあたえる。」(ヨハネ 10-11) 聖グリニヨンの生涯はこの福音の生き写しであった。「よい牧者」として人々の為に絶え間なく祈り、勉強し。一般の冷遇を忍耐しながら、典礼をもって、人々の信... 続きをみる
聖マルコ福音史家 St. Marcus Evangelista. 祝日 4月 25日 使徒行録(12・6-18)によれば、ヘロデ・アグリッパ王の迫害に捕らわれて投獄された聖ペトロはある夜二位の天使の力で不思議に牢から救い出されて後、マルコと呼ばれるヨハネの母マリアの家に至り、追っ手を逃れる為に更にロ... 続きをみる
シグマリンゲンの聖フィデリス司祭殉教者 St. Fidelis Mart. 記念日 4月 24日 15世紀はイギリスにジョン・ウイクリフ、ボヘミアにヨハネ・フス等が出て、公教会に逆らい異説を立て、後のいわゆる宗教改革の先駆者となり、全欧州の宗教界を混乱におとしいれる原因を作った時代であるが、天主はま... 続きをみる
聖ジェオルジオ殉教者 St. Georgius Mart. 軍人の守護者 記念日 4月23日 聖会の初代にはローマの軍隊中に数多のキリスト信者が出来、殉教した人も少なくなかった。かように軍人が入信し易かったのは恐らく厳しい軍紀に慣れた身には聖教を守ることも難しくなく、またいつ何時祖国の為生命を投げ出... 続きをみる
聖アダルベルト司教殉教者 St. Adalbertus Ep. et Mart. 記念日 4月 22日 中央ヨーロッパの一小公教国、チェコ・スロバキアの首府プラハは、古来文化の中心地として世に聞こえているが、それにもまして同市の誉れとなるのはヨハネ・ネポムク(5月16日)、ヴェンセスラオ王(9月28... 続きをみる
聖アンセルモ大司教教会博士 St. Anselmus Archiep. et D. 記念日 4月21日 中世期の大学者大人物と讃えられる聖アンセルモは、1034年イタリアのピエモント州アオスタ市の富貴の家に生まれた。子供の頃から信心の業を好み、修道院に入って一生を天主に献げようと志した。しかし血気盛... 続きをみる
パルザムの聖コンラド証聖者 St. Conradus a Parzham C. 記念日 4月 20日 聖コンラドは1818年、ドイツのバワリア州バッサウ司教区の一小村パルザムに、素朴な農民の子と生まれた。敬虔な母親の薫育よろしきを得て、幼時より聖徳の芽生えが見られ、当時は異例の7歳で初聖体拝領を許さ... 続きをみる
御復活の大祝日 Dominica Resurrectionis Domini 春の始めの満月に続く最初の日曜日にはイエズス・キリストが死者の中より蘇り給うた事を記念する。これはキリスト教に於ける最も古くまた最も重要な祝日で、聖会の一年を連山に喩えればその最高峰とも見るべきである。昔一般信者は三日にわ... 続きをみる
聖アポロニオ殉教者 St. Apollonius Mart. 記念日 4月 18日 ローマ皇帝マルコ・アウレリオは聖会に峻烈な迫害を加えた。しかしその死後帝位を継いだ彼の子コモドはキリスト教徒に寛大であったので、聖会も暫く平和を楽しむ事が出来、信者の数も著しく増加し、上流の家庭からも信仰に入る者が少... 続きをみる
聖ベネディクト・ヨゼフ・ラブル証聖者 St. Benedictus Joseph Labre C. 記念日 4月 17日 18世紀の中頃、全欧州の上流社会には一般に奢侈享楽の風がみなぎり、わけてもフランス国王ルイ14世や同15世、その貴族達は贅の限りを尽くしたものであったが、聖ベネディクト・ヨゼフ・... 続きをみる
聖ベルナデッタおとめ St. Bernadetta Virg. 記念日 4月 16日 フランスのルルドは、1851年2月21日天主の御母が14歳の一少女に現れ給うた所として、全世界に有名であるが、その御出現に就いては既にその祝日なう2月11日のくだりに記した。本日は右の少女ベルナデッタの記念日である... 続きをみる
聖リドヴィナおとめ St. Lidwina Virg. 記念日 4月 15日 我等はなぜ、また何の為に苦しまねばならぬか?これは古来人類にとって一つの大いなる謎である。この謎を解く鍵として、天主は旧約時代ヨブという聖人を世に遣わし給うたが、新訳時代に於いて同じ使命を託されたと見るべき人の中に、聖女リ... 続きをみる
聖ユスチノ殉教者 St. Justinus Mart. 記念日 4月 14日 第二世紀の聖ユスチノは初代キリスト教会に於ける最も有名な聖人の一人で、その事跡も聖人自身がものにした記録によって比較的明瞭に知ることが出来る。 彼はパレスチナのシケムに生まれた。この町は紀元七十年ローマ皇帝ティトの軍勢が聖... 続きをみる
聖マルティノ一世教皇殉教者 記念日 4月 13日 マルティノ1世教皇は殉教の苦しみを受けた最後の教皇であった。彼はイタリアのウンブリアで生まれ、聖職者として早くから重要な職務について、教皇テオドロ1世の大使としてコンスタンチノープルに赴任した。 その頃、多数のキリスト信者たちが、キリストは神であるか... 続きをみる
聖ゼーノ司教殉教者 St. Zeno Ep. et Mart. 記念日 4月 12日 聖ゼーノはイタリアのヴェロナ市の司教で、4世紀に起こったアリオ派の異端と戦い、その害毒に滅びんとする者を救おうと努めた聖教教父達の一人である。司教になる前の事はあまり詳しく知られていないが、兎に角聖アウグスチノと同... 続きをみる
聖スタニスラオ司教殉教者 記念日 4月 11日 「正義のために迫害される人は幸せである。天の国は彼等のものだからである。」(マタイ 5-10)世に信仰道徳を乱す者があれば、責任者は一身を顧みず、にがいいましめの言葉も言わねばならない。聖スタニスラオ司教殉教者も、義のために命を捧げたひとりである。 彼... 続きをみる
聖ジェンマ・ガルガニおとめ St. Gemma Galgani V. 記念日 4月 10日 ジェンマと呼ばれる聖なる婦人が二人ある。共にイタリアの人であるが、一人は始め羊飼いで後に隠遁生活を営み、1429年5月12日帰天したスルモナの聖女、もう一人は本日記念されるジェンマ・ガルガニで1933年5月1... 続きをみる
聖女ワルトルーディス St. Waltrudis Vid. 記念日 4月 9日 聖女ワルトゥーディスは680年今のベルギーのヘンネガウ州に生まれた。両親はフランスのメロヴィング王室の親戚にあたり、その血縁からは聖女アデルグンディス、その夫聖ヴィンセンシオ、その三子ランドリコ、聖女マデルベルタ、聖アデ... 続きをみる
聖ヨハネ・バプチスタ・ド・ラ・サール司祭 記念日 4月 7日 近代教育の先駆者と呼ばれるヨハネ・バプチスタ・ド・ラ・サールは1651年フランスのランスで生まれ、10歳で司祭を志して勉強を始め27歳の時叙階された。彼は貧しい少年達の教育に身を献げることを決心して、司教座聖堂参事会員の地位と自分の家族の... 続きをみる
聖ヴィンセンシオ・フェレリ証聖者 St. Vincentius Ferrerius C. 記念日 4月 5日 聖ヴィンセンシオ・フェレリは中世期に於いて、最も名高い説教家の一人である。彼は殆ど全欧州を歴遊して説教を試み、多大の成功を勝ち得た。しかしこの成功は決して彼の弁舌のみに依ってもたらされたもの... 続きをみる
聖イシドロ司教教会博士 St. Isidorus Ep. et D. 記念日 4月 4日 聖イシドロの家はスペインの王室と縁続きであり、殊にもの聖人を出した事で名高い。イシドロの父はカルタゲナ州の総督で、母はテオドリッヒ王の後裔であった。さればこれら父祖の勇ましい血を受けた4人の子、レアンドロ、フル... 続きをみる
黒人聖ベネディクト証聖者 St. Benedictus a S. Philadelpho C. 記念日 4月 3日 聖書に「神には人就きて偏り給うが如き事なし」(ローマ人への手紙2-1)とあるが、その通り天主は誤り易い人智の判断とは異なり、その底の底まで見抜き給う全知のよしとする所に従って、聖寵を分... 続きをみる
パオラの聖フランシスコ証聖者 St. Franciscus de Paola C. 記念日 4月 2日 イタリアのパオラ市に住む敬虔なヤコボ・マルトリラ夫妻は子宝がないのを悲しみ、アッシジの聖フランシスコの取り次ぎによってこれを与えられん事を天主にお願いした。その甲斐あって1416年、遂に男の子を儲... 続きをみる
聖フーゴ司教証聖者 St.Hugo E. 記念日 4月 1日 聖人達の伝記を調べて見ると、敬虔な父母の子と生まれた人が非常に多い、例外もあるが大方は「善き木は善き実を結ぶ」という聖福音の聖言葉通りである。即ち善き親は大抵善き子を恵まれるのである。 聖フーゴの両親もやはり信心深い人々であった。父は勇ま... 続きをみる
聖バルビナおとめ St. Balbina Virgo 記念日 3月31日 聖女バルビナは2世紀初めの人である。父はクイリノのいいローマ帝国の軍人で、大佐まで昇進した。父も娘も最初は偶像教の信者であったが、後には共にカトリック教に入り、二人ながら聖人の列に加えられたのは、いかにも恵まれた親子ではないか... 続きをみる
聖ヨハネ・クリマコ山修士 St. Joannes Climacus Monachus 記念日 3月 30日 第4世紀には、修道的な目的として或いはエジプト、或いはアラビアの砂漠に隠遁する信者が甚だ多かった。で、ローマ皇帝ユスチニアノは、モーゼが十戒を授かったシナイ山の付近に住むこれらの山修士等の為、... 続きをみる
聖ヨナ、聖バラキシオ兄弟殉教者 記念日 3月29日 327年、ペルシャの王シャプール2世が国中のキリスト信者たちに対してははげしい迫害を始めた。多くの信者が牢獄に入れられたので、ベト・アサ市に住んでいた2人の兄弟のヨナとバラキシオが信者を慰めるために牢獄へ出かけ、捕縛されて裁判に渡された。裁判官は彼... 続きをみる
カピストラノの聖ヨハネ St. Joannes a Capistrano C. 記念日 3月 28日 14世紀末から15世紀初めにかけて、イタリアには巡回説経家と呼ばれる熱心な人々が現れ、南欧諸国を巡って、古の洗者聖ヨハネの如く世人に悔い改めをすすめ、信仰の復興を計った。それはいずれもフランシスコ会... 続きをみる
ザルツブルクの聖ルペルト司教 記念日 3月 27日 ザルツブルクのルペルトは、ドイツ人ではなくフランクの人で、フランスの王チルディック3世が、彼に宣教師としてババリアに行くことを勧めた時、ウォルムスの司教であった。 チルディック王がルペルトに依頼したことは、ババリア公爵テオド2世を改宗させることであ... 続きをみる
聖ルドゲーロ司教 St. Ludgerus E. 記念日 3月 26日 さしもに栄華を誇ったローマ大帝国も4世紀民族移動の結果敢えなくも滅び去り、退廃を極めたこの老民族に取って代わって欧州の覇権を握ったのは、新興気鋭のフランク民族であった。かくて三百年間ローマ歴代の皇帝に、至らざるなき迫害を蒙ったカ... 続きをみる
真理的に「お金」とは?
一人を全体のように・・・
罪を憎んで人を憎まず
神様が喜ぶ再出発には・・・オモニの間違いは間違いと言える文化が必要です。
実際は、Holyではなくて、Horribleかな?
数が非常に多くなっている絶対善霊が働いてないからです・・・
統一教会の考察 149 「天の父母様」
神様を求める原動力
飛蚊症
原理講論547頁『天の側とサタン側が・・・』⇒【特殊摂理】天の側とサタン側の連合軍!
問題に直面して二つの道があるんです・・・。
神様が実在されるということは、叙事詩では通じないということ。
「世界大会議」をすべきと思います・・・。
自己否定して美しい晩年を・・・
神様の摂理を振り返ると・・・生まれ変わるべき日本、日本家庭連合。
祝福の基「アブラハム」
最初に、神は光あれと言った。すると光があった、という話がありますが、
【動画メモ】幕屋のすべてに意味がある! ①|第18話:シャロームイスラエルシーズンⅠ(2014-2016)
「ナフサ」の話
サマリヤの女
【動画メモ】現代イスラエルにも神様は働かれている! ②|第17話:シャロームイスラエルシーズンⅠ(2014-2016)
統一教会の考察 143 「逆境はチャンス」
難しい時代 3
【動画メモ】現代イスラエルにも神様は働かれている! ①|第16話:シャロームイスラエルシーズンⅠ(2014-2016)
難しい時代 2
信仰の体験談 「刈り込み(1)」
【動画メモ】死海写本は見つからなかったのが奇跡⁈|第15話:シャロームイスラエルシーズンⅠ(2014-2016)
難しい時代
【動画メモ】本当の種なしパンの作り方!|第14話:シャロームイスラエルシーズンⅠ(2014-2016)
聖書の言葉