静態保存 長野電鉄赤ガエル
長野電鉄長野線が一部地下化されるのに伴って車両を不燃構造にしなければならない問題では、当時2000系4編成とOSカー2編成しかクリアー出来ませんでした。東急からはデハ3450形はどうかと提案があったようですが古い車両で断った長電。 そこで一時国鉄の157系を導入という話もあったようですが規格オーバー... 続きをみる
長野電鉄長野線が一部地下化されるのに伴って車両を不燃構造にしなければならない問題では、当時2000系4編成とOSカー2編成しかクリアー出来ませんでした。東急からはデハ3450形はどうかと提案があったようですが古い車両で断った長電。 そこで一時国鉄の157系を導入という話もあったようですが規格オーバー... 続きをみる
元東急5000系で昭和56年に長野~善光寺下間が地下化される際に導入されました。東急時代は青ガエルとも呼ばれて渋谷駅前にも置かれていた車両です。長野電鉄に来てからは「赤ガエル」と呼ばれていました。 このモハ2510+クハ2560はC10編成として活躍した2両編成です。長野電鉄に来た頃には上部の赤帯が... 続きをみる
静態保存というかお店として大切にされてきた国鉄緩急車のヨ5000形。色々なお店として使われていますが今は不明で何のお店か分かりません。この車掌車はトキ900形からヨ3500形へ。そしてヨ5000形へ編入したヨ13581ですかね・・・。 サビがなかり目立って全体が錆色に変色していますが定期的に塗り直し... 続きをみる
総合リサイクル企業の直富商事さんで保存されている貴重な車両。長野電鉄ED502は産業技術史資料としても貴重な電気機関車です。鉄道省時代に製造されたED15をベースに長電用に軽量化されたELでした。 電気・ディーゼル機関車は通常、三菱・日立・東芝などのメーカー製造です。しかしこのDD16は当初国鉄長野... 続きをみる
昨日UPした2枚目の写真ですが車両右側の銘板は製造年月が昭和47年3月とありました。しかし車両左側に回って見ると製造月日は昭和47年2月になっています。このDD16-301ラッセルヘッドは昭和54年5月に改造されています。 このラッセルヘッドの製造銘板の年月が違うのは現役時代から指摘がありました。今... 続きをみる
DD16ディーゼル機関車は国鉄長野工場で生まれた機関車と言ってもいいでしょう。国鉄工場で機関車が製造されるのは30年ぶりで戦後初、ディーゼル機関車としては初めてのことでした。そのうち300番台に改造されたのは4両のみで貴重な機関車でした。 飯山線、大糸線の単線用ラッセル式除雪ヘッド取付け可... 続きをみる
官設鉄道や日本鉄道の各線を主体に明治末期まで30年余り標準トラス桁として約160連が製作され、国有鉄道で使用されたのち大正9年に河東鉄道(長電の前身)に払い下げられました。この橋桁も1990年1月まで長野電鉄、松川橋梁として70年余り現役で頑張っていました。 小布施駅構内で25年ほど保管されていまし... 続きをみる
昭和2年から3年にかけて長野電鉄が新製した直流用電気機関車です。3両が在籍しましたが小布施の電車の広場→旧信濃川田駅に保存されていた302号機。昭和54年4月1日で長電の貨物営業が廃止されED5100形は越後交通に譲渡されました。 越後鉄道で昭和55年1月24日に廃車された後、同年10月に長電に引き... 続きをみる
アルピコ交通上高地線が所有する凸形の電気機関車ED301です。ED301は米国のボールドウィン社とウエスチングハウス社が製造しました。当初、信濃鉄道(現JR東日本大糸線)が貨物列車のけん引車として採用しました。1956(昭和31)年に岳南鉄道に払い下げられた後、西武鉄道に譲渡され1960年にアルピコ... 続きをみる
清里で降りた理由は駅前に静態保存されているC56 149号機です。2009年7月に移設され10年が経過し149号機は傷みがひどくなっていました。しかし昨年のメイクアッププロジェクトで綺麗に修復されました 信州山国バージョンとも言えるシールドビームとスノープロウ付きです。ナンバープ... 続きをみる
昨日に続いて茅野駅前に静態保存されているC12 67号機です。父が乗務していた可能性が大ですので愛着が湧いて来ました。今日はプレートにこだわってみましたが、まずは正面から・・・。 そしてサイドの銘板とナンバープレートを・・・。昭和8年 日立製作所 NO.518が重厚感がありますね。保存状態も良く茅野... 続きをみる
茅野駅前にはC12 67号機が静態保存されていますが状態は良好です。1933年(昭8)新製で主に大町、松本、上諏訪で入換業務に当たっていました。上諏訪機関区で機関助手から機関士になった父と在籍期間がダブっており乗務しているはず・・・。 282両が製造されたC12形ですが、ひとつ前の66号機は真岡鐵道... 続きをみる
1958年に元東京急行電鉄で活躍を始めたデハ5201は1986年に目蒲線で引退。その後、元上田交通に来て電装を解かれパンタグラフも撤去されてクハ5251となりました。しかし2006年元松本電気鉄道の5000系からパンタグラフを譲り受けて東急時代の姿に復帰。 車輌製造銘板の昭和33年東急車輌という文字... 続きをみる
旧軽井沢駅舎記念館の脇に草軽電鉄のデキ12形13号機が保存されています。軽井沢から草津まで伸びていた55.5kmの高原鉄道でしたが昭和37年に廃線。約3時間半をかけて走り終戦後の昭和21年には46万人を運んだとされる。 運転席はボロボロになっていますが米国ジェフリー社製の電気機関車です。最盛期には9... 続きをみる
昨日のデハニ201と一緒に保存されているモハ604です。昭和2年製造で全鋼製川造形と呼ばれる形で昭和56年に上田電鉄へ。昭和61年まで現役でしたが長野電鉄へ戻り小布施で静態保存されていました。 車内はつり革こそ外されていたものの当時のまま保存されています。電車の図書室として公開されていますがコロナで... 続きをみる
コロナでSTAY HOME状態でしたが信州は大丈夫となり出掛けました。安曇野ちひろ美術館のすぐ隣にトットちゃん広場があります。そこに元長野電鉄のモハ604とデハニ201が展示されています。 こちらがデハニ201で汽車製造において大正15年5月落成した。リベット組立工法なので直線的で無骨な外観が特徴の... 続きをみる
1938年2月に盛岡に配置後、会津若松→中込→飯山→長野と渡り歩く。1972年3月にはC56 111号機と重連で飯山線「さよなら旅客列車」を牽引した。昭和26年12月から飯山線で活躍を始め、昭和47年10月までの20年余をこの雪国で過ごした。 昭和10~14年に164両製造されたうち96両が太平洋戦... 続きをみる
飯山線の撮影に出掛けると見かけるのですが昨年の台風19号で被災しました。千曲川の氾濫で水に浸かり泥がこびりつきサビが一段とひどくなってしまいました。そこで信州の静態保存機も記録に残しておきたいと思うようになりました。 この9646号機は大正8年神戸に新製配置後、長野→直江津→米沢→長野と渡り歩いた。... 続きをみる
長野総合車両センターにはデゴイチが静態保存されています。昭和15年3月に国鉄長野工場で製造されたD51-486。信越本線、北陸本線で活躍したカマは静かな余生を送っています。 撮影日 2017.10.14 12:32 長野総合車両センター(以下同じ) このフェスタ直前に真黒く化粧直しが施されていました... 続きをみる
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