哲学一般のムラゴンブログ

  • § 280b[概念から存在への移行]

    § 280b[概念から存在への移行] Dieser Übergang vom Begriff der reinen Selbstbestimmung in die Unmittelbarkeit des Seins und damit in die Natürlichkeit ist rein sp... 続きをみる

  • § 280b[概念から存在への移行]

    § 280b[概念から存在への移行] Dieser Übergang vom Begriff der reinen Selbstbestimmung in die Unmittelbarkeit des Seins und damit in die Natürlichkeit ist rein sp... 続きをみる

  • 「an und für sich」をどう訳すべきか

    「an und für sich」をどう訳すべきか - 夕暮れのフクロウ blog.goo.ne.jp/aowls/e/7e7c65… — Tukihosi (@soratine) 2017年8月8日 - 23:08 — Tukihosi (@soratine) 2017年8月8日 - 23:12 ... 続きをみる

  • 「an und für sich」をどう訳すべきか

    「an und für sich」をどう訳すべきか - 夕暮れのフクロウ blog.goo.ne.jp/aowls/e/7e7c65… — Tukihosi (@soratine) 2017年8月8日 - 23:08 — Tukihosi (@soratine) 2017年8月8日 - 23:12 ... 続きをみる

  • 6月15日(木)のTW:「平等」の強制

    — chaste (@chaste_japan) 2017年6月14日 - 18:51 ※20170621追記 ここで中川八洋氏の述べているように、抽象的な概念である「平等」を、それが認められる具体的で理性的な条件もわきまえずに、その限界を超えて抽象的一般的に狂信的に主張すること、つまり「悟性的な思... 続きをみる

  • 6月15日(木)のTW:「平等」の強制

    — chaste (@chaste_japan) 2017年6月14日 - 18:51 ※20170621追記 ここで中川八洋氏の述べているように、抽象的な概念である「平等」を、それが認められる具体的で理性的な条件もわきまえずに、その限界を超えて抽象的一般的に狂信的に主張すること、つまり「悟性的な思... 続きをみる

  • 5月2日(火)のTW:職業における義務(ヘーゲル『哲学入門』)

    § 45 人間の職務にける忠実と服従、並びに運命に対する服従と人間の行為における自己忘却は、絶対的で必然的なもののために虚栄心、うぬぼれ、利己心を放棄することを根本条件とする。 — review (@myenzyklo) 2017年5月2日 - 00:46 説明。 職務は普遍的なものであり、必然的な... 続きをみる

  • 5月2日(火)のTW:職業における義務(ヘーゲル『哲学入門』)

    § 45 人間の職務にける忠実と服従、並びに運命に対する服従と人間の行為における自己忘却は、絶対的で必然的なもののために虚栄心、うぬぼれ、利己心を放棄することを根本条件とする。 — review (@myenzyklo) 2017年5月2日 - 00:46 説明。 職務は普遍的なものであり、必然的な... 続きをみる

  • 8月2日(土)のTW:国家哲学の基礎としてのヘーゲル哲学

    review @myenzyklo 08:12 「8月1日(金)のTW:中川八洋掲示板を読んでつぶやいた、など」現代においてもなおヘーゲル哲学の意義はきわめて大きいと思います。この哲学は今もなお日本国においても国家哲学の基礎となるべきものです。 goo.gl/ym5Ivs from gooBlog ... 続きをみる

  • 8月2日(土)のTW:国家哲学の基礎としてのヘーゲル哲学

    review @myenzyklo 08:12 「8月1日(金)のTW:中川八洋掲示板を読んでつぶやいた、など」現代においてもなおヘーゲル哲学の意義はきわめて大きいと思います。この哲学は今もなお日本国においても国家哲学の基礎となるべきものです。 goo.gl/ym5Ivs from gooBlog ... 続きをみる

  • Allgemeine Begriffe(普遍的概念)がもたらす恐ろしい不幸

    Allgemeine Begriffe(普遍的概念)がもたらす恐ろしい不幸 2014年06月18日 | ツイツター shuzo ati @soratine 14:27 【中川八洋掲示板 】尖閣(魚釣島)に標柱すら建立しない“鵺”安倍晋三──空母も建造しない、危険で有害な“口先だけの中共批判” - f... 続きをみる

  • Allgemeine Begriffe(普遍的概念)がもたらす恐ろしい不幸

    Allgemeine Begriffe(普遍的概念)がもたらす恐ろしい不幸 2014年06月18日 | ツイツター shuzo ati @soratine 14:27 【中川八洋掲示板 】尖閣(魚釣島)に標柱すら建立しない“鵺”安倍晋三──空母も建造しない、危険で有害な“口先だけの中共批判” - f... 続きをみる

  • 「存在」と「概念」

    「存在」と「概念」の関係について、先日たまたまツィートすることがありましたが、概念と存在の関係については、重要なテーマでもあると思いますので、『小論理学』の中から、参考となる個所を引用しておきました。興味と関心のある方もどうぞ。 小論理学§51 その現存在がその概念と異なっているということが、しかも... 続きをみる

  • 「存在」と「概念」

    「存在」と「概念」の関係について、先日たまたまツィートすることがありましたが、概念と存在の関係については、重要なテーマでもあると思いますので、『小論理学』の中から、参考となる個所を引用しておきました。興味と関心のある方もどうぞ。 小論理学§51 その現存在がその概念と異なっているということが、しかも... 続きをみる

  • 「存在」と「概念」

    「存在」と「概念」の関係について、先日たまたまツィートすることがありましたが、概念と存在の関係については、重要なテーマでもあると思いますので、『小論理学』の中から、参考となる個所を引用しておきました。興味と関心のある方もどうぞ。 小論理学§51 その現存在がその概念と異なっているということが、しかも... 続きをみる

  • 「存在」と「概念」

    「存在」と「概念」の関係について、先日たまたまツィートすることがありましたが、概念と存在の関係については、重要なテーマでもあると思いますので、『小論理学』の中から、参考となる個所を引用しておきました。興味と関心のある方もどうぞ。 小論理学§51 その現存在がその概念と異なっているということが、しかも... 続きをみる

  • wissenschaftlich をどのように訳すべきか―――ひとつの試案

    wissenschaftlich をどのように訳すべきか。このテーマで考えてみたい。手元にある三修社の現代独和辞典では、wissenschaft は①学問、科学、②知識、学識 な どの訳語が挙げられ, wissenshaftlich では学問の、科学の、学術の、学的、などと訳されている。 wisse... 続きをみる

  • wissenschaftlich をどのように訳すべきか―――ひとつの試案

    wissenschaftlich をどのように訳すべきか。このテーマで考えてみたい。手元にある三修社の現代独和辞典では、wissenschaft は①学問、科学、②知識、学識 な どの訳語が挙げられ, wissenshaftlich では学問の、科学の、学術の、学的、などと訳されている。 wisse... 続きをみる

  • wissenschaftlich をどのように訳すべきか―――ひとつの試案

    wissenschaftlich をどのように訳すべきか。このテーマで考えてみたい。手元にある三修社の現代独和辞典では、wissenschaft は①学問、科学、②知識、学識 などの訳語が挙げられ, wissenshaftlich では学問の、科学の、学術の、などと訳されている。 wissen は①... 続きをみる

  • wissenschaftlich をどのように訳すべきか―――ひとつの試案

    wissenschaftlich をどのように訳すべきか。このテーマで考えてみたい。手元にある三修社の現代独和辞典では、wissenschaft は①学問、科学、②知識、学識 などの訳語が挙げられ, wissenshaftlich では学問の、科学の、学術の、などと訳されている。 wissen は①... 続きをみる

  • 「悟性的思考」と「理性的思考」2

    「悟性的思考」と「理性的思考」2 インターネットのブログやサイトの記事や論文を読んでいて、最近とくに感じること考えることは、「悟性的思考」と「理性的思考」の相違ということだろうか。もっとも、それらがどう違うのか、また、そもそも悟性的な思考と理性的な思考とはどのようなものなのか、といった問題意識をもつ... 続きをみる

  • 「悟性的思考」と「理性的思考」2

    「悟性的思考」と「理性的思考」2 インターネットのブログやサイトの記事や論文を読んでいて、最近とくに感じること考えることは、「悟性的思考」と「理性的思考」の相違ということだろうか。もっとも、それらがどう違うのか、また、そもそも悟性的な思考と理性的な思考とはどのようなものなのか、といった問題意識をもつ... 続きをみる

  • 「悟性的思考」と「理性的思考」2

    「悟性的思考」と「理性的思考」2 インターネットのブログやサイトの記事や論文を読んでいて、最近とくに感じること考えることは、「悟性的思考」と「理性的思考」の相違ということだろうか。もっとも、それらがどう違うのか、また、そもそも悟性的な思考と理性的な思考とはどのようなものなのか、といった問題意識をもつ... 続きをみる

  • 「悟性的思考」と「理性的思考」2

    「悟性的思考」と「理性的思考」2 インターネットのブログやサイトの記事や論文を読んでいて、最近とくに感じること考えることは、「悟性的思考」と「理性的思考」の相違ということだろうか。もっとも、それらがどう違うのか、また、そもそも悟性的な思考と理性的な思考とはどのようなものなのか、といった問題意識をもつ... 続きをみる

  • ヘラクレイトス

    ラファエロ作『アテナイの学堂』に見るヘラクレイトス・中央の階段左付近で考え事をしている。ただ人物のモデルは、ミケランジェロといわれている。ヘラクレイトス(Ηράκλειτος Hērakleitos、 紀元前540年頃 - 紀元前480年頃?)は、ギリシア人の哲学者、自然哲学者。 ヘラクレイトス 時... 続きをみる

  • ヘラクレイトス

    ラファエロ作『アテナイの学堂』に見るヘラクレイトス・中央の階段左付近で考え事をしている。ただ人物のモデルは、ミケランジェロといわれている。ヘラクレイトス(Ηράκλειτος Hērakleitos、 紀元前540年頃 - 紀元前480年頃?)は、ギリシア人の哲学者、自然哲学者。 ヘラクレイトス 時... 続きをみる

  • ヘラクレイトス

    ラファエロ作『アテナイの学堂』に見るヘラクレイトス・中央の階段左付近で考え事をしている。ただ人物のモデルは、ミケランジェロといわれている。ヘラクレイトス(Ηράκλειτος Hērakleitos、 紀元前540年頃 - 紀元前480年頃?)は、ギリシア人の哲学者、自然哲学者。 ヘラクレイトス 時... 続きをみる

  • ヘラクレイトス

    ラファエロ作『アテナイの学堂』に見るヘラクレイトス・中央の階段左付近で考え事をしている。ただ人物のモデルは、ミケランジェロといわれている。ヘラクレイトス(Ηράκλειτος Hērakleitos、 紀元前540年頃 - 紀元前480年頃?)は、ギリシア人の哲学者、自然哲学者。 ヘラクレイトス 時... 続きをみる

  • ミネルバのフクロウ再論

    ミネルバのフクロウ再論 以前に「ミネルバのフクロウ」と題して、哲学の意義について論じたことがある。そこで「ミネルバのフクロウ」に象徴される哲学というものは、「(歴史的な)現実が成熟した後に、その現実の中にひそむ実体を、知の王国として、観念の形態で、認識するに過ぎないということを言おうとしているのであ... 続きをみる

  • ミネルバのフクロウ再論

    ミネルバのフクロウ再論 以前に「ミネルバのフクロウ」と題して、哲学の意義について論じたことがある。そこで「ミネルバのフクロウ」に象徴される哲学というものは、「(歴史的な)現実が成熟した後に、その現実の中にひそむ実体を、知の王国として、観念の形態で、認識するに過ぎないということを言おうとしているのであ... 続きをみる

  • ミネルバのフクロウ再論

    ミネルバのフクロウ再論 以前に「ミネルバのフクロウ」と題して、哲学の意義について論じたことがある。そこで「ミネルバのフクロウ」に象徴される哲学というものは、「(歴史的な)現実が成熟した後に、その現実の中にひそむ実体を、知の王国として、観念の形態で、認識するに過ぎないということを言おうとしているのであ... 続きをみる

  • ミネルバのフクロウ再論

    ミネルバのフクロウ再論 以前に「ミネルバのフクロウ」と題して、哲学の意義について論じたことがある。そこで「ミネルバのフクロウ」に象徴される哲学というものは、「(歴史的な)現実が成熟した後に、その現実の中にひそむ実体を、知の王国として、観念の形態で、認識するに過ぎないということを言おうとしているのであ... 続きをみる

  • 人間の欲望と二律背反

    写真出典 360@旅行ナビ http://www.360navi.com/blogn/index.php?e=520 人間の欲望と二律背反 今年も春が巡り来る。しかし、せっかくに巡り来た春を、もちろんに、心の底から賛美できないのは、この春先に東北地方に、地震、津波と、それに追い打ちをかけるようにして... 続きをみる

  • 人間の欲望と二律背反

    写真出典 360@旅行ナビ http://www.360navi.com/blogn/index.php?e=520 人間の欲望と二律背反 今年も春が巡り来る。しかし、せっかくに巡り来た春を、もちろんに、心の底から賛美できないのは、この春先に東北地方に、地震、津波と、それに追い打ちをかけるようにして... 続きをみる

  • 哲学概念としての「私」の確立

    哲学概念としての「私」の確立 哲学の研究の対象が、思考であり世界観であり言語であるとしても、それはすべて、「自我」の産物、つまり、「私」による精神的労働の産物である。我が国において、哲学もまた西洋伝来の学問科学の移入と継承のうえに、学問分野として成立、確立したのであるが、その過程において、西洋の古典... 続きをみる

  • 哲学概念としての「私」の確立

    哲学概念としての「私」の確立 哲学の研究の対象が、思考であり世界観であり言語であるとしても、それはすべて、「自我」の産物、つまり、「私」による精神的労働の産物である。我が国において、哲学もまた西洋伝来の学問科学の移入と継承のうえに、学問分野として成立、確立したのであるが、その過程において、西洋の古典... 続きをみる

  • 哲学概念としての「私」の確立

    哲学概念としての「私」の確立 哲学の研究の対象が、思考であり世界観であり言語であるとしても、それはすべて、「自我」の産物、つまり、「私」による精神的労働の産物である。我が国において、哲学もまた西洋伝来の学問科学の移入と継承のうえに、学問分野として成立、確立したのであるが、その過程において、西洋の古典... 続きをみる

  • 哲学概念としての「私」の確立

    哲学概念としての「私」の確立 哲学の研究の対象が、思考であり世界観であり言語であるとしても、それはすべて、「自我」の産物、つまり、「私」による精神的労働の産物である。我が国において、哲学もまた西洋伝来の学問科学の移入と継承のうえに、学問分野として成立、確立したのであるが、その過程において、西洋の古典... 続きをみる

  • 概念と自我

    概念と自我 ヘーゲルは彼の主張するところの「概念」がどのようなものであるかを少しでも理解させようと、大論理学第二巻の冒頭の「概念についての概論」のなかで、自我と概念との関係を説明している。それは次のようなものである。概念を理解する上で自我の本質を把握することの重要性を次のように述べている。 >> 「... 続きをみる

  • 概念と自我

    概念と自我 ヘーゲルは彼の主張するところの「概念」がどのようなものであるかを少しでも理解させようと、大論理学第二巻の冒頭の「概念についての概論」のなかで、自我と概念との関係を説明している。それは次のようなものである。概念を理解する上で自我の本質を把握することの重要性を次のように述べている。 >> 「... 続きをみる

  • 概念と自我

    概念と自我 ヘーゲルは彼の主張するところの「概念」がどのようなものであるかを少しでも理解させようと、大論理学第二巻の冒頭の「概念についての概論」のなかで、自我と概念との関係を説明している。それは次のようなものである。概念を理解する上で自我の本質を把握することの重要性を次のように述べている。 >> 「... 続きをみる

  • 概念と自我

    概念と自我 ヘーゲルは彼の主張するところの「概念」がどのようなものであるかを少しでも理解させようと、大論理学第二巻の冒頭の「概念についての概論」のなかで、自我と概念との関係を説明している。それは次のようなものである。概念を理解する上で自我の本質を把握することの重要性を次のように述べている。 >> 「... 続きをみる

  • ミネルヴァのフクロウは夕暮れに飛び立つ

    ミネルヴァのフクロウは夕暮れに飛び立つ たまたま入った喫茶店で、そこにおいてあった新聞に目を通していたとき、「現代のことば」というコラムがあった。そこに、同志社大学教授で国際経済学を専攻する浜 矩子(のりこ)氏が、「再び黄昏か、ポスト鳩山の日本政治」と題する小文を書いておられた。 浜氏は詩篇第百二十... 続きをみる

  • ミネルヴァのフクロウは夕暮れに飛び立つ

    ミネルヴァのフクロウは夕暮れに飛び立つ たまたま入った喫茶店で、そこにおいてあった新聞に目を通していたとき、「現代のことば」というコラムがあった。そこに、同志社大学教授で国際経済学を専攻する浜 矩子(のりこ)氏が、「再び黄昏か、ポスト鳩山の日本政治」と題する小文を書いておられた。 浜氏は詩篇第百二十... 続きをみる

  • ミネルヴァのフクロウは夕暮れに飛び立つ

    ミネルヴァのフクロウは夕暮れに飛び立つ たまたま入った喫茶店で、そこにおいてあった新聞に目を通していたとき、「現代のことば」というコラムがあった。そこに、同志社大学教授で国際経済学を専攻する浜 矩子(のりこ)氏が、「再び黄昏か、ポスト鳩山の日本政治」と題する小文を書いておられた。 浜氏は詩篇第百二十... 続きをみる

  • ミネルヴァのフクロウは夕暮れに飛び立つ

    ミネルヴァのフクロウは夕暮れに飛び立つ たまたま入った喫茶店で、そこにおいてあった新聞に目を通していたとき、「現代のことば」というコラムがあった。そこに、同志社大学教授で国際経済学を専攻する浜 矩子(のりこ)氏が、「再び黄昏か、ポスト鳩山の日本政治」と題する小文を書いておられた。 浜氏は詩篇第百二十... 続きをみる

  • 存在・概念・真理・国家

    存在・概念・真理・国家 どんな事物にもその「あるべき姿」ということが、それが自覚されているか否かは別にして、つねに考えられている。人間についても、バラの花についても、また、料理に使われるレモンなどについても、さらには、国家についてもおなじことが言える。 ある事物がその事物であり得ているかどうかについ... 続きをみる

  • 存在・概念・真理・国家

    存在・概念・真理・国家 どんな事物にもその「あるべき姿」ということが、それが自覚されているか否かは別にして、つねに考えられている。人間についても、バラの花についても、また、料理に使われるレモンなどについても、さらには、国家についてもおなじことが言える。 ある事物がその事物であり得ているかどうかについ... 続きをみる

  • 概念と種子

    概念と種子 この論考が、「概念の概念」について研究することを根本的な目的にしていることは言うまでもありませんが、これまでも、「概念」については、その本質を「種子」との類比でたびたび説明してきたところです。一種のアナロジーですが、「概念」が「観念的な種子」でもあるということです。(もちろん、アナロジー... 続きをみる

  • 概念と種子

    概念と種子 この論考が、「概念の概念」について研究することを根本的な目的にしていることは言うまでもありませんが、これまでも、「概念」については、その本質を「種子」との類比でたびたび説明してきたところです。一種のアナロジーですが、「概念」が「観念的な種子」でもあるということです。(もちろん、アナロジー... 続きをみる

  • 概念と種子

    概念と種子 この論考が、「概念の概念」について研究することを根本的な目的にしていることは言うまでもありませんが、これまでも、「概念」については、その本質を「種子」との類比でたびたび説明してきたところです。一種のアナロジーですが、「概念」が「観念的な種子」でもあるということです。(もちろん、アナロジー... 続きをみる

  • 概念と種子

    概念と種子 この論考が、「概念の概念」について研究することを根本的な目的にしていることは言うまでもありませんが、これまでも、「概念」については、その本質を「種子」との類比でたびたび説明してきたところです。一種のアナロジーですが、「概念」が「観念的な種子」でもあるということです。(もちろん、アナロジー... 続きをみる

  • 概念とは何か(ノート3)

    概念とは何か(ノート3) 概念とは何か。それを比喩的に言えば、概念とは観念的な種子のようなものである。植物にたとえるならば、その種子の中にはレバノン杉や椎の木やダイコンやニンジンの設計図が含まれているのである。現代科学はその設計図の構造をさらに解明して、それを遺伝子の配列として捉える。 動物において... 続きをみる

  • 概念とは何か(ノート3)

    概念とは何か(ノート3) 概念とは何か。それを比喩的に言えば、概念とは観念的な種子のようなものである。植物にたとえるならば、その種子の中にはレバノン杉や椎の木やダイコンやニンジンの設計図が含まれているのである。現代科学はその設計図の構造をさらに解明して、それを遺伝子の配列として捉える。 動物において... 続きをみる

  • ヘーゲルの東洋哲学観

    ヘーゲルの東洋哲学観 ヘーゲルの東洋哲学に対する批判の核心は、東洋哲学には「普遍」のみ存在して「個別」がないということ、「無限」のみ存在して「有限」がないということにある。この事実の奥には、東洋人が「自由」を知らないでいることがある。これに起因している。真の自由を知らないがゆえに、東洋は個別と有限を... 続きをみる

  • ヘーゲルの東洋哲学観

    ヘーゲルの東洋哲学観 ヘーゲルの東洋哲学に対する批判の核心は、東洋哲学には「普遍」のみ存在して「個別」がないということ、「無限」のみ存在して「有限」がないということにある。この事実の奥には、東洋人が「自由」を知らないでいることがある。これに起因している。真の自由を知らないがゆえに、東洋は個別と有限を... 続きをみる

  • ヘーゲルの東洋哲学観

    ヘーゲルの東洋哲学観 ヘーゲルの東洋哲学に対する批判の核心は、東洋哲学には「普遍」のみ存在して「個別」がないということ、「無限」のみ存在して「有限」がないということにある。この事実の奥には、東洋人が「自由」を知らないでいることがある。これに起因している。真の自由を知らないがゆえに、東洋は個別と有限を... 続きをみる

  • ヘーゲルの東洋哲学観

    ヘーゲルの東洋哲学観 ヘーゲルの東洋哲学に対する批判の核心は、東洋哲学には「普遍」のみ存在して「個別」がないということ、「無限」のみ存在して「有限」がないということにある。この事実の奥には、東洋人が「自由」を知らないでいることがある。これに起因している。真の自由を知らないがゆえに、東洋は個別と有限を... 続きをみる

  • 西尾幹二氏論(1)

    西尾幹二氏を論ず(1) Ⅰ.西尾幹二氏の飢餓感 現代の思想家、評論家で、私にとって興味と関心の持てる一人に西尾幹二氏がいる。西尾氏の思想や言論には教えられる点や共感できる点も多く、おこがましくも私も同じくするテーマで折に触れて論じてきたこともある。 至高の国家型態 「朝まで生テレビ」を見る そして、... 続きをみる

  • 西尾幹二氏論(1)

    西尾幹二氏を論ず(1) Ⅰ.西尾幹二氏の飢餓感 現代の思想家、評論家で、私にとって興味と関心の持てる一人に西尾幹二氏がいる。西尾氏の思想や言論には教えられる点や共感できる点も多く、おこがましくも私も同じくするテーマで折に触れて論じてきたこともある。 至高の国家型態 「朝まで生テレビ」を見る そして、... 続きをみる

  • 批判とは何か

    批判とは何か ブログ上に公表している私の前回の論考「自然憲法(Verfassung)と実定憲法(Konstitution)」に対するコメント(批判?)を、「らくだ」さんという方からいただきました。 >> コメントhttp://blog.goo.ne.jp/aowls/e/1db60e8258c871... 続きをみる

  • 批判とは何か

    批判とは何か ブログ上に公表している私の前回の論考「自然憲法(Verfassung)と実定憲法(Konstitution)」に対するコメント(批判?)を、「らくだ」さんという方からいただきました。 >> コメントhttp://blog.goo.ne.jp/aowls/e/1db60e8258c871... 続きをみる

  • 批判とは何か

    批判とは何か ブログ上に公表している私の前回の論考「自然憲法(Verfassung)と実定憲法(Konstitution)」に対するコメント(批判?)を、「らくだ」さんという方からいただきました。 >> コメントhttp://blog.goo.ne.jp/aowls/e/1db60e8258c871... 続きをみる

  • 批判とは何か

    批判とは何か ブログ上に公表している私の前回の論考「自然憲法(Verfassung)と実定憲法(Konstitution)」に対するコメント(批判?)を、「らくだ」さんという方からいただきました。 >> コメントhttp://blog.goo.ne.jp/aowls/e/1db60e8258c871... 続きをみる

  • ロゴス(ho logos)・概念・弁証法

    ロゴス(ho logos)・概念・弁証法 新約聖書のヨハネ書の第一章の冒頭に、「はじめに言(ロゴス)があった。言は神と共にあった。言は神であった。言はこの世の存在する前からあり、言は神であり、言ははじめには神と共にあり、すべてのものが言(ロゴス)に由って神に造られた。被造物のなかで言によって造られな... 続きをみる

  • ロゴス(ho logos)・概念・弁証法

    ロゴス(ho logos)・概念・弁証法 新約聖書のヨハネ書の第一章の冒頭に、「はじめに言(ロゴス)があった。言は神と共にあった。言は神であった。言はこの世の存在する前からあり、言は神であり、言ははじめには神と共にあり、すべてのものが言(ロゴス)に由って神に造られた。被造物のなかで言によって造られな... 続きをみる

  • 悟性的思考と理性的思考

    悟性的思考と理性的思考 hishikaiさん、懇切なご返事ありがとうございます。現在話題になっていて、昨日も参議院の外交委に参考人として招致されて意見を述べていた田母神前空幕長の懸賞論文問題について、今ちょうど私も論じようと思っていたところでした。 今回のあなたの文章を読んで、あなたの問題意識がさら... 続きをみる

  • 悟性的思考と理性的思考

    悟性的思考と理性的思考 hishikaiさん、懇切なご返事ありがとうございます。現在話題になっていて、昨日も参議院の外交委に参考人として招致されて意見を述べていた田母神前空幕長の懸賞論文問題について、今ちょうど私も論じようと思っていたところでした。 今回のあなたの文章を読んで、あなたの問題意識がさら... 続きをみる

  • 悟性的思考と理性的思考

    悟性的思考と理性的思考 hishikaiさん、懇切なご返事ありがとうございます。現在話題になっていて、昨日も参議院の外交委に参考人として招致されて意見を述べていた田母神前空幕長の懸賞論文問題について、今ちょうど私も論じようと思っていたところでした。 今回のあなたの文章を読んで、あなたの問題意識がさら... 続きをみる

  • 悟性的思考と理性的思考

    悟性的思考と理性的思考 hishikaiさん、懇切なご返事ありがとうございます。現在話題になっていて、昨日も参議院の外交委に参考人として招致されて意見を述べていた田母神前空幕長の懸賞論文問題について、今ちょうど私も論じようと思っていたところでした。 今回のあなたの文章を読んで、あなたの問題意識がさら... 続きをみる

  • 福岡正信氏の自然農法

    オクラの花 福岡正信氏の自然農法 福岡正信氏は「自然農法」と呼ばれる独自の農法の実践者、主唱者として知られている。自然農法とは、「耕さず、田植えをせず、直接モミや種を蒔いて、米と麦の二毛作をし、化学肥料も施さず、除草作業もせず、農薬も使わない」という極めて簡単な農法である。肥料の代わりにワラを敷き、... 続きをみる

  • 福岡正信氏の自然農法

    オクラの花 福岡正信氏の自然農法 福岡正信氏は「自然農法」と呼ばれる独自の農法の実践者、主唱者として知られている。自然農法とは、「耕さず、田植えをせず、直接モミや種を蒔いて、米と麦の二毛作をし、化学肥料も施さず、除草作業もせず、農薬も使わない」という極めて簡単な農法である。肥料の代わりにワラを敷き、... 続きをみる

  • 『法の哲学』ノート§273(国家体制、憲法2)

    『法の哲学』ノート§273(国家体制、憲法2) 国家がみずからの概念にしたがって発展させるとき、そこに三つの区別が現れる。まず、 (1)国家の普遍的な原理を確定する権力としての立法権、 継いで 、(2)特殊な領域としての市民社会や、個別的な領域である個人(家族)を普遍的な原理のうちに統制するものとし... 続きをみる

  • 『法の哲学』ノート§273(国家体制、憲法2)

    『法の哲学』ノート§273(国家体制、憲法2) 国家がみずからの概念にしたがって発展させるとき、そこに三つの区別が現れる。まず、 (1)国家の普遍的な原理を確定する権力としての立法権、 継いで 、(2)特殊な領域としての市民社会や、個別的な領域である個人(家族)を普遍的な原理のうちに統制するものとし... 続きをみる

  • 『法の哲学』ノート§272(国家体制、憲法)

    『法の哲学』ノート§272(国家体制、憲法) ドイツ語の「Verfassung」には、もともと「書く」「記す」「著作」「起草」「体制」、「統治組織」、「心身の状態」、「身体の調子」などの意味もあるらしい。(三修社現代独和辞典)。憲法は英語では、Constitutionである。 高峯一愚氏の訳業になる... 続きをみる

  • 『法の哲学』ノート§272(国家体制、憲法)

    『法の哲学』ノート§272(国家体制、憲法) ドイツ語の「Verfassung」には、もともと「書く」「記す」「著作」「起草」「体制」、「統治組織」、「心身の状態」、「身体の調子」などの意味もあるらしい。(三修社現代独和辞典)。憲法は英語では、Constitutionである。 高峯一愚氏の訳業になる... 続きをみる

  • 哲学の伝統

    哲学の伝統ということを考える。哲学という語彙を手近にある辞書で調べてみると次のようにある。 【哲学】 ①世界や人生の究極の根本原理を理論的に追求する学問。 「哲学者」「 哲学的」 ②自分自身の経験などから作りあげた人生観、世界観。理念。「彼は哲学を持っている」 ▼ギリシャ語PHILOSOPHIA「愛... 続きをみる

  • 哲学の伝統

    哲学の伝統ということを考える。哲学という語彙を手近にある辞書で調べてみると次のようにある。 【哲学】 ①世界や人生の究極の根本原理を理論的に追求する学問。 「哲学者」「 哲学的」 ②自分自身の経験などから作りあげた人生観、世界観。理念。「彼は哲学を持っている」 ▼ギリシャ語PHILOSOPHIA「愛... 続きをみる

  • 哲学の伝統

    哲学の伝統 哲学の伝統ということを考える。哲学という語彙を手近にある辞書で調べてみると次のようにある。 【哲学】 ①世界や人生の究極の根本原理を理論的に追求する学問。 「哲学者」「 哲学的」 ②自分自身の経験などから作りあげた人生観、世界観。理念。「彼は哲学を持っている」 ▼ギリシャ語PHILOSO... 続きをみる

  • 哲学の伝統

    哲学の伝統 哲学の伝統ということを考える。哲学という語彙を手近にある辞書で調べてみると次のようにある。 【哲学】 ①世界や人生の究極の根本原理を理論的に追求する学問。 「哲学者」「 哲学的」 ②自分自身の経験などから作りあげた人生観、世界観。理念。「彼は哲学を持っている」 ▼ギリシャ語PHILOSO... 続きをみる

  • 戦争はなぜ起きるか

    戦争はなぜ起きるか hishikaiさん、丁寧なご説明ありがとうございました。「日本の伝統的な土俗的天皇信仰」が、やがて西欧列強との対決や日米開戦に帰結するというあなたのお考えの趣旨は理解できたと思います。 「日本の伝統的な土俗的天皇信仰」が、「戒律を廃した法の不在という「思考形式」」として拡大し普... 続きをみる

  • 戦争はなぜ起きるか

    戦争はなぜ起きるか hishikaiさん、丁寧なご説明ありがとうございました。「日本の伝統的な土俗的天皇信仰」が、やがて西欧列強との対決や日米開戦に帰結するというあなたのお考えの趣旨は理解できたと思います。 「日本の伝統的な土俗的天皇信仰」が、「戒律を廃した法の不在という「思考形式」」として拡大し普... 続きをみる

  • 民主党の党首選挙(2)

    民主党の党首選挙(2) もちろん、何も狂信的に何が何でも「党首選」を実行せよ、と言うのではない。 民主党の幹部が、直嶋正行政調会長が主張するように、本当に圧倒的な多数の支持を獲得できるリーダーで、その能力の評価において衆目の一致するところであれば、対抗馬がなく無投票で選出されると言うこともあり得るだ... 続きをみる

  • 民主党の党首選挙(2)

    民主党の党首選挙(2) もちろん、何も狂信的に何が何でも「党首選」を実行せよ、と言うのではない。 民主党の幹部が、直嶋正行政調会長が主張するように、本当に圧倒的な多数の支持を獲得できるリーダーで、その能力の評価において衆目の一致するところであれば、対抗馬がなく無投票で選出されると言うこともあり得るだ... 続きをみる

  • hishikaiさん

    hishikaiさん、あなたに頂いたコメントにお礼とお返事をしようと思ったら、「内容が多すぎますので、946文字以上を減らした後、もう一度行ってください」という表示が出てしまいました。面倒なので新しい投稿記事にしました。 hishikaiさん、 今日は暑かったですね。hishikaiさんのお住まいの... 続きをみる

  • hishikaiさん

    hishikaiさん、あなたに頂いたコメントにお礼とお返事をしようと思ったら、「内容が多すぎますので、946文字以上を減らした後、もう一度行ってください」という表示が出てしまいました。面倒なので新しい投稿記事にしました。 hishikaiさん、 今日は暑かったですね。hishikaiさんのお住まいの... 続きをみる

  • 自己決定権のない国家

    自己決定権のない国家 アメリカが北朝鮮に対してテロ国家の指定解除に向けて動き出した。ブッシュ政権からいわゆるネオ・コンの勢力が後退し、対北朝鮮ではライス国務長官らの穏健路線に進んでゆくことが既定路線になっている。 すでに5年以上の歳月が過ぎてしまったけれども、アメリカの北東アジア政策については、CA... 続きをみる

  • 自己決定権のない国家

    自己決定権のない国家 アメリカが北朝鮮に対してテロ国家の指定解除に向けて動き出した。ブッシュ政権からいわゆるネオ・コンの勢力が後退し、対北朝鮮ではライス国務長官らの穏健路線に進んでゆくことが既定路線になっている。 すでに5年以上の歳月が過ぎてしまったけれども、アメリカの北東アジア政策については、CA... 続きをみる

  • 日本の裁判の悲喜劇

    最近の「せいろん談話室」で「この判決おかしい!」がテーマになっていた。以前に私も裁判官の判決のいくつかに疑問を感じて、それを文章にしていたことがある。その時の感想が今も有効であると思い、「せいろん談話室」にあらためて投稿して、その是非を問うてみた。(ハンドル名トンボ) 裁判官の人間観(http://... 続きをみる

  • 日本の裁判の悲喜劇

    最近の「せいろん談話室」で「この判決おかしい!」がテーマになっていた。以前に私も裁判官の判決のいくつかに疑問を感じて、それを文章にしていたことがある。その時の感想が今も有効であると思い、「せいろん談話室」にあらためて投稿して、その是非を問うてみた。(ハンドル名トンボ) 裁判官の人間観(http://... 続きをみる

  • 『法の哲学』ノート§2

    §1で哲学的法学の対象が、法の概念、すなわち自由とその実現過程にあることを述べた後、法学の端初について説明する。哲学的な法律学は、法の概念とその進展を問題にし対象にするから、この法律学においては当然にその始元が問題になる。 こうした問題意識を持つのは、ヘーゲルの哲学が何よりも科学を必然性の追求として... 続きをみる

  • 『法の哲学』ノート§2

    §1で哲学的法学の対象が、法の概念、すなわち自由とその実現過程にあることを述べた後、法学の端初について説明する。哲学的な法律学は、法の概念とその進展を問題にし対象にするから、この法律学においては当然にその始元が問題になる。 こうした問題意識を持つのは、ヘーゲルの哲学が何よりも科学を必然性の追求として... 続きをみる

  • 『法の哲学』ノート§1

    『法の哲学』ノート§1 この『法の哲学』の緒論で、まずヘーゲルは「哲学的な法律科学」が考察の対象としているのは、「法(Recht)=正義」の「概念(Begriff)」、およびこの概念が現実に具体化してゆくその過程であることを明らかにする。 この節の中の補注で、ヘーゲルはイデー(理念)を概念と言い換え... 続きをみる

  • 『法の哲学』ノート§1

    『法の哲学』ノート§1 この『法の哲学』の緒論で、まずヘーゲルは「哲学的な法律科学」が考察の対象としているのは、「法(Recht)=正義」の「概念(Begriff)」、およびこの概念が現実に具体化してゆくその過程であることを明らかにする。 この節の中の補注で、ヘーゲルはイデー(理念)を概念と言い換え... 続きをみる

  • 樋口陽一氏の憲法論ノート(1)

    樋口陽一氏憲法論ノート(1) 憲法学者の「権威」である樋口陽一氏が、日本人の人権意識の確立に大きな貢献をされていることはたかく評価しうるものです。しかし、それでも氏の人権論は、国家論との関係でいささか問題を感じるところがあり、樋口氏の論考について出来うる限り検証してみたいと考えています。単なるノート... 続きをみる

  • 樋口陽一氏の憲法論ノート(1)

    樋口陽一氏憲法論ノート(1) 憲法学者の「権威」である樋口陽一氏が、日本人の人権意識の確立に大きな貢献をされていることはたかく評価しうるものです。しかし、それでも氏の人権論は、国家論との関係でいささか問題を感じるところがあり、樋口氏の論考について出来うる限り検証してみたいと考えています。単なるノート... 続きをみる

  • 概念論としての桐壺の更衣考

    これまでの従来の概念観によれば、概念とは、個別具体的な事物についての経験から、その共通点を帰納して作られた単なる「観念」としてとらえられてきた。そうした「概念観」の欠陥は、ふつうの単なる帰納法科学にすぎない生物学や人類学のレベルならとにかく、それを超えた自己運動する生命などを科学の対象にできないこと... 続きをみる

  • 概念論としての桐壺の更衣考

    これまでの従来の概念観によれば、概念とは、個別具体的な事物についての経験から、その共通点を帰納して作られた単なる「観念」としてとらえられてきた。そうした「概念観」の欠陥は、ふつうの単なる帰納法科学にすぎない生物学や人類学のレベルならとにかく、それを超えた自己運動する生命などを科学の対象にできないこと... 続きをみる

  • ヘーゲルの国家論――「法の哲学」ノート(1)

    ヘーゲルの国家論――「法の哲学」ノート(1) ヘーゲルの「国家論」が他の多くの凡庸な政治学者や国家論者に比較して卓越している点は、何よりもヘーゲルが哲学者として「哲学の観点と方法」をもっていたことにある。そのことによって、彼の『法の哲学』は――この書が「自然法と国家学概要」という別名を副題にもってい... 続きをみる

  • ヘーゲルの国家論――「法の哲学」ノート(1)

    ヘーゲルの国家論――「法の哲学」ノート(1) ヘーゲルの「国家論」が他の多くの凡庸な政治学者や国家論者に比較して卓越している点は、何よりもヘーゲルが哲学者として「哲学の観点と方法」をもっていたことにある。そのことによって、彼の『法の哲学』は――この書が「自然法と国家学概要」という別名を副題にもってい... 続きをみる

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