君の知らない僕の弱さ㉒
第二十二話 言えなかった言葉 ミノの熱が下がってから数日が過ぎた。 保育園にも元気に通い始め、 家の中には再びいつもの賑やかさが戻っていた。 それなのに、ユノの心だけは妙に落ち着かなかった。 理由は分かっている。 あの日のことだ。 あの日の夜。 チャンミンが看病を終えて帰った後。 眠りについたミノが... 続きをみる
第二十二話 言えなかった言葉 ミノの熱が下がってから数日が過ぎた。 保育園にも元気に通い始め、 家の中には再びいつもの賑やかさが戻っていた。 それなのに、ユノの心だけは妙に落ち着かなかった。 理由は分かっている。 あの日のことだ。 あの日の夜。 チャンミンが看病を終えて帰った後。 眠りについたミノが... 続きをみる
第二十一話 はじめての子育て その日、事件は朝から始まった。 「お母さん……」 まだ外も薄暗い時間だった。 ユノは眠そうに目を開ける。 隣の布団を見ると、ミノの顔が赤かった。 「ミノ?」 額に手を当てる。 熱い。 明らかに熱があった。 「ちょっと待ってろ」 体温計を持ってくる。 結果は三十八度六分。... 続きをみる
第二十話話 家族の絵 その日は朝夕の風は涼しかった。 その日、ユノは仕事を終えて保育園へミノを迎えに来ていた。 教室の前に立つと、担任の先生が笑顔で近付いてくる。 「ミノくんのお母さん、少しお時間いいですか?」 「はい?」 何かあったのだろうか。 ユノは少し身構えた。 しかし先生は楽しそうだった。 ... 続きをみる
第十九話 仲の良い親子 翌週の土曜日。 空はよく晴れていた。 朝からミノは機嫌が良かった。 理由は簡単だ。 今日、チャンミンとキャッチボールをする約束だから。 「まだ?」 朝食の席でミノが聞く。 「まだ」 ユノが答える。 「あと何時間?」 「三時間くらい」 ミノは真剣な顔になった。 「長い」 「そう... 続きをみる
第十八話 お父さんって 休日の午後、チャンミンはいつものようにユノの家を訪れていた。 最近では週末になると自然に足が向く。 理由を聞かれても上手く説明できない。 ただ、 行きたいと思うのだ。 玄関を開けると、ミノが待ち構えていた。 「遅い」 「二時です」 ミノはおもちゃの腕時計を見た。 「二時一分」... 続きをみる
第十七話 父親の役目 「僕のお父さん、チャンミンさんみたいな人?」 あの日から数日。 その言葉が。 チャンミンの頭から離れなかった。 研究室。 論文を読む。 だが。 ページが進まない。 「先生」 キュヒョンだった。 「なんですか」 「三十分前から同じページ見てる」 沈黙。 「気のせいです」 「違う」... 続きをみる
第十六話 僕のお父さん その日もチャンミンはユノの家に来ていた。 もはや誰も理由を聞かない。 聞くだけ無駄だからだ。 「こんにちは」 玄関を開ける。 「遅い」 ミノだった。 「二時です」 「二時0分」 「そうですね」 「正確」 満足そうだった。 ユノは思う。 いつかこのやり取りがなくなったら寂しいな... 続きをみる
第十五話 似ていますね 家族参観から一週間後。 その日は平日の午後だった。 チャンミンのスマートフォンが鳴る。 画面にはユノの名前。 最近。 この名前を見るだけで機嫌が良くなる。 非常にまずい。 「もしもし」 『チャンミン?』 「はい」 『今日来られるか?』 即答した。 「行けます」 『まだ理由言っ... 続きをみる
第十四話 家族参観日 事件は突然起きた。 本当に突然だった。 「お母さん」 夕食中だった。 「なに?」 ユノが味噌汁を飲む。 「家族参観ある」 「そうか」 毎年ある。 特に珍しい行事ではない。 「来て」 「行くよ」 ユノは頷く。 だが。 ミノは首を振った。 「違う」 「ん?」 「チャンミンさん」 ユ... 続きをみる
第十三話 ずるい人 運動会から数日。 ユノは仕事を終えて家へ帰ってきた。 玄関を開ける。 静かな家。 リビングへ入る。 そして。 テーブルの上を見て立ち止まった。 将棋盤。 昨日のままだった。 ミノとチャンミンが対局した跡。 途中で夕飯になり、 「次回続き」 となった盤面。 ユノは苦笑した。 最近。... 続きをみる
第十二話 来ないの? ミノが熱を出した日から二週間が過ぎた。 そして。 チャンミンは相変わらずこの町へ来ていた。 「先生」 研究室でキュヒョンが言う。 「なんですか」 「住めば?」 「どこにですか」 「その町」 チャンミンは無視した。 「毎週行ってるだろ」 「違います」 「違わない」 「研究です」 ... 続きをみる
第十一話 眠れない夜 その電話は夜十一時過ぎに鳴った。 チャンミンは論文を読んでいた。 スマートフォンの画面を見る。 【ユノ】 その名前を見ただけで表情が柔らかくなる。 重症だった。 本当に。 「もしもし」 『チャンミン』 声がおかしい。 チャンミンはすぐに気付いた。 ユノが焦っている。 珍しいほど... 続きをみる
第10話 放っておけない 「お母さん」 月曜日の朝だった。 朝食の席でミノが言った。 「なに?」 「今日は何曜日?」 「月曜日」 「そう」 ミノは黙る。 パンをかじる。 牛乳を飲む。 また黙る。 「……」 「……」 ユノは気付いていた。 何か言いたい顔である。 非常に。 「どうした?」 「別に」 即... 続きをみる
第九話 変な人 それは土曜日のことだった。 「お母さん」 朝食の席でミノが言った。 「なに?」 「チャンミンさん来る?」 ユノの手が止まった。 味噌汁を飲もうとしていたところだった。 「なんで?」 「別に」 即答だった。 怪しい。 非常に怪しい。 ユノはミノを見る。 ミノは平然とパンを食べている。 ... 続きをみる
第八話 父親は誰ですか 再会してから一週間が過ぎた。 チャンミンは再びその町を訪れていた。 仕事を理由に。 研究を理由に。 学会を理由に。 実際には全部ユノだった。 本人だけが気付いていない。 いや、気付いていて認めていない。 ・・・・・ 「先生、また出張ですか」 研究室でキュヒョンが呆れた顔をする... 続きをみる
第七話 知らない五年 「……ユノ」 もう一度、呼んでみた。 声が少し掠れていた。 ユノの肩が微かに震える。 そしてゆっくりとチャンミンに目を向けた。 目が合う。 一瞬だった。 けれど五年分の時間がその一瞬に詰まっているようだった。 「チャンミン……」 ユノの唇から零れた名前に、胸が痛くなる。 忘れら... 続きをみる
第六話 世界で一番頭の良い迷子-2 それでも。 ユノは見つからなかった。 一か月。 半年。 一年。 時間だけが過ぎていく。 帰宅するたびに静かな部屋が待っている。 ベッドの半分は空いたまま。 冷蔵庫にはユノの気配が少しずつ消えていく。 賞味期限付きの作り置きもなくなった。 洗面所からユノの香りも消え... 続きをみる
第五話 世界で一番頭の良い迷子 ユノがいなくなって一週間が過ぎた。 チャンミンは大学へ通い続けていた。 講義もしている。 会議にも出ている。 研究も進めている。 表面上は何も変わらない。 少なくとも周囲にはそう見えていた。 だが実際は違う。 ユノがいなくなってからというもの、チャンミンの世界は少しず... 続きをみる
第四話 いない-2 その日の夕方。 ユノの会社へ向かった。 受付で名前を告げる。 すると女性社員が困った顔をした。 「あの……」 「ユノはいますか」 「退職されました」 世界が止まった。 「……今、何と?」 「昨日付で退職されています」 聞き間違いではなかった。 退職。 昨日。 突然。 チャンミンの... 続きをみる
第三話 いない 帰宅した時、部屋は暗かった。 珍しいな、とチャンミンは思った。 普段ならこの時間、リビングには灯りがついている。 テレビの音がしていたり。 キッチンから何かを煮込む匂いがしたり。 ユノが「おかえり」と笑っていたり。 そんな光景が当たり前だった。 だが今日は違う。 静かだった。 あまり... 続きをみる
第二話 幸せの終わり-2 病院を出た時、空は薄い茜色に染まっていた。 手の中には診断結果。 何度見ても実感が湧かない。 妊娠。 たった二文字なのに、世界が変わってしまったような気がした。 驚いた。 不安もある。 それでも胸の奥には確かな喜びがあった。 チャンミンとの子供。 そう思うだけで涙が出そうに... 続きをみる
第一話 幸せの終わり ユノは昔から人に好かれる。 それは才能というより性分だった。 困っている人を見れば放っておけないし、話しかけられれば自然と笑顔になる。 本人は何も特別なことをしていないつもりなのに、気付けば周囲には人が集まっている。 だから今日も帰り際には後輩たちに囲まれていた。 「ユノさん、... 続きをみる