菅江真澄ゆかりの地(阿仁銅山)
天明5年(1785)4月29日で「小野のふるさと」は終わっている。次の日記は8月3日に津軽との境界、本蓮寺坂を下るところから始まる「外が浜風」である。5月から7月までの3か月、菅江真澄は何をしていたのだろうか。 粉本稿に記録によると菅江真澄が歩いたコースが推定ではあるがわかっている。 湯沢➡横手➡角... 続きをみる
天明5年(1785)4月29日で「小野のふるさと」は終わっている。次の日記は8月3日に津軽との境界、本蓮寺坂を下るところから始まる「外が浜風」である。5月から7月までの3か月、菅江真澄は何をしていたのだろうか。 粉本稿に記録によると菅江真澄が歩いたコースが推定ではあるがわかっている。 湯沢➡横手➡角... 続きをみる
天明4年(1795年)4月14日、菅江真澄は柳田村を出発し、小野小町の旧跡と横堀を経由し院内に到着した。そして桂川で和歌を詠みそこで一泊した。 翌日には院内銀山を訪れ、町や鉱山を見学して2首の和歌を詠み、院内に下った。 和歌の名人といわれた院内城代大山氏の葬式を見てさらに和歌を詠み、その日に柳田村へ... 続きをみる
天明5年1月10日、菅江真澄は湯沢市成沢から湯沢市岩崎へ移動した。 岩崎というところに行こうと、鳴澤という村の端に、雪を分けて流れる水があれば、 きのふけふ 山路は春に なる澤の 水こそみつれ 四方の長閑さ 「湯沢市成沢」 やがて岩崎に到って、石川氏家に泊る。今日は初庚申の日だといって、火焚き屋(台... 続きをみる
平安時代の歌人、小野小町に想いを寄せた深草少将が小町へ贈った芍薬を植えた場所とされ、『芍薬塚』と呼ばれた。 小野小町生誕の地と伝えられる里の人々が、小町が愛した芍薬をこの場所に植え、いにしえの小町を偲んでいたことから芍薬塚と呼ばれていたが、小町を奉る小町堂が建立されたころから小町塚と言われるようにな... 続きをみる
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