備忘録 相場の張り方 勇気と忍耐
相場する人は、考えて考えて損をする。苦しんで苦しんで損をする。 なぜだろう・・・。 十転び、二十転びしてきて、ある時なんでもないものを見たり、聞いたり してフッと「ああ俺は間違っていた」と気づく人は幸いである。 ところが、ナカナカそこまでは行けない。行けないのは、まだまだ転び かたが足りないという見... 続きをみる
相場する人は、考えて考えて損をする。苦しんで苦しんで損をする。 なぜだろう・・・。 十転び、二十転びしてきて、ある時なんでもないものを見たり、聞いたり してフッと「ああ俺は間違っていた」と気づく人は幸いである。 ところが、ナカナカそこまでは行けない。行けないのは、まだまだ転び かたが足りないという見... 続きをみる
豪商何某の話 相場が安くなってしまい売り叩かれ、仕入れた商品は元金を割って 投げ売るしかない。仕方ないと心を放しているうちに、相場は上昇しだし 何故あれほど心を痛めたか、など忘れてしまった。 その時に売ってしまえば一割ほどの利益になったのに、せめて二割くらいは 儲けたいという気になった。その時の仲間... 続きをみる
運がついてきたとか、どうも運が悪いということは人間誰でもあることで その運がどこから来るか、ということになる。 運は天にありというが、それは言葉の問題であって果たして天にあるか どうかは判らない。 はっきり判っている事は吉兆循環、周期ということである。 人間万事、塞翁が馬というのも三年鳴かず飛ばずと... 続きをみる
中世ヨーロッパの騎士道も江戸時代の武士道も、人はいかに美しく生きるか。 その死に方がいかに美しいかが、最大の問題であった。 要するに、人はどう行動すれば美しいかということである。 例えば貴族社会や富裕階級世界だけの狩猟、ギャンブルにしても戦争とともに 精神と肉体を鍛錬する高雅な遊びの一種である。 貴... 続きをみる
相場世界で運のついた相場師や、運の欠けた相場師の姿を見ていると まさしく運とはなんぞやと思うことばかり。 運は天にあり。これは中国古代の思想である。運が天にあるのならば、 天の意志に叶う事を研究しなければならない。 少なくとも天の意志に逆らった考え方や行為、生活をしてはいけない。 勿論、世の中には勢... 続きをみる
あらゆる現象には、必ずその原因があると荀子は説いている。 そして全てのものは同類が集うものである・・・と。 栄誉なり恥辱なりは相応の徳が原因である。即ち自分に等しい物事が発生する。 一様に並べた薪でも火を近づければ、乾燥した方から燃え出す。 一様に平らにした土地でも水を流せば、湿った方に流れていく。... 続きをみる
田中金属の田中社長がインタビューで千金の言葉を残している。 「株が暴落したから金が暴騰するとか、株が暴騰するから金が暴落するとか だったら金に値打ちはないんです。株がいかに暴落、暴騰しようとも金は金で 独自の価値を維持しているところに、むしろ価値があるんです。」 「金の現物市場と先物市場では、ものの... 続きをみる
感性はすぐ鈍化する 例えば「流行っているお店は、流行らなくなるために、今流行っている。」 「人気のある車は、売れなくなるために、今売れている。」 という発想と理解の仕方がある。 相場で言うと「相場は天井を打つために、いま上げている。上げるのは、 暴落するためである。」「いま相場が暴落しているのは、上... 続きをみる
昔、相場の貴乃花が「強いヤツが勝つのではない、勝ったヤツが強いのだ」 と言った。相場にもこれが言える。 「上手な人が儲けるのではない、儲けた人が上手いのだ」と言う訳だ。 しかしこの事を相場する人に当てはめて考えていくと、もっと違う所のものがある。 「儲けた人は運が良かっただけである。その幸運のツキが... 続きをみる
落語の「寿限無」のなかで、”五劫のすりきれ”というのがある。 五劫とは四劫の一つ上で、それが擦り切れた後までと言う意味。 四劫とは仏教で世界の盛衰を説いたものだが、囲碁のルールで劫と いうのがある。無数に多いと言う意味である。 古代インドでは、距離を測る単位に「由旬」というのがあった。 1由旬は牛車... 続きをみる
場道 奥の細道に「人見て相場張るなかれ」という重要な項目がある。 誰がどうした、彼はこうしたという情報である。それに対する感情である。 あくまでも「相場は相場に聞く」態度。自分の感情を交えない。 所謂、見ざる、聞かざる、言わざるの三猿主義である。 ところが、人は見たい、聞きたい、言いたいものである。... 続きをみる
三割高下の戦法 相場の張り方に色々あって、それはその人の職業、性格、過去の経験、好み などによって違う。米国にハッチの法則という相場の張り方がある。 安値から10%上がった相場には黙ってついて行くという方法である。 逆に高値から10%下がった相場は買い玉利食いしたあと、売っていく。 タイプからいうと... 続きをみる
先物取引は、運動量の原則とも言う。 これは他人がそう信じていることを彼が信じるわけで、市場に参加している投機家には それぞれ強気な考え、弱気な考え、そしていつも迷っている人たちがいるけれども 売る場合は、他人が売るだろうと信じて売りに回り、買いも皆が買うだろうと信じて 買いに回るのである。 だから、... 続きをみる
相場の世界では「天井三日・底百日」という。 相場の天井、即ち大河の猛きである。沸騰高ー相煎れーストップ高ー大出来高ー 万人総強気ー連日夜放れ。確かに、天井三日である。 そのような時は、材料ではなく人気の偏り即ち内部要因の窮極である。 百戦して危うからずを相場の身上とする人ならば、そのような爛熟しきっ... 続きをみる
勢い使い果たすべからず 人間というものは、調子に乗りやすいものである。神様がそのように創っている。 しかし、調子に乗った時が、実は一番恐ろしい時であることを神様は教えてくれない。 そのことは経験してきて誰でも判るようになっているが・・・。 相場の世界にも雲一つない日本晴れの絶好調の幸運時こそ、知らぬ... 続きをみる
神様の手落ち 相場師であり、脳神経の高名なお医者さんの話を聞いて、なるほどと思った。 この先生のおっしゃるには「大きな相場を取った後は、必ず損をする。何十年と この繰り返しであった。」とのこと。 先生は専門的にこのことを研究された。それは脳細胞によるものと解明された。 人間の大脳、小脳について学術的... 続きをみる
日本の罫線と米国の罫線2 アメリカと日本では、罫線そのものの使い方、考え方が根本から違う。 その違う罫線でアメリカの相場は動いている。テクニカル売買であり、ストップロス 所謂、損切りである。 投機資金が、いつまでもいないと言うことである。うまいとこだけ喰ってサッと逃げる。 引かされ玉を持って、いつま... 続きをみる
日本の罫線と米国の罫線 日本の罫線とアメリカのチャートの違い 日本の罫線は、なにか秘められたようなものがある。秘伝だとか秘線など、門外不出 のような。アメリカのチャートは、仮に1~100まで動く相場の30~70のところを 食べるという、動いたものに飛び乗っていくやり方をする。 日本の罫線は大底を見つ... 続きをみる
曲がり屋に向え 相場をする人が、よくよく心しなければならないのは、やる事なす事あたり続け 「神様」などと人から言われたときである。 言う側の人は決して悪気でない。言われた側も、まんざらでもない気持ちだ。 昔から、「当たり屋につくより曲がり屋に向かえ」といわれる。 大当たりが続いていても、そのように注... 続きをみる
「曲がりの病気治療法」 相場に曲がるのは一種の病気だとすれば、やはりその病気は感情の持ち方に起因する。 相場の曲がりの病気は、建玉を仕舞えばすぐに治る。 いつまでも曲がり続けて苦しむのは、病気の原因である悪い建玉を可愛がるからである ということは、誰よりも病気の本人が承知している。 相場の曲がり病気... 続きをみる
「曲がりの病気 2」 先物相場に志を持つ人は、曲がりの病気は避けて通れない仕組みである。 であるから、相場に曲がるということは日常茶飯事。決して恥ずかしいことではない。 ただし、この病気だけは非常に苦しい。 苦しいのは病気を可愛がるからである。矛盾しているようだが、これがすべてである。 病人には医者... 続きをみる
「曲がりの病気1」 相場の世界の曲がりの病気は材料見るから相場が見えなくなるように思う。 材料に詳しい人、いうなら玄人中の玄人。現物事情から各節の手口の誰が売った、 誰が買った。それも落ち、建ち、追証も刻々と情報が入る。 しかし、利食いの急所で利食いせず、更に攻めて行って天井を掴むとか三年に一度 あ... 続きをみる
えっ~~と、前回の続き 宗久は、公案の示す「風・旗・心」の絡みを次のように解いた。 相場は、「旗」すなわち水準、「風」すなわち天候などの材料 そして「心」 すなわち心の動きである人気。この三つによってつくられる。 宗久はこの三つを組み込んで「三位の法」とした。 宗久は大きな悟りを得て、再び米相場に挑... 続きをみる
三位の秘法 伝説の相場氏 本間宗久 江戸の米相場で、さんざん打ちのめされた宗久は、何故負けたか考えた。 天候、作柄とも申し分なく、数年続いた豊作のあとである。その相場を売って かなり かつがれた。宗久はさらに売り上がった、確信を持って売り上がった。 しかし、どういう訳か売れば売るほど高くなる。江戸の... 続きをみる