鎌倉時代の波打ち際 29
由比ヶ浜に元寇坊提に相応する崖が存在した! 逗子の海岸にも同様な元寇坊提に相応する崖が在り、 更に七里ヶ浜にも元寇坊提に相応する崖が存在し、明治の時代まで残り、写真に捕らえられている。 では、鎌倉城を外れた海岸はどの様でしょうか? 江の島の砂州は片瀬川ですが、片瀬山迄切岸が存在する事から、片瀬川まで... 続きをみる
由比ヶ浜に元寇坊提に相応する崖が存在した! 逗子の海岸にも同様な元寇坊提に相応する崖が在り、 更に七里ヶ浜にも元寇坊提に相応する崖が存在し、明治の時代まで残り、写真に捕らえられている。 では、鎌倉城を外れた海岸はどの様でしょうか? 江の島の砂州は片瀬川ですが、片瀬山迄切岸が存在する事から、片瀬川まで... 続きをみる
由比ヶ浜の元寇坊提に相応する遺構は鎌倉考古学研究所に依ると 由比ヶ浜南遺跡は「東と西には鎌倉石を使った大規模な土塁か築地があります。」っと発掘状態を語っている。 四角い鎌倉石で積み上げられたモノと考えられる。 その土塁を西へ延長させると坂ノ下で、関東大震災で崩れた状態が下の写真です。 四角い石材が散... 続きをみる
江之島には灯台(昭和20年代に建設)がありません。江ノ電は1910年(明治43年)開業。依って、この画像は明治43年から大正12年の間と考えられる。 下の写真は、道路脇の崖の状態です。 下の写真は 江ノ電が無い時代ですが、注目は道の広さに有ります。 ・ 化粧坂より葛原ヶ岡神社に向かう旧道、 ・ 大仏... 続きをみる
七里ヶ浜の話です。 鎌倉の由比ヶ浜には元寇防塁と考えられる遺構が在った。 鎌倉城の切岸は、片瀬山にも在り、江の島の際迄鎌倉城が存在すると考えられる。 依って七里ガ浜にも元寇防塁が有るのでは、、っと考える訳です。 下の写真は江の島から見た七里ヶ浜で、国道134号線の崖に成っています。 写真左は小動岬で... 続きをみる
google地図に依る 現在の逗子海岸です。 海岸際に国道134号線の崖が延々と続いている。 この崖の成り立ちは、、道路を作ったから?? 同じ様な写真ですが、、下の写真を見てください。 同じアングルの絵はがきの写真で、海岸道路が無い時代のモノです。山の位置からほゞ同じ場所からの映像と考えます。 道路... 続きをみる
国道134号線脇の元寇防塁の現状です。 当然の如く、鎌倉石は風化に弱く800年は持ちません! しかし石垣の基壇は地中ですから発掘すれば証明できるでしょうが、、、 現状は 関東大震災で崩れたモノを修復した石垣が現状と考えます。 以下はgoogle地図から引用します。 前回の道より国道134号に出た場所... 続きをみる
元寇防塁の現代の姿は、自前の写真が在りますが、 Googleマップの方が良く写っている! 先ずは霊仙山 の下より国道134号に出あう間 のストリート写真です。 此れより下はgoogle地図の画像です。 先ずは霊仙山を斜めに横切る白いガードレールの道です。 新田義貞が鎌倉に攻め込んだ時の潮が引き出現し... 続きをみる
下図は「鎌倉時代の波打ち際21」の元画像で、関東震災以前(明治、大正時代)の絵葉書です。 この山の岩崩(いわくえ、崖)ですが、萬葉集の防人に行く男が謳ったモノで かまくらの みこしのさきの いわくえの きみがくゆべき こころはもたじ この岩崩(いわくえ)の事で、由比ガ浜から見た時に絵に成る場所で、新... 続きをみる
1923年(大正12年)関東大震災があり、強震度と津波に鎌倉は襲われ、元寇防塁の石積は一部崩壊し写真にも写し取られていたのが「鎌倉時代の波打ち際20」でした。 それならば、ヒョッとしたら震災前の鎌倉元寇防塁が写真に有るかも?? その結果が下の写真です。 二つの桃色の矢印の間なのですが、、、
こんな写真が在ったとは! 写真の題は「坂ノ下海岸海嘯跡」(関東大震災直後の写真 )鎌倉市中央図書館蔵 。 写した場所の想定は、国道134号線坂ノ下信号したの砂浜。 山の形と極楽寺坂の切れ込み及び、V字に切れ込んだ切通から見える陣鐘峰より、、この場所が特定される。 問題は、 砂浜から急に四角い石が散乱... 続きをみる
鎌倉の元寇妨塁は 現状ではどの様なのか? 下図は、google地図です。 ピンクのマークが元寇妨提と想定する場所で、石垣の有るが場所は黒ずんで写っています。ピンクマークは土塁の切れている場所です。 道路から車で出入りするには邪魔な土塁ですから、当然撤去の場所が在る訳です。その様な場所をピンクの丸で示... 続きをみる
大正12年の関東大震災の坂下の惨状です。 震災の津波に洗われても、それなりに土塁のラインが黒く写っています。 浜辺は1m程浮き上がり砂浜は広くなり、新田義貞の攻め込んだ岩礁も浮き上がり埋め立てられ 戦後には稲村ケ崎を切通し国道134号線が開通した。 震災前とは違い、土塁の際迄民家が造られています。 ... 続きをみる
先ずは、明治15年作図の迅速図です。 トテモ 農地が多いのが目立ち、寂れた観光地の雰囲気です。 更に鎌倉に入り込むには道路が貧弱で、街並みの様子から出入りには極楽寺坂経由が定番で在った様です。 下図は大正10年の地図で、地図の作図は丁重で土塁も記録されています。 3,40年で、観光地として街並みが出... 続きをみる
由比ガ浜を滑川、稲瀬川で区切ると、、、 東より材木座、滑川、由比ヶ浜南遺跡、稲瀬川、坂ノ下に分けられる。 材木座、由比ヶ浜南遺跡の土塁は、国道134号線に埋もれた状態です。 国道134号線に埋もれず、、土塁が残って居る場所は、、、、 稲瀬川より極楽寺坂間の 坂ノ下が在ります。 坂ノ下では、海際に国道... 続きをみる
明治29年作図の鳥観図で、由比ガ浜が描かれています。 由比ガ浜には砂浜を囲む土塁が描かれています。 「相模国鎌倉名所及江之嶋全図 」とあり「早稲田大学」で検索できます。この図を「検索」して貰うと、拡大した部分図を見る事が出来ます。 拡大して見ると、単なる崖では無く、ある部分は石組みらしき処も有り人工... 続きをみる
下図は、大正十年の地図です。 渚は、破線と実線で描かれて、破線は引き潮、実践は満潮時の潮位を示しますが、、 問題は実践の他に、太線、破線、崖の線等、、色々な線が 渚を取り囲んで一つのラインと成っているのですが、、数百年の間人工的な構造物が渚を囲っていたです。 何故 数百年の間なのか? 鎌倉終焉の後、... 続きをみる
傾斜が強い処は黒く強調した国土地理院の地図です。 砂浜に沿って黒いラインがあり、一段高い崖が現在の国土地理院の地図から読み取れます。これが現今の由比ガ浜の段差です。 元寇対策の土塁が存在すれば、この様な段差が地図より読み取れるで有ろう! その思惑道理に段差が存在した訳です。 由比ヶ浜南遺跡、材木座防... 続きをみる
> 有鄰 第 430 号 H15/9/10発行 > 以下は 記事の抜粋です。 > [座談会]中世鎌倉の発掘 仏法寺跡と由比ヶ浜南遺跡をめぐって > 前略 > 屋敷の東と西には鎌倉石を使った大規模な土塁か築地があります。 > この土塁と強固な塀で囲まれた屋敷と建物は、鎌倉でこれまでに見つかって > い... 続きをみる
「鎌倉時代の波打ち際10」の立体写真で写しだされた崖ですが、、 未だ海岸際の国道134号が出来る以前の写真ですから、古来より崖の存在が有った訳です。 滑川河口の西には、由比ヶ浜南遺跡の崖の防塁と考えられる遺構が在り、 滑川河口東の材木座にも崖が存在し、この防塁の延長と考えられる。 元寇対策の防塁とな... 続きをみる
現在 由比ヶ浜は国道134号が通っており、浜辺の古来からの景観を想像したくても、国道134号の構造物で遮られた状態です。では134号の出来る前の空中写真を見てみましょう。 国土交通省の終戦直後の空中写真です。 昭和30年代の写真と考えられます。赤点のある写真は立体写真です。 右の写真は、崖をオレンジ... 続きをみる
戦前の滑川の由比ヶ浜へ注ぐ川口の状態は、、、 その写真です。 海岸より八幡様に向けた写真です。 画像左には、、11mの砂山が有った訳です。 滑川のこの状態の土手ならば、、元寇に対抗する効果が望めると考えます。 これが現在の河口です。 この新旧の比較からしても、鎌倉時代の波打ち際と現在は大差ないと考え... 続きをみる
現代の地図と明治初期の地図を重ね合わせてみましょう。 上図 重ね合わせた地図より、 砂山の三角点11.53mの場所は、国道134号線に削り取られた状況を示します。 下の写真は現代の状況です。 写真で緑に写る公園が由比ヶ浜南遺跡となります。 > 有鄰 第 430 号 H15/9/10発行 > 以下は ... 続きをみる
「鎌倉時代の波打ち際6」を書いたのは2018年でした。 古い時代のデーター探しですが、 現代の地図データで納得してしまいます。 例えば1970年代の地図 これで、ある程度の地形は掴めますが、微妙な事は判らない 近頃は、この微妙な高低差を示す地図が有ります。 此れなら納得でしょ?? こんな処で結論に成... 続きをみる
上図は、縄文海進の6,000年前と言う想定の地図です。 今より1000年前まで、この影響が残っていたら、、平塚から鎌倉へ向けた古代東海道は海の中と言う話になる! 新田義貞が洲崎に攻め込んだ時に洲崎は海に囲まれていた?? 何か変です!! 縄文海進は最盛時で その波打ち際は現在より4m程高く、その時の図... 続きをみる
「鎌倉時代の波打ち際 4」のジオラマの浜辺は、、、 地形の凹凸が無く、八幡様の源平池から浜まで平らな地形に感じます。 鎌倉に数十年関わっても、そう感じていました。 しかし、、、 これは、単なる平地では無かったのは、この半年で判った事です。 どの様か? 海抜0mより 白⇒紫⇒橙⇒緑 の高度順です。さら... 続きをみる
千葉県佐倉の歴史民俗資料館に在る鎌倉城のジオラマですが、 由比ガ浜の海面が高い事を想定してして、陸地側を浸食した海岸線を作っています。 このジオラマは 日本城郭大系の城の概念から一歩も二歩も進んだ考えから作られている。 更に進歩させれば、砦遺構は、七切通の外に巨大な砦遺構が有った。 砂浜は、この様に... 続きをみる
江の島の波蝕棚写真。 「日本第四紀学会」や「江 ノ 島 の海蝕地形につい て」の記述では、 現代より6,000年間の海面変化は、、数mの海面変化であると書かれています。 その反論をWebより探すと、、 ◆諸磯の隆起海岸(神奈川県三浦市) https://ja.wikipedia.org/wiki/%... 続きをみる
取りあえず、結論を出しましょう。 ◆資料2◆の日本第四紀学会 より、 6,000年間の海面変動は「2~3m」である。 それを裏付ける資料は、 ◆資料3◆江 ノ 島 の海蝕地形について が有る。 江の島の海蝕棚 江の島の波食棚、鎌倉稲村ヶ崎脇現埋め立て地の波食棚、逗子浪子不動前の波食棚痕跡を根拠に 6... 続きをみる
神奈川県立生命の星・地球博物館 より ぼ輔記載 4m高い海岸線を青色で示した。(カシミールで作図) このブログでも、鎌倉時代の波打ち際は不明でした。 ◆資料1◆ 〉有鄰 平成17年1月1日 第446号 http://www.yurindo.co.jp/static/yurin/back/yurin_... 続きをみる
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