スイッチとかワニとか32
―32― その夜もワニはベッドの下にいた。 這うような音はしないし 「スフゥーー……スフゥーー……」も聞こえない。 でも、いた。 僕の頭の中に割り込んでもこないし まして“w”って笑うこともない。 でも、そこにいた。 いるのが分かる以上、 そりゃ怖いけど。 だけど、 おとといまでとはちょっとだけ違う... 続きをみる
―32― その夜もワニはベッドの下にいた。 這うような音はしないし 「スフゥーー……スフゥーー……」も聞こえない。 でも、いた。 僕の頭の中に割り込んでもこないし まして“w”って笑うこともない。 でも、そこにいた。 いるのが分かる以上、 そりゃ怖いけど。 だけど、 おとといまでとはちょっとだけ違う... 続きをみる
―31― 今日は 怖いくらいうまくいってる。 それは、もう、気持ち悪いくらいに。 スイッチ回したから? いや、 全部がそのおかげなわけじゃないと思う。 今日は たまたまみんなご機嫌で たまたま僕がよくしゃべって たまたま思う向きが重なって たまたまタイミングが合って。 そういう日なんだ。 そういうこ... 続きをみる
―30― 僕はパンでもごはんでもどっちでもいい。 だからスイッチを回してボリュームダウン。 黙るのは得意だ。 「ごはーん!ごはーん!」 弟がぴょんぴょん跳びはねる。 「ごはんねー。いいかな?」 振り返ったママと目が合う。 目をうっかりそらしちゃったけど、 でも、 僕は向き直って 「納豆。」 ダイヤル... 続きをみる
―29― ジャークなべらぁめんの肩を左手でつかんだカメ仮面。 それからじっと目を見つめ、 いつの間にやら右手にもっていた何かを渡した。 それは淡いクリーム色で、 回すとカチカチ音がしそうな ダイヤル式スイッチ。 「これで自分を変えるんだ! 自分の意志で自分をかえていくんだ! 少しずつでいい! 自分の... 続きをみる
―28― ゆっくりゆっくり階段をおりた。 洗面所の前を通り過ぎて、 トイレは誰かが入っていたからあきらめて、 リビングへ。 ソファの上、また弟が跳んでる。 そのとなり、また妹が拍手してる。 テレビでは今週の『カメ仮面』がやってる。 机の上にはパパのパソコン。 飲みかけのコーヒー。 それと、何か印刷さ... 続きをみる
―27― どこ、どこん、ど、どこ、どこん、どこどこ、ど…… 不規則で不快。 でも気づいてしまったからにはもう無視できない。 ぜったい妹がたいこをたたいてる。 「うぅー……」 頭まですっぽり布団をかぶって小さく体を丸めて。 ふっと気づく。 あれ? 目をあける。 朝。もう明るい? 頭を斜め上に傾けて、 ... 続きをみる
―26― “つまんねぇぇぇw けど、いいじゃんwいい感じだw“ 何がつまんなくて、何がいい感じなんだか。 何が『w』で、何が面白いんだか。 僕にはさっぱりわからないのに。 なのに、なんでか。 僕もうれしくなった。 あやうく鼻なんか鳴らしちゃうとこだった『w』 きっとそれを知ってて ワニはもう一度言っ... 続きをみる
―25― スイッチを手に入れたのが昨日の僕だったなら。 “確実にワニ、消えてたなw あはは、あっぶねぇ~ww“ ……。 “なんだよ、イライラすんなよーw” そうじゃなくて! 順を追って考えないとわかんないから。 自分のスピードで考えないとわかんないから。 ちょっと待って。 “おー、もちろんw” 僕が... 続きをみる
―24― ワニ、考え込んでいる? 呼吸はゆっくりなまま。 でもさっきまでより静かで、 僕のそれと同じくらいの大きさで。 え、まって、ここにきて 襲いかかる準備? そうだ。 僕はなんだかすっかり恐怖を忘れてしまっていた。 でも。 それは思い出しても感覚的に怖さがよみがえってくるわけではなくて。 頭の中... 続きをみる
―23― 「スフゥーー……スフゥーー……」 黙ったワニ。 黙った僕。 僕の右上、カーテンと壁の間から ほんの少し白い光が見える。 これは朝日?それとも家の前の街灯? 夜中からここの部分は光が見えたんだっけ? どうだったかなぁ。 でもきっともうわずかな時間で、 部屋より外の方が明るくなる。 ワニ、今何... 続きをみる
―22― 嫌いだ!大嫌いだ! パパの自分勝手も、怒鳴り声も。 ママの「ごめんね」も、困った笑い顔も。 全部嫌いだ!大嫌いだ!! 妹の泣き声も、弟の泣き顔も、 嫌い!大嫌い! 僕の 伝えられないとこも、 嫌なことしちゃうとこも、 すぐ逃げちゃうとこも、 みんなのこと大嫌いなとこも、 みんなのこと大好き... 続きをみる
―21― 和室の前を通るとき、 昼寝から覚めた妹の泣き声が聞こえた。 走って階段をのぼりきったら、 目の前にいたのは弟。 手にブロックのかたまりを持って立っていた。 「わぁっ!びっくりした。 ねぇ、ほら、みてみてー!ロボット!」 うれしそうに笑う弟を見た瞬間、 僕の体中にあふれていた後悔と不安が イ... 続きをみる
―20― 「よかったな」 と言うように、パパが僕の方を向いた。 え?何? それじゃないよ。 僕がママにあげたのはあの欠けたカップだ。 それはパパがママに今買ってあげたカップで、 そのカップとあのカップは違う。 なんで…? なんでわからないの? 無表情に黙りこくる僕を見て、 パパの表情が曇る。 言葉に... 続きをみる
ー19ー 僕のパパはすごいんだ、本当に。 毎日決まった時間に起きて、 新聞、テレビ、ネットのニュースを見比べてから、朝ごはん。 いつでも間違わないように、損しないように、 入手可能な限りの情報を集めて、比べて。 いつでも正しい方法を、正しい道を探して選ぶ。 そして パパは、今をよりよくする方法をいつ... 続きをみる
―18― かちゃ。 隣の部屋のドアが開く。 かちゃり。 きしり、きしり。 音をたてないように足音がうごく。 カラカラカラカラ。 トイレのドアが開いて。 カラカラカラカラ。 閉まって。 それから、流水音とともにまた カラカラカラカラ。 カラカラカラカラ。 きしりきしり。 かちゃ、かちゃり。 ぽふん、ず... 続きをみる
―17― それから 変なワニはひとりでしゃべり続けた。 昔はピアニストだったとか、 鉄棒以外のスポーツは得意だとか、 ワニって漢字はアゴみたいで嫌だとか、 エコバックはもっていかないけど割りばしはもらわないタイプだとか。 本当か嘘かも気にならないくらい、 ワニ風に言えば“内容がないようw”な話ばかり... 続きをみる
―16― “……いやいやw ここ最近でイチバンまずそうな時に食わせるなよーw” “元気な時に食べさせてw” もうどうなってもいいって思ってるのに ワニから出た「食べさせて」にひゅっと体が緊張する。 “そうそう、そうやって怖がってた方がまだいい” “怖がってくれてありがとうw” ……さっきは自分で「怖... 続きをみる
―15― 今もそうだ。 ずっとずっと僕の部屋にいて、 ずっとずっとこわかった、 今でもすっごくこわいと思っている相手が 僕に優しく声をかけてくれた。 「怖くない」 僕は黙ることしかできなかった。 だって「こわい」んだ。 あぁ、本当に、もう。 ごめんなさい。 ワニ相手に謝ってるの変かもだけど。 ごめん... 続きをみる
―14― いつだってそうなんだ。 僕はこわいのに。 「こわい」って言ってるのに。 みんなみんな「怖くないよ」って言う。 「怖くない」わけないじゃないか、 「こわい」のに。 ずっとずっと小さい頃からこわかった。 保育園に行く朝は毎日泣いていた。 大泣きしている僕はママに抱かれて、 先生にあずけられる。... 続きをみる
―13― ピー、ピー、ピー……。 台所から食洗機洗い終わりの音がきこえる。 2時だ。 まだ2時だ。 ひゅっひゅっ、ごん、ごほん、ごほんっ “無視すんなよー。 せっかく面白いこと言ってんのにー” ごほ、ごほんっ 苦しい。どうしよう。だめだ。 頭も回らないし。 “おーい” もう、いやだ。 もう。 もう一... 続きをみる
―12― 「スフゥーー……スフゥーー……」 どっどっどっどっ ひゅっひゅっ 今部屋の中にいるのは いつもより早く大きく動きまくる心臓に 息をするのもままならない僕と それから ゆっくりと息をする何か。 “あ、1じ51ぷん” さっきよりくっきりと。 “1時52分” 言葉がどんどんはっきりしていく。 “... 続きをみる
―11― 気が付くと朝。 カーテンの隙間から差し込む光と、鳥の声。 階下からうっすら聞こえる笑い声と、洗濯機の音。 僕は不安と汗で湿った布団に顔をうずめて、 安堵のため息をつく。 それを期待して、 なかばそうだと思い込んで、 瞼をあげた。 甘かった。 僕が横たわるのは、もとの夜。 恐怖と緊張が支配す... 続きをみる
―10― またきっと、ただただ息をころして、 夜明けをまつしかない。 手汗を布団で拭うことすらできない。 救急車のサイレンは恐怖を置き土産に 川向こうの総合病院へ向かった。 はずなのに。 僕の頭の中で大音量のサイレンが鳴り続ける。 そこに夜の音と僕の心臓が混ざりあってひびく。 ガンガンする。頭が痛い... 続きをみる
―9― 大丈夫、だいじょうぶ。 自分に言い聞かせながら、 目を開けたり閉じたり、 あっちを向いたりこっちを向いたり、 寝返りをうつ。 あれは食洗器の、あれはトラックの。 これは時計の、これは僕のまばたきの。 全部、知ってる音。 だいじょうぶ。 だってさ、だって、だって、 部屋にワニがいるって、そんな... 続きをみる
―8― 夜、10時50分。 パパが洗面所をでて2階へ上がってくる音がする。 ノックして僕の部屋のドアを開ける。 「もう11時だよ。そろそろ寝る? 明かり、消そうか?」 パパが壁のスイッチに手をかける。 「いい!…大丈夫。自分で消すから」 僕はベッドに座り、本を広げたまま、片手で電気のリモコンを振って... 続きをみる
―7― 僕が部屋にこもるのはいつものこと。 きっとしばらくしたら、 「今日はどこかにでかけようと思ったのに」 と、またまた不機嫌なパパが声をかけに来る。 無言の僕にもっと不機嫌になったパパが弟たちを連れてでかけたら、 「掃除機かけていいー?かけまーす」 ってママが入ってくる。 「暑くない?」「寒くな... 続きをみる
―6― 2階へかけ上がる途中、僕の足音に、パパが洗面所から何か言っているのが聞こえたけれど、 立ち止まらなかった。 僕の部屋に入る。 スケッチブックを1枚やぶり、 “立ち入りきんし!”と殴り書きして 部屋のドアに貼りつける。 ベッドに座ったら なんだかわからない感情があふれてきて 足を踏み鳴らさずに... 続きをみる
ー5― 入れ替わるようにして入ってきたのは弟。 それからまだパジャマ姿の妹を抱っこしたママだった。 ソファの上、弟の隣に妹がおろされる。 「ママ、マーマ!カメ仮面のDVDみてもいいっ!?」 「めんめーん!じーぶじー!!まぁまっ」 リモコンをもって飛び跳ねる弟の横で妹が拍手する。 「朝ごはん、用意する... 続きをみる
―4― 真っ暗がこわい。 そう、暗くなるとワニがいるから。 じゃあ、明かりをつけたままにしたら? そうだ! どうして気づかなかったんだろう! 明かりをつけたまま寝ちゃえばいいんだ! その日から僕は部屋の明かりを一晩中つけておくことにした。 ワニは近づいてこられない。 それに、明かりがついていればきっ... 続きをみる
ー3ー 夜、ベッドに入り、電気を消す。 そうすると、 そこに、いる。 絶対に布団から手足を出してはいけない。 ベッドの上が本当に安全かはわからないが、 出たらダメだ。それはわかる。 静かに、静かに。 自分の気配をできるだけ消して。 耳に全神経を集中させ、周りのすべての音をひろう。 ワニの動きを聞き逃... 続きをみる
―2ー 小さい頃からそうだった。 こわいものなんて挙げだしたらきりがない。 ハチ、ヘビ、ドラゴン、となりんちのイヌ。 地震、火事、強盗、交通事故。 海は津波がくるかもしれないし、 山は噴火するかもしれない。 あの電線は切れるかもしれないし、 あのトンネルは崩れるかもしれない。 目の前にいるものへの恐... 続きをみる
ー1ー 真っ暗なのがダメだ。 目を開けてても閉じてても。 真っ暗はダメだ。 暗くなると、それまで無視できるくらいだった音が大きくなりはじめる。 それは向こうの国道を走るトラックの音。 夜中に回るようにセットされた食器洗い機の音。 隣の部屋のパパが毛布をかけなおす音。 時計の針。 僕のまばたき。 本当... 続きをみる
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