馬渡裕子新作絵画展 夢の森へと。2024 12/11Wed.まで開催 杜の未来舎ぎゃらりい
たとえば縫いぐるみじみた動物キャラが控えめな仕草で演じる無言の芸。子どもの遊びに見る祝祭感に深層から滲む何かの予兆が加わり、見る者に謎解きを迫る。シンプルな色彩と独特な形態の緊張感に満ちたコンポジションが幻の出現を支える。さて今年は、何が‥‥。ほぼ隔月で描き続けているデ・スティル コーフィーの宣伝用... 続きをみる
たとえば縫いぐるみじみた動物キャラが控えめな仕草で演じる無言の芸。子どもの遊びに見る祝祭感に深層から滲む何かの予兆が加わり、見る者に謎解きを迫る。シンプルな色彩と独特な形態の緊張感に満ちたコンポジションが幻の出現を支える。さて今年は、何が‥‥。ほぼ隔月で描き続けているデ・スティル コーフィーの宣伝用... 続きをみる
240930 混合技法・門出和紙 それは虹のように。 思いながら生きている。この「思う」を外しては私は生きられない。なぜなら思うことは「私」だからだ。しかしこの思うばかりだと企みだらけになって鬱陶しいことこの上ない。できれば、向こうからやってくるものを相手にしたい。そんなとき野中氏の絵を眺める。 野... 続きをみる
静寂と躍動。 抽象画の登場によって、絵画は対象やテーマの呪縛から解き放たれて音楽と同じ力を持つようになった。野中氏の個人史においては、20代終わり、60年になんなんとする画業の初期にこの転換は起こった。幼年期にすでにカラーチップで飽かず遊んでいるような子供であったそうだから、それは遅すぎる発露だった... 続きをみる
時代の兆しを鋭い感性で読み取ってきた馬渡作品、さて次の展開は。独特の幻の世界が、細部にわたって習熟した技術によって物質的リアリティを持って迫ってきます。*先の1年、デ・スティル・コーフィーのポストカードに掲載された作品 、そしてこれまで20年間に亘り、隔月で同ポストカードに描いてきた作品120枚のう... 続きをみる
修復後のヨハネス・フェルメール「窓辺で手紙を読む女」が見れるとあって、いつもはガラガラの美術館は平日の火曜日にも関わらず人で溢れていた。絵の前に張り付いてぞろぞろと人の列が続くが、自分はゆっくり見る時間がなかったので、後方から見渡してこれぞと思う絵だけに絞って見ることにした。 17世紀オランダの経済... 続きをみる
白という光の色。 なぜ世界に光とともに色彩があるのだろうか。そんなことを考えるのは、野中氏の作品を覆っている色彩は、絵画理論の構成要素である「色」とはまったく別のものと感じたからだ。それを「純粋色彩」とでも呼ぼうか。野中氏が顔料を既製品ではなく自作し続けてるのも、この色彩への強いこだわりがあるからだ... 続きをみる
晩翠画廊に次の展示の案内カードを置きに行ったら、たまたま旧知の二人の展示をやっていた。最初は田村氏の版画の方に目が行った。彼の版画とは前に萬鉄五郎記念美術館で見てファンになってから10年来の付き合いで、夢とも記憶とも言い難い茫洋とした中から滲むように生まれて来る色と形の造形に魅せられて来た。 しかし... 続きをみる
→https://www.youtube.com/watch?v=Tub5vWLKB1o&t=1s 夜遅く自転車を漕いで家路を急いでいると、街角の暗闇に突然女性の人影が現れた。思わず、急ブレーキを踏む。光に照らし出された青白い顔が暗闇に浮かびあがってスマフォをいじっているのが分かった。なぜ、こんなと... 続きをみる
野中氏の「抽象」(ミックストメディア)は、俗に思われている観念的な産物ではまったくない、彼の身体に蓄積された五感の経験が、生活の座という制約された時のフラスコの中で、化学変化を遂げて、魂の直接的変容である作品を生む、そのようなものだ。むろん、そこに色彩の選択と濃淡、ブラシタッチの強弱、コンポジション... 続きをみる
「祝祭と予兆ー馬渡裕子の世界」 馬渡裕子の「絵」の世界に登場する縫いぐるみじみた生きものや無表情な人間たち。それらおなじみの記号化されたキャラは、ミニマムな舞台に立つ能役者の沈黙の芸を見るように、うっかり見逃しそうな些細な仕草や日常的道具立を伴って、見る者に謎解きを迫る。そこには子どもの遊びに見る祝... 続きをみる
久しぶりに訪れた宮城県美術館。マスクに検温、ソーシャルデスタンスを促す放送と、絵をじっくり見る気を削がれること著しいが、コロナパニックの最中仕方がない。しかし、そのせいかどうかは分からないが期待したような感興が起こらない。香月のシベリアシリーズは6年前に同美術館の展示で見ている。針生一郎という、ある... 続きをみる
続き。 馬渡さんの絵は、一つの重要な要素として、どこか予見的なものを漂わせてる。彼女がインスピレーションを受けて描いた様々なアイコンが、ビジュアル言語としてオートマチックに働いて、描かれた時に分からなかった意味を後に開示しているように思うからである。以下前作から最新作まで、その観点から私が気づいたこ... 続きをみる
もうそろそろ終盤にかかった馬渡裕子展。今回は深読みを恐れず彼女の絵について突っ込んだところを書いておこう。彼女の今回の作品に「折り返し点」というタイトルの作品があったが、ここに至って初めて見えて来たこともあるからだ。まあ、そんな思い巡らしに誘導してくれる作家はきょうびあまりない。その意味で10年以上... 続きをみる
蘇生する記憶 絵画を美術史と言う名の、西洋の線形モデルの中で考えると、近代のタブロー絵画の歴史は、抽象画でピリオドを打ってしまう。このピリオドの中には、私たちを魅了してきた無数の絵の記憶が層となって蓄蔵されている。野中氏の「抽象画」(ミックストメディア)もまさしくそうで、色彩やタッチやコンポジション... 続きをみる
→セコイヤの森に自給自足で暮らす50年 チャールズ・ベローと妻ヴァンナは、52年前、北カルフォルニアの水も電気も何もないセコイアの森に、自給自足のシンプル生活に憧れて移ってきた。240エーカーの土地を買うために預金をほとんど使い果たしたので、家は彼ら自身の手で建てなければならなかった。最初の家は、パ... 続きをみる
→より美しく快適になった普及版アースシップス← センターのガラスの開口部を大きくとった斬新なデザインに、ギリシャや中近東にでもありそうな白い家のイメージをセットしたおしゃれな外観。それを見ただけで憧れる人が多いのではないか。これはKirstenの映像で先に紹介した、アースシップス(Earth Shi... 続きをみる
→中世の村の再生に取り組む← ヨーロッパの農村部、山岳地帯など僻遠の地も含めて、中世あるいはもっと古い時代にオリジンを持つ歴史的集落が無数にあるが、それらはたいてい石造りでかろうじて外形を保っていても誰も住むものがなくなって石の廃墟に変わりつつある。Kirstenは、それら打ち捨てられた建物に特別な... 続きをみる
→アースシップス、過酷な世界を生き延びるための住まい← ちょっと古い映像になるが、面白い取り組みなので紹介しておこう。ニューメキシコの荒涼とした砂漠を走ると、スターウォーズのシェルターのような多様なユニークな形の建物が忽然と現れる。核戦争後のような過酷な条件を生き延びるサバイバルモデル、633エーカ... 続きをみる
→廃品をユニーク住宅に変えるテキサス魂← 全米でもプアな人が多いとされるテキサス州には、おシャレで、乙に済ました東海岸のエリート&セレブたちには見られない、テキサス魂と言われる自由独立の精神に富んだ人物が多いようだ。前にプアな人々向けに廃材で作った住宅を実際に提供する、熱い気持ちのいっぱい入った事業... 続きをみる
→廃棄された客車の往時を再生、オフグリッドの家に← 大きな空と遠く山々が連なる、広々とした放牧地のパノラマ風景の中に、ポツンと置かれたダークレッドの古風な2つの車体。マンデーの手に渡るまで、この2つの客車は、長い間、ここに打ち捨てられ、カビと蜘蛛の巣と鳥の死骸だらけで、雨もりのする壊れた、誰も見向き... 続きをみる
→キャラバンを「指輪物語」の世界に改造← 離婚の後、17年間の警官生活をやめ、木彫家となったグレン(イギリス)は、ソフトヤンキーがしそうなステレオタイプの改造ではなくて、DIYと木彫の腕をフルに使って、どこにでもあるような白いキャラバンを大好きな「ロード・オブ・ザ・リング」と「ホビットシリーズ」の世... 続きをみる
→ウェールズの森の中での超シンプル生活← 山の国ウェールズのスノードン山を望む野生の森の中に、1000ポンドで建てた小さな家。雑草で屋根を覆い、泥壁で囲ったきりの、Earth Buildingと言えばかっこいいが、方丈記に出てきそうな「草の庵(いおり)」を思い浮かべればいい。当然電気なし、電話なし、... 続きをみる
→ニュージーランドの靴の家← 「靴の家に住んでるおばあさんがいました」。そういえば、子供の時、そんな童話を読んだことがあるような気がするが、外観を見れば特徴は一目瞭然、まさしくユニークなブーツの形の家である。ご丁寧に紐通しの穴やステッチまでしっかり再現している。子供なら童話の世界は現実にあるもの(そ... 続きをみる
→森の中に妖精の家を作り続ける ← 深い森の中に、子供時代に誰でもが頭に浮かぶビジョンを、一人実現し続けている。こうなるとアート作品、ジェーコブ(Jacob W. H.)自身の言葉によると「住まうことができる彫刻」と言った方が良いかもしれない。日々アーテストが作品づくりに取り組むように、太平洋に面し... 続きをみる
→カリフォルニアの砂漠に土の家で暮らす。← アースビルディング(Earth Building)という言葉をご存知だろうか。私も、この映像を通して初めて知った。建築関係のWikiを見ると、耐火性があり、未加工の原土を用いた建築を実践することとある。11,000年以上前から存在し、特別な道具を用いずに作... 続きをみる
一見して建築パースの世界である。大抵はこの類の建築パースは高度なドローイングソフトで描かれている。しかし、ご苦労なことだが、作家は手書きの筆でこれを描いているのである。そこが建築パースではなく、そしてデザインでもなく、この絵を、絵画ジャンルにかろうじて、止めている重要な要素であることを画家は誰よりも... 続きをみる
柳宗悦と芹沢銈介のまなざしの違いは、各々の収集品を見れば一目瞭然だった。最初の部屋には柳の目と心が集めた品々、日本民藝館所蔵の収集品が陳列されていた。そこには副題として柳の言葉「それは啻(ただ)に美しいのみならず」が冠せられていた。柳は人々を捉える美の力が一体どこから生まれるのかを探求する中で、民藝... 続きをみる
東京の友人から突然の電話があった。上野の都美術館で開催中の「コートルード美術館展」がとても素晴らしかったので絶対見に来るべきだという、強いお薦めだった。すぐに行きたかったところだが、他の東京での仕事の予定とも兼ね合わせて、当の展覧会に赴いたのは終幕の2日前となってしまった。11時過ぎ、上野駅を出て都... 続きをみる
今年5月、リアス・アーク美術館で東北で活躍する若手作家を紹介するシリーズで展示され、高い評価を得た「VS」をはじめ、馬渡裕子の最新作を展示します。関連してこの時書いた当ブログの文章を再掲載いたします。当ギャラリーでは、毎年年末のクリスマス前のこの時期、馬渡展を定例開催していますが、今度はどんな新作が... 続きをみる
→究極のミニマリストライフモデルか?← 真贋の判定は難しい。しかし、これはフェークであろう。どうしてkirstenがこんな異質なモチーフを撮影することになったか、その経緯は分からない。力量のある取材者であればいろいろ問い詰めるであろうが、編集者の判断を最初の取材対象の選択に限定することで、あとはコメ... 続きをみる
2011年3月11日、巨大な何かが、たくさんの生命を呑み込んで通り抜けていった。記憶という名の霊となって物質に張り付いているそれらの痕跡を、仙台の卓越したアースダイバー、青野文昭さんのアンテナが捉え、掘り起こし再生し、見事に視覚化している。あの出来事への美術家からの初めての深く内的な反応だと思う。古... 続きをみる
40年以上前、学生時代に譲られて、パラパラと写真を見てつまみ食い的には読んでいたが、ほとんど積ん読になっていた美術本を、ここ3、4日で今度は付箋を付けつつ読了した。その本の名前は「中心の喪失」(ハンス・ゼドルマイヤー)。ここでゼドルマイヤーは、近代絵画から現代絵画への歴史を、絵画が様式を通して神への... 続きをみる
おそらく15年以上にはなるだろうとはご本人の弁ですが、野中さんは、何事もなければ月曜から金曜までの毎日、朝の9時から12時まで3時間の間に、1枚の作品を仕上げるのを日課にしています。今回の展示会では、そうして積み上がったここ2、3年の作品の中から、私がピックアップしたものを時系列に従って並べて見まし... 続きをみる
この二人のコンビでの展示は、今年で何回目になるだろうか。野中さんの展示はもっと長く10年以上になると思う。野中さんの展示を続けているのは、一人の作家の具体的な作品を通して、「抽象とは何か」ということを、今まで観念的に展開されてきた知識や既成の理論の受け売りに基づかず、自分で感じ考え続けて行くためであ... 続きをみる
→タイニーハウス界のウィリー・ワンカ← カーボウイハットにロン毛結び、ランニングシャツ、短パンで筋骨隆々の日焼けした肌を露出させ、モーゼのように杖を片手に、しかも「裸足」で、テキサス郊外のロードサイドのだだっ広い敷地をエネルギッシュに歩き回って始めから終わりまで、マシンガンのようにしゃべりぱなし。こ... 続きをみる
→橋の下の隠れ家← 高速道路の橋の下にはたっぷりした空間がある。しかし、スペインの配管工Fernando Abellanas以外に、これを利用してこんな遊び場を作っちゃおうなんてことは考えもつかないし、まして実現した人なんていなかったに違いない。手回しのゴンドラを動かして橋梁に押し付けると、誰にも邪... 続きをみる
→忘れられた巨人シリーズ← トップ映像の野原や森林のあちこちに置かれたいろんなポーズの巨人像にまずびっくりした。登ったり、滑り台にしたり、くぐり抜けたりして、夢中になって遊んでいる子供たちの姿が見られる。もっと驚くのは、これら6つの魅力的な巨人像がすべてコンテナなど廃材のみで作られていることだろう。... 続きをみる
44回を迎える「藤沢野焼祭」に今年も参加した。これに参加しないと夏は終わらない。しかし、例年ほど熱くなれなかったのは、比較的涼しかった天候のせいばかりではない。いつもの窯焚き仙台チームのメンバーである、かつての勤務先の上司であるW氏や、毎回洒脱で奇想天外な作品を出してみんなを驚かせる90歳(たぶん)... 続きをみる
突然目の前に出現した、俄かには分からない「もの」に驚いた。タイトルには「七面鳥」とある。それが今まさに六曲一双の屏風の上を、体を膨らませたりデフォルメさせながらコロコロと動いているようで、見る者もその動きとともに余白のうちに巻き込んでしまいそうだ。一般の絵の概念、それも流派に分かれ、チマチマとした約... 続きをみる
昼間に我々が経験したことや見たことは無意識層の中に積み上げられ、夢の中で唐突に予想外のイメージとなって蘇ることがある。馬渡さんの絵は、この夢のイメージをスナップショットのように、キャンバスに定着させたもののように見える。しかし、夢の形や色をそのまま写実することは難しい。なぜなら夢は眠っているときの脳... 続きをみる
コンピュータのデジタル環境で作られたものであっても、モノとして出現するときにはアナログとして存在し始めなければならない。佐立さんがトライしているように、コンピューターソフトで作られたものでも、出力時点では紙や布といったアナログ素材を抜きにしては存在できないからである。故に「純粋デジタル」というのがあ... 続きをみる
東日本大震災の2年後、2013年、当展示会は、窯の倒壊など被災した陶芸家を支援する取り組み(東北炎の作家復興支援プロジェクト)の一つとして開催されました。展示機会を失った陶芸家たちに展示場を提供し、そこでの作品の展示販売が、作り続ける気持ちを応援し、復興に必要な経済的支援につながればとの思いがありま... 続きをみる
入り口を入ったところに墨画の蝦蟇仙人図が2幅かかっていた。左が横山崋山、右が曽我蕭白である。曾我蕭白は横山家と交流があった画家で、父の横山喜兵衛宛の書簡も展示されていた。これが何とも不思議な魅力を持ったいい字なのである。さて、蝦蟇仙人図は一目瞭然、曽我蕭白の方がいい。迫力に歴然とした違いを感じる。崋... 続きをみる
帰ってきていつになく疲れを感じた。一緒に行った私の娘も同じことを言っていたから、必ずしも年のせいだけではあるまい。ゴールデンウィークが始まったばかりで、天気が良くて、思いのほか博物館が混んでいたせい?しかも、左右に振り分けられた狭い展示場にこれでもかと詰め込まれた作品を、うねうねとした列に連なりなが... 続きをみる
ギャラリーターンアラウンドのそばを自転車で通りかかった。窓際にオーナーの奥さんが立っていてなんとなく目があってしまい、立ち寄ることになった。白い手で呼び入れられた訳ではないが、「アミナダブ」の主人公よろしく、こういう時は素直に従うことにしている。展示していたのは、美術大学を卒業して2年という若い女性... 続きをみる
1971年、当時西新宿に超高層ビル群を次々出現させつつあった、急激な社会変化の波は、戦後の強烈な生活の匂いが漂よう下町の風景をも、かろうじて余命を保っていた江戸の面影もろともに、一気に消し去ろうとしていた。 同じ頃、野中が描いた東京下町の姿は、まるで幻の生き物のようで、建物は喘ぎ揺らいで見える。ため... 続きをみる
少しでも多くの方に見てもらいたい、との思いで、今回は皆さんにも立ち寄りやすい一番町の東北工業大学ギャラリーで以下展示を企画いたしました。野中さんについては人物と画家としての生き方も含めて惚れ込んで10年近く毎年のように展示会を開いています。少しでも流行や西洋の借り物ではない彼独自の抽象を理解し評価し... 続きをみる
娘がいささか興奮気味に帰って来た。「おとうさん、すぐ見に行って。美術なんてものがぜ〜んぶぶっとんでしまうよ」。というわけで翌々日には世界中を覆う殺人的なヒートウェーブの最中、自転車をこいで3つ橋を渡り博物館に行ってきた。そこで展開されているのは、人類の夢の世界であった。しかし、それは女性が思い描くよ... 続きをみる
地方の美術館は特別の企画がない平日にいくと、どこもガラガラでゆったりじっくり作品を見れる至福を味わうことができる。もともと集客なんて自分たち研究者の仕事とは毛頭考えていない学芸員にとっては天国であろう。だが、そうはいかなくなっている最近の厳しい財政事情がある。美術のことなんてまったく興味のない納税者... 続きをみる
昔ながらの器がなかなか売れないのは、和の生活が消えてしまったことにあると誰もがいう。確かにめったに膝を折って食事をすることはなくなった。しかし、だからといってそこで長い間積み上げてきた器のかたちや厚みや重さや色彩の感覚を捨てていいということにはならないと思う。伝統の窯を交えて、この展示会を続けて行く... 続きをみる
創るもの、生まれるもの。このふたつがうまくミックスされ、バランスされたところに作品が生まれる。創り込みすぎてもだめ、生まれたままでもだめ。作品として成り立つには、分かたれないひとつのもの=美として成立していなければならない。このふたつを絶妙にバランスさせるものは何か。神というか、自然というか、それは... 続きをみる
震災後に始めた「とうほく陶芸家展inせんだい」(5/25,26,27)は今年で5回目。最初の30人から比べると少なくなったが、19人の陶芸家がいつもの場所、ここが仙台中心とは信じがたい、緑濃い八幡の森に集まります。陶芸家という括りについて、いつも悩みます。マーケットインを露骨にねらったアーティストで... 続きをみる
東北の焼物について、デヴィッド&アン、ヘール夫妻のコレクションを基にして、震災後の2012年春、英国のルシン・クラフトセンター(ギャラリー3)で開催された展示会のカタログを、堤焼さんから借り受けた。先に東北滞在の置き土産としてデビッド・ヘール氏が日本語で上梓した「とうほくの焼物」(昭和47年、雄山閣... 続きをみる
劉生が逃げた(?)場所 確かにこの二人の比較対峙から、見えてくることは多いかもしれない。企画した学芸員には美術史的な観点から新視点(椿を媒介に劉生を天才性で見るだけでなく画壇という集団的営為の中に位置付ける)を提示した満足感があっただろう。しかし、自分にとって、そうした学芸員の意図とは別に、無闇にそ... 続きをみる
セザンヌの人生は視覚の真実を探る旅であったが、ルオーの人生は心の真実を探る旅であった。その意味で対極的な二人であったが、いづれも芸術が文化史的な背景から切り離されて久しい、近代という名の魂の荒野の時代を孤独ではあるが誠実に生きぬいた芸術家の典型ではあった。セザンヌの場合、「純粋な視覚」のために人生は... 続きをみる
梅雨の季節が舞い戻ったようなあいにくの天候(その雨がこの記事を書いている18日の今もまだ続いている異常)で、開催できるのだろうか、中止になるのだろうか、初めから終わり近くまで危ぶみ続ける中で、今年の野焼祭は開催された。しかし、篠突く雨ならまだしも勢いを増した炎は少々の雨なぞ吹き飛ばすパワーを持ってい... 続きをみる
この展示会のタイトルにもなっているところだが、どうして東北の作家はこんなにモダニズムが好きなのだろう、会場を回って一番最初に浮かんだのがそういう疑問だった。ネガティブな言い方をすれば、東北には、近世の京都や江戸のような分厚い文化的な遺産がないからと言えるかもしれない。そこが節操なく次々と時代の影響を... 続きをみる
昨年度は会場の駐車場が土砂に埋まり中止を余儀なくされた「とうほく陶芸家展」を再開することとなった。会場で配るパンフレットの冒頭にこの展示会の目的を述べたので、以下に再録しておこう。 4回目の展示会となりますが、震災からの復興支援の意味合いが強くあったこれまでとは開催の意味が微妙に違って来ています。端... 続きをみる
新潟の町屋を再生した趣あるギャラリー「絵屋」での「野中光正・村山耕二展」。3年前初めて2人の展示会を「絵屋」代表の大倉宏さんに持ちかけた経緯もあって、私もラスト2日間会場に赴いた。今回も2人の作品が出会って心地よい協和音を奏でていた。 絵(木版を用いた混合技法)とガラスとジャンルは違うが、2人には似... 続きをみる
地元新聞社主催で80年も続いている展覧会だが、自分の評価とはだいぶ違う結果でいつもがっかりするので、今年は行くまいかと思っていたのだが、友人から招待券をもらった手前、いそいそと出かけて行った。会場は例年どおりデパートの催事場をうねうねと仕切った壁に作品が目一杯飾られている。ゴールデンウィーク期間中と... 続きをみる
ルノアールと言うと、リビングに貼られていた銀行のカレンダーのイメージがある。昭和30年代か40年代頃、高度成長の上り調子の時代に、誰しもが抱いていたステレオタイプの幸せと欲望のコード、欧米並みの生活イメージにそれはマッチしていたのだろう。そういえばルノアールの代表的な絵の主題にもなっているが、ピアノ... 続きをみる
展示室に入った途端、背中にゾクゾクとするものがあった。これは生半可に美しいなんて言えない。むしろ怖いと言った方が適切かもしれない。典型的なアイヌ文様は心を絡め取るクモの糸、悪夢の中に出てくる渦巻きのようで(ヒッチコックの映画「めまい」から連想)、心の深層に侵入してくる何か言い表しがたい、不気味な気配... 続きをみる
展示が終わって大分時間が経ってしまったが、残り少なくなった今年の備忘録として書き留めておきたい。とりわけ心惹かれたのは雪舟作(拙宗等揚作)の「雪景山水図」と宮本武蔵作の「枯木翡翠図」だった。 「雪景山水図」は、渡明後に描かれた雪舟の初期作品の一つと目されているが、周文流の約束事を踏襲して書いているの... 続きをみる
見ることを再開する、そのとっかかりがモネの絵であったのは幸せだった。はじめはあまり期待していなかった。あの睡蓮の絵か、それならオランジェリーの楕円形の展示室で見たはずだ、という風に、しきりに小賢しく頭が働く。しかし、今回モネの数点の小品を見て、いかに自分が先入観だけでモネをまともに見ていなかったがよ... 続きをみる
これまで全国を巡覧してきた一番最後の展示のようである。夏休みにちょうどあたっているため子供づれが多かった。常設を見にいったときに、予告の看板が出ていて、そこに描かれていた「ぐりとぐら」の足先が鳥獣戯画の動物のそれを連想させて可愛らしかったので、のぞいてみることにした。美術の本流と言うと「泰西名画」(... 続きをみる
宮城県美術館のコレクション展示はときどき入れ替えられるが、庄司福が2ヶ月ほどの期間、特集展示となるというので久しぶりに足を運ぶことにした。庄司福は、東北地方をテーマにした作品を多数描いている仙台にもゆかりが深い作家で、92歳で亡くなるまで画壇の重鎮として現役で活躍し、「戦後の日本画の質の高い到達点の... 続きをみる
宗教家の作品(作品と言ったらいいかも疑問なのだが他に言葉がないのでこうする)を面白いと思う。日本で言えば仙崖や白隠の禅画がそうだ。先に宮城県美術館の県民ギャラリーで見た大本教の教主出口王仁三郎の作品にもぶっとんでしまった。岡本太郎ならまさしく「これはなんだ」の世界だ。とりわけ「みちのくの滝」と題する... 続きをみる
たまたま仙台の隣り、多賀城市の東北歴史博物館で「大白隠展」が開かれていることを知って急遽訪れた。五月晴れの平日だったが、男性が一人熱心に見ているだけで会場はガラガラ、まさしく独り占め状態で、何度も出たり入ったりしゆっくり見ることができた。一見、単純に筆の勢いに任せて描いたような墨絵なのだが、それだけ... 続きをみる
遅まきながらのレポートになるが、5月5日、鈴木照雄展(栗駒陣ヶ森窯)に行ってきた。展示会も最終日とあって、藁葺き屋根の母屋に並んでいた作品は大分少なくなっていた。それでも渋いすばらしい抹茶茶碗を購入できたのはラッキーだった。抹茶茶碗である程度名の通った作家ものでいいものとなると、うん十万というのが相... 続きをみる
展示会のカタログの中で、ジュージ・ベッキ(学芸員)は、晩年の暗黒色の色彩とシンプルなストロークで描かれたモランディの水彩を、禅画(具体的には狩野仙厓のような作品を指すと思われる)との類似性によって語っている。さらには、モランディを「表現しがたいものを表現し、伝達できないものを伝達することを可能にす... 続きをみる
例年初夏に開催している野中光正新作展(5月31日~6月12日、10・11・12画家在廊)のポストカードのコピーを書いた。心で受け止める色とかたちとテクスチャーの世界。頭から入らずに抽象を音楽のように楽しむ人がもっと増えてほしい。 日々の邂逅 使い込んだ道具類や顔料が整然と置かれた野中氏のアトリエはラ... 続きをみる
いつのことなのか不分明なのだが、何十年か前、上京した折、何かの用事があって銀座のデパートー松坂屋だったろうか、それとも大丸だったろうかーに入った。そこでたまさか開催していたのがモランディ展だった。どんな画家なのか皆目知らなかった(このような先入見のない出会いは理想的)のだが、ガラガラの会場がこの画家... 続きをみる
むしろ、グスタフ・クリムトの1作品(人生は戦いなり「黄金の騎士」)を見たくて会場に赴いた。会場に陳列された古代地中海の黄金製品は、年代を遡るほどかえって洗練されたもののように感じられる。1点1点、豪奢な輝きと細工の美事さに驚かされつつも、ワビサビ生活の自分とはほど遠く、夢を見ているようで何を見てもあ... 続きをみる
1月になって今年初めての雪が降った。白っぽく乾いていた路上が舞い落ちてくる雪片で見る間に見えなくなった。佐立るり子さんからいただいていた展示会の案内カードを引き出してみる。雪が降り積む様を見ていると、何度読んでも分からなかったカードの文章の意味がなんとなく分かるような気がしてきた。 彼女の今回の作品... 続きをみる
1960年代以降の晩年の作品は、美といってよいか分からないが、圧倒的なパワーと磁力を持っている。伝統的な絵画空間の革新者として脚光を浴びた時代の作品は、可視的世界を絵画空間に今までと違ったやり方で顕在化させるための、いわば認識論的な実証研究のようなもので、そのため従来の絵画様式を下敷きに、構築、脱構... 続きをみる
ずいぶん前になるがパリのポンピドゥーセンターからしばらく歩いて古い下町マレー地区にあるピカソ美術館を訪れた。貴族の館の内部をモダンに改築した中をぐるっとひとめぐりしたはずだが、狭い入り口を通り抜けた薄暗い一部屋に、すさまじく強い印象の女性の絵があったなという程度で、正直言ってほとんど記憶が飛んでいる... 続きをみる
今年で何回目になるか、「馬渡裕子新作展」が近づいて来た。物静かな語り口ながら、私たちが生きる日常や見慣れた事物を白昼夢と化してみせる馬渡の手法は、他に例をみない。まだ馬渡の作品との出会ってない方たちのために、以下7年前に書いた紹介文を挙げておこう。 ボッシュの絵画さながらに過度な食欲への罰か山盛りの... 続きをみる
日本に入ってきた海外の様々な文化の種子は、「みちのく」にたどりついてはじめて日本独自の根づき方、開き方をするようだ。古くは院政時代に華麗な仏教美術を花開かせた平泉文化、新しくは西洋モダニズムの影響もそのひとつ。萬鉄五郎、松本竣介などをはじめ日本の近現代の絵画の世界をリードした巨人たちに東北の出身者が... 続きをみる
一見するとコンクリートのような重厚感があるが、阿部さんの作品は建材用のスタイルフォーム、いわゆる発泡スチロールを基本素材に作られている。木のヤスリやサンドペーパーを使いかたちを彫り込み、アクリル絵具を塗り重ねて、さらにサンドペーパーで表面を整えるといった工程を、何度も繰り返して不思議な「立体画像」が... 続きをみる
フィンランドの画家というと、ムンクはノルウェーだし、ムーミンのトーべ・ヤンソンぐらいしか頭に浮かばない。そういえばこのポスターの自画像の全体にトローンとしたつかみどころのない感じはなんかムーミンのようだなあ、と思いつつ会場に入った。19世紀から20世紀に至る時代、日本と同様、フインランドもフランスや... 続きをみる
たまたまH氏から作品のタイトルを英文にしてほしい、と言われ翻訳した。その作品のエスキースはここにあげた通りだが、日本語のタイトルは「向性の先」ということであった。彼の説明では「方向性は各々違うが、その先がある」ということであった。この抽象的な言い方に、抽象に至るアートの本筋とはなんだ、という疑問が解... 続きをみる
かつてリアス式海岸沿いの狭い土地に張り付くように密集していた街はほとんど消滅してしまい、家並みに隠れていた海が間近に迫って見える。地元に住む人々には一変した有様も、初めてこの地を訪れた人の目には前からこうであったように映ずるはずだ。復興が元の姿に戻すことなら、もはやそれは不可能であろう、と誰もが思っ... 続きをみる
「萬鉄五郎美術館」を見た後、次の目的地花巻に向かおうと釜石道の東和ICの入り口直前まで来て、ふと、道路際の案内看板を見ると、成島毘沙門堂とある。瞬間、かって写真で見た巨大な像が目に浮かんだ。40年近く前唐木順三の著作「あづまみちのく」を読んで以来、いつか見たいと思っていた毘沙門天像だった。それがこの... 続きをみる
一階の奥に飾られていたアメリカや東南アジア、アフリカの仮面。この芹沢晩年の収集品が、この展示会のタイトルのようにデザイナーというステレオタイプ化された職域に括ってしまうと決して見えない、芹沢の表現の軸をすべて語っているように思える。同道した娘が「何か霊がついているようで怖い」というぐらい得体の知れな... 続きをみる
自然からうまれたかたち、正確に言えば自然から人の思いを介してこころのうちに作り上げられたかたち。それが最初のかたちの成り立ちだろう。だから手によってこころを込めて作られた器は、自然のいのちを受け継いでいる。さらにこうして作られた器は、生活の中で使われ続けることで、使い手の思いを吸収しながら、使いやす... 続きをみる
昭和51年に考古学者の故塩野半十郎氏の指導を得て、縄文の野焼を再現したことをきっかけにはじまった藤沢野焼祭も今年で開催40年を迎える。そのポスターが昨日届いた。今年のポスターは、遠野在住で田園や野山を写実を極めて描いた巨大な鉛筆画(岩手県美術館所蔵)で知られる画家本田健氏が下絵を描いている。大きく空... 続きをみる
東北陶芸界の長老、現役の陶工でもある平清水焼青龍窯4代目の丹羽良知(昭和6年生まれ)さんにお話を伺った。飄々とした語り口ながら、「思い」(つまりはモチベーションだろう)が大事と言う言葉には、70年以上器と対峙してきた陶工でないと言えない真実があって、「ただ」作ることを良しとし無名の職人を称揚した柳宗... 続きをみる
シベリアの大地に追いやられ人間性を剥ぎ取られて、丸太のように無造作に埋められた者たちが唯一見たものは、圧倒的な星の瞬きであっただろう。創世記のアブラハムがふり仰いだ星空は、神の約束のしるしであったが、無残な大量の死に対置して、画家香月泰夫が出会った星空は、透明な無言の美に満ちた不条理の表象であった。... 続きをみる
木版画もガラスも外部との、それは「版木」であったり「火」であったりするが、そうした手強い物質との闘いが制作の大きな要となる。和紙に押し付けた版木は、あるいは、炉から取り出されたガラスは後戻りできない。一瞬にして魂を作品に宿らせる。 ガラス作家の村山さんは、制作に先立ち構想をスケッチしたりしない。ぶっ... 続きをみる
常に新しい感覚の世界を開いてくれる、オリジナリティーのある画家とは滅多に出会わなくなった。とりわけ最近は、東京でギャラリー巡りをしても、どこかで見たような似たような、うんざりの作品ばかりだ。陶芸の世界もそうだが絵の世界も存在感が感じられない、気分の上澄みをさらったような曖昧な「薄いもの」があたかも進... 続きをみる
ミレーの作品は、ロマン主義でもない、写実主義でもない、その間にあって美術史のメインストリームから独立した性格を持っている。その絵の前に立つと、誰もがリアリティとは何かと言うことを問わざる得ない。それは写実主義的なリアリティではない。例えば、写実主義の代表クールベが労働や自然など身近な現実を描いたとし... 続きをみる
元禄以来受け継がれ、近年まで使われて来た「現役」の窯としてはおそらく日本最古の相馬駒焼の窯に、行政の支援を受けて、窯や鞘堂を修復する方向性が示され、微かですが光が見えてきました。9月初めに県文化財審議委員の代表者や文化財課の職員が再び訪れ(6月に一度来訪)、窯の文化財としての重要性を再認識し、文化財... 続きをみる
ゴッホのひまわりは確かに筆で描かれた絵であるのだが、通常の絵のカテゴリーには入らない、聖なるものか、デーモンの仕業か分からないが、名付けようのない何か別のものを見ているような恐ろしさがあった。この絵に比べれば、同会場に展示されていた私の好きな長谷川りん次郎の絵でさえ、まだ花の美しさに媚びている。まし... 続きをみる
四国に台風が迫りつつある中、東北には長く停滞前線が伸びて、雨が断続的に降り始めていた。最悪の気象状況での野焼祭りだった。出品者の中にはもし大雨になったら手塩にかけた作品が溶けてしまうのを恐れて、窯入れをためらう者もいた。しかし、雨脚が衰えた時を見計らって、例年より1時間早い午後5時、窯のまわり、矩形... 続きをみる
当然コマ割りあってのマンガである。この展覧会でも一コマを拡大して見せるのではなく、コマ割りが詰まったページを展示している。しかし、すばやく絵とストーリーを平行して追うという若者が難なく出来ることが、もう久しくマンガを見ていないゆえに出来なくなってる自分に愕然とさせられた。ゆえに展示会の促しに反して、... 続きをみる
久しぶりに庭の掃除をした。狭い庭だが6種類の椿が植えられていて、この季節になると一斉に花を咲かせ、またたく間に散ってしまう。その落ちた花弁を掃く作業に没頭してる時に「いいかげん」が大事だなと思った。一度気持ちにエンジンがかかると切りがなくなる。「いいかげんにしろよ」と思いつつも、完璧に掃き清めないと... 続きをみる
東北の風土から生まれた、個性あふれる用の美。 東日本大震災から3年の時が過ぎ、仙台の街を特徴づけていた戦後の古いビルも次々取り壊され、真四角でガラス張りの同じような無機質なビルがやたら増えています。100年は優に持つ最新の耐震性能が保証されていても、これらのビルには経年変化の良さはインプットされてい... 続きをみる
昨年の暮れ、オランダのテレビ局が開催した世界的なタレント発掘番組で9才の女の子アミーラ・ウィリファーゲンAmira Willighagenがオペラを歌い、優勝した。たまたまその過程をインターネットの動画サイト、ユーテューブで見て、9才とはとても思えない、いや、ピュアな分だけプロをしのぐ歌唱力に驚いた... 続きをみる
40年前、上京したばかりのとき、当時はアールヌーボーがブームで書店には関連の本が並んでいた。ミュシャは、それで知ったか、「ニューロック」(懐かしい言葉だね)に夢中の友達が部屋にミュシャのポスターを貼っていた記憶もある。アールヌーボーは「青春様式」と呼ばれるように、その流麗なフォルムは、世の鬱勃たる青... 続きをみる
今回のメモリサイクルによる半導体製造装置、材料需要は息が長い?
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