「高群逸枝全集 第一巻 母系制の研究」(理論社・1966年)通読・34
【要点】(以下、国造名、所在地のみ記す) 《其一四穂国造》(三河国宝飯郡)《其一五参河国造》(三河国)《其一六遠淡海国造》(遠江国)《其一七久努国造》(遠江 国山名郡久努郷)《其一八珠流河国造》(駿河国)《其一九蘆原国造》(駿河国蘆原郡)《其二0三国国造》(越前国坂井郡三国地方)《其二一角鹿国造》(... 続きをみる
【要点】(以下、国造名、所在地のみ記す) 《其一四穂国造》(三河国宝飯郡)《其一五参河国造》(三河国)《其一六遠淡海国造》(遠江国)《其一七久努国造》(遠江 国山名郡久努郷)《其一八珠流河国造》(駿河国)《其一九蘆原国造》(駿河国蘆原郡)《其二0三国国造》(越前国坂井郡三国地方)《其二一角鹿国造》(... 続きをみる
君津市常代の“花厳院“の境内に咲いていた「蝋梅」です。冬曇りの中、色鮮やかな黄色の花びらが目を惹きます。境内には白梅が10数本ほどあり、これも5分咲きぐらいで境内は香り豊かな空間となっていました。花厳院は上総国八十八ヶ所の5番札所となっています。 2~4世紀の古代の日本がどのような様子であったのかは... 続きをみる
大寒の中、ひっそりと咲き始めた我が家のスイセンです。日当たりが悪いので茎が細くて風が大敵です。スイセンは金盞香(きんせんかさく)の異名があります。花びらの中の黄色い“副花冠“が金の盃に似てることでそう呼ばれるそうです。春咲きの金盞花とは違います。 弥生時代の末期の3世紀の頃、ヤマト王権の勢力が拡大し... 続きをみる
修善寺の旅(20)源頼家ゆかりの月見ヶ丘愛童将軍地蔵尊
思い出の太鼓橋(鎌倉)
修善寺の旅(19)横瀬八幡神社(2)北条政子ゆかりの孔門石
第55位【北条泰時(鎌倉幕府の執権)】弐
第55位【北条泰時(鎌倉幕府の執権)】壱
源頼朝と北条政子の足跡を辿るディープ鎌倉さんぽ。杉本寺、頼朝墓所、安養院を巡る【神奈川県鎌倉市】
判官贔屓
修善寺の旅(14)源頼家が幽閉された修禅寺
横浜厳島神社
鎌倉街道 街道を歩く その8 歴史を訪ねる シニアの健康ウォーキング 湘南深沢→鎌倉
春の熱海へ
修善寺の旅(5)安達盛長の墓
修善寺の旅(4)源範頼の墓
修善寺の旅(2)源範頼の終焉の地・日枝神社の信功院跡
修善寺の旅(1)源範頼、頼家が幽閉された修禅寺