• よろず相談所からのお知らせ

     「伊賀山人」とは、世を忍ぶ仮の姿です。  而して、その正体は、冒頭の名刺のとおり、よろず相談所の所長なのです。  「世の中大抵のことは当事務所で片が付きます」 とは、当事務所のキャッチコピーです。  法律上の制約もあり、当事務所で片の付かないことも、ままありますが、その際は誰に相談すればよいかをご案内しております。  お客様最大の関心事は料金ですが、当事務所の料金はほぼ全国平均の価格です。  た

  • 伊賀のグルメ情報

     【我慢強いラーメン屋】 「へい! お待ちっ!」 『あ~ぁっ! オヤジ~ 親指がどんぶりに浸かってるぞ~!』 「な~に、大丈夫! 慣れてるからっ!」    【秘伝の定食屋】 「こちら~ エビフライ定食になりま~す」 『ん~ん、何か変な臭いがするな~ 先月とエビが違うのか?』 「い~え、全く同じで~す。同じ日に仕入れたエビですから~」  【独り言の多いケーキ屋】 「あ~ 景気が悪い、景気が悪い」  

  • 伊賀の作り話

     昔、昔、伊賀の里に一人の欲張りな忍者が住んでおりました。  本業だけでは満足せず、何か楽して儲かる副業はないかと、得意の情報網を駆使してググっていたところ、ツルが自分の羽を抜いて機を織り、高級反物を作るという貴重な情報を手に入れました。  「しめしめ、これで一儲けできるぞ」と「捕らぬ狸の皮算用」ならぬ「捕らぬツルの羽算用」を決め込んだこの忍者、早速、鳥を捕まえてきて、自分の隣の部屋に放り込み「お

  • 行政書士無料相談会(名張市役所vs.当事務所)

     明日2月25日は、当事務所の所在する名張市主催の無料相談会があります。  名張市では、行政書士による無料相談会を月1回開催しています。  名張市民が対象で、1人1時間、1日6人限定の完全予約制です。  結構、希望者が多く、抽選になることもあるそうです。  因みに、来月の相談会は3月24日でその日は私が担当しますので、名張市内の方はふるってご応募ください。  ご相談内容で、最も多いのは、相続手続き

  • 伊賀の月餅(観月懐古番外編完)

     その夜早速、私は新郎新婦にもらった酒の封を開けました。  遥かに見える伊賀の山の上には仲秋の名月が輝いており、窓から射し込むその清かな光は、あたかも地上に降りた霜のように寝室の床を白く冷たく照らしておりました。  山と月と一杯の酒、詩人の心を揺さぶるお膳立ては整いました。  しかしながら、酒は進むものの、作詩のほうはなかなか思うようにゆきません。  頭を上げて山や月を眺めながら、ふと室内に頭を巡

  • 風変わりな結婚式(観月懐古番外編)

     2~3年前の仲秋の頃、個人事業主の私にしては珍しく、実に久しぶりに結婚式に招待されました。  私は山の神と共に、大阪のとあるレストランに赴きました。新郎新婦とその友人による手作り感満載の、所謂ジミ婚です。  新婦は、エステクラブに勤めるバツイチ再婚とのことでした。新郎は、どこにでもある中小企業の従業員で、こちらは初婚です。  なれ初めは、それぞれが別々に組んでいるアマチュアロックバンドのコンサー

  • 服部土芳の句碑(観月懐古完)

     伊賀国名張郡国見(現在の伊賀市種生)にある兼好法師終焉の地に服部土芳(はっとりとほう)の句碑が一つ残されています。  服部土芳、本名は保英、通称は服部半左衛門と名乗っていた伊賀上野藤堂藩の武士でした。幼少の頃、同郷の俳聖松尾芭蕉に俳句を学び、長じて芭蕉の高弟の一人にも数えられた江戸時代初期の俳人です。  この句を詠んだころには俳句に専念するため、既に藤堂藩を致仕(退職)して土芳と号しておりました

  • 天正伊賀の乱(観月懐古)

     「伊賀の乱」というと、伊賀者が何か騒動でも起こしたかのような印象を受けますが、そうではなく、この乱は戦国時代に天下征服を企む織田の軍勢が一方的に伊賀を攻め立てて壊滅させた侵略戦争です。  織田の軍勢は、天正6年(1578年)から天正9年(1581年)にかけて3回、伊賀に侵攻しました。一般に1回目の前哨戦と2回目の本格侵攻とを併せて第1次天正伊賀の乱、3回目の決戦を第2次天正伊賀の乱と呼称されてい

  • 兼好法師終焉の地

     兼好法師(けんこうほうし)、本名は卜部兼好(うらべ かねよし)、今から700年ほど前の官人であり歌人・随筆家でもあった人です。30歳ころに出家したため、自他共に兼好法師と称されていましたが、後の世に卜部氏が吉田と改名したことにより、江戸時代以降は吉田兼好(よしだ けんこう)と通称されています。  兼好法師は、日本3大随筆の一つとして知られる「徒然草」を執筆したことで有名ですが、この徒然草は、本人

  • 伊賀のくノ一

       伊賀のくノ一  (筆者注:文中、個人名は匿名にしていますので、適宜ご想像ください。)    © 2014avaxhome.ws  かつて、杜の都仙台のアパートで独り暮らしをしていたころのことです。  久しぶりに、伊賀の山奥から山の神が訪ねてきました。  アパートに入るや否や、床にホコリが溜まっているとか風呂にカビがわいているとか、文句たらたらで大掃除が始まりました。  ほどなく、この山の神、

  • 伊賀上野に現存する城は「上野城」ではない。

     伊賀上野に現在3層3階の天守閣が存在します。この城の正式名称は「上野城」ではなく「伊賀文化産業城」です。  伊賀は古来、東西の交通の要衝であったため、戦国時代から砦のようなものが何度も作られており、最大のものでは3層3階まであったようです。  関ヶ原の合戦の後、天下を取った徳川家康は、未だ健在であった豊臣方を攻撃するための前哨陣地とすべく、藤堂高虎に命じて伊賀上野に大阪城や名古屋城と同規模の5層

  • 伊賀の昔話

     昔、伊賀の里に一人の忍者が住んでおりました。  ある吹雪の夜、伊賀山中での修行の帰り道で傷ついて弱っている一羽のツルを助けてやりました。  翌朝、雪も止んだ頃、忍者の隠れ家に若くて美しい娘がやってきて「お嫁さんにしてください。」と言いました。独り者の忍者は、快く娘を中に入れてやりました。  娘は、「私がよいと言うまで決して中を覗かないでくださいね。」と言い残して、隣の部屋にこもり、機を織り始めま

  • 伊賀の風土について

     伊賀は、四方を深緑の山に囲まれた盆地です。盆地の中には田畑が広がり、その間を縫うようにしていく筋かの渓流が流れています。水の中では小魚が群れ遊び、蘆の繁る川岸ではシラサギ、アオサギが羽を休めています。  「住めば都」とは巷間よく言われますが、伊賀は何年住んでも田舎です。  「伊賀は国のまほろば 立たなづく青垣 山ごもれる伊賀し麗し」 日本武尊が、もし伊賀の出身であったのならば、白鳥となって天に上