日記・紀行のムラゴンブログ

  • 黄砂に煙る市街地

    黄砂に煙る市街地 中国では先月の三十日ぐらいから、黄砂が各地に飛来しているらしい。それが偏西風の気流に乗って飛来し、朝鮮半島も黄砂に襲われ、さらに五月二日の今日にいたって、京都の市街地も黄砂に見舞われた。その光景は山からも眺められた。 地球環境の温暖化などについても、諸説があるらしく、なかなか確定的... 続きをみる

  • 黄砂に煙る市街地

    黄砂に煙る市街地 中国では先月の三十日ぐらいから、黄砂が各地に飛来しているらしい。それが偏西風の気流に乗って飛来し、朝鮮半島も黄砂に襲われ、さらに五月二日の今日にいたって、京都の市街地も黄砂に見舞われた。その光景は山からも眺められた。 地球環境の温暖化などについても、諸説があるらしく、なかなか確定的... 続きをみる

  • 人間の欲望と二律背反

    写真出典 360@旅行ナビ http://www.360navi.com/blogn/index.php?e=520 人間の欲望と二律背反 今年も春が巡り来る。しかし、せっかくに巡り来た春を、もちろんに、心の底から賛美できないのは、この春先に東北地方に、地震、津波と、それに追い打ちをかけるようにして... 続きをみる

  • 人間の欲望と二律背反

    写真出典 360@旅行ナビ http://www.360navi.com/blogn/index.php?e=520 人間の欲望と二律背反 今年も春が巡り来る。しかし、せっかくに巡り来た春を、もちろんに、心の底から賛美できないのは、この春先に東北地方に、地震、津波と、それに追い打ちをかけるようにして... 続きをみる

  • 新しい春

    山の畑に上ると今年も桃の花がほころび始めていた。今年の三月もすでに去ってゆく。 十一日には東北地方に大きな地震と津波があり、多くの人の命が失われた。原子力発電所も災厄に見舞われ、今も現場では消防士をはじめ多くの人々が死闘を繰り広げている。 起きてしまった事故はいまさら取り返しはつかない。日本国がこの... 続きをみる

  • 新しい春

    山の畑に上ると今年も桃の花がほころび始めていた。今年の三月もすでに去ってゆく。 十一日には東北地方に大きな地震と津波があり、多くの人の命が失われた。原子力発電所も災厄に見舞われ、今も現場では消防士をはじめ多くの人々が死闘を繰り広げている。 起きてしまった事故はいまさら取り返しはつかない。日本国がこの... 続きをみる

  • 昨年を振り返り、今年一年を展望する

    昨年を振り返り、今年一年を展望する 昨年に作成した記事を振り返りながら、この一年を振り返り反省してみたい。 機会あれば「田舎」への移住を果たしたいと考えて古民家を見学したのが、2009年(平成21年)の年末だった。そして、年が明けた今年の1月5日に、新年を迎えて『新春のお慶びを申し上げます。 [20... 続きをみる

  • 昨年を振り返り、今年一年を展望する

    昨年を振り返り、今年一年を展望する 昨年に作成した記事を振り返りながら、この一年を振り返り反省してみたい。 機会あれば「田舎」への移住を果たしたいと考えて古民家を見学したのが、2009年(平成21年)の年末だった。そして、年が明けた今年の1月5日に、新年を迎えて『新春のお慶びを申し上げます。 [20... 続きをみる

  • 東三本木界隈――京都の町並み紀行(1)

    東三本木界隈――京都の町並み紀行(1) ふたたび府庁に用事があってゆく。前回は自転車を使って行ったが、今日は雨が降っていたこともあり、電車を利用して行った。前は御所の中を自転車で少し散策したが、今日は小雨の降る中を帰途、南に下がって裁判所のあたりを歩いた。 さすがに京都で少し歩くだけで、至る所に歴史... 続きをみる

  • 東三本木界隈――京都の町並み紀行(1)

    東三本木界隈――京都の町並み紀行(1) ふたたび府庁に用事があってゆく。前回は自転車を使って行ったが、今日は雨が降っていたこともあり、電車を利用して行った。前は御所の中を自転車で少し散策したが、今日は小雨の降る中を帰途、南に下がって裁判所のあたりを歩いた。 さすがに京都で少し歩くだけで、至る所に歴史... 続きをみる

  • 府庁

    府庁 用事があって府庁まで出かける。時間に多少の余裕があったので、散輪がてら自転車で行くことにする。いつものように、桂川の堤防を北に上野橋まで行き、そこから葛野西通りから天神川まで出て、自動車の通行の少ない裏通りの小道をさらに抜けて四条通りを横切る。京福嵐山線の山ノ内停車場で線路を横切ってまっすぐ北... 続きをみる

  • 府庁

    府庁 用事があって府庁まで出かける。時間に多少の余裕があったので、散輪がてら自転車で行くことにする。いつものように、桂川の堤防を北に上野橋まで行き、そこから葛野西通りから天神川まで出て、自動車の通行の少ない裏通りの小道をさらに抜けて四条通りを横切る。京福嵐山線の山ノ内停車場で線路を横切ってまっすぐ北... 続きをみる

  • 久しぶりのブログ更新

    久しぶりのブログ更新 ここしばらくブログの更新を怠っていた。別に体調を悪くしたり病気になったりしたせいでもない。体調は悪くはなく、頭の中身以外にこれといって悪いところもとくにない。いずれにせよ、今のところ曲がりなりにも健康を保つことができていることも神に感謝しなければならない。 ブログの更新を怠って... 続きをみる

  • 久しぶりのブログ更新

    久しぶりのブログ更新 ここしばらくブログの更新を怠っていた。別に体調を悪くしたり病気になったりしたせいでもない。体調は悪くはなく、頭の中身以外にこれといって悪いところもとくにない。いずれにせよ、今のところ曲がりなりにも健康を保つことができていることも神に感謝しなければならない。 ブログの更新を怠って... 続きをみる

  • 久しぶりのブログ更新

    久しぶりのブログ更新 ここしばらくブログの更新を怠っていた。別に体調を悪くしたり病気になったりしたせいでもない。体調は悪くはなく、頭の中身以外にこれといって悪いところもとくにない。いずれにせよ、今のところ曲がりなりにも健康を保つことができていることも神に感謝しなければならない。 ブログの更新を怠って... 続きをみる

  • 久しぶりのブログ更新

    久しぶりのブログ更新 ここしばらくブログの更新を怠っていた。別に体調を悪くしたり病気になったりしたせいでもない。体調は悪くはなく、頭の中身以外にこれといって悪いところもとくにない。いずれにせよ、今のところ曲がりなりにも健康を保つことができていることも神に感謝しなければならない。 ブログの更新を怠って... 続きをみる

  • 遅い秋

    遅い秋 今年の夏は暑かった。しかし、さすがに九月も末を迎えて、山の畑に向かう時にも、喉の渇きやシャツを濡らすような汗もすっかりなくなった。今は山の畑の木陰に横たわって、切れた息と疲れを癒すこともない。 多少の時間の前後、先行と遅れなどがあるとしても、自然のサイクルは必然的である。今年もまた秋は訪れ、... 続きをみる

  • 遅い秋

    遅い秋 今年の夏は暑かった。しかし、さすがに九月も末を迎えて、山の畑に向かう時にも、喉の渇きやシャツを濡らすような汗もすっかりなくなった。今は山の畑の木陰に横たわって、切れた息と疲れを癒すこともない。 多少の時間の前後、先行と遅れなどがあるとしても、自然のサイクルは必然的である。今年もまた秋は訪れ、... 続きをみる

  • 八月の雲

    二〇一〇年八月十一日(水) 晴れ 二千十年夏の追憶のために、八月の雲の記録。

  • 八月の雲

    二〇一〇年八月十一日(水) 晴れ 二千十年夏の追憶のために、八月の雲の記録。

  • 八月の雲

    二〇一〇年八月十一日(水) 晴れ 二千十年夏の追憶のために、八月の雲の記録。

  • 八月の雲

    二〇一〇年八月十一日(水) 晴れ 二千十年夏の追憶のために、八月の雲の記録。

  • 琵琶湖の花火

    二〇一〇年八月六日(金) 晴れ一時雨 琵琶湖の花火 結局、四時近くになってようやく山畑に向かう。家をでるときには、夏らしい青空に、太陽がまだ煌々と照りつけていた。暑い日には自転車でも決して急がない。息が切れないように、まだ青い稲穂を付け始めたばかりの稲田を遠くに眺めたり、その上を低く飛び交うツバメの... 続きをみる

  • 琵琶湖の花火

    二〇一〇年八月六日(金) 晴れ一時雨 琵琶湖の花火 結局、四時近くになってようやく山畑に向かう。家をでるときには、夏らしい青空に、太陽がまだ煌々と照りつけていた。暑い日には自転車でも決して急がない。息が切れないように、まだ青い稲穂を付け始めたばかりの稲田を遠くに眺めたり、その上を低く飛び交うツバメの... 続きをみる

  • 琵琶湖の花火

    二〇一〇年八月六日(金) 晴れ一時雨 琵琶湖の花火 結局、四時近くになってようやく山畑に向かう。家をでるときには、夏らしい青空に、太陽がまだ煌々と照りつけていた。暑い日には自転車でも決して急がない。息が切れないように、まだ青い稲穂を付け始めたばかりの稲田を遠くに眺めたり、その上を低く飛び交うツバメの... 続きをみる

  • 琵琶湖の花火

    二〇一〇年八月六日(金) 晴れ一時雨 琵琶湖の花火 結局、四時近くになってようやく山畑に向かう。家をでるときには、夏らしい青空に、太陽がまだ煌々と照りつけていた。暑い日には自転車でも決して急がない。息が切れないように、まだ青い稲穂を付け始めたばかりの稲田を遠くに眺めたり、その上を低く飛び交うツバメの... 続きをみる

  • 風のそよぎ

    風のそよぎ 風の戦ぎ、 山から落ちる、水のせせらぎ、 カラスやウグイスたちの鳥の鳴き声、 芝刈り機のエンジンの音、遠くから聞こえてくる。 私の全身を撫でながら過ぎてゆく、 山頂から吹き下ろしてくる風。 眼を瞑ると、 梅雨明けの青空から日差しは消え、 私の瞼の血の色である深紅の世界に、 鎖される。 私... 続きをみる

  • 風のそよぎ

    風のそよぎ 風の戦ぎ、 山から落ちる、水のせせらぎ、 カラスやウグイスたちの鳥の鳴き声、 芝刈り機のエンジンの音、遠くから聞こえてくる。 私の全身を撫でながら過ぎてゆく、 山頂から吹き下ろしてくる風。 眼を瞑ると、 梅雨明けの青空から日差しは消え、 私の瞼の血の色である深紅の世界に、 鎖される。 私... 続きをみる

  • 風のそよぎ

    風のそよぎ 風の戦ぎ、 山から落ちる、水のせせらぎ、 カラスやウグイスたちの鳥の鳴き声、 芝刈り機のエンジンの音、遠くから聞こえてくる。 私の全身を撫でながら過ぎてゆく、 山頂から吹き下ろしてくる風。 眼を瞑ると、 梅雨明けの青空から日差しは消え、 私の瞼の血の色である深紅の世界に、 鎖される。 私... 続きをみる

  • 風のそよぎ

    風のそよぎ 風の戦ぎ、 山から落ちる、水のせせらぎ、 カラスやウグイスたちの鳥の鳴き声、 芝刈り機のエンジンの音、遠くから聞こえてくる。 私の全身を撫でながら過ぎてゆく、 山頂から吹き下ろしてくる風。 眼を瞑ると、 梅雨明けの青空から日差しは消え、 私の瞼の血の色である深紅の世界に、 鎖される。 私... 続きをみる

  • 夏が来る

    夏が来る 昨年は少し忙しくて、作ることに手が回らなかった夏野菜も、今年は何とか実り始めた。茄子が紫の美しい花をつけ始め、キュウリも小さな黄色の花の下に実を付け始めた。 いつ見ても、自然の造形と色彩の美には眼を見張る。あえてそこに創造の主体としての「神」のことを言うなら、神の創造の御業は私たちの理解を... 続きをみる

  • 夏が来る

    夏が来る 昨年は少し忙しくて、作ることに手が回らなかった夏野菜も、今年は何とか実り始めた。茄子が紫の美しい花をつけ始め、キュウリも小さな黄色の花の下に実を付け始めた。 いつ見ても、自然の造形と色彩の美には眼を見張る。あえてそこに創造の主体としての「神」のことを言うなら、神の創造の御業は私たちの理解を... 続きをみる

  • 夏が来る

    夏が来る 昨年は少し忙しくて、作ることに手が回らなかった夏野菜も、今年は何とか実り始めた。茄子が紫の美しい花をつけ始め、キュウリも小さな黄色の花の下に実を付け始めた。 いつ見ても、自然の造形と色彩の美には眼を見張る。あえてそこに創造の主体としての「神」のことを言うなら、神の創造の御業は私たちの理解を... 続きをみる

  • 夏が来る

    夏が来る 昨年は少し忙しくて、作ることに手が回らなかった夏野菜も、今年は何とか実り始めた。茄子が紫の美しい花をつけ始め、キュウリも小さな黄色の花の下に実を付け始めた。 いつ見ても、自然の造形と色彩の美には眼を見張る。あえてそこに創造の主体としての「神」のことを言うなら、神の創造の御業は私たちの理解を... 続きをみる

  • 南禅寺・疎水・先斗町

    南禅寺・疎水・先斗町 二〇一〇年六月二日(快晴) 久しぶりに市内に出かける。京阪三条まで出て、そこから、岡崎公園、平安神宮に向かって歩いた。平安神宮は団体客のせいか、人が多かったので中には入ることもなかった。大鳥居を見ただけで、南禅寺の方に向かった。全くに久しぶりの南禅寺で、土地勘もすっかり失ってい... 続きをみる

  • 南禅寺・疎水・先斗町

    南禅寺・疎水・先斗町 二〇一〇年六月二日(快晴) 久しぶりに市内に出かける。京阪三条まで出て、そこから、岡崎公園、平安神宮に向かって歩いた。平安神宮は団体客のせいか、人が多かったので中には入ることもなかった。大鳥居を見ただけで、南禅寺の方に向かった。全くに久しぶりの南禅寺で、土地勘もすっかり失ってい... 続きをみる

  • 紫蘭

    二〇一〇年六月一日(火) 雨のち曇 紫欄 山の畑に行くときは、ふつう天気予報を確認してからゆくので、滅多に雨に降られることはない。だが今日は違った。まだ道半ばにも達しないのに、空模様が急に怪しくなったかと思うと、霙混じりに雨が降り出した。ほぼ百パーセントの確率で降雨のないことを、ネットの天気予報でい... 続きをみる

  • 紫蘭

    二〇一〇年六月一日(火) 雨のち曇 紫欄 山の畑に行くときは、ふつう天気予報を確認してからゆくので、滅多に雨に降られることはない。だが今日は違った。まだ道半ばにも達しないのに、空模様が急に怪しくなったかと思うと、霙混じりに雨が降り出した。ほぼ百パーセントの確率で降雨のないことを、ネットの天気予報でい... 続きをみる

  • 柿の木の復活

    芽吹く柿の木 山の畑に行って、柿の木を見つめると、木の芽が新しく出ていた。柿の木の新しい復活である。昨秋、猿のために幹の根本から折られてしまって、人間で言えば、極度の重傷であったのだが、生命自体が失われたのではなかったのだ。木の芽が新しく芽吹くことによって、生命の存続自体が確認された。 動物ほどには... 続きをみる

  • 柿の木の復活

    芽吹く柿の木 山の畑に行って、柿の木を見つめると、木の芽が新しく出ていた。柿の木の新しい復活である。昨秋、猿のために幹の根本から折られてしまって、人間で言えば、極度の重傷であったのだが、生命自体が失われたのではなかったのだ。木の芽が新しく芽吹くことによって、生命の存続自体が確認された。 動物ほどには... 続きをみる

  • 梨花一枝春帶雨

    二千十年四月十八日(日)小雨のち曇 玉容寂寞涙闌干 梨花一枝春帶雨 久しぶりに、学生時代の友人である東京のS・T氏から昨日留守電が入っていたので、今日のお昼頃に電話を入れる。久しぶりに彼の声を聞いた。昔のように若々しい彼の声である。彼は私の声を果たしてどのように聴いたことだろうか。 四時頃になってよ... 続きをみる

  • 梨花一枝春帶雨

    二千十年四月十八日(日)小雨のち曇 玉容寂寞涙闌干 梨花一枝春帶雨 久しぶりに、学生時代の友人である東京のS・T氏から昨日留守電が入っていたので、今日のお昼頃に電話を入れる。久しぶりに彼の声を聞いた。昔のように若々しい彼の声である。彼は私の声を果たしてどのように聴いたことだろうか。 四時頃になってよ... 続きをみる

  • 西行再訪

    二千十年四月六日(火)晴 再び勝持寺を訪れる。前回に訪れたときほどには、花には絢爛さがなかった。それは巡り合わせであるから致し方ない。 最近は西行の歴史研究もさっぱりと進んでいない。 この日桜の花を中心に相当数の写真を撮った。いずれ、このブログにその写真も保存してゆくつもりである。

  • 西行再訪

    二千十年四月六日(火)晴 再び勝持寺を訪れる。前回に訪れたときほどには、花には絢爛さがなかった。それは巡り合わせであるから致し方ない。 最近は西行の歴史研究もさっぱりと進んでいない。 この日桜の花を中心に相当数の写真を撮った。いずれ、このブログにその写真も保存してゆくつもりである。

  • 菜の花畑とレンゲ畑

    今日は天候の移り変わりの激しい不順な一日だった。霧雨が通りすぎたかと思うと、暖かい日射しとともに、洗い流したばかりのすがすがしい青空が現れる。昨日今日は九州地方にも雪が降ったりで、荒れ模様で、冬の日が舞い戻ったような寒い一日だった。子供の頃に、レンゲ畑に横たわって春の空を見上げた心地よさが、いつの日... 続きをみる

  • 菜の花畑とレンゲ畑

    今日は天候の移り変わりの激しい不順な一日だった。霧雨が通りすぎたかと思うと、暖かい日射しとともに、洗い流したばかりのすがすがしい青空が現れる。昨日今日は九州地方にも雪が降ったりで、荒れ模様で、冬の日が舞い戻ったような寒い一日だった。子供の頃に、レンゲ畑に横たわって春の空を見上げた心地よさが、いつの日... 続きをみる

  • ひな祭り

    ひな祭り 今日はひな祭り。桃の節句。言うまでもなく女の子ための祭り。幼き日の華やかな、昔からのこの祭りの思い出のために、どれだけ日本の女性が女性でありえていることか。 ジェンダーフリーのために、心に髭を生やした日本女性が増えているなかで。我が娘たちには、そうしたオトコ女の化け物だけにはならないで欲し... 続きをみる

  • ひな祭り

    ひな祭り 今日はひな祭り。桃の節句。言うまでもなく女の子ための祭り。幼き日の華やかな、昔からのこの祭りの思い出のために、どれだけ日本の女性が女性でありえていることか。 ジェンダーフリーのために、心に髭を生やした日本女性が増えているなかで。我が娘たちには、そうしたオトコ女の化け物だけにはならないで欲し... 続きをみる

  • 廻りくる春の萌し

    廻りくる春の萌し ここしばらく、雨が降ったり止んだりの日が続き、ジャガイモ畑の畝づくりに取りかかる機会を失っていた。ようやく、晴れ間の見えた今日、山の畑に向かう。 近年の冬は比較的に生暖かく、冬らしい寒い日も少なくなった。つらいけれども冬はやはり寒い方がよい。 そうこうしている間に、もう明日にはひな... 続きをみる

  • 廻りくる春の萌し

    廻りくる春の萌し ここしばらく、雨が降ったり止んだりの日が続き、ジャガイモ畑の畝づくりに取りかかる機会を失っていた。ようやく、晴れ間の見えた今日、山の畑に向かう。 近年の冬は比較的に生暖かく、冬らしい寒い日も少なくなった。つらいけれども冬はやはり寒い方がよい。 そうこうしている間に、もう明日にはひな... 続きをみる

  • 津山(一)

    津山(一) 所用があって津山まで出張した。前回の時は、京都から岡山駅までは新幹線で、そこから津山線に乗り換えて行った。しかし、今回は中国道を走るJR西日本バスの路線バスに、津山エクスプレス京都号のあることを知り、それを利用した。交通費も安く済んだ。 津山城跡が鶴山公園になっていることを津山駅前の案内... 続きをみる

  • 津山(一)

    津山(一) 所用があって津山まで出張した。前回の時は、京都から岡山駅までは新幹線で、そこから津山線に乗り換えて行った。しかし、今回は中国道を走るJR西日本バスの路線バスに、津山エクスプレス京都号のあることを知り、それを利用した。交通費も安く済んだ。 津山城跡が鶴山公園になっていることを津山駅前の案内... 続きをみる

  • 新春のお慶びを申し上げます。

    上の写真は2010年1月2日午前8時の、忍野富士 富士山ライブカメラ http://www.fujigoko.tv/live/index.html 新春のお慶びを申し上げます。 昨年はアメリカ発の疑似世界恐慌で、全世界が揺れた一年でした。しかし、金融不安からもっとも遠く安全地帯にいたはずの日本が、低... 続きをみる

  • 新春のお慶びを申し上げます。

    上の写真は2010年1月2日午前8時の、忍野富士 富士山ライブカメラ http://www.fujigoko.tv/live/index.html 新春のお慶びを申し上げます。 昨年はアメリカ発の疑似世界恐慌で、全世界が揺れた一年でした。しかし、金融不安からもっとも遠く安全地帯にいたはずの日本が、低... 続きをみる

  • 新春のお慶びを申し上げます。

    上の写真は2010年1月2日午前8時の、忍野富士 富士山ライブカメラ http://www.fujigoko.tv/live/index.html 新春のお慶びを申し上げます。 昨年はアメリカ発の疑似世界恐慌で、全世界が揺れた一年でした。しかし、金融不安からもっとも遠く安全地帯にいたはずの日本が、低... 続きをみる

  • 新春のお慶びを申し上げます。

    上の写真は2010年1月2日午前8時の、忍野富士 富士山ライブカメラ http://www.fujigoko.tv/live/index.html 新春のお慶びを申し上げます。 昨年はアメリカ発の疑似世界恐慌で、全世界が揺れた一年でした。しかし、金融不安からもっとも遠く安全地帯にいたはずの日本が、低... 続きをみる

  • 一年を振り返る

    一年を振り返る 青少年の頃からアナログの日記は記録して来ているけれども、近年になってインターネットやブログなども出来るようになって、過ぎ去った昔を瞬時のうちに回顧できるようになったのはありがたい。そこではアナログ日記ほどに詳細な記録はできないけれども、それでも我が言行の事跡の概略を容易に辿ることはで... 続きをみる

  • 一年を振り返る

    一年を振り返る 青少年の頃からアナログの日記は記録して来ているけれども、近年になってインターネットやブログなども出来るようになって、過ぎ去った昔を瞬時のうちに回顧できるようになったのはありがたい。そこではアナログ日記ほどに詳細な記録はできないけれども、それでも我が言行の事跡の概略を容易に辿ることはで... 続きをみる

  • 今年もまたクリスマス

    今年もまたクリスマス 今年は残念ながらクリスマス・イブの12月の24日にブログ記事を投稿できなかった。また、送るべき多くの人にクリスマスカードを送って、ご挨拶することもままならなかった。毎年、年を経るごとに、不義理、わがままの度が強まってゆくような気もする。 これまで2005年に記事の投稿をはじめて... 続きをみる

  • 今年もまたクリスマス

    今年もまたクリスマス 今年は残念ながらクリスマス・イブの12月の24日にブログ記事を投稿できなかった。また、送るべき多くの人にクリスマスカードを送って、ご挨拶することもままならなかった。毎年、年を経るごとに、不義理、わがままの度が強まってゆくような気もする。 これまで2005年に記事の投稿をはじめて... 続きをみる

  • 作家と絵

    作家の小川国夫氏が亡くなられたそうである。とは言え、小川氏が亡くなられたのは、あらためて調べなおしたのだが、2008年4月8日のことだそうである。うかつにも、一年半ほど、氏の死去に気がつかなかったということになる。とくに現代文学の最近の動向についてもほとんど知らないし、最近は、文学や小説のことにはほ... 続きをみる

  • 作家と絵

    作家の小川国夫氏が亡くなられたそうである。とは言え、小川氏が亡くなられたのは、あらためて調べなおしたのだが、2008年4月8日のことだそうである。うかつにも、一年半ほど、氏の死去に気がつかなかったということになる。とくに現代文学の最近の動向についてもほとんど知らないし、最近は、文学や小説のことにはほ... 続きをみる

  • 勤労感謝の日

    勤労感謝の日 今日は勤労感謝の日。昔の新嘗祭。もともと、この日には神々に新米を供えて、それを天皇が食して今年の収穫を感謝する。お米を代表として、さまざまな農産物の収穫出来るのも、健康な身体とその勤労があればこそである。 戦前の新嘗祭には、宗教的な色彩が色濃かったけれども、戦後のGHQによる日本文化の... 続きをみる

  • 勤労感謝の日

    勤労感謝の日 今日は勤労感謝の日。昔の新嘗祭。もともと、この日には神々に新米を供えて、それを天皇が食して今年の収穫を感謝する。お米を代表として、さまざまな農産物の収穫出来るのも、健康な身体とその勤労があればこそである。 戦前の新嘗祭には、宗教的な色彩が色濃かったけれども、戦後のGHQによる日本文化の... 続きをみる

  • 秋の一日

    秋の一日 よく晴れて美しい空模様だったので、部屋にいるのがもったいなくて、散策に出る。この日をこの秋の日の典型として、デジカメに記録した。 山に畑仕事をするようになってからは、以前のように全く自由に気ままに出歩く時間の減るのもやむを得ない。散策する方向が決まりがちになってしまうのも惜しい。とは言え、... 続きをみる

  • 秋の一日

    秋の一日 よく晴れて美しい空模様だったので、部屋にいるのがもったいなくて、散策に出る。この日をこの秋の日の典型として、デジカメに記録した。 山に畑仕事をするようになってからは、以前のように全く自由に気ままに出歩く時間の減るのもやむを得ない。散策する方向が決まりがちになってしまうのも惜しい。とは言え、... 続きをみる

  • 松尾神社の観月祭

    松尾神社の観月祭 今宵は旧暦による中秋の名月が浮かぶ。午前中は雲の一つ無い青空が広がっていたので、きっときれいな月を眺められるだろうと思っていた。先日に散歩がてらに買い物に出かけた折りに松尾大社に立ち寄ったとき、たまたま観月祭の開かれることを知った。それで、もし忘れないで時間があれば訪ねてみようと思... 続きをみる

  • 松尾神社の観月祭

    松尾神社の観月祭 今宵は旧暦による中秋の名月が浮かぶ。午前中は雲の一つ無い青空が広がっていたので、きっときれいな月を眺められるだろうと思っていた。先日に散歩がてらに買い物に出かけた折りに松尾大社に立ち寄ったとき、たまたま観月祭の開かれることを知った。それで、もし忘れないで時間があれば訪ねてみようと思... 続きをみる

  • 今日から十月

    十月一日(晴) 今日から十月 今日から十月が始まる。山畑に行く。もっと早く行くつもりであったけれども、四時頃の出発になってしまった。先に手に入れた新しい鎌を持参して、雑草やクマザサを試しに刈ってみた。なるほど利器とはすばらしい働きをするものであるとあらためて実感する。ニンジンやダイコンがフサフサとし... 続きをみる

  • 今日から十月

    十月一日(晴) 今日から十月 今日から十月が始まる。山畑に行く。もっと早く行くつもりであったけれども、四時頃の出発になってしまった。先に手に入れた新しい鎌を持参して、雑草やクマザサを試しに刈ってみた。なるほど利器とはすばらしい働きをするものであるとあらためて実感する。ニンジンやダイコンがフサフサとし... 続きをみる

  • 新しい鎌

    九月二十六日(曇) 新しい鎌 畑の雑草などを刈るのにこれまでの鎌では間に合わなくなってきた。それで新しい鎌を手に入れるために、千代原口を越えたところにある金物屋に行った。ちょうどこの金物屋が面している物集女街道をもう少し北に走れば松尾神社に出る。さらに行くと嵐山に至る。 店内で鎌やその他の農具や工具... 続きをみる

  • 新しい鎌

    九月二十六日(曇) 新しい鎌 畑の雑草などを刈るのにこれまでの鎌では間に合わなくなってきた。それで新しい鎌を手に入れるために、千代原口を越えたところにある金物屋に行った。ちょうどこの金物屋が面している物集女街道をもう少し北に走れば松尾神社に出る。さらに行くと嵐山に至る。 店内で鎌やその他の農具や工具... 続きをみる

  • 曼珠沙華の秋

    九月二十二日(晴) 曼珠沙華の秋 今年の夏はあっけなく終わり、そしてまたふたたび秋がめぐりくる。折々に散策に出る秋の野辺の光景を、ブログ日記にデジカメで撮った写真ととともに記録をはじめてからもすでに四年以上も経過している。それぞれの秋にそれぞれの思いが残されている。 昨年の秋は、十一月に入った晩秋と... 続きをみる

  • 曼珠沙華の秋

    九月二十二日(晴) 曼珠沙華の秋 今年の夏はあっけなく終わり、そしてまたふたたび秋がめぐりくる。折々に散策に出る秋の野辺の光景を、ブログ日記にデジカメで撮った写真ととともに記録をはじめてからもすでに四年以上も経過している。それぞれの秋にそれぞれの思いが残されている。 昨年の秋は、十一月に入った晩秋と... 続きをみる

  • イチジクの概念、あるいは概念のイチジク

    イチジクの概念、あるいは概念のイチジク 今年の夏は少し忙しくて、夏そのものを十分に体験できなかった。だから、昨年の夏のように味わい深いものにはならなかったけれどもそれも仕方がない。 時間の合間を縫って山の畑に行く。苗木を植えてから三年目に入った今年になってイチジクがはじめて実をつけている。育て方のつ... 続きをみる

  • イチジクの概念、あるいは概念のイチジク

    イチジクの概念、あるいは概念のイチジク 今年の夏は少し忙しくて、夏そのものを十分に体験できなかった。だから、昨年の夏のように味わい深いものにはならなかったけれどもそれも仕方がない。 時間の合間を縫って山の畑に行く。苗木を植えてから三年目に入った今年になってイチジクがはじめて実をつけている。育て方のつ... 続きをみる

  • 秋の兆し

    秋の兆し 日射しはまだ強いけれど、山野辺の道を辿ると秋の兆しを感じる。やはり春よりも秋の野にもっとも風情を感じる。クマザサや蔓をかき分けながら、道々を辿っていると、萩の花に出会う。また、今年になってはじめて一輪の彼岸花を見つけた。 ブログ記事の投稿を怠けている間にも、さまざまな出来事があった。何より... 続きをみる

  • 秋の兆し

    秋の兆し 日射しはまだ強いけれど、山野辺の道を辿ると秋の兆しを感じる。やはり春よりも秋の野にもっとも風情を感じる。クマザサや蔓をかき分けながら、道々を辿っていると、萩の花に出会う。また、今年になってはじめて一輪の彼岸花を見つけた。 ブログ記事の投稿を怠けている間にも、さまざまな出来事があった。何より... 続きをみる

  • まだ青いトマト

    雨模様の日が続いて、行きそびれていたのに、午前中の晴れ間を予測して山の畑に行く。トマトの収穫を期待していったのだが、予想はずれに五六個が赤く熟していただけだった。イチジクも害虫か病気か何かと痛めつけられながらも、とにかく成長し、実も付け始めている。イチジクの木に近づくと、イチジクに特有の乳白色の漿果... 続きをみる

  • まだ青いトマト

    雨模様の日が続いて、行きそびれていたのに、午前中の晴れ間を予測して山の畑に行く。トマトの収穫を期待していったのだが、予想はずれに五六個が赤く熟していただけだった。イチジクも害虫か病気か何かと痛めつけられながらも、とにかく成長し、実も付け始めている。イチジクの木に近づくと、イチジクに特有の乳白色の漿果... 続きをみる

  • 先輩の恋

    先輩の恋 学生時代の思い出の一つである。どのような経緯で私とM先輩が選ばれたのかもすっかり忘れてしまったけれど、私たちが所属していた体育会系のクラブには全国各地の大学で同じクラブ同士に交流があった。たまたま九州のとある大学が行う記念行事に招待されて、私とM先輩のふたりで行くことになった。私が大学に入... 続きをみる

  • 先輩の恋

    先輩の恋 学生時代の思い出の一つである。どのような経緯で私とM先輩が選ばれたのかもすっかり忘れてしまったけれど、私たちが所属していた体育会系のクラブには全国各地の大学で同じクラブ同士に交流があった。たまたま九州のとある大学が行う記念行事に招待されて、私とM先輩のふたりで行くことになった。私が大学に入... 続きをみる

  • ブログ作成四周年

    ブログ作成四周年 早いというべきか、いまだというべきか。ブログというものをはじめてこの六月に五年目に入りました。といっても、ブログをはじめたのは、EXCITEの方が二三ヶ月少し早く、はじめはそこで、より「学術的な」論考でも記録してゆくつもりでした。しかしそのうちに、もう一つのブログを日記録としても利... 続きをみる

  • ブログ作成四周年

    ブログ作成四周年 早いというべきか、いまだというべきか。ブログというものをはじめてこの六月に五年目に入りました。といっても、ブログをはじめたのは、EXCITEの方が二三ヶ月少し早く、はじめはそこで、より「学術的な」論考でも記録してゆくつもりでした。しかしそのうちに、もう一つのブログを日記録としても利... 続きをみる

  • 六月の空

    六月の空 時間を見つけて山の畑に行った。今年は獣害を避けてトマトを天蓋の下で育てているので、少なくとも苗木の間は、日照に干上がってしまわないように、水を撒布してやらなければならない。 自然を相手にしていると、たしかに多くのさまざまな人間的な軋轢から解放される気分になる。とくに、気の置けない畑仲間との... 続きをみる

  • 六月の空

    六月の空 時間を見つけて山の畑に行った。今年は獣害を避けてトマトを天蓋の下で育てているので、少なくとも苗木の間は、日照に干上がってしまわないように、水を撒布してやらなければならない。 自然を相手にしていると、たしかに多くのさまざまな人間的な軋轢から解放される気分になる。とくに、気の置けない畑仲間との... 続きをみる

  • 六月の青い田

    六月の青い田 所用を済ませた帰り、時間があったので散歩がてら、気の赴くまま自転車を走らせた。 団地の中に入る。広い団地で、はじめて見る路地も多い。今日たまたま通りがかったところもはじめて来た。新しい発見がある。とは言え、この世界の広大無辺に比べれば、個人がその生涯の間に体験できる領域とは、きわめて限... 続きをみる

  • 六月の青い田

    六月の青い田 所用を済ませた帰り、時間があったので散歩がてら、気の赴くまま自転車を走らせた。 団地の中に入る。広い団地で、はじめて見る路地も多い。今日たまたま通りがかったところもはじめて来た。新しい発見がある。とは言え、この世界の広大無辺に比べれば、個人がその生涯の間に体験できる領域とは、きわめて限... 続きをみる

  • プロバイダの変更

    プロバイダの変更 先月の五月一日からプロバイダーを変更した。そのためにホームページに記録していた以前の文書が読めなくなっている。一九九八年頃に開設したホームページに記事や論考を記録しはじめていたが、消えてしまった。そのなかには欧米の学者の論文の翻訳の一部や聖書の詩篇などの翻訳などもある。いずれ上梓し... 続きをみる

  • プロバイダの変更

    プロバイダの変更 先月の五月一日からプロバイダーを変更した。そのためにホームページに記録していた以前の文書が読めなくなっている。一九九八年頃に開設したホームページに記事や論考を記録しはじめていたが、消えてしまった。そのなかには欧米の学者の論文の翻訳の一部や聖書の詩篇などの翻訳などもある。いずれ上梓し... 続きをみる

  • プロバイダの変更

    プロバイダの変更 先月の五月一日からプロバイダーを変更した。そのためにホームページに記録していた以前の文書が読めなくなっている。一九九八年頃に開設したホームページに記事や論考を記録しはじめていたが、消えてしまった。そのなかには欧米の学者の論文の翻訳の一部や聖書の詩篇などの翻訳などもある。いずれ上梓し... 続きをみる

  • プロバイダの変更

    プロバイダの変更 先月の五月一日からプロバイダーを変更した。そのためにホームページに記録していた以前の文書が読めなくなっている。一九九八年頃に開設したホームページに記事や論考を記録しはじめていたが、消えてしまった。そのなかには欧米の学者の論文の翻訳の一部や聖書の詩篇などの翻訳などもある。いずれ上梓し... 続きをみる

  • 山野辺の宝石

    山野辺の宝石 次第に山野辺の面影も夏の彩を帯びてくる。春の花はすでに散り、新芽のすがすがしい新緑も強い日の光を浴びて日々さらに葉の色の濃さを増してゆく。街中の暮らしに、季節の変化をさほど実感することはないけれど、山辺を歩くと自然の循環と回帰を痛感する。秋冬春夏それぞれに山野辺は相貌を変える。 昨年の... 続きをみる

  • 山野辺の宝石

    山野辺の宝石 次第に山野辺の面影も夏の彩を帯びてくる。春の花はすでに散り、新芽のすがすがしい新緑も強い日の光を浴びて日々さらに葉の色の濃さを増してゆく。街中の暮らしに、季節の変化をさほど実感することはないけれど、山辺を歩くと自然の循環と回帰を痛感する。秋冬春夏それぞれに山野辺は相貌を変える。 昨年の... 続きをみる

  • 山野辺の宝石

    次第に山野辺の面影も夏の彩を帯びてくる。春の花はすでに散り、新芽のすがすがしい新緑も強い日の光を浴びて日々さらに葉の色の濃さを増してゆく。街中の暮らしに、季節の変化をさほど実感することはないけれど、山辺を歩くと自然の循環と回帰を痛感する。秋冬春夏それぞれに山野辺は相貌を変える。 昨年の今頃は夏野菜の... 続きをみる

  • 山野辺の宝石

    次第に山野辺の面影も夏の彩を帯びてくる。春の花はすでに散り、新芽のすがすがしい新緑も強い日の光を浴びて日々さらに葉の色の濃さを増してゆく。街中の暮らしに、季節の変化をさほど実感することはないけれど、山辺を歩くと自然の循環と回帰を痛感する。秋冬春夏それぞれに山野辺は相貌を変える。 昨年の今頃は夏野菜の... 続きをみる

  • 生命と自然

    生命と自然 案の定に忙しくて、復活祭(パスハ)にケーキやクッキーづくりに挑戦とはゆかず、またの楽しみに残しておく。焦ることもない。 山の畑に行く。昨年は霜害にやられて根付かず、再挑戦した柿の木が新芽を出していた。また、餌の無い冬の間、野鹿に樹皮や芽を食いちぎられて、枯れ死も覚悟していたイチジクの木が... 続きをみる

  • 生命と自然

    生命と自然 案の定に忙しくて、復活祭(パスハ)にケーキやクッキーづくりに挑戦とはゆかず、またの楽しみに残しておく。焦ることもない。 山の畑に行く。昨年は霜害にやられて根付かず、再挑戦した柿の木が新芽を出していた。また、餌の無い冬の間、野鹿に樹皮や芽を食いちぎられて、枯れ死も覚悟していたイチジクの木が... 続きをみる

  • 復活祭(パスハ)

    復活祭(パスハ) 正教会の今年のパスハ(復活祭)は4月19日の日曜日に祝われます。これはギリシャ語の「パスハ(Πάσχα)」に由来しており、さらには、ユダヤ教の過越祭( Passover, ヘブライ語で Pesach )と深い関わりを持っています。 イエスは過越しの祭の前の日に十字架の上で亡くなられ... 続きをみる

  • 復活祭(パスハ)

    復活祭(パスハ) 正教会の今年のパスハ(復活祭)は4月19日の日曜日に祝われます。これはギリシャ語の「パスハ(Πάσχα)」に由来しており、さらには、ユダヤ教の過越祭( Passover, ヘブライ語で Pesach )と深い関わりを持っています。 イエスは過越しの祭の前の日に十字架の上で亡くなられ... 続きをみる

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