プワシュフ強制労働キャンプ
クラクフ南の郊外に建設された、プワシュフ強制労働キャンプ。 クラクフ・ゲットーを含む近隣のゲットーの「使える」ユダヤ人を強制労働に就かせるため、ユダヤ人墓地があった場所に建設されました。 そういえば映画『シンドラーのリスト』に、ユダヤ人墓地を破壊し、墓石をキャンプの道の敷石に使うシーンがありましたっ... 続きをみる
クラクフ南の郊外に建設された、プワシュフ強制労働キャンプ。 クラクフ・ゲットーを含む近隣のゲットーの「使える」ユダヤ人を強制労働に就かせるため、ユダヤ人墓地があった場所に建設されました。 そういえば映画『シンドラーのリスト』に、ユダヤ人墓地を破壊し、墓石をキャンプの道の敷石に使うシーンがありましたっ... 続きをみる
ウィキペディアによると、“ポーランドがドイツ軍に占領される前年の1938年時点でクラクフには64,000人を超えるユダヤ人が暮らしており、それはクラクフの全人口の4分の1に相当していた。”そうです。 ユダヤ人が多く住んでいたのは、旧市街の南にあるカジーミェシュ(Kazimierz)地区と、ヴィスワ川... 続きをみる
“AUSCHWITZ-BIRKENAU The Place Where You Are Standing・・・” これは、昨年アウシュヴィッツ‐ビルケナウ博物館が出版した写真集のタイトル。 1944年にナチス親衛隊員によって撮られたビルケナウの写真31枚が、今日の同じ場所の写真と並べて
私が人生において初めてアウシュヴィッツに遭遇したのは、おそらくマンガを通じてでした。 週刊マーガレット(週マ)に掲載されたわたなべまさこさんのマンガで、アウシュヴィッツが舞台で、女の子がたしか二人出てきて、蝶もからんでて、悲しいお話で・・・・・ ウィキペディアで“わたなべまさこ”のページを見たら、す... 続きをみる
世界に悪名を馳せる『負の遺産・アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所』がある町オシフィエンチム。そんな町に住む人々の心情はいかばかりか? 以下、私のつたない英語力で訳した記事をどうぞ。意訳も大いに混ざっていますので、どうかゆる~く読むにとどめて下さいますよう。 裁縫学校、1909年 広場、1915年... 続きをみる
1925年1月19日にオシフィエンチムで生まれたシモン・クルーゲル(?Syzmon Kluger)は、第二次大戦前には町の人口の過半数を占めていたユダヤ系住民の一人だった。 第二次大戦中ナチスに捕えられた彼は、北に30kmほど離れた町ベンジン(?Bedzin)のゲットーに追放されたあと、1942年に... 続きをみる
『ウィキペディア』によると―― “ユダヤ人の本格的なポーランド移住は、第1回十字軍の行われた11世紀初頭に始まった。ヨーロッパ各国や中東で非キリスト教徒であるために激しく迫害されたユダヤ人が逃げ延びて、宗教に寛容な伝統をもつポーランドへとたどり着いたのである。13世紀に布告された『カリシュの法令』以... 続きをみる
クラクフから西に約50kmほどの距離にある町、オシフィエンチム。2006年時点の人口は、41,000人弱。ポーランドのあちこちにあるような、静かな田舎町といった風情だ。 教会があって、広場があって、旧市街があって、その周りに少しずつ新興の建物が増えている。下左の航空写真は1975年撮影。下右のカラー... 続きをみる
ワタクシのクラクフの予習は続いております。 クラクフって、以前はドイツのローテンブルクのように、市壁と濠に囲まれていたのだそうです。 13世紀に、外敵の侵略から町を守るために築かれたとか。 しかしその市壁は、クラクフがオーストリア支配下にあった19世紀の初めに、オーストリア皇帝フランツ1世(マリー・... 続きをみる
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