• 江戸を見れば 115 時代の変化に対応できず

     1717年享保2年丁酉(ひのととり) 時代の変化に対応できず反動政治へと走る将軍吉宗。吉宗は家康の時代を理想として「諸事権現様御定之通」と、政治の舵を切った。  農民の強訴が全国各地で頻発し、農民一揆としての力を備え始めた。江戸時代の民衆運動の始まりで、吉宗は強訴にどう対応するかで苦労をした。  農民だけではなく、町人や商人も農民一揆に参加し始め規模も大きく全国各地に民衆運動の波が広がっていった

  • 江戸を見れば 114  一強独裁政治の始まり

     1716年正徳6年丙申(ひのえさる) 将軍徳川家継は4月30日に8歳で没した。 5月1日には吉宗が跡を継いだ。  5月16日には、間部詮房(側用人)と新井君美(白石)が解任され、これまでの側用人重視の体制から、老中を6名起用する集団指導体制の形をとる。 しかし、実態はこれまでの諸改革を否定し吉宗の独裁による享保の改革が政治動向の中心となる。  それは家康の政治姿勢を理想とする初代返りの今の時代背