万葉語りのムラゴンブログ

  • 万葉教養

    この間から少しずつ万葉集の書物を処分している。古書屋に持っていく。研究書が多いのでまとめて出して、誰か読む方がいれば幸いと送り出す気持ちになる。 万葉集大成、校本万葉集と、続いてどうするか。大成は平凡社の版、校本万葉は岩波書店、17冊か、別館の広瀬本は持っていない。 西本願寺本の複製を出そうとしたら... 続きをみる

  • 令和談義

    令和年号は国書から語を選定したとその経緯が広く人に知られるところとなった。中国漢籍からの出典を国語の文献からという議論は採用した万葉集にてらして意見が出された。元号としての語の扱いもあって落着したのが文字の組み合わせと語義、そして音感にあったのであるが、それでなお万葉歌の成立解釈から強く主張した意見... 続きをみる

  • 我が下心

    [訓読]霞立つ 長き春日の 暮れにける わづきも知らず むらきもの 心を痛み ぬえこ鳥 うら泣け居れば 玉たすき 懸けのよろしく遠つ 神 我が大君の 行幸の 山越す風の ひとり居る 我が衣手に 朝夕に 返らひぬれば 大夫と 思へる我れも 草枕 旅にしあれば 思ひ遣る たづきを知らに 網の浦の 海人娘... 続きをみる

  • わづき

    いくさのおほきみ 舒明天皇が讃岐国安益郡に行幸された時に、従駕した軍王詠んだとされる長歌 現在の香川県綾歌群 わづきも知らず 和豆肝之良受 語義不詳 たづきを知らに 鶴寸乎白土 たづき たどき たづき例 13 たどき例 16 日本国語大辞典より わずき[わづき] 解説・用例〔名〕 語義未詳。 *万葉... 続きをみる

  • 万葉歌人

    万葉の歌人に、時代が、意見をしている。そのときは、時世である、自大の子である、いや時代の寵児である。高校生の教科書でも知られているといった、ものの見方を変えてしまう先例になる。日本史教科書の事項に新見解が入れられる時世であるから、それがただしければ、それに常識の異なることが起こるだけである。むかしは... 続きをみる

  • 素朴さ

    対とリフレインの、リフレイン形式とは、楽曲の形式、歌や詩、文章などで同一句による繰り返し表現、その歌い上げる妙である。ありのまま、自然のままである。 八隅知之 我大王乃 朝庭 取撫賜 夕庭 伊縁立之 御執乃 梓弓之 奈加弭乃 音為奈利 朝猟尓 今立須良思 暮猟尓 今他田渚良之 御執<能> <梓>弓之... 続きをみる

  • むらきも

    むらきも むらぎも 群肝・村肝(読み)むらぎも 五臓六腑  昔、人の心は内臓の働きにあると信じられ、多くの臓器が集まることから 広辞苑 学研全訳古語辞典 むらきも-の 【群肝の】分類枕詞 「心」にかかる。心は内臓に宿るとされたことからか。「むらぎもの」とも。 出典万葉集 七二〇「むらきもの心くだけて... 続きをみる

  • 宇智の大野

    うち‐の‐おおの〔‐おほの〕【宇智の大野/内の大野】 の解説 奈良県五條市の吉野川沿いにあった野。古代の猟地。宇智の野。[歌枕] 「たまきはる―に馬並 (な) めて朝踏ますらむその草深野」〈万・四〉 大野、中野、小野 とそれぞれに、わかりにくい語である。荒れ野は曠野である。平野ではなさそう。 野、野... 続きをみる

  • くさふかの むまなめて

    くさふかの くさ ふか の くさぶか の 草の生い茂っている野原 草深い野原 馬なめて 背丈もせいぜい130センチ程度 たのしい万葉集: 馬(うま)を詠んだ歌 馬(うま) Horse >一般的には、日本の古代の馬は古墳時代(の4~5世紀頃)に朝鮮半島から日本にもたらされた、と言われています。よく知ら... 続きをみる

  • やすみしし

    やすみ-しし 【八隅知し・安見知し】 枕詞 国の隅々までお治めになっている意で、「わが大君」「わご大君」にかかる。 しし 八隅知之 知し これを知る 論語 「知之者不如好之者 」 しらすの解説 学研全訳古語辞典 しら-・す 【知らす・領らす】 分類連語 お治めになる。統治なさる。▽「知る・領(し)る... 続きをみる

  • よろふ

    とりよろふ 蜻蛉島 よろふ 鎧をつける装いか すると、そう見えるのは、木々の青々とした装飾模様になる 大辞泉には、 >(物を)まわりにめぐらせて身を固めている意か。他に、草木が茂る、近く寄る、など諸説ある。 と見えて、村山の,やまぐににひらけた、大和の地であるか。 山常庭 八間跡能國者 デジタル大辞... 続きをみる

  • 名のらさね

    なのらす 現代語で、名乗る の用法から、 日本語活用形辞書 Weblio辞書 名告らせる、名乗らせる 読み方:なのらせる ラ行五段活用の動詞「名告る」「名乗る」の未然形である「名告ら」「名乗ら」に、使役の助動詞「せる」が付いた形。 という説明に、表記に、名のる を、告げる 表記の違いとして挙げる。 ... 続きをみる

  • 万葉集と日本語

    万葉語りは2014年から2019年に間がある。そしてさかのぼれば2013年10月に記事がある。その記事を眺めると、繰り返し2度も3度も、似たことをテーマにしてきた。そこで趣向をとって、万葉集と日本語とを考えてみようと思う。万葉集を訓詁で読む、如何にも、大けなきことである。万葉集大成に訓詁編の上、下冊... 続きをみる

  • 日本語を書く

    日本語を書く、文字に漢字を用いて、それは訓読する表記様式に、万葉仮名を用いていた。訓読は漢文にあるから、万葉集には読み下し文となる。同じ現象ではない。漢文訓読と、日本語表記の読みである。歌集にこのような表記で和歌、反歌があり、その倭歌を読み下すには、およそ100年を経ての作業となる。 梨壺の五人 ①... 続きをみる

  • 4500余首

    4516番歌で、巻軸歌となっている。その総数は、4530という。そして、4536を数えなおしたのだが、4540首とも伝えかけて、漢詩を数えてしまったらしい。したがって、4500余りの、アバウトな数をもって、説明される。 舒明天皇即位629年、この舒明朝以降,天平宝字3 年、759 年までの歌。 45... 続きをみる

  • 万葉集編纂

    万葉集に編集がある。万葉集は編纂される。いずれも似たような言い回しに聞こえる。しかし、微妙に違いを認めることもできる。編集には自らの意思で、そこには複数の編者がいても、かき集めることになる。編纂には図書館学用語の説明があって、書物ができ上る過程にその目的、方針が立てられる。 万葉集は編纂されたとする... 続きをみる

  • よろずよ

    万葉、万代、万世と、漢字を当てて、ばんだい、まんだい、ばんせい、まんせい、というふうになると、これは、よろづよ、であって、永遠の意味で、よろずよ である。 辞書に引く例では、 万世にかくしもがも千代にもかくしもがも 〈推古紀・歌謡〉 性霊集‐一〇(1079)九想詩・成灰相「山川長万世、人事短百年」 ... 続きをみる

  • 万葉集 御代

    万葉集を講義する、その時代はいつか。 万葉語りを2013年10月に始めて、このブログに、万葉集の学びを記した。 わたしにとっての学びは、恩師 愛知大学名誉教授 津之地直一先生にある。その先生の先生には、大阪市立大学名誉教授 小島憲之先生である。訓詁注釈の正統についた。 ありがたく泰斗の導きで、教員を... 続きをみる

  • 国民の歌集

    万葉集を出典とする新元号を批評して、その作品の背景を解説、次いでいうところの国民的歌集はとらえ方が時代に遅れていると言う言説で、4月20日の時点で、今から2か月前、メディアの引用である。そのさきにも、ブログに、https://ameblo.jp/hioryu88/entry-12452774339.... 続きをみる

  • 万葉歌人 庶民の歌集

    万葉歌人について、いまの常識は高校生でもわかるというサイトに説明に、おやや、なんだろうこれは、ウイキペディアの注について、>万葉集の詠み人は天皇、貴族から下級官人、防人、大道芸人などさまざまな身分の人々と考えられてきているが、品田悦一(東京大学教授)によれば、今日ではほぼ全ての研究者から否定されてい... 続きをみる

  • 万葉集成立

    現存する最古の写本は11世紀後半ごろの桂本万葉集(巻4の一部のみ)、完本では鎌倉時代後期と推定されている西本願寺本万葉集が最も古い。 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 > 編者と成立年代 『万葉集』の成立に関しては詳しくわかっておらず、勅撰説、橘諸兄編纂説、大伴家持編纂... 続きをみる

  • 万葉歌人 作者未詳

    作者未詳のゆえに、編纂にある作者未詳歌 万葉集 巻第十四 東歌 相聞 作者未詳歌 武蔵国歌3373 多摩川にさらす手作りさらさらになにぞこの子のここだ愛(かな)しき ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説 東歌 あずまうた 古代東国の歌。『万葉集』巻十四全体,および『古今和歌集』巻二十の一部に収... 続きをみる

  • 万葉歌人 歌壇

    万葉集歌人に、万葉集の編纂にかかわる人たちを求めるなら、貴族である大伴氏にその候補をあげる。なかでも歌人としての行幸供奉にあったその人である。持統万葉と言われる天皇の時代、歌集に連なる歴代天皇に大伴旅人はかかわっている。その作歌活動には万葉集の様々な側面を見出すことができる。 http://www.... 続きをみる

  • 米大統領スピーチと万葉集

    米国大統領のスピーチに万葉集の伝統にふれるところがあった。令和の年号におよび、日本の伝統文化に敬意を示すものである。そして取り上げた歌人に大伴旅人、もう一人の歌人、山上憶良を良き友人として述べている。令和の元号は大統領スピーチの解釈で、日本国民の一体性と美しさを祝福する、伝統の中に我々が安らぎを得ら... 続きをみる

  • 万葉歌人 防人歌

    さきもり 防人 この和語漢語の由来は万葉集にある。防人の歌と残された、東国などから派遣され、筑紫、壱岐、対馬の要地の守備に当たった兵士のことである。 軍事史にからめて、知るべきはなにか。>なお、防人に関しては東国からの徴兵は廃止されたものの、9世紀初めから10世紀終わりにかけて、しばしば新羅の海賊が... 続きをみる

  • 万葉歌人 愛の詩人、官人

    山上臣、名は山於 億良とも、山上の名称は、大和国添上郡山辺郷の地名に由来するとされ、山於 やまのえ とも記されると解説する。 元号令和の典拠となった万葉集にある梅の花の歌の序文、初春令月 気淑風和。 序文を詠んだ歌人、山上憶良とされる。 世界大百科事典内 【類聚歌林】より …奈良朝初期の歌書。万葉歌... 続きをみる

  • 万葉歌人 叙景

    山部赤人、歌聖とあがめられて、柿本人麻呂と並び称された。万葉集にその業績を残す作歌年代が天皇の行幸に従駕している代表作であるので宮廷の職業歌人の様相がある。古今集の序文、人麿は、赤人が上に立たむことかたく、赤人は人麿が下に立たむことかたくなむありける、との評を受けて、当時の受け止め方であったろう、大... 続きをみる

  • 万葉歌人 儀礼歌

    柿本人麻呂、その人である。万葉集に名を遺して影響を与えた一人者である。歌人である。その生涯に宮廷賛歌、儀礼を歌い上げた、万葉集の全歌数のほぼ10%を占める彼の作品は、その実は多く人麻呂歌集にあるとするものから編集されたとみられ、人麻呂自身の作であるかどうかの議論があるものもあり、宮廷歌人と目される、... 続きをみる

  • 万葉集歌人

    代表的歌人は、額田王、柿本人麻呂、高市黒人、山部赤人、山上憶良、高橋虫麻呂、大伴旅人、大伴家持など。 http://www1.odn.ne.jp/~cbg28720/manyou/s_kajin.htm > 第一期(古墳時代~大化改新前後) 磐姫皇后・雄略天皇(伝承として) 舒明天皇・有間皇子・天智... 続きをみる

  • 歌人

    万葉を語ると、まんよう まんにょう 万の言の葉 万代 万世と、その名称のあらわすところから、作品の文学の課題となることがある。古語、歌語としての日本語に実は漢語漢文としての要素があって、古代歌謡の理解に難しさがある。歌は詩作品である。劇詩を文学の根底に見ると、万葉集はその意味にも古典である。韻文によ... 続きをみる

  • 命持ち

    万葉の例、家持の「天皇の 食す国なれば みこともち 立ち別れなば」(17-4006) みこともち 命、御言葉、用法には、>天皇の命を受けて土地の政治を司る者をいう。紀では、新羅の「宰」(神功前紀)、遠江の国の「司」(仁徳紀)などが「みこともち」と訓まれている と見える。万葉神事語辞典 万葉集に、命持... 続きをみる

  • 万葉歌人

    万葉集を語るには歌人を取り上げてその歌を鑑賞する。例えば初めに登場するのは伝説の歌人、額田王である。その有名に比して、歌人としてのこすのは、事績は歴史上の人物としての正確な記録は万葉集をおいてほかにはない。それだけに万葉集にある人物像となる。額田王はその名を額田姫王として、その記述には鏡王の娘で十市... 続きをみる

  • 万葉語り 冒頭歌

    伝承歌という。国民的文学にふさわしい。とりどりの歌がおさめられている。雄略天皇御製と伝わる歌は、万葉集に二首、古事記に九首、日本書紀に三首ある。 万葉集の冒頭歌は次である。 泊瀬朝倉宮御宇天皇代 天皇御製歌 篭毛與 美篭母乳 布久思毛與 美夫君志持 此岳尓 菜採須兒 家吉閑名 告<紗>根 虚見津 山... 続きをみる

  • 4540首

    歌番号といった、国家大観番号である。万葉集だけではない。国書として歌集、物語、日記の所収歌など、和歌索引書、各句索引として知られる。それぞれ正編1901年明治34年、続編1925大正14年、新編1983年昭和58年、2年ないし9年をかけた。正編に二十一代集、万葉集、新葉和歌集、歴史歌集、日記草子歌集... 続きをみる

  • 文学作品、万葉集の成立

    成立論は作品の成立時期を議論する。万葉集は奈良時代、759年以降、成立であるとして、この以降はいつなのかを明らかにすることになる。その手掛かりとなるものは書の成立を述べる、記すものの存在である。出版文化において現代の書籍なら奥付があってそこに記載されているようなことが、古代からなかったわけではない。... 続きをみる

  • 万代はおおよそ在位で135年の時間

    万葉集の時代を歌集編纂の時代に見ると、それは現在時となる、奈良時代であるが、巻軸歌の年次記載、題詞には、天平宝字3年となる、759年春正月一日に因幡國庁で国郡司らを饗宴したときの歌と見える。ほかに年号を記すもので、これより後はないから、万葉集の歌集の編纂された時期、この歌をを下限とすることとなる。在... 続きをみる

  • 万葉集にある左注

    万葉集に注がある。歌集であるから歌の鑑賞にはかかわりがあることと、それにかかわりなく、注を書いていると見るから、万葉集を読むとわかることを、多くは解説にしている。これは歴史書などに照らし、万葉集の解明に用いることがわかる。題詞にふれているものは歌の鑑賞にふつうのこととなるが、左注は万葉集編纂時の注書... 続きをみる

  • 御代を記す

    題詞は作歌事情を書いている。 http://neige7.pro.tok2.com/ahajime.html 巻一、巻二は天皇代 泊瀬朝倉宮御宇天皇代 (雄略天皇) 高市岡本宮御宇天皇代 (舒明天皇) 明日香川原宮御宇天皇代 (皇極天皇) 後岡本宮御宇天皇代 (斉明天皇) 近江大津宮御宇天皇代 (天... 続きをみる

  • 天皇位の初の生前譲位

    万葉歌人は伝承の歌から、皇族、臣下、防人、読み人知らずなどなど、階級をなしての、万葉集が国民的歌集であることに異論はない。国民的とは、国民に拠る、国民のための、国民の、そのものである。ふるく臣民といった方がよいのかもしれないと、すると君主国の故を以て、明治政権で規定されてしまったので、古代国家におけ... 続きをみる

  • 万世の時代

    万葉集を歌集であるとすると、後世の名づけのような万葉和歌集とでもしたくなる。万葉は万言の葉、よろず言の葉としてみても、開いてみれば序文があるわけでなく、それを記すものが何もないので、漢字ばかりで書かれたなかに、漢文と、日本語和歌があることに気づくと、いろいろと詞を収めているとわかり、その言葉の織り成... 続きをみる

  • 万葉、まんにょう

    国語の音韻で連濁、連声という発音変化の捉え方がある。音韻の規則は仮名文字に従うことがあり、漢字の発音などは、れいいき、りょういき、日本国現報善悪霊異記、>日本の説話文学集の始祖的作品。〈にほんれいいき〉とも呼び,正式書名は《日本国現報善悪霊異記》,通称《日本霊異記》,略して《霊異記》ともいう。 とあ... 続きをみる

  • 万葉語り33

    万葉集に皇族が歌人によって見える。 それは代作であったとしてその営みはあった。 第45番歌の題詞には、かるのみこ、あきののにやどりますときに、とある。 軽皇子は草壁皇子の子であり、後の天武天皇となるが、この歌作のときは十歳と文庫本には注釈する。 安騎の野は、遊猟をして、これも注釈によると、奈良県宇陀... 続きをみる

  • 万葉語り32

    万葉集の歌には情景がある。 そして題詠となるものがある。 実体験と想像とを表現して、言語の芸術性をもつ。 そして歌が詠まれた背景は、後世の注によって考証がある。 実写と経験と、言語創造である。 第40番歌から五首続いて、その初めには三首柿本人麻呂の歌である。 次いで、当麻真人麻呂は伝未詳、また、石上... 続きをみる

  • 万葉語り31

    天皇讃歌といえば、やすみしし我が大君、と歌う。 第36番歌、第38番歌、柿本人麻呂である。 吉野の宮にいでます時に柿本朝臣人麻呂が作る歌 やすみしし わがおほきみの きこしめす あめのしたに くにはしも さはにあれども やまかはの きよきかふちと みこころを よしののくにの はなちらふ あきづののへ... 続きをみる

  • 万葉語り30

    万葉集の歌にはその歌が詠まれた背景に古代の都の人々の姿が映る。 第34番歌に川島皇子の名がある。 題詞に注があり、あるいは山上臣憶良作るといふ、とある。 これは作者伝に異伝があるということである。 川島皇子は天智天皇第二皇子である。 681年、天武天皇の詔により、忍壁皇子らと帝紀及び上古諸事の編纂に... 続きをみる

  • 万葉語り29

    万葉集の歌人を挙げよと言われれば、まず第一に、柿本人麻呂の名があがる。 長歌19首、短歌75首がみられ、そのありようは後世から、山部赤人とともに歌聖と呼ばれる。 出自、系譜は明らかでないが、万葉集の歌と題詞、左注などにみる記述が考証の材料とされる。 歌は技巧に長け、長歌の枕詞による言葉の謳いあげは見... 続きをみる

  • 万葉語り28

    万葉集にある叙景歌の美しさは第28番歌に続く。 きたるらし、ころもほしたり 実写か、きにけらし、ころもほすてふ 伝聞か、そのありようである。 写生を自然にうたったものである。 柿本人麻呂の歌 第29番歌である。 近江の荒れたる都を過ぐる時に、柿本朝臣人麻呂が作る歌 たまたすき うねびのやまの かしは... 続きをみる

  • 万葉語り27

    題詞には、藤原の宮にあめのしたしらしめすすめらみことのよ、とある。 その細字注には、高天原広野姫天皇、元年丁亥の十一年に位を軽太子に譲りたまふ 尊号を太上天皇いふ、とある。 藤原宮御宇天皇代 高天原廣野姫天皇 元年丁亥十一年譲位軽太子 <尊>号曰太上天皇 天皇御製歌 春過而 夏来良之 白妙能 衣乾有... 続きをみる

  • 万葉語り26

    万葉集に天皇の歌を収載する。 この意味するところは、なにあろう。 いままた平成の歌会始で天皇が自ら歌う。 それは宮中の歌会始の行事である。 宮内庁によると、万葉集の時代にあったという。 それを、歌御会 うたごかい と言うそうだ。 うたごかいはじめに、天皇が歌を詠み、それを行事とするのは時代を経てから... 続きをみる

  • 万葉語り25

    天皇の御製歌が第25番歌にある。 この天皇は第22番歌にある、明日香の清御原の宮と記された天武天皇である。 第26番歌に、或本の歌とあって、そして左注には、右は句々相換れり、これに因りて重ねて載す、と見える。 その第25番歌は、次のようである。 みよしのの みみがのみねに ときなくぞ ゆきはふりける... 続きをみる

  • 万葉語り24

    万葉集の成立には原本がある。 それには伝承されている逸話を記録する。 それが歌としての詞の宇宙であったのである。 うたは、芸術、技術、文芸といってもよいが、叫びでもあったろう。 題詞をつけた、一つのその小宇宙には物語があったろう。 をみのほきみ、伊勢の国のいらごのしまに流さゆる時に、人のかなしびて作... 続きをみる

  • 万葉語り23

    万葉集の雑歌が天皇の代を題詞に編集する。 万葉集のいわば万代の集である。 万葉集の名義という。 代の解釈がわかりよい。 葉をことばに例えて、万の言の葉と見ることもわかりよいだろう。 この語に、こめられた願いのように、よろずよであるなら、ここまでで、いまの代では藤原の宮まで6代である。 この第22番歌... 続きをみる

  • 万葉語り22

    万葉秀歌のひとつ、額田王が作る歌、これはあでやかな歌である。 第20番歌、すめらみこと、蒲生野に遊猟したまふ時に、と題詞に見える。 第21番歌には、ひつぎのみこの答えたまふ御歌、とある。 そして、明日香の宮に天の下知らしめす天皇、おくりなして天武天皇といふ、とある。 天皇と皇太子は、すめらみこと、ひ... 続きをみる

  • 万葉語り21

    万葉集の成立には類聚歌林、旧本と呼ぶ資料、或本とされるものなどがある。 それらが最初の歌集の成立にどうかかわっていたかは定かではない。 額田王の歌はその類聚歌林に見えるものであったことが注される。 その額田王は歌人としての名を馳せていたか。 そうなのであるが、実は万葉集に記されたことのほかにはその知... 続きをみる

  • 万葉語り20

    万葉集にある有名歌を巻一に見出す。 すると、成立期にもやはり、人々に親しまれた歌であることを思う。 代作、また代詠として活躍する歌詠みがいたか。 文学であり、文芸であり、その長けた技巧は専門歌人としての位置がある。 次の歌もよく知られ、愛誦される。 額田王の作品として、題詞に説明がある。 これは、宮... 続きをみる

  • 万葉語り19

    万葉集は古代社会の生活をうたう。 伝承と現実、その当時の今と昔である。 万葉集の成立はその時代の政治の安定を示すとみてよい。 文化事業を成し遂げたのである。 歌が詠まれた時代は巻一を見て、7世紀から8世紀にかけてである。 およそ100年近くの間である。 全20巻の成立にはなお、数十年を要している。 ... 続きをみる

  • 万葉語り18

    万葉集は国民の歌集である。 その時代に国民がいたのだろうかとか、おもいながら。 次のエピソードを思いだすが、これも時代を経て受け止め方が変わったかもしれない。。 戦争中に一冊の本を持つならば、名だたる文学作品ではない、それは万葉集である、と。 背嚢の底にしのばせることのできるのは手ごろにも文庫本であ... 続きをみる

  • 万葉語り17

    万葉集の歌人には詞華集にふさわしく幅広い。 古代の詩集には、よくあるように、豪族貴族の詩人が名を連ねる。 万葉集には王族が主たる歌人としている様相が見える。 それは雑歌などの儀礼歌に相当するのであるが、部類立てがある歌にもみられるところである。 そこには、御言持ち歌人としての巫女と推測される額田王、... 続きをみる

  • 万葉語り16

    万葉集は巻一、それぞれの歌に天皇の時代を表わす題詞を持つ歌がある。 題詞が示すものをまた具体的な呼称に注書きにし、歌に左注とする場合もある。 その題詞が示す内容についての検証は、歌集による出典のこと、歴史書による考証である。 その題詞によると、天皇を現在時の天皇にあわせて、太上天皇、大行天皇という記... 続きをみる

  • 万葉語り15

    万葉集の成立を巻一の雑歌に見る。 そして最初の成立について考えようとする。 宮をいまでいう皇居とするなら、それが代を示す。 それぞれに、天下しらしめす天皇として題詞に掲げ並べている。 藤原の宮の代に、第28番歌から第77番歌までを収める。 ここには、41代の持統天皇と42代の文武天皇の時代の皇居であ... 続きをみる

  • 万葉語り14

    万葉集の成立にかかわる時代はまず舒明天皇であった。 その時代を記述するのは題詞であり、左注である。 後人による書き加え、そこに検証しようとしたと見る記載がある。 それをまず、次のように抜き出すことができる。 泊瀬の朝倉宮 雄略天皇 高市の岡本の宮 舒明天皇 明日香の川原の宮 皇極天皇 後の岡本の宮 ... 続きをみる

  • 万葉語り13

    万葉集の部類で儀礼歌が雑歌になる。 なぜ公式の歌が雑であるのかについて見ていくと、その部類に学説がある。 それは万葉集の編集にあたって相聞には典拠となるものが見いだせないということからである。 それでは、雑歌と挽歌はどうか、中国の古典の詞華集の部類分けに見られる。 文選には、雑詩があり、雑歌も見える... 続きをみる

  • 万葉語り12

    万葉集が編集されたと見られるのは伝わる20巻の構成にある。 それを当初の成立に見出すのは部類と題詞にある。 巻九の雑歌、巻の冒頭歌に次のように見える。 泊瀬の朝倉の宮に天下しらしめす大泊瀬稚武の天皇の御製歌一首 ゆふされば をぐらのやまに ふすしかし こよひはなかず いねにけらしも この歌、第166... 続きをみる

  • 万葉語り11

    万葉集の成立を見ると、最初の歌を時代には、いつとしてみるか。 伝承歌とするものを古い歌として載せるのを、見ていくとわかる。 磐姫皇后の歌、それをまた相聞歌の冒頭に置いていた。 次いで巻三、挽歌の冒頭に聖徳太子のゆかりを載せる。 巻二に既に、挽歌の部類を立てているし、巻三には雑歌、譬喩歌、挽歌の部類が... 続きをみる

  • 万葉語り10

    万葉集には天皇の御製歌として舒明天皇に続く。 この歌の時代よりも前の歌は巻一の冒頭歌、雄略天皇の歌をはじめ、八首である。 そのもっとも古い歌は巻二の次の歌である。 巻二の第85番歌から第88番歌までである。 仁徳天皇の時代、磐姫皇后の作とする。 西暦400年のころ、雄略天皇の時代をさかのぼること約7... 続きをみる

  • 万葉語り9

    万葉集の成立を数次にわたる編纂事業と見るのが一般である。 その編纂過程を捉えて、最初の成立を見ようとする。 物語が成長すると言って増補する過程を見ることがある。 文学研究で興味のあるテーマとなる。 古典文学作品には多かれ少なかれそのような経緯がある。 万葉集を見て原本となる万葉集あるか、ないか、答え... 続きをみる

  • 万葉語り8

    万葉集の成立をうかがうに、万葉歌の詩としての、詞の成立をみる。 そこで韻律をみると、韻律を万葉集のリズムは2句ずつ4句の構成にあるとみる。 後に、歌集が編まれて日本語の和歌のリズムは五七調と七五調に分けられる音数律が唱えられる。 万葉集は長歌と短歌を持ち、旋頭歌なども含めて、そのスタイルは日本語のも... 続きをみる

  • 万葉語り7

    万葉集の成立は舒明朝の歌から始まるというふうに見ることができる。 雄略天皇の伝承歌を最初とし、それに続く皇統を並べたと考えることがふつうである。 解釈によっては舒明朝から天武朝、持統朝に至る時代の古代国家を代表する君主の御製とする。 そこにはまた、冒頭歌としての意味を公的な儀礼歌の披露による原始的な... 続きをみる

  • 万葉語り6

    万葉集の巻頭に並ぶ歌を見ることは、どのようにして万葉集が作られたかを考えることになる。 雄略天皇の歌を雑歌の冒頭に置き舒明天皇の世が来る、西暦で言えば475年ころより、629年までをとぶ。 舒明朝から万葉集の歌が増える、ということは、その時代の歌がよまれたたことになる。 この構成はその後に続く時代に... 続きをみる

  • 万葉語り5

    万葉集の成立をいつに捉えるか。 編纂事業があったと見るのが一般である。 その編纂過程で、最初の成立を見ようとする。 現在伝わるものを、現存する伝本として成立を言うことがある。 古典文学作品には多かれ少なかれそのような経緯がある。 それでは、万葉集に原本とする万葉集があるか、ないか、記録するものがある... 続きをみる

  • 万葉語り4

    万葉集の成立は数次にわたるとすると、最初の成立がある。 その万葉歌は国民文学であり、万葉集は詩歌による、詞華集であるとする。 そして成立には繰り返し愛誦されて編集されたことがかかわるであろう。 編纂事業と言われる、その編集には成立の手掛かりがある。 万葉集の歌の配列には規則性が働く、時空によるもの、... 続きをみる

  • 万葉語り3

    万葉集には序文がない。 あとがきも付いていない。 したがって、万葉集成立についての後世の記録もない。 万葉集には目録が作られていた。 それは十五巻までである。 伝える万葉集は全二十巻である。 目録は校訂をした鎌倉の僧、仙覚が奥書に記したものである。 すると万葉集は十六巻目以降の巻とそれまでの巻とに分... 続きをみる

  • 万葉語り2

    万葉集の成立論をみる。 1960年代後半に研究があらわれ、伊藤博氏の、万葉集の構造と成立、1974年刊行、による説がある。 学説によって興味のある事柄が明らかになったので、それを見てみようと思う。 それまでは万葉集の編纂過程には、 複数の人びとが数次の編纂を経て完成、 その年号を特定することは困難で... 続きをみる

  • 左注 万葉語り

    万葉集にには題詞と合わせてみる場合に左注がある。 題詞は詞書として後世にもとらえられるようになる。 左注はそのまま歌学で用いられている。本文の左側につける注として、歌集の編集者が付けるものとされる。 万葉集は歌集として読む場合に題詞と左注を読むことになる。歌を賞する立場から言えば、歌の内容を読み取れ... 続きをみる

  • 題詞 万葉語り

    詞書また題詞ともいう。万葉集では題詞というと説明する。それで題詞をたどると、題辞となり、書物の巻頭や画幅、石碑の上部に記す言葉と解説されて、題言をもさす。序文としての意味がある。万葉集の題詞は記すのがあれば、作者、日時、場所、そして作歌事情を書く。題詞は漢字書きである。万葉集はすべて漢字で書かれてい... 続きをみる

  • 万葉語り 歌集

    万葉歌は詩である。音数を律動として謳いあげたものだ。その詞には民族の魂がある。その成立には興味のある事実がある。劇詩と見る文学がある。叙事詩、叙情詩とともに詩の部門である劇詩は、戯曲形式にはならずとも、その謳いあげた内容には叙事詩であるものがあり、古代王朝の物語が秘められる。歌集であるから読み下され... 続きをみる

  • 万葉語り 時代

    万葉集の時代は万葉時代などと言われたりもしてそれだけで画期を作る。8世紀の末、平安朝までである。歌集につけた時代を追うと、次は古今和歌集になり王朝和歌を並べれば歴史が出来上がる。そう唱えた作家がいるし文学研究にも見える。勅撰集に始まって歌集を辿ることになる。万葉集も勅撰であるかどうかの議論があり確か... 続きをみる

  • 万葉語り

    万葉を、まんにょう と読む場合がある。まんよう の連声であるとする。万葉集という固有名となると、まんようしゅう まんにょうしゅう そのいずれであるかは学説ともなろう、古典の書名には似たようなことがある。日本霊異記という通称でも、れいいき りょういき この読みがいずれであるかというようなことである。万... 続きをみる

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