リトアニアの英雄 聖カジミロ
『リトアニアの英雄 聖カジミロ』アロイジオ・デルコル神父著 リトアニアの英雄、聖カジミロが燃える思いであこがれていた善徳は、潔白、つつしみ、忍耐づよさ、正義、信心、けんそん、愛徳、ぎせい心で、かれはマリアにこれらの恵みを たえず願っていた。 * かれの人格と聖徳は決して消えることなく永遠につづき、す... 続きをみる
『リトアニアの英雄 聖カジミロ』アロイジオ・デルコル神父著 リトアニアの英雄、聖カジミロが燃える思いであこがれていた善徳は、潔白、つつしみ、忍耐づよさ、正義、信心、けんそん、愛徳、ぎせい心で、かれはマリアにこれらの恵みを たえず願っていた。 * かれの人格と聖徳は決して消えることなく永遠につづき、す... 続きをみる
『リトアニアの英雄 聖カジミロ』アロイジオ・デルコル神父著 ◆12-3、聖カジミロの使命 1795年からリトアニアは、ロシアの領土となり、聖カジミロの祝日と、その賛美歌が禁じられるようになり、その聖堂は、離教教会の聖堂となった。 第一次世界戦争ののち、1918年からビーリニュスは、ロシアの支配をはな... 続きをみる
『リトアニアの英雄 聖カジミロ』アロイジオ・デルコル神父著 ◆12-2、聖カジミロの使命 しかし、その結果、ロシア人は聖カジミロをいっそうきらうようになった。それでこの翌年、すなわち1655年にロシア人は、リトアニアの首府ビーリニュスをついに占領したとき、大聖堂と、そのなかにあった聖カジミロの墓をあ... 続きをみる
『リトアニアの英雄 聖カジミロ』アロイジオ・デルコル神父著 ◆12、聖カジミロの使命 聖カジミロの使命は、リトアニアの国民をプロテスタントから守ると同時に、東に面しては、離教教会の危険からも守ることにあった。では、そのいきさつを述べよう。 モスクワの太公は、ツァー(皇帝)となったとき、西に向かってそ... 続きをみる
『リトアニアの英雄 聖カジミロ』アロイジオ・デルコル神父著 ◆11-4、その後 1569年、イエズス会は、リトアニアに入り、聖カジミロのすばらしい手本をみんなに紹介して、みごとにカトリックの信仰をプロテスタントから守りぬいた。その10年後イエズス会は、ビーリニュスに、一つの高等学校と一つの大学を設立... 続きをみる
『リトアニアの英雄 聖カジミロ』アロイジオ・デルコル神父著 ◆11-2、その後 さて、聖カジミロの帰天後、その墓の前で、たくさんの奇跡が行なわれ、これにはげまされて国民の信仰生活は、大いに向上していった。この様子をみた聖ベルナルド会の修道司祭たちは、教皇にカジミロの列聖式を願い出て、次のようにいいそ... 続きをみる
『リトアニアの英雄 聖カジミロ』アロイジオ・デルコル神父著 ◆10-6、祖国の保護者 この奇跡的な勝利ののち、列聖調査はどんどん進んで、1520年の終わり近く完成した。1521年教皇レオ10世は、ついにカジミロを聖人として宣言したのである。列聖調査によく働いた人がいた。それは、イタリアのフェレーリ司... 続きをみる
『リトアニアの英雄 聖カジミロ』アロイジオ・デルコル神父著 ◆10-4、祖国の保護者 しかし、平和は長くはつづかなかった。みんなが、ほっとして、気がゆるんだ頃モスクワ公国では、恐ろしいけいかく計画を進めていたのである。 「あんなちっぽけな軍隊に負けたとあっては、わがモスクワ公国のこの上もない屈辱だ、... 続きをみる
『リトアニアの英雄 聖カジミロ』アロイジオ・デルコル神父著 ◆10-3、祖国の保護者 いつどこから来たのか雪のように白い服を着た美しいひとりの青年が白馬にまたがって、みんなのなかに現われた。 どうしてここへ、だれか、何しに、など問う暇を与えず、その人の涼しい声がりんとして響き渡った。 「力をおとすで... 続きをみる
『リトアニアの英雄 聖カジミロ』アロイジオ・デルコル神父著 ◆10-2、祖国の保護者 ところで、とぎれていた調査をつづけさせるために、今度は、聖カジミロご自身が動き出したのである。 そのいきさつは、次のとおりである。 モスクワの大公が大きな軍隊をひきいて、突然ポロツクの要塞をせめてきた。この要塞は、... 続きをみる
『リトアニアの英雄 聖カジミロ』アロイジオ・デルコル神父著 ◆9-2、祖先の国に ビーリニュスの大聖堂の正門近く左側に父カジミロ王は荘厳なチャペルを作らせ、そこを未来の自分と王族を葬ってもらう墓としたのだった。このチャペルにまっ先に葬られたのは、この聖カジミロ王子であった。 8年後には、父王も亡くな... 続きをみる
『リトアニアの英雄 聖カジミロ』アロイジオ・デルコル神父著 ◆8-3、聖母マリアに対する信心 聖カジミロには、せつに必要を感じていた善徳は、潔白、つつしみ深さ、忍耐つよさ、正義、信心、けんそん、愛徳、ぎせいの心で、かれはマリアにこれらの恵みをたえず願っていた。 かれがまた、特別にマリアに願っているこ... 続きをみる
『リトアニアの英雄 聖カジミロ』アロイジオ・デルコル神父著 ◆8-2、聖母マリアに対する信心 有名なスーリウス著の12巻からなる「聖人伝」(トリノ市1879年発。第2巻189*ページ)に、この長い詩の18節だけが引用されているが、ここで紹介することにした。 わたしの魂よ、日ごとにマリアをたたえよ。 ... 続きをみる
『リトアニアの英雄 聖カジミロ』アロイジオ・デルコル神父著 ◆8、聖母マリアに対する信心 聖カジミロは、よく好んで苦しむ救い主の黙想をしていたが、その黙想のなかで、主のおん母、悲しみのマリアが、そばに立って剣につらぬかれる心でおん子をあおいでいた。こうした聖母マリアをどうしてイエズスから切り離し得よ... 続きをみる
『リトアニアの英雄 聖カジミロ』アロイジオ・デルコル神父著 ◆7-3、リトアニアで父王の代理をつとめる 夕ぐれ頃になると、閉された大聖堂の門にひきつけられるかのように近づいていくのだった。かれは、まるで祭壇の前に撚えている聖体ランプのように、天のおん父のそばにいるのを何よりも好んでいた。かれは、毎日... 続きをみる
『リトアニアの英雄 聖カジミロ』アロイジオ・デルコル神父著 ◆7-2、リトアニアで父王の代理をつとめる 聖カジミロは、ボーランドのクラコビア宮殿とラドムのもっと静かな宮殿に、また、リトアニアのビーリニュスの宮殿にいたときも、望みさえすれば、ばく大な財産を利用することができたが、決して無駄使いはしなか... 続きをみる
『リトアニアの英雄 聖カジミロ』アロイジオ・デルコル神父著 ◆7、リトアニアで父王の代理をつとめる あまりにもはりきったポーランド国政の2年間は、重労働であった。若い聖カジミロは、いつとはなく、むしばまれていた。かれに肺結核の病状が現われたのである。あのきびしい苦業生活も、この病気の一つの原因となっ... 続きをみる
『リトアニアの英雄 聖カジミロ』アロイジオ・デルコル神父著 ◆6-2、ポーランドの副王として さて、ローマ聖座(教皇)との関係を、かれはどう取りあつかっただろうか。 まず父についていえば、その関係は冷たく、父王は、司祭や司教を任命する権利が自分にあるなどと横車をおしていたのである。またそのうえ、教皇... 続きをみる
『リトアニアの英雄 聖カジミロ』アロイジオ・デルコル神父著 ◆6、ポーランドの副王として 1481年から1483年までの2年間を、聖カジミロは、副王の資格でポーランドを治めた。かれは当時22才だった。カジミロが心をくだいたのは、国の経済、国法の尊重、国際関係であった。なぜなら、そこに幾多の難問題があ... 続きをみる
『リトアニアの英雄 聖カジミロ』アロイジオ・デルコル神父著 ◆5、王の供をする 18才の聖カジミロは、旅に出る父王の供をして、国政の助け手となった。父は、いっも自慢の息子のうえに期待にみちた配慮をめぐらすのだった、「カジミロは、もう18才になった、あれは、やがて、わたしの王位をうけつけいけんぐのだか... 続きをみる
『リトアニアの英雄 聖カジミロ』アロイジオ・デルコル神父著 ◆4-2、クラコビアの宮殿での模範的な生活 そもそも、宮殿の環境は、聖徳の道を選んだ人にはふさわしいものではない。それで、ポルトガルの女王聖エリザベット(1268-1336)は、王座をあとにして、1325年修道院入りをしたし、イタリアのマン... 続きをみる
『リトアニアの英雄 聖カジミロ』アロイジオ・デルコル神父著 ◆4、クラコビアの宮殿での模範的な生活 かれは、いさぎよく、ハンガリーの王座をあきらめると、ふたたび自分を育成する道へと戻っていった。聖カジミロは、兄弟のなかでも、いちばん頭がよかった。先生たちもかれのことをほめ、なかでもカリマコと呼ばれる... 続きをみる
『リトアニアの英雄 聖カジミロ』アロイジオ・デルコル神父著 ◆3-2、ハンガリー王座のとげ 1471年9月20日、この考えは、ただちに実行に移った。古都クラコビアの宮廷では、マチア王を廃し、王座は、王子聖カジミロに渡されることにきまった。 マチア王を廃する勅令にサインしたのは聖力ジミロであったが、か... 続きをみる
『リトアニアの英雄 聖カジミロ』アロイジオ・デルコル神父著 ◆3、ハンガリー王座のとげ 聖カジミロは、二つの王朝の混血児として生まれた花である。それは、リトアニアのゲディミニド朝と、ドイツのアブスブルグ朝である。この二つは、広い領土を得ていったが、なんと、それは、戦争ではなく、結婚によってであった。... 続きをみる
『リトアニアの英雄 聖カジミロ』アロイジオ・デルコル神父著 ◆2-3、少年時代 王子たちの教育をまかされていたのは、シドロビエキ兄弟だったが、その他に、クラコビアのヨハネ・ドルーいらいロゴシュ神父もその教育を依頼された。この神父は、愛徳にすぐれていて、若いカジミロにすばらしい手本を示した。この王子た... 続きをみる
『リトアニアの英雄 聖カジミロ』アロイジオ・デルコル神父著 ◆2-2、少年時代 両親は、子どもたちによい手本を与えたが、とくに母エリザベットは、ウィーン皇帝の宮殿に育った教養人であり、読み書きもできていた。 あの当時では、たとえ女王であっても、読むことはできても字を書くことのできる人は例外といってい... 続きをみる
『リトアニアの英雄 聖カジミロ』アロイジオ・デルコル神父著 ◆2、少年時代 さて、カジミロ4世とエリザベットの問に、男の子6名と、女の子5名が生まれた。そのうちのひとりが、聖カジミロその人である。母は、ドイツ人だったが、父も祖父も會祖父もリトアニア人だったので、リトアニア人たちは、聖カジミロを純粋な... 続きをみる
『リトアニアの英雄 聖カジミロ』アロイジオ・デルコル神父著 ◆1-2、その先祖と両親 聖カジミロの祖母にあたるソフィアは、ヨガイラと結婚するまえに、ギリシァ離教教会の信徒だったが、ピールニュスの司教マタイが、かの女をカトリック教会に受けいれて、ヨガイラとの結婚を祝福した。荘厳な戴冠式は、1424年2... 続きをみる
『リトアニアの英雄 聖カジミロ』アロイジオ・デルコル神父著 ◆1、その先祖と両親 聖カジミロは、カジミロ4世の三男である。父カジミロは、ゲディミナスの子孫であり、このゲディミナスはリトアニアの大公で、ゲディミナス家の創始者となっている。かれは、リトアニア大公国をかため、その首府をビーリニュス(別名ビ... 続きをみる
『リトアニアの英雄 聖カジミロ』アロイジオ・デルコル神父著 ◆、序にかえて ヨーロッパ諸国のなかで、もっともおそくキリスト教が入ったのは、リトアニア国である。そのために、この国独特の聖人が現われるのも、それだけおそかったわけである。それは15世紀のことである。 その最初の聖人となったのは、聖カジミロ... 続きをみる
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