西行考のムラゴンブログ

  • 行旅夏といふことを

    行旅夏といふことを 雲雀あがる おほ野の茅原 夏くれば 凉む木かげを ねがひてぞ行く (山家集238) この和歌には三つの構図が描かれています。季節は夏の広野で、茅草が一望の下に広がっています。さわやかな初夏の頃には空高くに雲雀が舞い上がっていました。今は夏の強い日差しを受けながら、一人の旅人が、そ... 続きをみる

  • 行旅夏といふことを

    行旅夏といふことを 雲雀あがる おほ野の茅原 夏くれば 凉む木かげを ねがひてぞ行く (山家集238) この和歌には三つの構図が描かれています。季節は夏の広野で、茅草が一望の下に広がっています。さわやかな初夏の頃には空高くに雲雀が舞い上がっていました。今は夏の強い日差しを受けながら、一人の旅人が、そ... 続きをみる

  • 山ふかくさこそ心はかよふとも

    西行法師像: 東京国立博物館 西行法師 山ふかくさこそ心はかよふともすまてあはれをしらんものかは ※画像出典 西行法師像 - 東京国立博物館 https://is.gd/W3uQT5

  • 山ふかくさこそ心はかよふとも

    西行法師像: 東京国立博物館 西行法師 山ふかくさこそ心はかよふともすまてあはれをしらんものかは ※画像出典 西行法師像 - 東京国立博物館 https://is.gd/W3uQT5

  • そのかみまゐり仕うまつりける慣ひに

    そのかみまゐり仕うまつりける慣ひに、世を遁れて後も、賀茂にまゐりけり。とし高くなりて、四国の方へ修行しけるに、また帰りまゐらぬこともやとて、仁安二年十月十日の夜まゐり、幣をまゐらせけり。内へも入らぬことなれば、棚尾の社にとりつきて、まゐらせ給へとて、心ざしけるに、木の間の月のほのぼのに、常よりも神さ... 続きをみる

  • そのかみまゐり仕うまつりける慣ひに

    そのかみまゐり仕うまつりける慣ひに、世を遁れて後も、賀茂にまゐりけり。とし高くなりて、四国の方へ修行しけるに、また帰りまゐらぬこともやとて、仁安二年十月十日の夜まゐり、幣をまゐらせけり。内へも入らぬことなれば、棚尾の社にとりつきて、まゐらせ給へとて、心ざしけるに、木の間の月のほのぼのに、常よりも神さ... 続きをみる

  • 涼風秋ノ如シ

    涼風如秋(涼風秋ノ如シ) 240 まだきより 身にしむ風の けしきかな 秋先立つる み山辺の里 まだその時期も来ないのに、吹く風が身にしみて来る様です。 都に先立って秋も訪れてきます、山のほとりにあるこの里には。 松風如秋(松風秋ノ如シ)といふことを、北白川なる所にて人々よみて、また水声有秋といふこ... 続きをみる

  • 涼風秋ノ如シ

    涼風如秋(涼風秋ノ如シ) 240 まだきより 身にしむ風の けしきかな 秋先立つる み山辺の里 まだその時期も来ないのに、吹く風が身にしみて来る様です。 都に先立って秋も訪れてきます、山のほとりにあるこの里には。 松風如秋(松風秋ノ如シ)といふことを、北白川なる所にて人々よみて、また水声有秋といふこ... 続きをみる

  • 年頃申しなれたりける人に

    年頃申しなれたりける人に 年頃申しなれたりける人に、遠く修行する由申してまかりたりけり。名残り多くてたちけるに、紅葉のしたりけるを見せまほしくて、待ちつる甲斐なく、いかに、と申しければ、木の下に立ち寄りて詠みける 1086 心をば 深き紅葉の 色に染めて 別れて行くや 散るになるらん 駿河の国九能の... 続きをみる

  • 年頃申しなれたりける人に

    年頃申しなれたりける人に 年頃申しなれたりける人に、遠く修行する由申してまかりたりけり。名残り多くてたちけるに、紅葉のしたりけるを見せまほしくて、待ちつる甲斐なく、いかに、と申しければ、木の下に立ち寄りて詠みける 1086 心をば 深き紅葉の 色に染めて 別れて行くや 散るになるらん 駿河の国九能の... 続きをみる

  • 「山家集」こころざすことありて 864私的註解

    「山家集」 こころざすことありて 864私的註解 こころざすことありて、扇を仏にまゐらせけるに、院より賜はりけるに、女房受けたまはりて、包紙に書きつけられける 864 ありがたき 法にあふぎの 風ならば 心の塵を 払へとぞ思ふ 仏道修行を思い立って、扇を仏様に献上しようとした折に、崇徳院から扇を賜り... 続きをみる

  • 「山家集」こころざすことありて 864私的註解

    「山家集」 こころざすことありて 864私的註解 こころざすことありて、扇を仏にまゐらせけるに、院より賜はりけるに、女房受けたまはりて、包紙に書きつけられける 864 ありがたき 法にあふぎの 風ならば 心の塵を 払へとぞ思ふ 仏道修行を思い立って、扇を仏様に献上しようとした折に、崇徳院から扇を賜り... 続きをみる

  • 西行、梅の歌

    城南宮の梅20190302 西行、梅の歌 山家ノ梅 35 香をとめん 人をこそ待て 山里の 垣根の梅の 散らぬかぎりは 36 心せん 賤が垣根の 梅はあやな よしなく過ぐる 人とどめけり 37 この春は 賤が垣根に ふればひて 梅が香とめん 人親しまん 嵯峨に住みけるに、道を隔てて坊の侍りけるより、... 続きをみる

  • 西行、梅の歌

    城南宮の梅20190302 西行、梅の歌 山家ノ梅 35 香をとめん 人をこそ待て 山里の 垣根の梅の 散らぬかぎりは 36 心せん 賤が垣根の 梅はあやな よしなく過ぐる 人とどめけり 37 この春は 賤が垣根に ふればひて 梅が香とめん 人親しまん 嵯峨に住みけるに、道を隔てて坊の侍りけるより、... 続きをみる

  • 雪中ノ鷹狩

    20180127 今年は寒い日が多く、東北の雪国ほどではないけれども、雪の日がありました。久しぶりに、西行のことを思い出して『山家集』を繙きました。もちろん西行も雪を詠んでいます。 山家集の524番から543番まで。 524 雪中ノ鷹狩 かきくらす 雪に雉子(キギス)は 見えねども 羽音に鈴を くは... 続きをみる

  • 雪中ノ鷹狩

    20180127 今年は寒い日が多く、東北の雪国ほどではないけれども、雪の日がありました。久しぶりに、西行のことを思い出して『山家集』を繙きました。もちろん西行も雪を詠んでいます。 山家集の524番から543番まで。 524 雪中ノ鷹狩 かきくらす 雪に雉子(キギス)は 見えねども 羽音に鈴を くは... 続きをみる

  • 西行と藤原俊成・定家父子との関係(1)

    西行と藤原俊成・定家父子との関係(1) 藤原俊成 生誕 永久2年(1114年) 死没 元久元年11月30日(1204年12月22日) 藤原定家 生誕 応保2年(1162年) 死没 仁治2年8月20日(1241年9月26日) 西行(佐藤義清) 生誕 元永元年(1118年) 死没 文治6年2月16日(1... 続きをみる

  • 西行と藤原俊成・定家父子との関係(1)

    西行と藤原俊成・定家父子との関係(1) 藤原俊成 生誕 永久2年(1114年) 死没 元久元年11月30日(1204年12月22日) 藤原定家 生誕 応保2年(1162年) 死没 仁治2年8月20日(1241年9月26日) 西行(佐藤義清) 生誕 元永元年(1118年) 死没 文治6年2月16日(1... 続きをみる

  • 嵯峨に住みける頃

    通い慣れた道から比叡山を望む(20171102) 嵯峨に住みける頃、隣の坊に申すべきことありて、まかりけるに、道もなく葎の茂りければ 471 たちよりて 隣とふべき 垣に添ひて ひまなく這へる 八重葎かな 嵯峨に住んでいた頃、お隣の僧坊にお伝えすることがあって、行きましたが、道も消え失せるほどに、葎... 続きをみる

  • 嵯峨に住みける頃

    通い慣れた道から比叡山を望む(20171102) 嵯峨に住みける頃、隣の坊に申すべきことありて、まかりけるに、道もなく葎の茂りければ 471 たちよりて 隣とふべき 垣に添ひて ひまなく這へる 八重葎かな 嵯峨に住んでいた頃、お隣の僧坊にお伝えすることがあって、行きましたが、道も消え失せるほどに、葎... 続きをみる

  • 秋風楽

    雅楽 〈秋風楽〉琵琶と箏(全体一返)~平安時代末期の楽譜『仁智要録』『三五要録』にもとづく再現~ 山家集 下 雑 八月、月の頃、夜更けて北白川へまかりけり。由あるやうなる家のはべりけるに、ものの音しければ、立ちどまりて聞きけり。折あはれに秋風楽と申す楽なりけり。庭を見入れければ、浅茅の露に月の宿れる... 続きをみる

  • 秋風楽

    雅楽 〈秋風楽〉琵琶と箏(全体一返)~平安時代末期の楽譜『仁智要録』『三五要録』にもとづく再現~ 山家集 下 雑 八月、月の頃、夜更けて北白川へまかりけり。由あるやうなる家のはべりけるに、ものの音しければ、立ちどまりて聞きけり。折あはれに秋風楽と申す楽なりけり。庭を見入れければ、浅茅の露に月の宿れる... 続きをみる

  • 大原の寂然

    讃岐におはしまして後、歌といふことの世にいと聞えざりければ、寂然が許へ言ひ遣はしける 1228 言の葉の 情け絶えにし 折節に あり逢ふ身こそ 悲しかりけれ かへし 1229 敷島や 絶えぬる道に 泣く泣くも 君とのみこそ 跡をしのばめ 崇徳院が讃岐にいらっしゃった後には、和歌ということが世の中にほ... 続きをみる

  • 大原の寂然

    讃岐におはしまして後、歌といふことの世にいと聞えざりければ、寂然が許へ言ひ遣はしける 1228 言の葉の 情け絶えにし 折節に あり逢ふ身こそ 悲しかりけれ かへし 1229 敷島や 絶えぬる道に 泣く泣くも 君とのみこそ 跡をしのばめ 崇徳院が讃岐にいらっしゃった後には、和歌ということが世の中にほ... 続きをみる

  • 3月21日(火)のTW:賀茂社のホトトギス

    阿呆、燃えているなら消せ、燃えてしまったのなら、また建てろ。(ゲーテ) Narre! wenn es brennt, so lösche, Hat's gebrannt, bau' wieder auf! — ドイツ語メール例文集&格言集 (@dt_reibunshu) 2017年3月21日 - 1... 続きをみる

  • 3月21日(火)のTW:賀茂社のホトトギス

    阿呆、燃えているなら消せ、燃えてしまったのなら、また建てろ。(ゲーテ) Narre! wenn es brennt, so lösche, Hat's gebrannt, bau' wieder auf! — ドイツ語メール例文集&格言集 (@dt_reibunshu) 2017年3月21日 - 1... 続きをみる

  • 2月20日(月)のTW:492 題しらず

    教育は最も安価な国防である。(エドマンド=バーク) Erziehung ist die billigste Verteidigung der Nationen. — ドイツ語メール例文集&格言集 (@dt_reibunshu) 2017年2月20日 - 18:16 ベスト・オブ・バッハ goo.gl... 続きをみる

  • 2月20日(月)のTW:492 題しらず

    教育は最も安価な国防である。(エドマンド=バーク) Erziehung ist die billigste Verteidigung der Nationen. — ドイツ語メール例文集&格言集 (@dt_reibunshu) 2017年2月20日 - 18:16 ベスト・オブ・バッハ goo.gl... 続きをみる

  • 円位上人無動寺へのぼりて

    円位上人無動寺へのぼりて、大乗院の放ち出(はなちで)に湖を見やりて にほ照るや 凪(な)ぎたる朝に 見わたせば 漕ぎゆく跡の 波だにもなし 西行 帰りなんとて朝(あした)の事にてほどもありにし、今は歌と申すことは思ひ絶えたれど、結句をばこれにてこそつかうまつるべかりけれとて詠みたりしかば、ただに過ぎ... 続きをみる

  • 円位上人無動寺へのぼりて

    円位上人無動寺へのぼりて、大乗院の放ち出(はなちで)に湖を見やりて にほ照るや 凪(な)ぎたる朝に 見わたせば 漕ぎゆく跡の 波だにもなし 西行 帰りなんとて朝(あした)の事にてほどもありにし、今は歌と申すことは思ひ絶えたれど、結句をばこれにてこそつかうまつるべかりけれとて詠みたりしかば、ただに過ぎ... 続きをみる

  • 2月5日(金)のTW:西行と賀茂社

    Tukihosi @soratine 00:31 「京都の賀茂社(上賀茂神社と下鴨神社)を心から崇め、度々境内に参っては歌を詠んでいた西行にとって、伊勢神宮を訪れたのはなんら不思議ではない。上賀茂の御手洗川や下鴨の瀬見の小川にも似た伊勢の五十鈴川の清々しさは西行の心に安堵をもたらしただろうし、はるか... 続きをみる

  • 2月5日(金)のTW:西行と賀茂社

    Tukihosi @soratine 00:31 「京都の賀茂社(上賀茂神社と下鴨神社)を心から崇め、度々境内に参っては歌を詠んでいた西行にとって、伊勢神宮を訪れたのはなんら不思議ではない。上賀茂の御手洗川や下鴨の瀬見の小川にも似た伊勢の五十鈴川の清々しさは西行の心に安堵をもたらしただろうし、はるか... 続きをみる

  • 西行 山家心中集2

    ※ 先に手に入れた、岩波文庫版『西行全歌集』には、西行のすべての和歌が収められていると思っていたのですが、残念ながら 西行の自撰になる 『山家心中集』にある和歌の幾つかは収められていませんでした。それで、本記事の『山家心中集』を、下記のサイトのリンク先に見つけて、そこから引用させていただきました。 ... 続きをみる

  • 西行 山家心中集2

    ※ 先に手に入れた、岩波文庫版『西行全歌集』には、西行のすべての和歌が収められていると思っていたのですが、残念ながら 西行の自撰になる 『山家心中集』にある和歌の幾つかは収められていませんでした。それで、本記事の『山家心中集』を、下記のサイトのリンク先に見つけて、そこから引用させていただきました。 ... 続きをみる

  • 西行 山家心中集1

    ※ 先に手に入れた、岩波文庫版『西行全歌集』には、西行のすべての和歌が収め られていると思っていたのですが、残念ながら 西行の自撰になる 『山家心中集』にある和歌の幾つかは収められていませんでした。それで、本記事の『山家心中集』を、下記のサイトのリンク先に見つけて、そこから引用させ ていただきました... 続きをみる

  • 西行 山家心中集1

    ※ 先に手に入れた、岩波文庫版『西行全歌集』には、西行のすべての和歌が収め られていると思っていたのですが、残念ながら 西行の自撰になる 『山家心中集』にある和歌の幾つかは収められていませんでした。それで、本記事の『山家心中集』を、下記のサイトのリンク先に見つけて、そこから引用させ ていただきました... 続きをみる

  • かへる朝の時雨

    かへる朝の時雨 589 ことづけて 今朝の別れを やすらはん 時雨をさへや 袖にかくべき 帰るべき朝のしぐれ 朝帰ろうとすると時雨が降っていた。いっそのこと時雨に託つけて帰らずに、このまま憩らって行こう。別れの涙の上にさらに時雨に袖を濡らすことがあろうか。帰るべき朝とはいうまでもなく後朝こと。 何と... 続きをみる

  • かへる朝の時雨

    かへる朝の時雨 589 ことづけて 今朝の別れを やすらはん 時雨をさへや 袖にかくべき 帰るべき朝のしぐれ 朝帰ろうとすると時雨が降っていた。いっそのこと時雨に託つけて帰らずに、このまま憩らって行こう。別れの涙の上にさらに時雨に袖を濡らすことがあろうか。帰るべき朝とはいうまでもなく後朝こと。 何と... 続きをみる

  • 白峯

    白峯と申しけるところに、御墓の侍りけるに まゐりて 1355 よしや君 昔の玉の ゆかとても かからん後は 何にかはせん 同じ国に、大師のおはしましける御辺りの山に、庵結びて住みけるに、月いと明かくて、海の方曇りなく見えければ 1356 曇りなき 山にて海の 月見れば 島ぞこほりの 絶え間なりける ... 続きをみる

  • 白峯

    白峯と申しけるところに、御墓の侍りけるに まゐりて 1355 よしや君 昔の玉の ゆかとても かからん後は 何にかはせん 同じ国に、大師のおはしましける御辺りの山に、庵結びて住みけるに、月いと明かくて、海の方曇りなく見えければ 1356 曇りなき 山にて海の 月見れば 島ぞこほりの 絶え間なりける ... 続きをみる

  • 仮りの宿

    鞍馬山にあった石の水瓶 天王寺へまゐりけるに、雨の降りければ、江口と申す所に宿を借りけるに、貸さざりければ、 752 世の中を いとふまでこそ かたからめ 仮りの宿りを 惜しむ君かな 返し 753 家を出づる 人とし聞けば 仮りの宿 心とむなと 思ふばかりぞ (かく申して宿したりけり) 大阪の天王寺... 続きをみる

  • 仮りの宿

    鞍馬山にあった石の水瓶 天王寺へまゐりけるに、雨の降りければ、江口と申す所に宿を借りけるに、貸さざりければ、 752 世の中を いとふまでこそ かたからめ 仮りの宿りを 惜しむ君かな 返し 753 家を出づる 人とし聞けば 仮りの宿 心とむなと 思ふばかりぞ (かく申して宿したりけり) 大阪の天王寺... 続きをみる

  • 撰集抄 巻五 第六 西行と待賢門院中納言の局が対面したこと

    撰集抄 巻五 第六 西行と待賢門院中納言の局が対面したこと 待賢門院に、中納言の局という女房がおられました。待賢門院がお亡くなりになられて後、出家剃髪して小倉山の麓に、仏道に帰依してお暮らしになっているとお聞き申し上げたので、長月のはじめの頃、かの御室に参上し申し上げました。草深く繁っていて、行き交... 続きをみる

  • 撰集抄 巻五 第六 西行と待賢門院中納言の局が対面したこと

    撰集抄 巻五 第六 西行と待賢門院中納言の局が対面したこと 待賢門院に、中納言の局という女房がおられました。待賢門院がお亡くなりになられて後、出家剃髪して小倉山の麓に、仏道に帰依してお暮らしになっているとお聞き申し上げたので、長月のはじめの頃、かの御室に参上し申し上げました。草深く繁っていて、行き交... 続きをみる

  • このもとに

    このもとに 那智に籠もりて滝に入堂し侍りけるに、この上に一二の滝おはします。それへまゐるなりと申す常住の僧の侍りけるに、具してまゐりけり。花や咲きぬらんとたづねまほしかりける折節にて、たよりある心地して分けまゐりたり。二の滝のもとへまゐりつきたる。如意輪の滝となん申すと聞きて、拝みければ、まことに少... 続きをみる

  • このもとに

    このもとに 那智に籠もりて滝に入堂し侍りけるに、この上に一二の滝おはします。それへまゐるなりと申す常住の僧の侍りけるに、具してまゐりけり。花や咲きぬらんとたづねまほしかりける折節にて、たよりある心地して分けまゐりたり。二の滝のもとへまゐりつきたる。如意輪の滝となん申すと聞きて、拝みければ、まことに少... 続きをみる

  • ゆかりにつけてもの思ひける人の

    ゆかりにつけてもの思ひける人の ゆかりにつけてもの思ひける人の許より、などかとはざらんと、恨み遣はしたりける返事に 803 あはれとも 心に思ふ ほどばかり 言はれぬべくは とひこそはせめ 親類縁者を亡くして悲しんでいる人の許から、どうしてお悔やみに来てくださらないのですか、と恨み言を送ってきた返事... 続きをみる

  • ゆかりにつけてもの思ひける人の

    ゆかりにつけてもの思ひける人の ゆかりにつけてもの思ひける人の許より、などかとはざらんと、恨み遣はしたりける返事に 803 あはれとも 心に思ふ ほどばかり 言はれぬべくは とひこそはせめ 親類縁者を亡くして悲しんでいる人の許から、どうしてお悔やみに来てくださらないのですか、と恨み言を送ってきた返事... 続きをみる

  • 西行

    Saigyo Hoshi drawn by Kikuchi Yosai 西行 西行法師(菊池容斎画/江戸時代)西行(さいぎょう)、元永元年(1118年) - 文治6年2月16日(1190年3月23日)は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての武士・僧侶・歌人。 父は左衛門尉佐藤康清、母は監物源清経女... 続きをみる

  • 西行

    Saigyo Hoshi drawn by Kikuchi Yosai 西行 西行法師(菊池容斎画/江戸時代)西行(さいぎょう)、元永元年(1118年) - 文治6年2月16日(1190年3月23日)は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての武士・僧侶・歌人。 父は左衛門尉佐藤康清、母は監物源清経女... 続きをみる

  • 西行考

    西行考 序 西行については個人的な興味からもこれまでも幾度か論じてきました。また、西行の事跡を辿って、西行のゆかりのあるお寺なども訪れて、感想文や紀行文に、日記などにも記録してきました。 紅葉紀行(1)宝金剛院――地理 短歌と哲学(4) 西行の桜 ただ、そうして西行について論じるのであれば、これまで... 続きをみる

  • 西行考

    西行考 序 西行については個人的な興味からもこれまでも幾度か論じてきました。また、西行の事跡を辿って、西行のゆかりのあるお寺なども訪れて、感想文や紀行文に、日記などにも記録してきました。 紅葉紀行(1)宝金剛院――地理 短歌と哲学(4) 西行の桜 ただ、そうして西行について論じるのであれば、これまで... 続きをみる

  • 西行考/文献資料集

    西行考/文献・資料 インターネット ① digital 西行庵 http://www.saigyo.org/ ② 西行辞典 http://archive.mag2.com/0000165185/index.html?start=0 ③ 山 家 集 の 研 究 http://sanka05.web.i... 続きをみる

  • 西行考/文献資料集

    西行考/文献・資料 インターネット ① digital 西行庵 http://www.saigyo.org/ ② 西行辞典 http://archive.mag2.com/0000165185/index.html?start=0 ③ 山 家 集 の 研 究 http://sanka05.web.i... 続きをみる

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