聖母マリアの御告げの大祝日 Frestum Annuntiationis B. Mariae V.
聖母マリアの御告げの大祝日 Frestum Annuntiationis B. Mariae V. 大祝日 3月 25日 聖マリアの親戚聖エリザベトが懐妊して六月目の事であった。ある日大天使ガブリエルがマリアの許に現れ、「めでたし、恩寵に満てる者よ、主は御身と共に在す。御身は女の中にて祝せられた者で... 続きをみる
聖母マリアの御告げの大祝日 Frestum Annuntiationis B. Mariae V. 大祝日 3月 25日 聖マリアの親戚聖エリザベトが懐妊して六月目の事であった。ある日大天使ガブリエルがマリアの許に現れ、「めでたし、恩寵に満てる者よ、主は御身と共に在す。御身は女の中にて祝せられた者で... 続きをみる
大天使聖ガブリエル St. Gabriel Archangelus 記念日 3月 24日 救い主イエズス・キリストは弟子達を選び給う時之に向かって「誠にまことに汝等に告ぐ、汝等は天開けて神の使いたちが人の子の上に上り下りするのを見るであろう」(ヨハネ1-51)と仰せになった。主はこの聖言を以て御自分... 続きをみる
スウェーデンの聖女カタリナ乙女 St. Catharina a Suecia V. 記念日 3月 22日 一口に善と言っても、天主の御命令を果たした善もあれば、その御勧告に従った善もある。御命令の場合には之を怠れば罪になるが、御勧告の場合には従わずとも別に罪にはならぬ。しかし従えば特別の功績となるの... 続きをみる
フリューエの聖ニコラス 記念日 3月 21日 1481年、スイス連邦は崩壊しかけていた。戦争でほとんどの敵を敗北させたが、戦利品の分配の仕方や、フリブールとソルールとを連邦の中に入れるべきか否かの問題についても争っていた。 その時、相談を持ちかけられたのは、ランフト村の聖堂の近くの小屋に住んでいた6... 続きをみる
聖クトベルト司教 St. Cuthbertus Ep. 記念日 3月20日 聖クトベルトは7世紀英国に生まれた人である。当時英国は純然たるカトリック教国で、国王御自身率先して聖会のため尽くされるという有様であったから、教勢の盛んな事言うばかりなく、聖人数多排出し、他国へ布教に赴く宣教師も夥しい数に上... 続きをみる
キリストの御養父 聖ヨゼフ St. Joseph, sponsus B. Mariae V. 祭日 3月 19日 世には、他の草葉の間や木陰などに隠れて人目にはつかぬものの、奥ゆかしい芳香をあたりに漂わせ、日足の高くなるままに益々その匂いを強めて、ついには付近の大気全体を馥郁と薫らしめるような花があ... 続きをみる
エルサレムの聖チリロ総主教教会博士 St. Cyrillus Hierosolymit. Patriarcha et D. E.. 記念日 3月 18日 同じくチリロ総主教教会博士と呼ばれる聖人に二人ある。共に3世紀に生まれ、アリオ派の異端者に苦しめられつつもその謬説と闘った人であるが、一人は2月9... 続きをみる
長崎の信徒発見記念日 BeataMaria Virgo de inventione christianorum 記念日 3月 17日 聖母マリアは世界各国の中でも、殊更我が国を愛し、その国民のため天国に於いても、特別の配慮を以て御子イエズスに執り成し給うのではなかろうか。我等はそう信じたい。そしてそ... 続きをみる
聖ヘリベルト大司教 St.Heribertus Archep. 記念日 3月16日 古来政治家にして聖人となった人は割合に少ない。しかしかかる人は何れも君主に忠実で、人民を憐れみ、国家を安寧幸福に導く。聖ヘリベルトもそういう偉大な人物の一人であった。 彼は970年頃ドイツ中央ウォルムス市の侯爵家に生... 続きをみる
聖ルイズ・ド・マリアック修道女 St. Ludovica de Marillac, Vidua 記念日 3月 15日 カトリック教会はいつの時代にも、貧民病者その他救済を要する人々の間で、慈善のために働くことを人類の福利に資する己が事業中の珠玉と目して来た。かかる不幸な人たちに対するこの愛は、天主の... 続きをみる
聖マチルダ皇后 St. Mathildis Vidua 記念日 3月 14日 聖マチルダ皇后は9世紀の末にドイツ、ウエストファーレン州のテオドリコ侯爵家に、もとデンマークの王女ラインヒルヂスを母として生まれた、当時は子供を修道院に託して教育を授けるのが上流社会の習慣であったから、彼女もそれに従って叔... 続きをみる
聖オイフラシア修道女 St. Euphrasia Virgo 記念日 3月 13日 7歳にして修道女となるとは甚だ珍しい例であるが、オイフラシアは之を実行した聖女であった。 彼女は380年、東ローマ帝国の首府コンスタンチノープルに生まれた。父は宮廷に仕える高官でアンチゴノといったが彼女の誕生後一年に... 続きをみる
聖マクシミリアノ殉教者 記念日 3月 12日 275年23歳のマクシミリアノは、ローマの軍隊に入るのを許否したので、法廷に引き出された。兵士の多数は志願制であったが、退役軍人の息子は徴兵として戦わねばならなかった。父ファビウス・ヴィクトールは、息子と同じくキリスト信者になったので、息子の徴兵拒否を支... 続きをみる
ボローニャの聖カタリナ修道女 St. Catharina de Bologna Virgo 記念日 3月 11日 聖女コレタ(記念日3月6日)がフランスにその高徳を謳われていた頃、イタリアにも同じく聖徳に秀でていた一女性があった。それは聖クララの跡を踏む修道女、聖カタリナである。 彼女は1413年9... 続きをみる
セバステの40聖人殉教者 Sts. 40 Martyres de Sebaste 記念日 3月 10日 烈しい吹雪にも喩えるべきローマ帝国に於けるキリスト教の迫害は、313年コンスタンチノ大帝の御代に終息し、聖会には一陽来復、信仰の春が廻って来た。けれどもその信仰の自由が比較的長く許されていたのは西... 続きをみる
ローマの聖フランシスカ修道女 St. Francisca Vid. 記念日 3月 9日 世にローマの聖寡婦フランシスカとして知られているこの聖女は、その呼び名の如くローマで育ち、ローマ市民の為に尽くしてローマで死去した生粋のローマっ子であった。またその霊名フランシスカは、彼女の両親がアッシジの聖フラ... 続きをみる
聖ヨハネ・ア・デオ証聖者 St. Joannes de Deo C. 聖ヨハネ病院修道会創立者 記念日 3月 8日 聖ヨハネ・ア・デオ、即ち「天主の聖ヨハネ」とは、この聖人がその改心後、全く天主の御旨のままに生きられた所からそう呼ばれるのであるが、彼はまた聖会に於いて聖ヴィンセンシオ・パウロと共に慈... 続きをみる
聖ペルペトゥア、聖フェリチタス両聖女殉教者 Sts.Perpetua et Felicitas MM 記念日 3月 7日 聖会初代の殉教者中特別有名なのは、ペルペトゥア、フェリチタス両聖女であろう。その為両聖女の名前は毎日のミサ聖祭中に唱えられる事になっている。 西暦202年ローマ皇帝セプチモ・セヴ... 続きをみる
聖コレタ修道院長 St. Coletta V. 記念日 3月 6日 老年まで子供を恵まれなかった夫婦が、熱心に祈った結果、首尾よく子宝を得たという話は、聖書にも幾つか記されているが、聖女コレタの両親もその通りで、長い間の念願が遂に叶って一人の女の子を産んだのは、母が60歳の時の事であった。そのコレタ... 続きをみる
クレモナの聖エウゼビオ 記念日 3月 5日 エウゼビオが聖ヒエロニモにローマで初めて会った時、ヒエロニモはダマソ教皇の秘書をしながら、厳しい修徳の道を人々に説教していた。エウゼビオはこの厳格な聖書学者に心を惹かれて、彼に従って聖地に行った。 途中のアンチオキアで、ヒエロニモの友人であった聖女パウラと... 続きをみる
聖カシミロ王子証聖者 St. Casimirus C. 記念日 3月 4日 聖カシミロは偉大な国王の王子に生まれて童貞の願を立て、死に至るまで忠実にそれを守った聖人である。 彼の父はポーランドの王カシミロ4世で、母はオーストリア皇帝アルベルトの皇女であった。彼女は極めて信心深い婦人で、薫陶よろしきを... 続きをみる
聖クネグンディス皇后 St.Cunegundis V. 記念日 3月 3日 篤信の信者は身の貴賤貧富にかかわらず、天主の聖寵の助けによりその霊魂に見事な実を結ぶ。聖女クネグンディスはドイツ国皇后という高い地位に昇ったのみならず、その両親も王侯の家柄であった。皇帝や皇后で聖人と崇められる方は外にもない... 続きをみる
聖ヘンリー・スーソ修道者 記念日 3月 2日 ヘンリー・スーソは、1295年スイスで生まれ、15歳の時、コンスタンス市のドミニコ会修道院に入ったが、非常に苦しい霊的生活を経験し、神との神秘的な一致によって心の平和を得ることができた。彼は偉大な説教家で、多数の改宗者があった。しかし嫉妬心に燃えた敵もい... 続きをみる
聖スイトベルト司教 St.Suitbertus E. 記念日 3月 1日 英国では今からおよそ1200年前に、イングランド及びアイルランドの宣教師達が、かかるこの世の国ではなく神の御国を広めるために、盛んに活躍したものである。イングランドの南部はもとローマ帝国の植民地で、かなり早くキリスト教が伝えら... 続きをみる
聖ガブリエル・ポセンティ修道者 おん悲しみの聖母のガブリエル 記念日 2月 27日 イタリアの小都市アッシジが全世界にその名を知られるに至ったわけは、申すまでもなく13世紀にあの清貧の使徒、修道会の創立者として有名な聖フランシスコがその町から出た為であるが、19世紀に至ってアッシジ市は更に宗教的一偉... 続きをみる
コルトナの聖女マルガリタ 記念日 2月 26日 「ひとりの罪人が悔い改めれば、悔い改めの必要のない99人の義人より天ではいっそうの喜びがあろう」(ルカ15-7)。神の無限の慈悲によって教会はどんな極悪人にでも本人が望めば救いの門を開く。聖女マルガリタは、若い頃の美しさがあだとなって転落したものの、ひ... 続きをみる
聖ワルバーガ修道院長 記念日 2月 25日 ワルバーガは、イギリスのデポンシャの領主の娘として生まれ、ドーセットの修道院で教育を受けてそこの修道女になった。 8世紀のイギリスは、熱心な宣教の中心地とも言えた。聖ボニファチオは、ドイツの改宗の為にイギリスの修道士や修道女に呼びかけたので、ワルバーガと兄... 続きをみる
聖ポリカルポ司教殉教者 St. Polycarpus E. et M. 記念日 2月 23日 火に近づけば近づくほど、その熱を受ける事も甚だしい。されば火のような信仰の持ち主であった使徒達の直弟子が、衆に勝れた熱烈な信仰を有していたのも不思議ではあるまい。一昨日の所に記した聖パウロの愛弟子聖テモテオ... 続きをみる
聖ペトロ・ダミアノ司教教会博士 St. Petrus Damiani E. et Doct.Eccl 記念日 2月21日 主イエズス・キリストの聖言に「汝等は世の光なり。(中略)汝等の光は人の前に輝くべし」(マテオ5-14,16)とあるが、中世紀の有名な教父、聖ペトロ・ダミアノ枢機卿こそは、まことに... 続きをみる
レオニッサの聖ヨゼフ証聖者 St Josefus a Leonissa 記念日 2月 20日 西暦1556年北イタリアのミラノ市で聖フランシスコの流れをくむカプチン会修道者フェルノのヨゼフという一司祭が逝去した。この人は欧州に盛んな「四十時間の御聖体訪問」という信心の業をはじめて提唱したので知られて... 続きをみる
ピアツェンツァの聖コンラド修道者 St. Conradus a Piacenza C. 記念日 2月19日 物質的不幸がかえって精神的幸福を招く事はしばしばあるが、聖コンラドの生涯もその一例であるといえよう。 彼は北イタリアのロンバルジア州ピアツェンツァ市に生まれ、地位も高く財産も豊かで、何不足ない... 続きをみる
聖シメオン司教殉教者 主イエズスの従兄弟である聖人 記念日 2月 18日 聖福音書に折々「イエズスの兄弟」という言葉が見いだされる。しかし主が聖母の御一人子であった事は周知の事実であるからこの兄弟とは実の兄弟を意味するのではなく、従兄弟と指している事は言うまでもない。例えば小ヤコボ、ユダ・タデオ、カ... 続きをみる
”聖母マリアのしもべ会”七聖人創立者Sts.Septem Fundatores Ord.Servorum B.M.V.記念日 2月17日 古来聖会に於いては七を聖なる数字として尊んできた。なるほどちょっと考えても七つの秘跡、聖霊の七つの賜物、七枝の燭台、主の十字架上の七つの御言葉等七に縁のある聖なる... 続きをみる
聖ユリアナおとめ殉教者 分娩および伝染病の守護の聖人 記念日 2月16日 ユリアナは、ニコメデニア市の裁判官エウロギオスと婚約していた。しかし、彼女は、彼がキリスト信仰を受け入れなければ結婚しないと、言い張った。そこで彼女の父は、彼女を裸にしてひどく殴らせたあげくに、その裁判官に引き渡した。 裁判官... 続きをみる
聖クロード・ラ・コロンビエール イエズスの聖心の使徒 記念日 2月15日 1641年フランスに生まれたクロードは、1658年にイエズス会に入会し、1669年に司祭に叙階される。1675年、パレール・モニアール市のイエズス会修道院院長に任命され、同市の聖母訪問会の女子修道院の特別聴罪司祭に任命された。... 続きをみる
聖チリロ隠世修道者と聖メトジオ司教 記念日 2月14日 聖書に「良い便りをもたらす者の足は美しい」(ローマ、10-15)とある。この言葉はスラヴ民族の使徒として崇敬される両聖人にもぴったりと当てはまる。両聖人は9世紀現在のチェコスロバキアを中心とする中部ヨーロッパのスラヴ族に福音を述べ伝え、これを多... 続きをみる
聖ヴァレンチノ司祭殉教者 St.Valentinus Presbyter et M. 記念日 2月13日 (2月 14日) 本日祝う聖ヴァレンチノ司祭は、同名の聖人数人の中で最もよく知られ、司祭の聖務日課にもその名を載せられている人である。 この人は3世紀の中頃ローマ教会に於いて人望篤く、その徳行も... 続きをみる
ルルドの聖母 (ルルドに於ける聖母マリアの御出現) 記念日 2月11日 Apparitio B. V. Immaculatae in Lourdes ルルドにおける聖母マリアの御出現 1858年2月11日ー7月16日 ルルドはフランスの南境を横走するピレネー山脈の麓に位置する小さな町で、元は殆ど世に... 続きをみる
聖スコラスチカおとめ St. Scholastica V. 記念日 2月10日 聖スコラスチカ童貞は、修道会創立者として名高い聖ベネディクトの妹であって、5世紀の末ローマ市に生まれた。母は彼女の生後まだ一年も経たぬ内にこの世を去ったから、彼女は兄と共に父の手一つで育てられ、幼い時から主を畏れ敬う心を... 続きをみる
アレクサンドリアの聖チリロ総主教教会博士 記念日 2月 9日 St. Cyrillus ab Alexandria Patriarcha Doctor Eccl. 紀元313年、コンスタンチノ大帝がローマ帝国内にキリスト教信仰の自由許可してから、聖教のひろまりは目覚ましいものがあり、聖会は日に日に隆... 続きをみる
聖ヒエロニモ・エミリアニ 記念日 2月8日 孤児や捨て子の守護の聖人のヒエロニモ・エミリアニは、1486年ヴェニスの貴族の子として生まれた彼は15歳の時、軍隊に入った。そして25歳にしてカステル・ヌオヴォの砦の主となったそれはちょうどヴェニスとフランスの戦争の時で、敵軍の激しい攻撃に持ちこたえられず... 続きをみる
聖ヨセフィーナ・バキタ 記念日 2月8日 バキタは1869年ころ、アフリカのスーダン西部、ダルフール地方のアジレレ山の近くにに生まれた。7歳くらいの時に奴隷商人にさらわれ、その後、奴隷としての人生を歩むこととなる。奴隷の印である刺青を身体中に施され、何度も人から人へ売られた。刺青はカミソリで切れ目を... 続きをみる
聖アガタおとめ殉教者 St. Agatha V. et M. 記念日 2月6日 (2月5日) シチリア島の火山エトナの山麓にあるカタニア市は、聖女アガタの生まれ故郷と言われ、同火山に爆発噴火の兆しがあると、その市民は同聖女に保護を願うのを常としているが、そればかりでなくアガタは世界一般にも火災防護の... 続きをみる
日本26聖人殉教者 Sts. 26 Martyers Japonenses 記念日 2月5日 聖フランシスコ・ザビエルが始めて我が日本に聖教の種子を播いて以来、熱心な宣教師の血と汗を流してこの地を耕す者多く、降り注ぐ聖寵の慈雨も豊かに、布教わずか六十年にして聖教の種子は見上げるような大木に成長し、そ... 続きをみる
聖アンドレア・コルシニ司教 St. Andreas Corsini F. 記念日 2月4日 コルシニ家はイタリアのフロレンスに於ける最高の貴族であって、1282年以来将軍や大使、司教や枢機卿などの要職の人物を多数世に出している。が、その中でも最も有名なのは聖アンドレア・コルシニであろう。 彼の父はニ... 続きをみる
聖ブラジオ司教殉教者 St. Blasius E. et M. のどの病気を癒す聖人 記念日 2月3日 聖ブラジオはアルメニアのセバステに生まれた。医学を研究し近隣に名医として謳われたが、また高徳の聞こえも高く、とくに謙遜、貞潔、隣人愛、事に貧しき者への愛に勝れて、衆人の尊敬を集めていた。 司祭にな... 続きをみる
主の奉献 (聖母の御清め)の祝日 祝日 2月2日 旧約時代、モーゼの律法によれば、男の子を産んだ婦人は誰でもその40日目に、神殿に参詣して感謝の犠牲が義務になっていた。その捧げる物としては子羊一匹と雛鳩一羽が普通で、もし貧乏人であれば鳩2羽でよい定めであった。もっとも産んだ男の子が初子である場合には... 続きをみる
聖カタリナ・リッチおとめ 記念日 2月1日 カタリナ・リッチは、生涯の大部分をイタリアのトスカーナのドミニコ会修道院で過ごし、主イエズスから与えられた様々のヴィジョン(まぼろし)で有名になった。1542年の四旬節にイエズスの十字架刑について深く黙想した時、重病にかかり、聖土曜日に、復活されたイエズス... 続きをみる
聖ブリジッタおとめ アイルランドの守護の聖女 記念日 2月1日 5世紀の中頃、ブリジッタはアイルランドの族長の娘として生まれた。幼い時から修道女になることを志望して、18歳の時、7人の仲間と共にクロガン・ヒルというところで神に奉仕する生活を始めたが、470年頃、アイルランドにおける最初の修道院をキル... 続きをみる
聖ヨハネ・ドン・ボスコ証聖者 1月31日 St.Joannes Don Bosco C. 1815年 - 1888年 青少年教育の守護の聖人 イタリアのトリノに「孤児の父」と記された一基の墓がある。碑銘は至って簡単であるが、この下に眠る人こそ無数の孤児の慈父と仰がれた有名な聖ドン・ボスコに他ならない... 続きをみる
聖マルチナおとめ殉教者 St. Martina V. et M, 記念日 1月 30日 聖ペトロ等の殉教を皮切りとしてローマ帝国に起こったキリスト教の迫害は、無慮300年間も続いたが、それでも絶え間なく一様に行われていた訳では決してない。面も向けられぬように激しくなる時があるかと思うと、また殆ど収ま... 続きをみる
ノラスコの聖ペトロ証聖者 St. Petrus Nolascus C. 記念日 1月 29日 イスラム教を奉ずるサラセン人が7世紀の中頃から四方を侵略し、8世紀の初めにはスペインまで略取して、そのコルドヴァにも都をおき、大いに勢いを張った事は、西洋史に普く人の知る所であるが、ここに哀れを極めたのは征... 続きをみる
聖アンジェラ・メリチおとめ 記念日 1月 27日 1474年、北部イタリアのガルダ湖の岸辺にあったデセンツァノ市の農家に生まれる。 当時は、キリスト教的精神が非常に薄らぎ、ほとんどの人は実際に信仰を持たない者のような日々を送っていた。そのため道徳風俗もしだいに頽廃していくばかりだったのである。この危... 続きをみる
聖テモテ、聖テトス司教 記念日 1月 26日 聖テモテ 「私は罪人のなかの罪人である」と告白して、パウロは「イエズス・キリストから、信仰と愛と溢れるばかりの豊かな恵みを受けた」と書き送った。 テモテは、この聖パウロの大のお気に入りの弟子であった。彼はパウロの第一伝道旅行で回心したと考えられている。そ... 続きをみる
使徒聖パウロの回心 Conversio St. Pauli Ap. 祝日 1月 25日 神人イエズス・キリストがゴルゴダの丘で十字架に磔けられ、壮烈な最後を遂げて救いの大業を完成し給うたその年の事である。或る蒸し暑い夏の夕べ、二人の従者に手を引かれて、シリアのダマスコ市へとぼとぼと入って来た盲目の青... 続きをみる
サレジオの聖フランシスコ司教教会博士 St. Franciscus Sal. E. et. D. 記念日 1月24日 「偽預言者多く起こりて、多くの人を惑わさん。且つ不義の溢れたるによりて、数多の人の愛冷えん」 主のこの御預言は、16世紀に恐ろしいまでに適中した。即ちルターを始めツウィングリやカルビ... 続きをみる
聖イルデフォンソ司教 記念日 1月 23日 スペインのトレド市の大司教聖イルデフォンソが、ある日大聖堂の司教座に腰掛けていたとき、聖母マリアが彼に祭服をくださったまぼろしを見た。 この賜物は彼にとって、ふさわしいものであった。彼は聖母に対して深い信心を持ち、キリスト信者の最高の義務であるイエズスへの... 続きをみる
聖ヴィンセンシオ助祭殉教者 St. Vincentius Diaconus M. 記念日 1月 22日 同じヴィンセンシオという名を持つ聖人の中で、最も古い人はサラゴッサの聖ヴィンセンシオ殉教者である。彼は聖会の初代に於いて有名な三人の聖助祭の一人で、しばしば最初の殉教者聖ステファノや聖ラウレンシオ... 続きをみる
聖アグネスおとめ殉教者 St. Agnes V. et M. 記念日 1月 21日 聖女アグネスの名は、今日までどれほど多くの人々の胸に清い思いを沸かしたか知れない。殊に若い女性の耳には天来の妙音とも響いたであろう。そして迫害にも屈せぬその信仰の堅さや剛毅の徳に就いては、聖アウグスチヌスや聖アンブロ... 続きをみる
聖セバスチアノ殉教者 St. Sebastianus M. 記念日 1月 20日 ローマ帝国300年に亘るキリスト教迫害の中、最も残忍酷烈を極めたのはディオクレチアノ皇帝の御代に行われたもので、天主への聖愛から雄々しく信仰を宣言して、潔く生命を献げた殉教者も夥しい数に上ったが、ここに記す聖セバスチア... 続きをみる
聖王カヌト4世殉教者 St. Canutus IV.M. 記念日 1月 19日 天主より受けた主権を乱用せず、人民を正しく治め、之に諸徳の模範を示す国王こそ、真に尊敬すべく心服すべき仁君であると言わねばならぬが、聖カヌトもそういう一人であった。 カヌトは11世紀の末頃、北欧デンマークの国王であった人... 続きをみる
ハンガリーの聖マルガリタ 記念日 1月 18日 マルガリタは、ハンガリー王国ベラ4世とマリー・ラスカリス女王の王女として生まれた。ところが当時ハンガリーは外部からの大きな危機に直面していたので、両親はマルガリタを神にささげるならば災害から救われるだろうと期待して、彼女を修道院に入れた。 マルガリタは... 続きをみる
聖アントニオ修道院長 St. Antonius Abbas 記念日 1月 17日 今月の15日のくだりに述べた聖パウロ山修士の如く、ローマ帝国の迫害時代に、難を荒れ野に避けて、一人孤独寂静のうちに天主とともなる山修士生活を営んだ人は、他にも幾人かあったが、そういう人々を打って一丸として、協同的修道生... 続きをみる
聖パウラ寡婦 St. Paula Vidua 記念日 1月 16日 裕福な人々は大方貧しい人々の真剣な死にもの狂いの生活を知らぬ。それで別に悪い人でなくても、自然人生に対する真面目さを失い、その日常も兎に角奢侈贅沢を追うて遊戯的享楽的態度に流れやすいのは、否む事の出来ぬ事実である。然しまた一方には、... 続きをみる
聖パウロ山修士 St. Paulus Eremita 記念日 1月 15日 聖パウロ山修士は230年頃エジプトに生まれた人である。父母はキリスト信者で家もすこぶる豊かであったから、子供にしっかりした宗教教育を施す一方、普通の学問も十分に授けることが出来た。 パウロは15歳にして両親を失った。ところが... 続きをみる
ミラノの聖ヴェロニカ修道女 St. Veronica a Mediolano V. 記念日 1月 14日 聖ヴェロニカは1445年、イタリアのミラノ市の近傍に生まれた。父母は貧しい人々であったが、極めて信心深く、キリスト教信者たるに恥じぬ立派な生活をして善い模範を示し、また熱心に天主の御聖寵を祈り求... 続きをみる
聖ヒラリオ司教教会博士 St. Hilarius E. et D. 記念日 1月 13日 聖ヒラリオは325年頃、ガリア(現在のフランス)のボアチェ市に生まれた。両親は同国の貴族であった。ヒラリオは国で最も良い学校に入り勉学したが、異教者にあるにも拘わらず空しい世間の快楽を退けて、ひたすら学問にいそ... 続きをみる
聖マルグリット・ブルージョワ修道女 記念日 1月 12日 1620年フランスのトロワに生を受け、33歳の秋、当時フランス領植民地であったカナダ大陸に渡る。荒涼とした未開の地ヴィル・マリー(現在のモントリオール)の土を踏んだマルグリットは、戦火と困苦欠乏に耐えつつ、フランス人と現地人の子供のために学校... 続きをみる
聖テオドシオ修道者 St. Theodosius C. 記念日 1月 11日 聖テオドシオは423年カッパドキアの一小都市に生まれ、信心深い両親の教育を受けて敬虔に生い立った。そしてその敬虔の故に、若くして選ばれ、ミサ聖祭に於ける聖書の朗読者になった。 或る日の事である。彼は「汝の国を出で汝の親族に... 続きをみる
聖ウィルヘルモ大司教 St. Wilhelmus Archiep. 記念日 1月 10日 聖ウィルヘルモはフランスに有名なネヴェール候家の末である。少年時代その教育に当たったのは一人の伯父で、学徳並び備わったペトロというソアッソン出の司祭であった。このすぐれた師の指導の下に、少年ウィルヘルモは学問に... 続きをみる
カンタベリーの聖アドリアノ 記念日 1月 9日 カンタベリーの大司教デウスデディトが664年に死去した時、教皇はイタリアのナポリ市の近くの修道院長をしていたアドリアノというアフリカ人を最適任者として後を継がせることに決定した。イギリスの有名な歴史家で修道者であった福者ベーダによると、アドリアノは非常... 続きをみる
ノリクムの聖セヴェリノ証聖者 St. Severinus C. 記念日 1月 8日 天主はしばしば大いなる艱難の時に聖人を遣わして、之を人民の霊的指導者とし、彼の鑑と行いに由って彼等を滅亡から救いその肉身上または霊魂上の悩みを和らげ、その信仰道徳を或いは保ち或いは堅固にしようとなさる事があるが、聖セ... 続きをみる
ぺニャホルの聖ライムンド司祭 記念日 1月 7日 ライムンドは1175年スペインのカタロニア州ぺニャホルで生まれた。幼時から秀才で、バルセロナで勉強を始め、イタリアのボローニャ大学に留学して、民法と教会法を学んだ。卒業後、その大学教授となったが、47歳の時ドミニコ会に入会した。彼は修練長に頼んで、最... 続きをみる
聖バルタザール、聖カスパル、聖メルキオール 記念日 1月 6日 イエズスがベトレヘムで生まれた時、東方から賢人が来て、「ユダヤ人の王としてお生まれになった方はどこにおられますか。私たちは東方でそのかたの星を見たので拝みに来たのです」と言った。当時の支配者であったヘロデ王は不安になり、イエズスを見つけ... 続きをみる
柱の行者聖シメオン St. Simeon Stylites 記念日 1月 5日 聖会の初代には厳しい苦行に従う山修士や修道者が沢山あった。それは自分の罪を償う為である場合も勿論あったが、大抵は若い時から正しい生活を送り、さほどの罪もない人々であったから、天主への聖愛より罪人や異教人を改心させる為の方... 続きをみる
聖エリザベス・アン・シートン 記念日 1月 4日 アメリカ人として最初に列聖されたエリザベス・アン・シートンは。1774年8月28日に生まれた。義兄はバルティモアの大司教になったが、彼女の家族はほとんどプロテスタントであった。エリザベスは20歳で結婚し、活動的な慈善家となり、1797年には幼児を抱え... 続きをみる
聖バジリオとナジアンズの聖グレゴリオ司教教会博士 記念日 1月2日 バジリオとグレゴリオは2人とも、カイザリア市で生まれたが、彼等が出会って親しい友となったのは、アテネ大学の学生時代であった。バジリオは頭が良く大学教授になったが、まもなく倦きて修道者になり、ポントスのイリス河の岸でひとりで隠修士の生... 続きをみる
聖シルベストロ1世教皇証聖者 St.Silvester P. P. 記念日 12月 31日 ローマのコンスタンチノ大帝がマクセンシオと戦った時のことである、敵方は味方よりも遙かに優勢であったが、大帝は突然空に光り輝く十字架が現れ、その上に「この印に依りて勝利を得べし」と記されてあるのを見、試みに十字... 続きをみる
聖アニシアおとめ殉教者 記念日 12月 30日 テサロニケで4世紀の初めに生まれたアニシアは、両親の残した財産を貧しい人々のために使いながら、祈りの生活をしていた。 ある日信者達の集まりに出かける途中一人の軍人が話しかけてきた。彼はアニシアが信者だということを見抜いて、彼女を強引に異教の神殿へ連れて... 続きをみる
聖トマス・ベケット大司教殉教者 St. Thomas Becket Archiep. Mart. 記念日 12月 29日 主が嘗て御弟子達に向かい「わが為に汝等、官吏帝王の前に引かれて、彼等及び異邦人に証となることあるべし」と仰せられた御預言は見事適中し、爾来今日に至るまでの数え切れぬ迫害に、官吏帝... 続きをみる
聖なるおさな子たち殉教者 Sts. Innocentes Mart. 祝日 12月 28日 救世主の御降誕を不思議な星の出現によって知った東の国の三人の博士たちは、その星に導かれるままにエルサレムまで来、ユダヤ国王ヘロデに謁し、「お生まれになったユダヤの王はどこに居られますか」と尋ねた。ヘロデはこの... 続きをみる
使徒聖ヨハネ福音史家 St. Joannes Ap. Evangelista 祝日 12月 27日 第四の聖福音を著した使徒聖ヨハネは、鷲をその象徴とされている。これは何故かというと他の三福音史家マタイ、マルコ及びルカ等は、いずれも主イエズス・キリストの救世の御事業に就き記しただけなのに、独りヨハネ... 続きをみる
聖ステファノ助祭殉教者 St. Stephanus Diaconus Protomartyr. 祝日 12月 26日 「誠に実に汝等に告ぐ、麦の粒地に落ちて、もし死ざれば唯一つにして止まるも、もし死すれば多くの実を結ぶ」 主のこの聖言は誰よりもまず主御自身に適合する。何となれば、主が十字架上で聖血を... 続きをみる
キリスト御降誕の大祝日 Festum Nativitatis D. N. Jesus Christi 大祝日 12月 25日 聖会には大祝祭も数多あるが、クリスマスに増して喜ばしい日は又とあるまい。天使方でさえ羊飼い達に「懼れるには及ばぬ。私は人民一般に及ぶべき大いなる喜びの福音をその方達に告げるの... 続きをみる
聖アナスタシア殉教者 St. Anastasia Vid. M. 記念日 12月 24日 聖女アナスタシアは初代キリスト教会に於いて最も有名な殉教者の一人である。それは彼女の名がミサ典文中に記された少数の聖人方の中に加えられ、また緒聖人の連祷中に出てくる事によっても知れよう。 アナスタシアは3世紀の... 続きをみる
カンティの聖ヨハネ司祭 記念日 12月 23日 ヨハネは1390年6月23日、ポーランドのクラクフ付近のカンティに生まれ、1413年クラクフ大学に入学した。卒業後、同大学で聖書の講義を担当したが、彼の成功を妬む人々がいて、彼をオルクス村の主任司祭に追いやってしまった。そこで8年間働いてから再びクラク... 続きをみる
ディセンベルクの聖ユッタ修道女 記念日 12月 22日 11世紀の終わり頃、ディセンブルクのユッタは、スパンハイム候メギナルドの妹としてドイツで生まれた。彼女は神に一生涯身を献げた信者の女性たちを集めて小さな修道院を作り、その院長となって22年過ごした。その間にドイツにおける最も偉大な神秘化のビンゲ... 続きをみる
聖アンドレア・ボボラ殉教者 St. Andreas Bobola M. 記念日 12月 19日 典礼聖省曰く「殉教の調査も数多したが、その、残虐さにおいてアンドレア・ボボラのそれに優るものは未だ嘗て聞いたことがない」と。それにも拘わらず彼の聖人に挙げられるのは比較的遅く、ようやく殉教致命後300年を... 続きをみる
聖ワインバルド修道院長 記念日 12月 18日 8世紀のイギリスで重要な地主であったサクソンのリチャードは、ウィリバルドとワインバルドという2人の息子を連れてローマへ巡礼に行った。 ウィリバルドはローマから聖地に行き、歴史上イギリス人として最初に聖地を訪ねた人となった。しかしワインバルドは兄のような... 続きをみる
聖ラザロ司教 St. Lazarus E. 記念日 12月 17日 ラザロという名はルカ聖福音書とヨハネ聖福音書とに記しているが、これは同名異人であって同一人ではない。即ち前者は主の無慈悲な富豪のたとえ話中に出てくる乞食で、実際の人物か否か不明であり、後者はエルサレムに近いベタニア村に住み、二人の妹... 続きをみる
真理的に「お金」とは?
一人を全体のように・・・
罪を憎んで人を憎まず
神様が喜ぶ再出発には・・・オモニの間違いは間違いと言える文化が必要です。
実際は、Holyではなくて、Horribleかな?
数が非常に多くなっている絶対善霊が働いてないからです・・・
統一教会の考察 149 「天の父母様」
神様を求める原動力
飛蚊症
原理講論547頁『天の側とサタン側が・・・』⇒【特殊摂理】天の側とサタン側の連合軍!
問題に直面して二つの道があるんです・・・。
神様が実在されるということは、叙事詩では通じないということ。
「世界大会議」をすべきと思います・・・。
自己否定して美しい晩年を・・・
神様の摂理を振り返ると・・・生まれ変わるべき日本、日本家庭連合。
祝福の基「アブラハム」
最初に、神は光あれと言った。すると光があった、という話がありますが、
【動画メモ】幕屋のすべてに意味がある! ①|第18話:シャロームイスラエルシーズンⅠ(2014-2016)
「ナフサ」の話
サマリヤの女
【動画メモ】現代イスラエルにも神様は働かれている! ②|第17話:シャロームイスラエルシーズンⅠ(2014-2016)
統一教会の考察 143 「逆境はチャンス」
難しい時代 3
【動画メモ】現代イスラエルにも神様は働かれている! ①|第16話:シャロームイスラエルシーズンⅠ(2014-2016)
難しい時代 2
信仰の体験談 「刈り込み(1)」
【動画メモ】死海写本は見つからなかったのが奇跡⁈|第15話:シャロームイスラエルシーズンⅠ(2014-2016)
難しい時代
【動画メモ】本当の種なしパンの作り方!|第14話:シャロームイスラエルシーズンⅠ(2014-2016)
聖書の言葉