「奇妙な絵の本」という豆本 Ⅰ
「トロンプ・ルイユ」いわゆる「騙し絵」を集めた豆本で、第一集は「アルチンボルドと歌川国芳」の「寄せ絵・絵文字・文字絵」中心に編集したものである。 「寄せ絵」というのは見る通り、花とか果物とか人物などを複数使って人の顔などを表現したもので、目にしたことも多いと思う。 文字絵と絵文字は、区別せずに用いる... 続きをみる
「トロンプ・ルイユ」いわゆる「騙し絵」を集めた豆本で、第一集は「アルチンボルドと歌川国芳」の「寄せ絵・絵文字・文字絵」中心に編集したものである。 「寄せ絵」というのは見る通り、花とか果物とか人物などを複数使って人の顔などを表現したもので、目にしたことも多いと思う。 文字絵と絵文字は、区別せずに用いる... 続きをみる
これも、今後絶対に纏まった形での出版は考えられない書である。 なにしろ現在では考えられない、遊女三十六人の評判記なのだから。 遊女花魁とはいっても多くは、人格、詩歌俳諧などの教養にすぐれていて、ある者はは老母のために親孝行を怠らないとか、身体障害の人達に寄進をするなどといった美談などが述べられている... 続きをみる
この豆本はタイトルがディズニーランドのアトラクションの名前を借用しているだけで、中身はディズニーランドとは関係ない。 西欧の絵画には、子どもたちの微笑ましい行動や姿を主題にした、あるいは一部に描いた作品が多い。日本の錦絵などにも子どもを描いたものもあるが、表情などは類型的である。 そんな「かわいい」... 続きをみる
いかにもものものしいタイトルが付けられているが、東海道物の一つで、斎藤英笑という人の作である。 この作品は他の東海道物のように宿駅ごとを一枚に描くのではなく、数駅をまとめて一枚の中に収めた全十二図からなる一種の絵巻物のような連続画になっていて、そのため一枚の図柄は通常の二枚分を横につなげた細長い画に... 続きをみる
江戸各地に百人の美女を配した作品で、豊国が美人図を、国久が景色を描いている。 図は「深川」で、多分深川芸者がこれから仕事にでようとしているところであろうか。 ところで二人の絵師が分担しているといっても、見る通り景色はほんの付けたし程度でこれれでは名所絵の中には入れにくかろう。師と弟子の関係では当然だ... 続きをみる
この豆本に収録した「名所道外尽」は五十図からなる。道外は道化と同じで、要するにに名所絵のパロディーである。 上掲の画左は「道外尽」、右は以前紹介した北斎の富嶽百景の一図である。 当時は普通に見かける左官の仕事風景を、壁土を取り落とした失敗風景に変え、富士がないなど簡略化され細部において異なるものの、... 続きをみる
日本や中国の、歴史上あるいは世俗にいたる月にまつわる故事を百の図に描いたもの。 タイトルをみても現代の我々には、というより私などには理解できないものも多いか゛それにしても、この絵師という人達の、有職故実を含め歴史・文芸などに通暁していることにはまったく敬服する。 これらの画は、図書館などのデーターベ... 続きをみる
前回は初代広重の「東海道」に関することであったが、ここの五作品は別人のものである。 上段左から、「二代目広重の東海道五拾三駅」「芳年・国周他の末広五十三次、及び芳虎・暁斎他の書画五十三駅」「二代目広重他十五名の絵師の御上洛東海道」、下段「三代豊国の役者見立東海道五十三駅」「渓斎英泉の見立吉原五十三駅... 続きをみる
これらの豆本はすべて「東海道五十三次」の作品だが、中身はすべて異なっていて、それぞれには二つの作品を収めてある。 上段左から「保永堂版と狂歌入り東海道」「行書と隷書東海道」「蔦屋版と有田屋版東海道」、下段左から「美人東海道」「人物と竪絵東海道」「五十三対と双筆東海道」である。このうち「美人」のもう一... 続きをみる
周延は明治期の絵師。この豆本には「時代かがみ」と「真美人」の二シリーズを収録。 江戸から明治までのさまざまな女性の時代風俗を、髪形や衣裳中心に描いたのが「時代かがみ」、明治の少女から成人にいたる年代の女性を描いたのが「真美人」という、典型的な美人画シリーズである。
一枚の画を二人で描くようなことは現代ではほとんどないと思うが、浮世絵では珍しくはない。 この豆本は広重と豊国の二人の「江戸自慢三十六興」「東都高名会席尽」「当勢十花撰」の三作品を収めたもので、各作品は広重が風景風物を、豊国が人物を描いている。 二人で書く場合にも二通りの形がある。左の「江戸自慢」のよ... 続きをみる
この豆本には豊国の「清書七以呂波」と「教訓いろはたとゑ」の二作を収める。 前者は「いろは」の各文字につき一ページに、その文字で始まる単語・人名などとその語に関連する人物の画のほか、上段にその文字の音訓の漢字七文字が書かれている。いろは以外に漢数字「一から十、百、千、万、億、兆」のページもあるので、庶... 続きをみる
「木曾街道」と名付けられていても木曾街道は脇往還で、中仙道のほうが主なようだが、それはともかく、この三作は中身も作者も異なった作品である。 横長の開かれているものは、渓斎英泉・歌川広重の「木曾街道六拾九次」、左下は歌川国芳の「木曾街道六十九駅」、右下は歌川豊国の「木曾六十九駅」で、普通「木曾街道」と... 続きをみる
北斎最後の揃物として出されたものだが、版元の没落などで三十一図で中絶した作品である。北斎としては意欲的だったようで版下絵が倍以上残っているそうである。 当豆本では錦絵三十一図、版下絵を五十八図収めてあって、写真では右ページが「天の原」の錦絵、左は版下絵の「わが庵は」である。
この奥の細道も見開き2ページに絵と該当原文が抄録されているものである。 子ども、女性の姿を描いたものもすばらしいが、自然とその中の人間の姿を表現したこの作品は深い味わいが感じられる。それが一本のカッターによって切り出されるのだから、信じられない思いである。
宮田雅之の切り絵「竹取物語」「源氏物語」の二作。 それぞれ見開きで、文と絵が各1ページずつ。 竹取は、該当部分の原文、源氏は各巻毎の梗概である。 これまた、女性が美しい作品である。
かつて「女性公論」に連載された宮田雅之の切り絵、大岡信の解説をまとめたものである。万葉の恋の歌を三十余首選んで切り絵と解説が付いているものを、歌と絵が1ページずつ、解説に2ベージの4ページにしたものだから、全部で10丁という、豆本としてはかなり重厚な作品である。とくに左下のB8版のものは、実物だと豆... 続きをみる
ディズニーの切手豆本と同様、切手になった北斎「富嶽三十六景」を集めた豆本で、これも実物を貼り付けた豆本アルバムではなくて、編集・印刷した豆本である。 日本で発行されたものもあるが、これまた途上国の外貨稼ぎの切手がたくさんあるのには驚きである。
日本の古典文学中十作品から、散文の著名な章段を選び抄出したものである。 「竹取物語」「伊勢物語」「土佐日記」「枕草子」「源氏物語」「更級日記」「平家物語」「方丈記」「徒然草」「奥の細道」で、これ一冊あれば高等学校の古文の授業はたいてい間に合うという代物。 一番小さいものは握った手のひらに隠れてしまう... 続きをみる
漱石豆本を作ったからには、当然鷗外豆本である。 後側二冊と手前の赤表紙は「舞姫」の各サイズ、手前左二冊は「高瀬舟・最後の一句」、右は「山椒大夫」。 鷗外の豆本を作るとなるとやはり「高瀬舟」あたりが最適で、これもリーブルから市販されているものがある。高瀬舟一作では少しばかり物足りないので、私のは最後の... 続きをみる
上は豊国・広重・国芳の合作「小倉擬(もどき)百人一首」、下は二代目豊国の「百人一首絵抄」という作品だが、これらも「源氏絵」と同じように、百人一首の歌の内容そのものを絵画で描いたものではなく、それから連想される事柄などを描いている。 例えば小倉擬では、「足ぴきの山鳥」の歌として、加賀千代女(国芳)が描... 続きをみる
夢二の豆本はすでに販売されているものがあるが、これはそれの海賊版ではなく、永谷園の名画カードとそれに何枚かをプラスして、自分で編集したものである。 夢二の画の、あの憂いを含んだような独特の美人絵には、なぜか惹かれてしまうものがある。
「百福」「百寿」などという風にさまざまな字体をたくさん集め、額や掛け軸などにして飾りものにしているのを見かける。 この豆本は、そういうめでたい文字を集めてあるだけで整理してあるわけではないから、字典といってもあくまでお遊び的に名付けたものに過ぎない。 しかしながら、中国の切り絵(文字?)とか、篆刻ま... 続きをみる
芳年というと、血みどろの無残絵と思う人もいるかと思うが、美人画もたくさん描いていて、この豆本はそれらを集めたものである。 シリーズの形になっているものの中で「美立七曜星」と「美人七陽華」というのがあって、これらは宮中で天皇の傍近く侍る女性七人を七曜、七つの花に見立て描いたもので、それぞれ「正○位 ○... 続きをみる
「汽笛一声新橋を」で始まる例の唱歌を集めた豆本で、上下2巻からなる。もはや「汽笛」すら死語になっている現在では、歌えないどころか、その存在さえ知らない人もおおいのではないか。 上巻には「1 東海道線、2 山陽・九州線、3 奥州・岩城線」 下巻には「4 北陸地方、5 関西・参宮・南海、6 北海道の南北... 続きをみる
昨日出来上がったばかりのこの豆本は、広重の「東海道五十三次」ではなく、長谷川貞信(初代)という幕末の上方の浮世絵師の作品である。この「貞信」は現在も五代目として継承されているほどの由緒ある絵師である。しかしながらこの作品、オリジナルな作品ではなく、初代広重の蔦屋版「東海道」の模写なのである。 上の「... 続きをみる
狩野一信は幕末明治の狩野派の絵師、『五百羅漢図』は東京芝増上寺にある掛け軸。 昨日の『雪華図説』が豆本にしても手頃な作品とするなら、この『五百羅漢図』は豆本向きではない。元が大きな掛け軸のうえに、その図柄が精緻なので豆本ではその細密なところが表しきれないからである。しかしながら絵そのものは全図はめっ... 続きをみる
下総古河藩主・老中首座土井利位の出板した雪の結晶の観察記録。 これは、内容にしろ、長さにしろ、その図にしろ、豆本にしても見やすく、また作る上でも手頃な作品である。 そうは申しても、実際に作る酔狂な物好きはそんなに多くはないとは思うが・・・
安政期の絵師嵩岳堂(すうがくどう)の「生き写し四十八鷹」と、明治前半期の幸野楳嶺の「花鳥図譜」である。 前者についてはほとんどが知られていないが、後者は京都画学校の設立にかかわり、竹内栖鳳・川合玉堂、上村松園らを育成したことで著名である。しかしながら、日本人でもこの作品を知っている人は少ないと思うが... 続きをみる
この豆本は、橋本(揚州)周延の「千代田の御表」「千代田の大奥」二作品を纏めたもので、御表は明治30年、大奥は明治27年から29年にかけて出されたものである。江戸城内の行事・風俗生活を表側の男性の世界、大奥の女性の世界として三枚の続き絵(五枚続きと六枚続きが一作品ずつある)として描いたものである。 特... 続きをみる
江戸時代から明治にかけての娯楽の筆頭はやはり歌舞伎見物であろう。したがって錦絵の世界でも歌舞伎関係の役者や演題を扱ったものが多くを占める。そしてその出し物の筆頭は「仮名手本忠臣蔵」であろう。 拙作の豆本は、歌舞伎十八番などの登場人物や役者絵を中心にした「歌舞伎絵本」(上)と忠臣蔵の各段の舞台絵を描い... 続きをみる
この標題は間違いではない。 「東海道五十三次」といえば広重、北斎といえば「富嶽三十六景」がすぐに考えられるが、北斎には標題の作品もあって、写真は開いてあるのが東海道、手前が百景である。 上は、左が北斎、右が広重の「鞠子」の宿の光景である。風景画としたらどちらを選ぶだろうか。北斎の「東海道」は全部上下... 続きをみる
この豆本のタイトルは勝手に付けたものであるが、どんな内容か説明するだけ野暮というもの。また、この題名で内容が推察出来る人は、学のあるお方。 左は夫婦箱の収納ケース。本体は、二冊で一冊の合体本。
この豆本は歌川国貞の東海道五十三次の美人絵で、各宿場毎の風景の手前に美人を描いたものである。 ところで下の二枚を見比べてみると、 左は 有名な歌川広重の保永堂版「東海道五拾三次」中の屈指の名画「蒲原」で、右は国貞の「蒲原」であるが、横幅が寸詰まりになっているものの同じ光景の中に牛に乗った美女が配され... 続きをみる
ここに並んだ豆本は、見た限りどうということもない平凡なものばかりであるし、内容も特に変わったものではないのだが、作者にとっては格別の思い入れのあるものである。 以前、海外の有名な所へ行った豆本のことを書いたが、これも人手を介して、さる高名な方お二人に差し上げたもので、当の私が未だに信じられない話なの... 続きをみる
西欧の絵画には聖母マリアと幼児のキリストを描いたものが数多くある。「聖母の画家」と呼ばれるラファエロが代表的な画家であろう。美しい聖母像とあどけないキリスト像に惹かれて集めているうちにたちまち200作品を越えてしまった。 そこで作ってみた豆本が「88の聖母子」正続の2巻で、2冊のケースのタイトルには... 続きをみる
折り本を作ってはみたものの、これが意外に難しい。写真では分らないが、折り重なった本体が、プロの作った扇や経本のようにきっちり揃わないのである。 折ってある紙を何枚か重ねて貼り合わせていくやり方の折り本ならば、化粧裁ちをすることも出来るからいいのだが、この鳥獣戯画のような場合にはそのやりかたは出来ない... 続きをみる
ある豆本のコレクションのサイトで見たものを試作したものである。 裏表紙を共有することで2冊分が1冊の形になっている。 豆本を作る工程の中で、最大の難関は裁断・化粧裁ちであろう。もちろん、裁断機を用いずに、カッターナイフで行う場合である。(もっとも、裁断機でも小さな本の場合は歪みが出やすいとも聞くが、... 続きをみる
樋口一葉記念館で豆本購入の要望が多いということから、「豆本作りの講習会をやったら希望者がいるでしょうか」と言ったところ、記念館の方が乗り気になったので、とりあえず職員の方数人に講習を受けて検討してしてもらって、実現することになった。 拙作の一葉作品の豆本では「十三夜」あたりとも考えたが、「歌人樋口夏... 続きをみる