災難編23/二人旅の宮宿とそれから
拙宅からトボトボ歩いて15分ほどの場所に「七里の渡し」(宮の渡し)跡があります。 さて「七里の渡し」とは、その昔の街道である東海道五十三次の第41番目の、 ここ「宮宿」から次の第42番目「桑名宿」までの概ね七里(28km)の距離を船で渡る、 東海道唯一の海路を指しており、その出発地」、あるいは逆コー... 続きをみる
拙宅からトボトボ歩いて15分ほどの場所に「七里の渡し」(宮の渡し)跡があります。 さて「七里の渡し」とは、その昔の街道である東海道五十三次の第41番目の、 ここ「宮宿」から次の第42番目「桑名宿」までの概ね七里(28km)の距離を船で渡る、 東海道唯一の海路を指しており、その出発地」、あるいは逆コー... 続きをみる
明治時代に入る以前のこと、熱田神宮の東方には「精進川」が南北に流れていました。 明治初期頃のその姿は、このように記録(1879年/明治12)されています。 ~精進川 村(3村合併の常盤村)ノ西方ニアリ 常水二尺(水深約60cm) 幅二間半(約406m) 緩流ニシテ清且淡ナリ 舟楫通セス堤防ナシ~ さ... 続きをみる
去る11月19日の日曜日のこと、筆者の生息地である名古屋市熱田区において 恒例のイベントが開催されました。 その名称は~あったか!あつた魅力発見市2023~ おそらくは地域名称「熱田」の韻を踏んで「あったか!あつた」としたのでしょうが、 ダジャレの域を脱していないという辛辣な感想もあるにはあったよう... 続きをみる
またまた今回も筆者の生息地・尾張熱田の話題になってしまいますが、決して悪意が あってのことではありませんので、そのへんはどうぞ良しなにご理解をお願いします。 さて、今回は江戸・日本橋から京・三条大橋に至る、いわゆる「東海道五十三次」に ついての話題を取り上げました。 出発地の江戸・日本橋を起点とし、... 続きをみる
どうせカルバリン砲で撃ち抜かれ、最後は焼け落ちるんだとか思ってしまう私がいる🥹
家康が再起を誓った大樹寺(1)
安祥城(1)安祥城址公園
金陀美具足の写真を撮って無かった事に今頃気付いた¯\(°_o)/¯
あな恐しや!妖怪チューチェディ
先に言っておくが、あの大河ドラマにも実は感謝してる
果報は寝て待て!
ラフカディオ・ハーンさま
徳川十五代将軍展(国宝久能山東照宮の名宝)を見てきた
法多山尊永寺(3)本堂~願掛け風鈴
法多山尊永寺(2) 一乗庵
法多山尊永寺(1) 仁王門~黒門~本坊
夜泣き石伝説の伝わる掛川の久延寺(3)
藤枝を巡る(6)家康ゆかりの洞雲寺
引間城主・飯尾連龍と浜松まつりの凧合戦