本能寺の変の真相は?
本能寺の変の真相は? (honnouji70.gif) 動画が沢山貼り出してあるので全部の動画が表示されるまで時間がかかります。 もし、表示されない動画があったらブラウザのリフレッシュボタンをクリックしてください。 (honnouji71.jpg) (honnouji72.jpg) (honnouj... 続きをみる
本能寺の変の真相は? (honnouji70.gif) 動画が沢山貼り出してあるので全部の動画が表示されるまで時間がかかります。 もし、表示されない動画があったらブラウザのリフレッシュボタンをクリックしてください。 (honnouji71.jpg) (honnouji72.jpg) (honnouj... 続きをみる
現代の時点で比べるなら人気という点においては「能」より「歌舞伎」の方が いささか優位にあるという雰囲気を感じます。 ただ少し以前だとこれがすっかり逆になる印象で、実際江戸幕府が「式楽」 (公式行事に用いる音楽や舞踊)として採用していたのは「歌舞伎」ではなく、 「能」でした。 もちろんそこには伝統ある... 続きをみる
2023年(令和5年)5月に読んだ本の感想記録です。 以前ほかの方のブログで東京を流れる荒川探訪(たんほう。現地を歩き回り調査する)記事があり、そのときに、そういえば、この本を読んだことがあると思い出しました。 人がつくった川・荒川 水害からいのちを守り、暮らしを豊かにする 長谷川敦(はせがわ・あつ... 続きをみる
予定外の最大の危機 本当は二日目は、静岡側から山梨に抜けて西伊豆に戻る富士山一周、富士山全角度の旅がメインでした。 でも、一日曇りもしくは少しの雨という事で急遽予定を変更して静岡側へ 駿府城のあと、久能山東照宮へ 急な予定変更のため、まったく下調べせず、行き当たりばったりで、地獄を味わいました(笑)... 続きをみる
城犬のおいど漫画
二日目は、駿府城・久能山東照宮・三保松原の旅です。 まずは、駿府城 駿府城と言ったら徳川家康公だよね まずは門の前でパシャ 暑すぎてイヴ様を歩かせるわけにはいきません。 公園の中はいくらか日陰が 家康公の銅像 本当にこんな感じなのかな ではイヴ様とママさんも一緒にパシャ 高速のサービスエリアから富士... 続きをみる
江戸幕府はその期間中に、何度も「改革」を試みていますが、いつもその中心に 「財政再建」がありました。 しかし、なんでまた「財政再建」が必要だったのか? そんなことは決まっておる。 とにもかくにも「貧乏」だったからだ! それはその通りなのでしょうが、でも普通に考えればその「貧乏」?自体が なにかしら怪... 続きをみる
大失敗に終わった秀吉の朝鮮出兵。 しかし、結果的には、日本にとてつもない恩恵をもたらしたのです。 歴史の真相を知りたい方だけ、この記事をお読みになってください……。 この記事を書いた私は…… ●人気ブログランキングとにほんブログ村のオカルトランキング最高1位 ●同じくにほんブログ村の医療ランキング最... 続きをみる
今日は2年生の授業がありました。 彼ら(彼女ら?)は3週間、保育実習に行っていたので、会うのは1ヶ月ぶりです。 実習の間の出来事を興奮気味に喋りまくって…😂 色々と良い経験をしたようでした。 中には早くも就職試験に臨んだ学生がいるとか。 もう そんな時期なのですね〜。 私は毎回授業の最初に、リズム... 続きをみる
さて今回ピックアップしてみたのは、そのお値段が行ったり来たりで結構 「忙し感」を漂わせている「お米」、それも「稲作」についての話題です。 なんでもこんなお話もあるようです。 ~「稲作」という最新技術が朝鮮半島から北九州に伝わったのは、 紀元前二世紀頃のことで、これが「瞬く間に」尾張まで伝わった~ そ... 続きをみる
戦国時代の武将、徳川家康。天下統一を果たし、260年以上続く江戸幕府を開いた彼は、現代のビジネスパーソンにも学びになるポイントが多くあります。 今回は、家康の仕事で役立つ考え方を整理してみます。 1. 長期目線で戦略を練る 家康は「短期の勝利よりも、長期の安定」を重視しました。 戦国時代は一戦一戦が... 続きをみる
【寺社仏閣に仕組まれた国家プロパガンダ】現代人が見失った「政教分離」の核心と、思考停止の過剰な「ありがたがり」が国を滅ぼす。
【歴史の闇に葬られた真実】家康の子として、秀吉の養子という稀な存在「結城秀康」。
9月27日は女性ドライバーの日!落ち鮎と鮎めしと日光東照宮!【何の日?秋の味覚シリーズ栃木編-郷土料理と栃木観光地】
家康没後410年、今どき「天下人」は誰じゃ問題
小牧・長久手の戦い「蟹江城合戦の舞台となった蟹江城址」
和歌山城
家康、62歳の天下取り。あきらめの悪さも才能じゃ
小牧・長久手の戦い(9) 安昌寺~首塚~耳塚
小牧・長久手の戦い(8) 血の池~鎧掛けの松~長久手城跡
【歴史の闇に葬られた真実】徳川の天下という時代が拓くまでを支え、新時代のために潔く身を引いた真の仕事人「榊原康政」。
小牧・長久手の戦い(7) 色金山~御旗山~堀久太郎秀政本陣跡
小牧・長久手の戦い(6)勝入塚~庄九郎塚~武蔵塚
小牧・長久手の戦い(5) 長久手に向かう家康が休憩した太清寺
3英傑のコント 笑
小牧・長久手の戦い(4)家康が入城した小幡城跡
戦国の世を生き抜いた徳川家康。 現代に生きていたら、彼は派手な成功を追い求めるタイプではなく、 投資や経営で安定を重視する長期戦略家 になっていたでしょう。 家康の最大の武器は 忍耐強さと長期的視点。 若い頃の苦労や失敗も焦らず、チャンスが訪れるまで着実に準備を重ねる姿勢は、現代の資産運用や企業経営... 続きをみる
本日1月11により大相撲初場所が幕を開けます。以前場所中に両国に行った際に、あまりの人混みにカオス状態でした。そこで、あえて昨日静かな領国を散歩してきました。 今回は都営大江戸線を使って両国にアクセスしました。 両国といえば、葛飾北斎ゆかりの地としても知られています。 こちらはJR両国駅前にあるモン... 続きをみる
ダイエーの中内オーナーのように、アカシックレコードの脇役でも運の良い時に上手く乗ればトップに上がることはできますが。でも、一旦、落ち始めるとバックアップしてくれる優秀な守護霊や神様が居ないので、あとは再燃することはなく、底なし沼です。最後は悲惨です。中内オーナー以外にも、歴史を紐解いてみると、石田三... 続きをみる
2019年6月 翌日、久能山東照宮へ行きました! 日本平ロープウェイ 家康さんの手形・・・ (夫の手の方がずっと大きかった!)
明け方に降った雨のせいで、今日も昨日に引き続き蒸し暑い朝でした。 こんな日は家にいるに限る…のですが、一昨日の紫陽花寺が残念な感じだったのでリベンジしたいな〜と思って、今日もまた《とらひめ号》で お出かけです🚗💨 目的地は《可睡ゆりの園》。 去年も ここへ来たことをブログに書きました。 《可睡ゆ... 続きをみる
徳川家康公像 静岡市 JR 静岡駅前 静岡ホビーショー2025 ツインメッセ静岡会場 今年も開催の運びとなりました 静岡ホビーショー2025。昨日はあいにくの豪雨の天気で来場が叶わず、今日も早朝まで雨が残りましたが、開場前には天気も回復しました。 ホビーショーの模様は、別に記事を掲載いたします。 静... 続きをみる
面白いから読め読めとの、ちょいとした強要をひょんなことから受けるハメに なりました。 それが井原忠政著『三河雑兵心得』シリーズ(双葉文庫)であって、そうした経緯から 今回のそのうちの「拾四/豊臣仁義」のなかの一文から話題をつまみ出して みることにした次第です。 ともかく、シリーズ「第14巻」というこ... 続きをみる
徳川幕府歴代15人の将軍には、正室の他にもそれなりの人数の側室がいました。 その歴代分の全部を合算すると一体何人になるのかは知りませんが、その中に たった一人だけ、極めて異例で「例外」的な扱いを受けた女性がいます。 二代将軍・秀忠(1579-1632年)の正室・お江サン(1573-1626年)がその... 続きをみる
まっこと突然ですが、漢字「殿」の読み方を幾つご存知でしょうか? ネット上のgoo辞書で確認してみると、こんな説明になっています。 〇音読み/デン・ テン 〇訓読み/との・ どの これらはどちらも一般的な読み方で、特段のビックリはありません。 ところが例外的な訓読みもあって、その場合は「しんがり」とさ... 続きをみる
合戦頻発という乱世の最中ということもあって、こんな身体つきになっていたようです。 ~片目の上に、顔には多数のキズ痕、片足や手指も創傷によって欠損していた~ 度重なる参戦による「名誉の負傷」ということでしょうが、ちょっとばかり迫力を 感じさせる容姿・風貌です。 その持ち主は、名を本多重次(通称・作左衛... 続きをみる
先日浅草に行ってきました。報道等で見ていたので予想していたのですが、浅草寺・雷門前は外国人観光客と人力車の車夫で埋め尽くされ、ご利益を期待する雰囲気ではなくなっていました。その代わりに、浅草寺の支院である待乳山聖天(まつちやましょうてん、正式名「本龍院」)に行ってきました。 待乳山聖天の建立は595... 続きをみる
戦国三英傑の一人である徳川家康(1543-1616年)を描いた一枚の絵。 杓子定規風には『徳川家康三方ヶ原戦役画像』、また愛称風には『顰(しかみ)像』 とも呼ばれている、まあ割合に良く知られたといってもよさそうな肖像画が、 実は筆者の生息地・名古屋の「徳川美術館」に所蔵されています。 ちなみに、その... 続きをみる
( ♪推奨BGM:フリーBGM・作曲MATSUさんで『 戦いの旅路を征く 』) おはようございます。もしくは、こんにちは。もしくは、こんばんは。 今回116は、2024年5月19日に行われた『 桶狭間古戦場祭り 』に参加して来ました。 時は戦国、永禄3年5月19日。 海道一の弓取り『 今川義元 』軍... 続きをみる
実質的に天下の雄となった織田信長(1534-1582年)が家臣・明智光秀(1528-1582年) による謀反「本能寺の変」(1582年)であっけなく倒れたことで、その後の情勢は 信長の家臣であった羽柴秀吉(豊臣/1537-1598年)と、信長とは同盟者の立場に あった徳川家康(1543-1616年)... 続きをみる
この国では長い間、天皇が至高の存在とされてきました。 現代日本人の意識はともかくとして、民族の歴史的な信仰心という点ではそのように 表現しても構わないのでしょう。 なぜなら、その信仰心は~天皇とは天から降臨された天照大神の御子孫である~と しているからです しかも、この国の始まりに際して、その天照大... 続きをみる
戦国の世では、いざ戦さともなれば普段は農作業に従事している農民たちが 「徴収兵士」として駆り出されました。 「専業兵士」という存在がまだない時代ということもあって、これは領国を維持・ 保全するためには止むを得ない方法でした。 しかしその場合には、いささかの不都合もありました。 それは一年365日いつ... 続きをみる
自らが創業して以来、長きにわたってワンマン体制で臨んできた初代社長は、 二代目以降の後継社長について、こんな腹積りを持っていたようです。 ~弱肉強食の時代も終わってのだから、ワシのようなワンマン経営はもう必要が なくなった。 だからして、次代以降の社長たちは経営実務を重役連中の合議に任せ、その結果を... 続きをみる
随分と迂闊なことですが、つい最近になって、日本と外国との相互間の、いわば 「歴史の同時性」という面で、筆者には随分と疎い面があることに気付いた次第です。 何を言いたいの? たとえば、こういうことです。 海の向こうでかのシェークスピアが活躍をしていたその時代に、日本国内では一体 どんなことが起きていた... 続きをみる
🌅あけましておめでとうございます🌅今年もよろしくお願い致す(❀ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾ᵖᵉᵏ 2024年謹賀新年 元旦 おめでたいのでとっておきの神社のお話をしようと思いますw その日はお腹が下れていてギュルギュルギュル・・・・ お出かけにはものっそい悩みました。 行先は仙台にある東照宮。 かの有名な徳... 続きをみる
★文豪たちの徳川家康 短編集 七人の文豪たちが、家康が持つ様々な顔に注目 NHK大河ドラマ『どうする家康』に便乗したとか、、 ざっくりと ●芥川龍之介は、読者に謎解きをたくすスタイル ●山本周五郎は、戦時下の若者を感じさせる ●南條範夫は、家康影武者説(文献参考) ●山田風太郎と池波正太郎は、いつも... 続きをみる
☆★☆★ようこそ、仔猫ちゃんたち★☆★☆彡 どうも、 べーにゃんでふ。 今日は恐怖体験がありました。 いつもの通り、透析中に寝てしまいました。 すると、ベッドの足があがったり下がったりするんです。 すごく息苦しくて、声も出せない。 ナースコールはならないし、看護師さんはとなりのおばちゃんの血圧測って... 続きをみる
何の因果か片付け作業に手を出したまでは良かったのですが、こんな場面で棚の 隅っこからひょっこり文庫本が姿を現しました。 ひっくり返してタイトルをあらためてみると、恐ろしいことに、それは十年以上も 前に出版された小石房子著『日本史有名事件の女50人』(新人物文庫)でした。 一息つくつもりで、なにげにペ... 続きをみる
駿府城公園は大道芸ワールドカップでごったがえしていましたが、人混みかきわけて何とか駿府城の名所も観光してきました。 駿府城公園の地図 (出所)駿府城公園公式ホームページ 坤櫓(ひつじさるやぐら) 坤櫓から西門橋を臨む 1868年(明治元年)に開設された駿府藩(1869年途中より静岡藩)の藩学校である... 続きをみる
~治部少(石田三成)に過ぎたるものが二つあり 島の左近と佐和山の城~ これを戦国時代の日本の武将である石田三成(1560-1600年)に対する評価だと 受け止めると、こんな印象にもります。 ~参謀役の島左近(生年不詳-1600年)と領地の佐和山城は、石田三成という人物には ちょっとばかりもったいない... 続きをみる
いつも買っている海苔が 一週間後に 100円❗️値上げになります、 🌀ビックリ🌀 今のうちのまとめ買いを オススメしていた売場にて しばし呆然(T_T) 家に帰ってすぐ。 ただいまの前に開口一番、 母に訴えてしまいました💧 母「100円は高いわねぇ」 あるのがあたりまえのように 毎朝摂取してい... 続きをみる
(2023年4月、 東京都墨田区・ 〝たばこと塩の博物館〟にて) 〝塩〟 が、私の調査結果です。 徳川家康が 江戸を選んだ理由。 家康が 最も怖れていたであろう武将、 武田信玄を苦しめた、 永禄10年(1560年) 後北条氏・今川氏連合による 〝甲斐武田家塩禁輸作戦〟 『これにより、 信玄の領民は生... 続きをみる
(2022年5月、静岡県 伊豆の国 大河ドラマ館にて) どうして 〝江戸〟幕府? ずっとナゾでした。 関八州を支配する場所、 〝吾妻鏡〟愛読者な家康だから →鎌倉とか、 後北条氏の小田原も良かったのに。 幕府を開く場所、 別で良かったのに。 家康、心の故郷・駿河→ 静岡の方が 日本の中央に近いような... 続きをみる
またまた今回も筆者の生息地・尾張熱田の話題になってしまいますが、決して悪意が あってのことではありませんので、そのへんはどうぞ良しなにご理解をお願いします。 さて、今回は江戸・日本橋から京・三条大橋に至る、いわゆる「東海道五十三次」に ついての話題を取り上げました。 出発地の江戸・日本橋を起点とし、... 続きをみる
少し以前はそうでもなかったのに、最近やたらと耳にするようになった言葉の ひとつに「インバウンド」(Inbound)があります。 その意味は、~外国人が訪れてくる旅行のこと~になるのだそうです。 だったら、わざわざカタカナ用語にしなくたって、それを言い表すのにふさわしい 日本語もあろうになぁ。 こんな... 続きをみる
前回,、東武伊勢崎線の無人駅「世良田(せらだ)」に到着したところまでを報告しました。 この世良田駅の横・線路際に「徳川氏発祥の地」とある標柱が立っています。 1566年に三河の国を平定した家康は、その立場の正当性を確保するために叙位・任官を朝廷に願い出ましたが、叙位・任官のためには源氏の嫡流であるこ... 続きをみる
原典ではメッチャ難しい言葉が並んでいるようですが、それを口語に直すと、 ~豊かで瑞々しいあの国は、わが子孫が君主として治めるべき国土です。 わが孫よ、行って治めなさい。 さあ、出発しなさい。 皇室の繁栄は、天地とともに永遠に続き、窮まることがありません~ これくらいの意味になるそうです。 これが天孫... 続きをみる
半世紀(1787-1837年)もの長期にわたって征夷大将軍を勤め続けたことでも よく知られているのが、江戸幕府第11代将軍・徳川家斉(1773-1841年)です。 もっとも、この方はこの他のことでも割合賑やかな話題を提供しているのですが。 たとえば、 〇精力増強のためオットセイの陰茎を粉末にしたもの... 続きをみる
ひょんなことから戦国合戦にまつわるエピソードを一つ思い出しました。 ただ全体として、非常に面白おかしいお話になっているので、どこまでが史実 なのかについては筆者には判断が付きません。 「本能寺の変」(1582年)によって織田信長(1534-1582年)が倒れたその後の出来事。 それが信長家臣の羽柴秀... 続きをみる
最近話題の徳川家康について調べてみました! 徳川家康は75歳で亡くなりました。 当時としては驚異的な数字です。 その秘訣は何でしょうか? そこで、徳川家康の博物館などのHPなどを調べ、 いくつか列挙してみます。 1 健康について勉強していた 2 麦飯、玄米、一汁一菜を好み、酒は薬として飲む。 3 運... 続きをみる
城郭探訪の講義が終わっても、同じ班の再編成メンバーでお城巡りをしています🏯 そして、顔を水に浸けることさえ嫌だった私が、今ではバタフライにも挑戦するなど、 泳ぐことが大好きになった私 🏊♀️💦💦💦 水着やキャップ、ゴーグルもお気に入りのメーカーができたり⤴😏 大阪シニア自然カレッジへ入... 続きをみる
「本能寺の変」(1582年)が起きる二年ほど前のこと、主君・織田信長(1534-1582年) から突如19ケ条にわたる折檻状を突きつけられて織田家を離れたという、いささか 気の毒にも感じられるエピソードを持つ織田家筆頭家老・佐久間信盛(1529-1582年)。 その信盛の従弟に当たり、同じく織田家家... 続きをみる
https://plentyofquality.net/entry/2023/02/26/%E5%BE%B3%E5%B7%9D%E5%AE%B6%E5%BA%B7%E3%81%8C%EF%BD%A2%E6%AD%A6%E7%94%B0%E4%BF%A1%E7%8E%84%EF%BD%A3%E3%81... 続きをみる
方向方角を示す場合、一般的には「東西南北」を基準にするようです。 まあ、少なくともチョイ前まではそうだった気がします。 ところが、話は多少逸れますが、筆者なぞは実際にこんな光景を目撃したことが ありましたから、最近ではそうでもないのかもしれません。 それは、どうやら待ち合わせの場所に一足早く到着した... 続きをみる
https://plentyofquality.net/entry/2023/02/16/%E5%BE%B3%E5%B7%9D%E5%AE%B6%E5%BA%B7%E3%81%AE%E6%9C%80%E6%9C%9F%E3%81%A8%E9%81%BA%E8%A8%80_%E3%80%8C%E6%A... 続きをみる
(♪推奨BGM:BABYMETALさんで『 Road of Resistance 』) おはようございます。もしくは、こんにちは。もしくは、こんばんは。 今回029は、今年は徳川家康が注目されているそうな。ならば参ろう。『 徳川家康 ゆかりの地 巡り 』です。 早速、🏍️白パンダ( cb190ss... 続きをみる
筆者の生息地・名古屋では、本2023年1月4日から市営地下鉄の4つの駅の名称が 変更されました。 それには理由は二つほどあったようで、一つには「中村区役所」が新しい場所に 移転されたことで、それなのに駅名が従来通りに「中村区役所」駅のままでは さすがに不都合であるということ。 えぇ、この「中村」とは... 続きをみる
(Kindleよりお借りしました。 amazonから入ったら 第一巻〜第三巻〟 無料で読めました!) ✨よしながふみさん作✨ ✨✨〝大奥〟✨✨ ↑昨年9月8日のブログです。 すごく先のことに思えたのに、 NHK今晩22時〜 とうとう当日です。 とても嬉しいです。。。 第一話 〝八代将軍吉宗・ 水野祐... 続きをみる
2022/12/10の静岡デート💑 その②です(^_-)-☆ 前回東名高速を入ったり出たりを 繰り返し小山城、田中城、駿府城を 巡ったとーちゃんとたかばぁー 次に訪れたのは炭焼き『さわやか』 ランチの時間です(^_-)-☆ 待ち時間は1時間ほど相変わらずの 人気店です! げんこつハンバーグを注文♪... 続きをみる
日本民族は無宗教・無信仰である。 こんな意見もあるようですが、筆者的にはこれはちょいと違うのではと感じています。 むしろ、真相はこんな風に言えそうな気もしているのです。 ~日本民族はメッチャ強力な、それもいくつかの信仰心を有している~ 例えば、大晦日には除夜の鐘の音に触れ、新年には神社へ詣でるなどの... 続きをみる
<お知らせ>2022・11・05(土) 今まで利用してきた「webry blog」が近日閉鎖予定とのことで、 当「muragon blog」へ引っ越しいたしました。 今後とも従前同様の応援をお願いいたします。 管理人:住兵衛 --------------------------------- 昔の人... 続きをみる
初回公開:2022/9/18 21:00 日本史上一番長い戒名の持ち主は、徳川家康という記事を書きましたら 他の武将や偉人の戒名も気になってきてしまって、ちょいと調べました。 基本、Wikipediaなどのコピペですが、ほほ~って感じなので公開します。 人選は私の好み、並びは50音順です。 ア行 明... 続きをみる
前編と中編はこちらです。 読者様のコメントから法名/戒を考える 中編まで公開したところで、ムラゴンブロガーのまろママ様からコメントをいただきました。 まろママ様はご実家が神道、ご主人(まろかん様)のご実家が曹洞宗。 しかしお舅様が亡くなられた後、お姑様が浄土真宗に改宗されたそうです。 そのためまろか... 続きをみる
明日、8月21日は、福島県と静岡県の県民の日です。 福島県は、1876年8月21日に以下の県が合併。 ①福島県 ②磐前県 ③若松県 そして同日、浜松県が静岡県に編入。 そのような日にちなんで福島県と静岡県が県民の日に制定しています。 そのため、福島県と静岡県の公営施設の一部は、利用料がお得になるなん... 続きをみる
正直に言おう。 もうこの台を打つ必要なんてない。 でも何となく打ってしまった。 自分が情けない。 ミスター養分のちりぞうです! 戦コレ[徳川家康] こんな台あったけ?と思う人のほうが多いのでは? まぁ大した台ではないですよ。 ホント。需要ないんじゃないかな? 200Gかかりましたが当たりました。 久... 続きをみる
皆さん、こんにちは。 いつもご覧いただいて、ありがとうございます。 今日はお天気もよく、すっかり春らしく暖かいですね。 時間を気にせずにふらりと近所をお散歩してみることにしました。 公園の桜は、まだきれいな花を保っています。 まずは『信濃』さんでランチをいただいてから。キノコと豚肉の醤油バター炒め定... 続きをみる
徳川家康だそうです。海内一の弓の名手だったと言われていたことを思い出しました。 じつに立派な体格をした鶏でした。撮影場所は秘密です。
長かった旅もいよいよ最終回!! ここまで見てくださった方ありがとうございます😊 見てない方は前の記事をご覧になってください!! それでは続き行ってみましょう!! まずは外堀の様子から 外堀はこのような感じで他の城と変わらない。 しばらく外堀周辺を歩いていると「駿府城を前にインスタ映えを狙う商人の銅... 続きをみる
2019/10/8国宝「久能山東照宮」見どころ満載でした。(^_^)/ 2019年10月08日(火) 今回はお得なチケットを選択しました。 ロープウェイの往復券に博物館の料金込みで1750円でした。 チケットの裏面には東照宮を巡る聖なる三本のラインの話が印刷されています。 有名な話なのでみなさんご存... 続きをみる
こんにちは、こんばんわ😊✨ むかちんです🌸✨ 本日は、鉄道の歴史について🎶 東京に来たことがある、 または、住んでる方はご存知な 丸の内線✨ こちら、地下鉄にもかかわらず、 四ツ谷駅付近は、地上に出ているんです☘️ 不思議じゃないですか? これ、たまたまではなく、 きちんとした、理由があるそう... 続きをみる
6号機乱れ打ちで異様な負債を背負い込んだ漢! ミスター養分のちりぞうです! 既に15万近く負けています。 30万もあった財布もギリギリです。 6号機で15万も負けられるんですね(感心) 稼働率は下がっても負債は前以上に増える。 スロットの神秘だな・・・って(悟) まだあったのか。 戦国コレ!徳川家康... 続きをみる
最近戦国縛りか?ってくらい戦国○○って機種を打っている。 ミスター養分のちりぞうです! シナリオ10が確定しました! 戦コレ![泰平女君]徳川家康! ぐふふー! 何種類かATのタイプを選べるみたいで全部やってみましょう! 絶対的な勝利が確定されているので全パターン行きます! まずは夢幻城から! ステ... 続きをみる
歴史は全然詳しくないよ! ミスター養分のちりぞうです! とりあえず新台は背水の陣で突っ込むよ! というわけでなぜか仕事帰りに座れた 戦コレ![泰平女君]徳川家康! あんまり予備知識無いけどイクゾー! 4台あって3人座っててだれも箱使ってないって・・・・ マジ汎用性ありすぎ! 悪い予感がしてきたのう・... 続きをみる
わたしは、モーツァルトの「レクイエム」が好きでよく聞くという人が、信じられない人間である。先日も、モーツァルトの「レクイエム」が好きでよく聞いているという人に出会ったが、わたしは、この人はモーツァルトという人と音楽をまるで知らないなと心ひそかに思ったものである。 安藤美姫だったと覚えているが、「レク... 続きをみる
※ネタバレ注意 ※名前は双葉です ーーーーーーー 謙信様は私が自分の足で立ったことを確認すると、すぐに手を離した。 (怖いのか優しいのか、よくわからない人だな) 謙信「ついて来い」 「はい…っ」 それきり私のことを見ようともせず歩き出した謙信様を慌てて追う。 冷たい横顔をちらりと眺めて考えを整理しよ... 続きをみる
※ネタバレ注意。 ※名前は双葉です。 ーーーーーーー そして数日後―― 私はまた、城下の雑踏の中を歩いていた。 (この時代での生活には慣れてきたけど、安土城ってなんとなく居心地が悪いんだよね) 世話役の仕事を特に与えられることもなく、 信長様を初めとする武将たちはみんな忙しそうで声もかけづらい。 (... 続きをみる
※ネタバレ注意。 ※名前は双葉です。 ーーーーーーー 「わあ、すごく賑わってるね」 三成「はい。信長様は商業の発達や流通に心を配っていらっしゃいますから。この安土は、全国から優れた品々が集まる活気のある町なのです」 (信長様って偉そうなだけじゃなくて、実際にすごい人なんだな) 感心しながら辺りを見回... 続きをみる
※ネタバレ注意。 ※名前は双葉です。 ーーーーーーーーー (三ヶ月間なんとしても切り抜けて、現代に帰ろう!) タイムスリップまで安土城で過ごすと決めて、私は広間に集う武将達に頭を下げた。 「お世話になります、皆さん」 すると、伸びてきた手に顎を捕らえられ、くいっと上を向かされる。 信長「可愛がってや... 続きをみる
明日から2月ですね。頭には節分。中盤にはバレンタインと、食品業界は忙しいですね。 自分も食品関係で働いており、恵方巻きは本日から生産が始まっております。 節分当日より前に食べる方もいらっしゃいますからねσ(^_^;) 去年はありましたが、今年はバレンタイン関係はやらないとのことだったので、 正直、自... 続きをみる
徳川家康ゆかりの岡崎城 朝イチで開門待ち 公衆電話ボックス 小学生以来の版画作製 午前中ぶらぶら散策 三浦友和さんと握手 ビスタライン 侍ショーも見たのでさて帰ろかな~ 途中で鰻ソフトクリーム(やめておけば良かった~💧) 日付が変わる前に到着
征夷大将軍 徳川家康三方ヶ原戦役画像 徳川家康公 顰(しかみ)像 徳川家康三方ヶ原戦役画像(みかたがはらせんえきがぞう) 元亀三年(1572年)、 家康31歳の時、武田信玄との「三方ヶ原の戦い」で大敗し、 命からがら浜松城に逃げ帰った直後の家康の像です。 この時、家康は恐怖のあまり馬上で脱糞し、失禁... 続きをみる