• 褒めてほしいわけではないけど

    精神病を抱えて仕事するのは大変。 普通に人よりは劣ってるよ、どうしても・・・ 職場の人は事情を知らないからビシビシ言ってくる。 耐えられるかどうか心配だ・・・ それでも鈍感な人間ということで誤魔化してる。 精神病だとばれないように・・・

  • 職場の人

    最初、やさしい人ばかりと思っていたのだけれど、やっぱり一癖も二癖もある人ばかり。 まぁ自分から「ここの人はいい人ばかり」と言っちゃうあたり怪しかったのだけども・・・

  • 社会に出ていいのか?

    私が勝手に鬱だと言ってるだけでお医者様からそうだと言われていないのね。 去年の入院も非定型精神病の再発でだしね。 そうよ。 こんな私が働いていていいのかしらね。 いつどこで再発するかわからないのよ。 でも少しでも収入は欲しいし・・・ 危険だけども働いてる・・・ 本当はどこかで援助してもらいたいところだけど、障害年金とか・・・ 非定型精神病では難しい・・・ 自分で何とかしないとね。

  • 今日はお休みの日

    なのでくだらない事だけど、つらつら書きますか? そーですね~。 去年の今頃は脚本が書きたくて仕方ありませんでした。 一年でこの変わりよう。 入院もしたし、お薬に頼るようになってしまって・・・ 脚本の創作意欲なんて微塵もない。 本当に何があったんだろう私の中に・・・

  • 基本がなってない

    笑顔で挨拶が出来ないのですな。 鬱々してるのに仕事始めちゃったものだから、世間の常識がどこかに飛んで行ってしまった状態で始めちゃったものだから・・・ 周囲の人に迷惑かけてるの私。 明るい挨拶が出来ない。

  • 福神漬けが良く売れる曜日

    それは金曜日。 カレーを食べるお家が多いのね。 でも今日はお給料日の人も多いはず。 カレーとは限らないかもね。

  • エッセイ ドストエフスキーと動物

    「死の家の記録」には、多くのさまざまな動物が登場するが、皆、動物の形をした人間である。「カラマーゾフの兄弟」にもペレスヴォンという忘れがたい犬が登場するが、これも犬の形をした虐待された人間である。 ドストエフスキーの目は、本当に人間というもの見て見抜く目で、よくあれほどまでに強烈な興味を人間というものに抱き続けたものだと感嘆してしまう。罪と罰のマルメラードフというろくでなしの酔漢といい、白痴のレー

  • 閑話休題 昔言葉 <人生の墓場>

    一時代前、結婚は人生の墓場という言葉があったが、最近の新入社員の黒づくめのスーツを見ていると、就職は人生の墓場であるかと思ってしまう。 さて、結婚難で、少子高齢化の時代となり、これは、どうした加減の現象かと問いたくなるところである。明治初期の頃、福沢諭吉は、結婚率の割合と米の相場が連動していることが分かったと経済学の成果を言っていたが、こうした現象は、そうした社会学の底辺から考えてみるのがよいかも

  • エッセイ ベートーヴェン「ディアベリ変奏曲」

    この曲は、昔から気になっていたピアノ曲で、op.111のピアノソナタに心の底から感激し、もうこれ以上のピアノ曲はあるまいと思っていたときに、op.120のこの大曲があると知って驚き、聞きたくてどうしようもなかった。学生時代のことである。 最初にグルダを聞いたが、どうも納得できない。次にブレンデルの演奏会での録音を聞いて、これはいいと合点した。ブレンデルには他にスタジオ録音版もあるが、演奏会の方が出

  • エッセイ 自分を信じるということ <アラン「幸福論」>

    アランの「幸福論」の中に、こんな言葉がある。 「自分を信じるやり方に二つある。一つは学校式のやり方で、そのままの自分を信じるということ。もう一つは職場式のやり方で、自分を全く信じないというやり方である。」 どちらも軸となっているのは、自分であることに注目したい。 「ありのままの自分」とか「自分らしく」というような、今、はやりの言葉がある。これは、そのまま自分に酔って、自分と戯れることだけに終わって

  • エッセイ 「罪と罰」再考

    ある「罪と罰」の本の帯に、「ラスコーリニコフは、偶然、犯した第2の殺人によって自白する。」と書かれていた。だが、これは、大きな誤りであって、ドストエフスキーという詩人の思想を誤解するものである。「罪と罰」が感傷家によって、読まれた一例でもあるだろう。 こう質問してみよう。もし、偶然、リザヴェーダが居合わせなかったとしたら、彼は自白しなかったのであろうか。偶然とは、よくない言葉である。 ラスコーリニ

  • エッセイ 自由という女神 「『罪と罰』考」

    「罪と罰」のラスコーリニコフは、自分で抱いた自由思想を全人格で実践した男である。そこには、何の妥協もないのであって、誰にも、それを止める力はなかった。そうして、凶行を遂げた後に、良心の呵責が容赦なく襲いかかっても、自由を追い求める彼の悪魔的な頑強な人格は、それによって、崩壊することはないのである。そうなのである。彼は、豊かな良心を持った殺人者という、一見、不可能と見えるパラドックスを、強硬に生き抜

  • 存在は観念(ヒューム)

    ヒュームによれば、必然的な存在は、思考の一方向の動きであり、観念は思考の再現である。 よって、存在は観念である 観念は各自独立している。 何かを反省することと(経験すること)は、それを存在するもの(観念)として反省すること(経験すること)と同じである。 よって、私たちの経験というのは、経験の対象となったものに観念を与えることだと考える。 つまり、ヒュームが言わんとしているのは、この世には真の必然性

  • モラベックのパラドックス

       20世紀について考えてみる。  それは①世界規模の戦争が起こった世紀であり、     ②資本主義と社会主義のという壮大な「実験」が起こった世紀であり、     ③テクノロジーと地球環境の関係を考え始めた世紀である[2]  国と国の境界が希薄化する中で、時には争い、時には協力する。すべては国の利益、物質的豊かさを最大化するために。20世紀は、そんな「経済の世紀」だったと考えられている。  では

  • 真実について思うこと

     プラトンのイデア論にしても、人間というものは真実というものの実存を信じてやまない。しかし、人間の意識からではなく認識対象となる物質の側から見たとき、この世界は最初から真実も、嘘もなく、ただ厳然たる事実のみがあると悟るかもしれない。世界に存在するすべての人間は、そうした厳然たる事実の中から自らに都合の良い事実だけを真実と誤認して生きている、と。ただ、この現状を変えるすべを人間は持たない。なぜなら、

  • エッセイ 教育者としての矛盾

    教育者の資質としての一つに、どれだけ大きな矛盾を抱えられるかということがある。 昨日、言っていたことと今日、言っていることと違うと気にしているようでは駄目である。むしろ、進んで今日言っていたこととは、矛盾することを明日言うべきである。 何も、でたらめを言えば良いと言っているのではない。 ガンジーの言葉を引こう。 「明日、逝くがごとく生活し、永遠に生きるがごとく、学べ」 生ということについて、明らか

  • 有酸素運動が筋トレの効果をより高めることになります。その33

    第11から15話。途中からこの年末年始の様子を綴ってます。

  • ショスタコーヴィッチ 「交響曲第15番」バルシャイ

    ショスタコーヴィチが気になっていた。この政治的に極めて奇怪な経験をした作曲家は、つい最近まで生きていた現代人だが、ロマン主義でもなく、シュトックハウゼンのような実験的で前衛的な音楽家でもない。 シンフォニー15番はテレビのNHK交響楽団で聞いたのだが、その不思議な音が忘れられなくて、ネットで色々検索してみたが、何故か15番だけ聞けなかった。5年ほど前の話である。(今は、ネットで配信されていますが、

  • タバコの効用 (補足) <実際の効用&噂の効用>

    閑話休題 実際に確かめられている効用。 〇気晴らし。(ある田舎のお医者さんは、歳を取ったおばあさんに喫煙を勧める。確か    に、刺激にもなるし、気晴らしにはもってこいであろう。) 〇軽度な不眠症状への対処。(刺激物であるにも関わらず、入眠障害に効く。) 〇排便作用。(便秘がちの人には、朗報であろう。) 〇気を落ち着かせる。(一本の煙草で、約2,3時間の効果がある。これは、体質による であろうか。

  • 私に今すぐ必要な物

    カルシュウムと糖分と親身になったくれる相談員さん。 皆様は年末まだまだお忙しいですか? 私はマイペースに病んでます(;´д`)トホホ 年末商戦だの福袋だの関係ない生活しとります。 なので、この闇の様になってしまった私のブログも年内いくつの記事を書くのか分かりません。 ご機嫌で書くことは年内は無いと断言できちゃうと思いますよ(;´д`)トホホ 今年、身内に不幸がありそもそもお正月のお祝いもしませんし

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