• エッセイ 「神聖にして不可侵」なるもの

    微妙な問題になると思うが、この言葉について、色々とかんがえてみたい。知っている人は、すぐにピンと来るであろうが、これは明治憲法で天皇の地位を定めた言葉である。 わたしは明治時代に書かれた文章を読むときよく思うのだが、明治時代というのは、良く言えば、重厚で大真面目、悪く言えば、肩肘張った大仰な表現がまかり通る時代だったということを強く思う。大槻文彦が著した「大言海」の「やまとだましい」の解を見てもこ

  • エッセイ きれぎれ草 11

     シューリヒトの音  いったい、指揮者が変わるだけで、オーケストラの音は変わるのだろうかという根強い俗見があるが、その問いに答える目覚ましい実例が、シューリヒトであると言えると思う。シューリヒトが主に指揮した楽団は、パリ・オペラ座管弦楽団で、ヨーロッパでも一流のオケとは言えない。ウィーンフィルやベルリンフィルと比べれば、素人でも容易に見分けのつくくらいの歴然とした差がある。ベルリンフィルのまるで整

  • エッセイ 結果論の弊害<スポーツ等>

    あるとき、ある高等学校の生徒さんの作文を多く読む機会があった。それを見ると、彼らがいかに<結果>というものに心を蝕まれているかを痛感した。 彼らの作文で、よく出て来るテーマを圧縮してみると、努力→結果という図式である。ほとんど、これ以外は考えようがないというくらい頑固にこの単線の思考を繰り返している。 結果論は本来、野球用語で、元々結果からものを言うという弊害を正そうとして、悪い意味で使われてきた

  • エッセイ 戦争と平和<恒久平和という思想>

    戦後73年、明後日は終戦の日ということで、テレビや新聞では、戦争の特集をやっている。今のテレビや新聞の報道の仕方を見ていると、「戦争は不条理なもの、平和は条理に適ったもの。」そして「戦争は絶対悪、平和は絶対善。」という公式で括れるようだ。もし、本当にそうであるなら、こんなに結構なことはないほどの有り難い公式ではある。 私事で、恐縮だが、わたしの家の戦後はまだ終わってはいないとわたし自身思っている。

  • エッセイ 雑感<気候というもの> 

    日本は自然の厳しい国である。夏は東南アジア諸国並みに暑く、冬は北欧並みに寒い。わたしと同年代の人は、日本を亜熱帯型(もしくは温帯型)モンスーン気候の国だと習ったはずだが、今は、どの教科書を見ても、そうは載っていない。 世界地図から見て、これほど小さな国であって、また、これほど地域によってバラエティに富んだ気候の国は、世界のどこにもないようである。 小さな国でありながら、急峻な山々が多く、しかも南北

  • エッセイ 感想<自由というもの>

    大分、以前の話だが、矢口真里というアイドルの女の子が不倫をした。報道で流された彼女の不倫の仕方を見て、それをわたしなりに言葉に直してみると、「わたしは自分の自然な恋愛感情のままに自由に行動したいの。わざとみんなにも分かるようにもやってみる。それの何がいけないの。」と言っているようにも見え、自由という観念についての現代人に共通の錯覚が、垣間見える思いがして、興味深かったのである。 現在、日本の若者(

  • エッセイ 資本主義経済考3 <リニア新幹線>

    運動はどのような運動であれ、それが継続されていれば、内的にソフィストケートされる。資本主義経済という大運動も、その例外ではあるまい。現代の日本では、それが資本主義経済に付随する特徴であった「速さ」として洗練された。 リニア新幹線は、そのもっともシンボリックな表現と言っていいもので、これが、確かに富を増幅させる装置になるかどうかは、今のところ白紙のはずである。大需要→大供給の図式は後乗りとなるからで

  • エッセイ きれぎれ草 10

    金というもの  金は現代、いつどんなときであっても数字である。そうして数字は魔術と非常に親近性が高いものである。それにしても、こんなに生臭い人間臭い数字はちょっと他には見当たらない。  また、金の魔術的な性格、例えば、1ドルが360円だったり、100円だったり、1億マルクだったりすることを思い合わせてみれば、その魔術的な性格と人間臭さを足して、何とも言いようがない、怪物じみているのにちょっとやそっ

  • エッセイ 原爆忌 <特攻とアメリカの恐怖心>

    特攻は、特攻隊員の側からしか見られないことが多いが、ここで、アメリカ側の兵士の心に、なるたけ寄り添ってかんがえてみたい。 最初の特攻攻撃を受けたとき、アメリカの兵士は挙って、クレイジーだと言った。だが、次々とやってくる特攻を見て、単なる狂気の沙汰ではないと悟ったとき、突っ込んでくる前に、打ち落とす命令が下った。そのとき、機関銃を撃ち続けた兵士の心に寄り添ってみよう。自省できる兵士なら、「俺の国に、

  • エッセイ 資本主義経済考2 <人狼と福の神>

    資本主義経済が人狼的な性格を持っていることは、「資本論」が指摘した通りである。産業革命は、まず、自国の下層の人々に刃を剥いた。「女工哀史」はつとに有名だが、現在の日本でも、例えば、トラックの運転手に「雪が降ろうが、台風が来ようが延着は許さない。」と迫るところによく表れている。 だが、資本主義経済のこの人狼的な性格を強調しすぎると、私有財産の否定という極端な思想に走ってしまう。 もっと、よく見てみよ

  • エッセイ 理性という島の大建築

    現代では、理性という島に近現代科学の大建築が建っている。ほとんど、世界を制覇する勢力だが、理性の島の周りには未だに茫漠とした霧堤が広がっている。霧堤とは、わたしの比喩ではなく、カントがその著書の中で、言っていた比喩である。 この建造物をバベルの塔に過ぎないというのは、見やすい理だが、現代のわれわれは、例外なくその住人であることを忘れてはなるまい。 ランボーは科学を新興貴族と呼んだ。この詩人の直観を

  • エッセイ きれぎれ草 9

    ユング<イメージの心理学> ユングの自伝を読んでいると、ユングが人生を決定するような強烈なイメージに襲われるときは、それは、襲われるという言い方に相応しいものだが。 それを自分のうちに引き受けるのに逡巡する何日間やときには何週間かがあって、そのときには、ユングは鬱に近い状態に陥るのだが、そのイメージは自然にユングの心の中にやって来たというのではなくて、ユングがその重荷をはっきりと自分に引き受けると

  • エッセイ きれぎれ草 8

    歴史があるということは われわれがまさしく生きているという、そのことに他ならない。       〇 シルクロードからもたらされた夥しい異邦の文化を、無際限に取り込んで、消化してきた日本は、その地図上の形態からも人間の胃を思わせる。世界の胃。そのたくましい消化力は、いずれ、西洋文化やイスラム文化さえ自己のものとして、消化してしまうかもしれない。       〇 対立する原理の、鋭い交点に、常に立ち続

  • エッセイ 内田光子のモーツァルト

    現在、日本のピアニストで、こんなに見事にモーツァルトを弾きこなせる人は、彼女くらいだろうと思って、好んで聞いている。協奏曲のアルバムの謳い文句には、Greatという言葉が使ってあったが、その言葉を少しも裏切らない非常な出来映えである。モーツァルトのピアノソナタのCDも、実にいい。 それにしても、このモーツァルトという怪物的天才の音楽は、また、何の気もなく一聴するだけには、なんと当たり前な平凡なもの

  • エッセイ きれぎれ草 7

     武は儒教の洗練を受けてその人格形成力を増したと言っていいが、武は侍という言葉が示す通り、君に仕えるのがその本分である。従って、その人格は表立って主張されることを嫌う。  君に仕えるという現実の仕事の意味合いに、儒教は強固な足場を提供したのだが、その中で、作り上げられた人格は少しも分かり易くはならなかった。却って、教養として複雑になったのだが、人格という単純簡明なものの深化がより深まったとも言える

  • エッセイ 感想「女らしい女と男らしい女」

    「女らしい女なら、向こうから逃げ出す。男らしい女なら、こっちから逃げ出す。」アンチフェミニストらしいニーチェの言葉である。 わたしはフェミニストであることを心掛けているから、女らしい女は追いかけることを、男らしい女は、受け入れることを信条としているが、なかなか事はうまくは運ばない。実際、男女関係くらい摩訶不思議なものはない。どこにも、基準などというものは立てられないもののようだ。 「道ならぬ恋をし

  • 「玉勝間」本居宣長 岩波文庫

    宣長が「古事記伝」を執筆する際、研究余録として書かれた随筆集です。内容は国学を中心として、諸事万般に渡るもので、宣長の興味教養や思考の幅がじつに広く、また深いものであったことを窺わせます。書中、尚古主義とは正反対の思考や弁証法的な論法をきれいに叙した文章などが見えます。また、孔子という人物はけっして傷付けずに、論語に文句を言っている箇所などは宣長の人物をあざやかに浮かび上がらせる秀抜な章です。徒然

  • わたしは哀れなお人形さんじゃない

    なんで私あそこでは自分で自分のこと「9さん」て呼ぶか知ってます? いわば「9さん」ていうアバターを生花店に派遣してるって感覚かな 自分本体はまた別のところにいるの 生花店ではせっせせっせと冥土の土産を作っているところなんです あそこは自己実現をするためのフィールドなんです しかもお金払って参加するどころかお金もらえちゃうわけです 時給低いんじゃない?とか、人から言われたくないです あの給料だって

  • エッセイ きれぎれ草 6

    美しく貴重な感情には、礼儀の衣が欠かせない。       〇 形式は、法則というよりも礼儀に近い。       〇 俳句の五七五形式、季語は礼儀そのものと言える。                〇 読書は、レコード針とレコード盤の関係に似ている。 早く読み過ぎても、遅く読み過ぎても何も分からない。       〇 自然は人間に放心を許したが、社会というものは人間を放心させまいとする。       

  • 偶然じゃない必然

    0は優しい 態度は冷たいけれど。皮肉しか言わないけど。悪態つくけど。生意気だけど。 心が優しい。それがわかる 相手のことを思いやれて勘がよくて 大事な時はちゃんとその優しさを表現できる 精密に出来ていて、優しくてデリケートで繊細 だから0につりあう人間は 0のことを一番に大切にしてあげられる人じゃないといけない だから9のように家庭のある人間は もともと必要以上に0の近くにいる資格はないんだ そん

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