やはり、パーリ語経典の中には次第説法の詳しい記述はありませんでした。次第説法9[次第説法 概要⑨]
では次第説法についてもう少し調べてみますと、(仏教辞典 パユットー著 野中耕一訳から引用。) 次第説法 (Anupubbi kathaa : progressive sermon graduated sermon subjects for gradualinstruction) 順次話すこと。 聴き... 続きをみる
では次第説法についてもう少し調べてみますと、(仏教辞典 パユットー著 野中耕一訳から引用。) 次第説法 (Anupubbi kathaa : progressive sermon graduated sermon subjects for gradualinstruction) 順次話すこと。 聴き... 続きをみる
↑この補足ですが、「一方に坐ったポッカラサーティ・バラモンに、世尊は、順々の話[次第説法]をされた。 すなわち、布施の話、戒の話、天の話、もろもろの欲望における危難、卑劣・汚れを、離欲における功徳を説明された。 世尊は、ポッカラサーティ・バラモンが従順な心になり、柔和な心になり、 障りのない心になり... 続きをみる
この続きです。 〜『一方に坐ったポッカラサーティ・バラモンに、世尊は、順々の話[次第説法]をされた。 すなわち、布施の話、戒の話、天の話、もろもろの欲望における危難、卑劣・汚れを、離欲における功徳を説明された。 世尊は、ポッカラサーティ・バラモンが従順な心になり、柔和な心になり、 障りのない心になり... 続きをみる
↑前回の続きです。 (在家仏教の研究 浪花宣明 P9から引用) 出家者は涅槃という高速な理想に目醒め、涅槃の獲得のために現世の一切の欲楽を捨て去った者である。 これに対して在家者はそのような高遠な理想に目醒めていない。 彼らは善事をなせば生天の楽果を得、 悪事をなせば悪趣に堕すという業報の思想の中で... 続きをみる
↑前回の続きです。 (在家仏教の研究 浪花宣明 P8から引用) それでは何故に在家者に対する教説と出家者に対する教説とが区別されていたのであろうか。 その理由は教説を聞く者の側にあったのであろう。 原始経典の中では、在家者は諸欲を享受する者であること、 あるいは在家の生活 は穢れが多く、結縛におおわ... 続きをみる
(何故か紛失のため再掲。すみません。) 釈尊在世当時のインドでの、在家、一般人の仏教の学び方について別の書籍から引用しての考察です。 (在家仏教の研究 浪花宣明(註) P7から引用) 「原始経典では出家者に対する教説と在家者に対する教説が区別されていたことは確かである。 『中部経典』一四三経によると... 続きをみる
前回の続きの補足です。 「一方に坐ったポッカラサーティ・バラモンに、世尊は、順々の話✽1[次第説法]をされた。 すなわち、布施の話、戒の話、天の話、もろもろの欲望における危難、卑劣・汚れを、離欲における功徳を説明された。 世尊は、ポッカラサーティ・バラモンが従順な心になり、柔和な心になり、 障りのな... 続きをみる
↑前回の続きです。 増支部経典第五集(片山一良訳)から 「アーナンダよ、他の者に法を説くことは容易でありません。 アーナンダよ、他の者に法を説こうとするならば、内に五法を確立して、他の者に法を説くべきです。 五とは何か? ①私は順々の話をしよう〜 今回はブッダ自らが法を説くに当たって、「するべき」と... 続きをみる
世の中には、様々な宗教があり、その中でも仏教にも初期から後期にかけて様々な教え、経典群が残って現存しています。 その中でも現上座仏教教団(スリランカ タイ ミャンマー等)が現在でも保持しておりますパーリ語で遺された聖典、経蔵からその教えをご紹介したいと思います。 基本的にパーリ語経典と言いましても、... 続きをみる