エッセイ 音楽は不思議な芸術 10<モーツァルト>
たとえば、画家は自分の描いた絵を見せて、感動なりしてもらうことが、可能だが、作曲家となると、自分の真価を発揮した音楽を聴いて貰うとなると、自身で演奏可能なような、ピアノソナタなどは措くとして、どうしても、演奏家という人種が不可欠になる。 それで、ヘタに演奏されたりでもしたら、そこで音楽は終わりである... 続きをみる
たとえば、画家は自分の描いた絵を見せて、感動なりしてもらうことが、可能だが、作曲家となると、自分の真価を発揮した音楽を聴いて貰うとなると、自身で演奏可能なような、ピアノソナタなどは措くとして、どうしても、演奏家という人種が不可欠になる。 それで、ヘタに演奏されたりでもしたら、そこで音楽は終わりである... 続きをみる