憐れみの道 シエナの聖カタリナ
この霊魂が、神のあわれみを嘆美し、人類に与えられた恩恵と恩寵とについて語ることについて。 すると、この霊魂は、酔いしれたようになり、自分をおさえることができず、神のみまえに立って、つぎのように申し上げた。 ──ああ、あなたの被造物の過失をおおいかくして下さる永遠のあわれみよ、あなたが、大罪を去ってあ... 続きをみる
この霊魂が、神のあわれみを嘆美し、人類に与えられた恩恵と恩寵とについて語ることについて。 すると、この霊魂は、酔いしれたようになり、自分をおさえることができず、神のみまえに立って、つぎのように申し上げた。 ──ああ、あなたの被造物の過失をおおいかくして下さる永遠のあわれみよ、あなたが、大罪を去ってあ... 続きをみる
この橋は、キリストのご昇天の日に、天まで達したけれども、地を離れなかったことについて。 わたしの「ひとり子」が、復活後四十日目にわたしのもとに帰ったとき、この橋は地から、すなわち人間の社会から上昇し、その永遠の「父」であるわたしの右に坐を占めるために、わたしの神的本性の力によって天にあげられた。これ... 続きをみる
この二つの道、すなわち橋の道と河の道とを歩む者は、どちらの場合も、苦労しなければならないことについて。──橋を渡る霊魂の感じる幸福について。 以上が二つの道である。そのどちらを通るにも、苦労が必要である。ところで、ひとつの通がつくられていて、これを通る者に多くの喜びを与え、すべての苦痛を甘美に変え、... 続きをみる
この橋は石すなわち善徳でできていることについて。──橋の上には旅人に食物を与える宿泊所があることについて。──橋の上を通る者は生命に達し、下を通る者は亡びと死とにおちいることについて。 この橋は石で築かれている。それは、雨が降っても、旅人が邪魔されないためである。この石はどういう石か知っているであろ... 続きをみる
この橋には霊魂の三つの状態を示す三つの階段があることについて。──この橋は高いけれども地に着いていることについて。──キリストの「わたしが天にあげられたら、すべてをわたしに引き寄せる」という言葉の意味について。 すると、永遠の神は、この霊魂の人々の救いに対する愛をますます燃え立たせ、はげますために、... 続きをみる
霊魂は、橋を渡る者と渡らない者とについて話して下さるよう神に祈ることについて。 すると、この霊魂は、愛の苦悩のなかで、つぎのように申し上げた。 ──ああ、いとも甘美で名状しがたい仁愛よ、これほどの愛に対して、だれが燃え立たないでいられましょうか。どんな心が、燃えつくされるのを、防ぐことができるでしょ... 続きをみる
神はぶどうの木と一つになっている枝を手入れすることについて。──各人のぶどう畑は隣人のぶどう畑と密接に結びついていることについて。──一方をたがやすか荒らすかすれば、必ず他方をたがやすか荒らすかすることになることについて。 わたしのしもべたちが、愛の甘美な「言葉」の教えに柔順に従うとき、わたしがどの... 続きをみる
わたしたちはみな、聖なる教会のぶどう畑に働く神の労働者であることについて。──各人は自分自身というぶどう畑をもっていることについて。──みなが神の御子のぶどう畑と一つにならなければならないことについて。 ここで、永遠の「真理」は、この霊魂に、神はわたしたちの同意を待たないでわたしたちを創造したが、わ... 続きをみる
アダムの不従順によって天に通じる道が破壊されたので、神はその「ひとり子」を橋となし、天への道を再開されたことについて。 わたしはあなたに、わたしの「ひとり子」、「言葉」を橋に仕立てたことについて語った。これは真理である。いとしい子供たちよ、つぎのことを知ってほしい。アダムの罪と不従順とによって道が破... 続きをみる
忍耐ぶかく患難を堪え忍ばなければ、神意に添うことができないことについて。──神はなぜ、この霊魂とその霊的父とに、まことの忍耐をもって患難を堪え忍ぶようはげますかについて。 すると、神は、霊魂がその霊的「父」(16) の救いに対する渇望にかられてささげた第三の願いに答えて、つぎのように言われた。 ──... 続きをみる
神はすべての人をあわれみあるいは正義によって捕えているから、だれも神の手をのがれることができないことについて。 ──だれもわたしの手をのがれることができないことを知ってほしい。なぜなら、わたしは「存在者」であるが、あなたがたは、あなたがた自身で存在するのではないからである。あなたがたは、わたしによっ... 続きをみる
神は人間の悪とくに自愛心をいきどおり、この霊魂に祈りと涙とを求めることについて。 そこで、神は、わたしたちの救いに対する愛に燃えさかり、この霊魂のなかに、愛と悲しみとの火をますます掻き立てるよう努力された。そして、ご自分がどれほど大きな愛によって人間を創造したかをあらためて示し、つぎのように言われた... 続きをみる
この霊魂は、神のいつくしみを知って、キリスト教徒のためだけではなく、全世界のために祈ることについて。 そこで、この霊魂は、その知識が増大するのを感じ、果てしない喜びに力づけられた。そして、神のあわれみに対して抱いていた希望と、味わっていた言い知れぬ愛とによって、押し上げられるようになって、神の「威光... 続きをみる
キリストのご受難以後、過失は以前よりも重く罰せられることについて。──神はそのしもべたちの祈りと苦しみとを介して世と聖なる教会とにあわれみを注ぐことについて。 いとしいむすめよ、あなたに知ってほしいのは、人間は、さきに話したように、わたしの「ひとり子」の血のなかで再生させられ、人類を回復させる恩寵を... 続きをみる
神はキリスト教民とくにその聖職者の状態を嘆かれることについて。──聖体の秘跡とご託身の恩恵とについて。 すると、神は、そのあわれみのまなこを、この霊魂に向けられた。そして、その涙に負け、その聖い望みのくさりにしばられて、つぎのように嘆かれた。 ──いとしいむすめよ、わたしはあなたの涙に負けた。なぜな... 続きをみる
神の答えによって、この霊魂の苦しみは、一方においてはやわらげられるが、他方においてはさらに増すことについて。──聖なる教会と神の民とのために祈らなければならないことについて。 すると、自分自身のなかに抱いている果てしない望みに悩まされ、燃え立たされているこの霊魂は、神の大いなるいつくしみに対して、言... 続きをみる
苦業とその他の肉体的修行とは、善徳を修める手段として利用すべきであって、主要な目的であってはならないことについて。──分別の光明と外的業との関係について。 これこそ、わたしが霊魂に要求する実と業である。この実こそ、必要のあるとき、善徳を証すのである。ずっと以前に、このことをあなたに話したことがある。... 続きをみる
外面的な苦業ではなく善徳を重視すべきことについて。──分別は謙遜の上にきずかれていて、各人に負っているものを返すことについて。 わたしがわたしのしもべたちに求める聖く心地よい業、すなわち、あなたに語ったような方法で試された霊魂の内的善徳については、以上の通りである。わたしが求めるのは、ただ肉体的な業... 続きをみる
善徳は反対の悪徳によって試され強められることについて。 わたしはあなたに、人間はどのようにして隣人に奉仕するか、また、この奉仕によって、どのようにわたしに対して抱いている愛を示すかについて語った。 これから、人間は、隣人から侮辱される機会に、自分が忍耐の徳を所有しているかいなかを試すことができること... 続きをみる
善徳は隣人を介して実行されることについて。──被造物のなかに多種多様な善徳が存する理由について。 わたしはあなたに、すべての罪は、さきに説明した理由により、隣人を介して犯されることについて述べた。理由というのは、罪人が、すべての善徳に生命を与える仁愛の情念を失っていることである。それゆえ、隣人に対す... 続きをみる
善徳も欠点も隣人を介して取得されることについて。 あなたに知ってほしいのは、どんな善徳も、そしてまた、どんな欠点も、隣人を介して取得されるということである。わたしを憎んでいる者は、隣人に、そしてまた、主な隣人である自分自身に、害を加える。しかも、この害は、全般的であるとともに個別的である。 全般的で... 続きをみる
神のために苦しみたいという望みが神に愛されることについて。 霊魂の救いのために、死ぬまで、あらゆる苦しみを堪え忍びたいという望みは、わたしにとって、きわめて心地よいものである。苦しめば苦しむほど、わたしを愛していることを証すことができるし、わたしを愛することによって、わたしの真理をもってよく認識する... 続きをみる
望みと心の痛悔とが、自分自身においても他者においても、過失と罰とを償うことについて。──時として、過失は償うが罰は償わないことについて。 いとしいむすめよ、わたしはあなたに、過失は、この限りある時間においては、ただ罰という名目だけで凌いだどんな罰によっても、償われないことを示した。あなたに話したよう... 続きをみる
愛の内的で連続した感情がなければ、限リある業は罪を償うことも、功徳を積むことも、できないことについて。 すると、永遠の「真理」は、この霊魂の望みを捕えて、これをもっと強く、ご自分の方に引き寄せられた。旧約において、神に犠牲をささげたときは、火が天から降って、「いと高き者」によみせられたこの犠牲を焼き... 続きをみる
この霊魂の望みは、神から世の悲惨を示されるとき高まったことについて。 この望みは大きく、連続したものであった。しかし、第一の「真理」によって、世の需要と、世が動乱と神に対する侮辱とのためにおちいっている危難を示されたとき、さらに高まった。かの女は、その霊的父から一通の手紙を受け取っていた。そのなかに... 続きをみる
霊魂が祈りによって神と一致することについて。──カタリナの霊魂が脱魂のなかで神に四つの願いをささげたことについて。 神の誉れと霊魂の救いとに対するきわめて大きな望みに悩まされている霊魂は、自分自身を乗りこえて、しばらく、通常の善徳の実行にはげみ、自分に対する神のいつくしみを理解するために、自分自身の... 続きをみる
神は、この霊魂のいくつかの願いに答え、その祈りに対する熱誠をはげまされることについて。 すると、永遠の神は、この霊魂の上にあわれみのまなこを注がれ、その望みをさげすむことなく、その願いを聞きいれられた。そして、前に約束していたことについてこの霊魂が申し上げた最後の願いを容れて、つぎのように言われた。... 続きをみる
この霊魂は、謙遜して神に感謝をささげ、全世界のため、とくに聖なる教会の神秘体のため、その霊的子供たちと二人の霊的父とのために祈り、最後に、聖なる教会の聖職者の過失を知りたいと願うことについて。 すると、この霊魂は、その「創造主」と結んだ愛の一致によって、まことに酔いしれ、われを忘れているように見えた... 続きをみる
神は、そのしもべたちの聖なる望みを、どのように聞き入れるかについて。──神は、ご自分に祈り、「真理」の門を堅忍して叩く人々をどんなによみせられるかについて。 いとしいむすめよ、これで説明を全部終わった。あなたの知性の目が、悪魔が仕掛ける恐れのあるわなを避けることができるように、これを照らした。こうし... 続きをみる
これまでの話の要約。──他人に対する忠告に関する補足。 いとしいむすめよ、あなたは、悪魔にだまされることなく、また、あなたの貧弱な見解にまどわされることなく、隣人に忠告する方法についてたずねたが、わたしは、あなたの望みを満足させるために、これについて説明した。要するに、わたしが明白に啓示しないかぎり... 続きをみる
苦業ではなく、善徳に対する愛が、完徳の土台であり、その主要なあらわれであることについて。 いとしいむすめよ、わたしは、これまで、二つのことについて話したが、これから第三のことについて話したい。注意して聞いてほしい。もしも、あなたが、悪魔あるいはあなたの無知にわざわいされて、わたしのすべてのしもべを、... 続きをみる
霊魂がある人のために祈っているとき、この人が暗黒におちいっていることを、神から示されたとしても、その人が大罪におちいっていると断定してはならないことについて。 これから、あなたがわたしに説明を求めた事柄について話したい。あなたが、ある人々のために特別に祈っている場合、ある祈りのあいだに、そのなかの一... 続きをみる
誤断におちいらないで隣人に忠告するにはどうしたらよいかについて。 いとしいむすめよ、あなたがわたしにたずねたことを、もっとはっきり理解するために、注意して聞いてほしい。 わたしは、あなたがたがみな、どんな状態にあっても所有しなければならない普通の光明について、すなわち、普通の仁愛のなかにいる人々を照... 続きをみる
きわめて完全な第三の光明と、これに到達した霊魂が成しとげる業とについて。──この霊魂があるとき示現を授かり、そのなかで完全な純潔に到達する方法について説明を受けたことについて。──人を裁いてはならないことについて。 第二の部類に属する完全者とは、第三の状態に達した人々である。かれらは、この光栄ある光... 続きをみる
我意を殺すよりも肉体を苦しめることに力を入れる人々について。──一般的光明よりも完全な光明、第二の光明があることについて。 これまで話した一般的光明を獲得した霊魂は、それで満足してはならない。なぜなら、あなたがたは、この世を旅しているかぎり、進歩することができるし、また、進歩しなければならないからで... 続きをみる
真理において神に奉仕することを願うすべての霊魂にとって、理性の光明が必要であることについて。──まず第一に一般的光明について。 すると、永遠の神は、この霊魂の渇きと飢え、その純潔な心、ご自分に奉仕する方法をたずねるその望みを深くよみせられて、「いつくしみ」と「あわれみ」とのまなこを、そのうえに注がれ... 続きをみる
この霊魂が感謝と三つの願いとをささげることについて。 すると、この霊魂は、涙の諸状態に関して授かった説明と満足とのゆえに、果てしない望みに悩まされ、愛に満ちて、申し上げた。 ──ありがとうございます。ありがとうございます。永遠にしていと高き「父」よ。あなたは聖なる望みを聞きいれてくださり、わたしたち... 続きをみる
第四の涙の実、一致の涙について。 わたしはあなたに、第三の涙について語った。これから、第四の状態の涙、最後の状態の涙について話さなければならない。一致の涙がこれである。すでに話したように、この状態は、第三の状態から分離したものではない。この二つは、わたしに対する仁愛が隣人に対する仁愛と一つであるよう... 続きをみる
第二の涙と第三の涙との実について。 これから、罰を恐れて罪を去りはじめ、恩寵を獲得する人々が収める実について、話さなければならない。ところで、罰を恐れて、大罪による死から脱出する者がある。しかも、それは、みながなすべきことである。 この人々は、どのような実を収めるであろうか。まず、その自由意志を奴隷... 続きをみる
世俗的な人々は、四つのちがった風にあおられて涙を流すことについて。 四つの風がある。繁栄の風、艱難の風、恐れの風、良心の風がこれである。 繁栄の風は、傲慢と大それた思いあがり、自尊心と隣人に対する侮蔑とをやしなう。もしも、世俗的な人が権力者であるならば、多くの不義、心の空しいおごり、肉体と精神との不... 続きをみる
世俗的な人々の涙の実について。 これから、望みによって流される涙の実について、そしてまた、それが霊魂にどのような影響をおよばすかについて、話さなければならない。 最初に、はじめに挙げた五つの涙のうちの第一の涙 (6) 、すなわち、世俗でみじめな生活を送り、人と物と自分自身の官能とを神となし、その霊魂... 続きをみる
この五種類の涙のうち、四つは限りなく多様であることについて。──神は無限の「存在」として奉仕されたいと望むことについて。 これまで話した五種類の涙は、五つの主な運河のようなものである。そのなかの四つは、豊富で無限な多様性をふくんでいる。そして、すでに話したように、善徳にかなって流されるときは、みな生... 続きをみる
目の涙を望んで得られない人々も、火の涙を抱くことができることについて。──神はなぜ肉体的涙を取りあげるかについて。 わたしはあなたに、完全な涙と不安全な涙とについて語った。そして、涙はすべて心から発することについて述べた。涙はすべて、どんな理由によるものであっても、この器から発する。したがって、涙は... 続きをみる
前章の要約。──悪魔は第五の涙に達した者を恐れることについて。──悪魔の攻撃はこの状態にみちびく道であることについて。 あなたは、わたしの「真理」があなたの望みを満たした結果、おのおのの状態に特有な涙がどのようなものであるか、そのちがいはなにか、について知ることができた。 第一は、大罪によって死の状... 続きをみる
霊魂の種々の状態に対応する涙の種類について。 ところで、涙はみな心から発することを知ってほしい。なぜなら、体の器官のなかで、目ほど心を満足させるものはないからである。心が苦しむときは、目はこれを表現する。その悲しみが官能的であるならば、心は目に死を生む涙を流させる。なぜなら、この涙は、みだらな愛を抱... 続きをみる
霊魂が祈りによって神と一致することについて。──カタリナの霊魂が脱魂のなかで神に四つの願いをささげたことについて。 すると、甘美な第一の「真理」は語られた。 ──いとしいむすめよ、あなたは、涙のいろいろな種類とその実とについて教えを受けたいと願った。わたしはあなたの望みを軽んじなかった。あなたの知性... 続きをみる
この霊魂は涙の種類とその実とについて教えて下さるよう神に願うことについて。 そのとき、果てしない望みに苦悩していたこの霊魂は、神との一致によって、また、甘美な第一の「真理」について聞いたこと、味わったことによって、酔わされて立ちあがっていた。自分たちの恩者と神の「仁愛」の情愛とを知らない被造物の盲目... 続きをみる
いくつかの真理の要約。──神がこの霊魂に、あらゆる被造物と聖なる教会とのために祈るよう求めることについて。 あなたは、どのような方法で、あなた自身教えを利用することができるか、また隣人にこれを利用させることができるか、そしてまた、わたしの「真理」の認識に到達することができるかを、永遠の「真理」である... 続きをみる
この一致の状態に達した者は、注賦された超自然的光明により、神の特別な恩寵によって、その知性が照らされることについて。──霊魂の救いのためには、傲慢な学者の意見に従うよりは、聖なる良心をもつ謙遜な人の意見に従う方が、もっと有益であることについて。 トマス (17) は、その知性の目を照らしたこの光明に... 続きをみる
霊魂はいくつかの理由によって肉体を離れたいと望むことについて。──それができなくとも、神の意志から離れることがなく、これとその他の苦しみとを、神の誉れのために堪え忍ぶことを誇りに思うことについて。 この人々は、死を苦にしない。かえって、これを望んでいる。かれらは、完全な憎しみをもって、その肉体と戦っ... 続きをみる
聖パウロが至福者たちの栄光に魂を奪われたのち、肉体から解放されるのを望んだことについて。──第三と第四の状態に達した者は同じように望むことについて。 パウロは、わたしがかれを第三の天、すなわち三位一体の高嶺にあげたとき、この幸福を見、味わった。そこで、わたしの「真理」を味わい、認識し、聖霊を完全に授... 続きをみる
霊魂は、この世を去ったのち、神の名の栄光を、あらゆる被造物のなかに、完全に見ることについて。──この霊魂は、望みの苦痛を感じることがなく、ただ望みしかもたなくなることについて。 ところで、あらゆる被造物のなかに、悪魔のなかに、そして理性をそなえた被造物のなかに、わたしの名の栄光と賛美とがかがやいてい... 続きをみる
世の人は、望むと望まざるとにかかわらず、神に栄光をささげることについて。 至福な霊魂の見神はいかにも完全で、わたしの名の栄光と賛美とを、永遠の生命に生きている人々のなかだけでなく、死ぬべき被造物のなかにも、観想する。なぜなら、世は望むと望まざるとにかかわらず、わたしに栄光をささげるからである。 たし... 続きをみる
神は、完全な者からその恩寵あるいはその現存の自覚を取りあげることによって離れることはないが、ときどき一致を中断することについて。 すでに話したように、このきわめて完全な霊魂たちは、自分のなかにわたしが現存するという自覚を失うことは決してない。しかし、わたしは他の方法でかれらを離れる。そのわけは、霊魂... 続きをみる
第三の状態と分離することのできない第四の状態について。──この状態に達した霊魂の業について。──この霊魂は神との一致を絶えず自覚することについて。 わたしはあなたに、霊魂が完全な友の愛、子の愛に達したことは、どのようなしるしによって認めることができるかについて、説明した。これから、霊魂が、その死すべ... 続きをみる
第三の段階に達した霊魂の業について。 まことの仁愛の上にきずかれ、この仁愛の木のいただきに位置する光栄ある三つの善徳は、忍耐、力、堅忍である。これらの善徳は至聖なる信仰の光明のかんむりをかぶっている。かれらは、この光明によって、「真理」の道を、暗黒におそわれることなく、走って行く。聖なる望みによって... 続きをみる
橋の第三の階段に登った霊魂、すなわち口に達した霊魂は、すぐさま、口の役目を果たすことについて。──霊魂がそこに達したしるしは、その意志の死であることについて。 わたしがこれまで話したことはみな、わたしの「真理」があなたに説明したことである。わたしは、この第二の階段をのばった霊魂がどんなにすぐれている... 続きをみる
不完全な人々は「父」だけに従いたいと思うが、完全な人々は「子」に従うことについて。──この霊魂が受けた示現のなかで、種々の洗礼とその他の美しいこと、有益なことを見たことについて。 私はあなたに、かれらが外に出たことについて、かれらが不完全を去って完全に達したことを見分けるしるしについて、語った。 知... 続きをみる
霊魂が完全な愛に達したことを示すしるしについて。 最後に、霊魂が完全な愛に達したことを示すしるしについて話したい。このしるしは、聖なる弟子たちが、聖霊をさずかったのち示したしるしと同じである。かれらは集合室を出ると、恐れから解放されて、わたしの「言葉」を宣べ、わたしの「ひとり子」である「言葉」の教え... 続きをみる
霊魂はどのようにして不完全な愛を去って完全な愛に達するかについて。 これまで、いろいろなしかたで、霊魂がどのようにして不完全から立ちあがって完全な愛に達するか、そして、友の愛、子の愛に達したのちは、なにをするかを示した。 すでに話したことを繰りかえすが、霊魂は、堅忍して、自分自身の認識の独房にこもる... 続きをみる
真実に自分を知っている霊魂は、これらすべてのわなを賢明に避けることについて。 わたしは、わずかの善業をおこないながら、すなわち、慰めのときわずかの善徳を実行しながら、感覚的自愛心におちいっている一般の人々の迷いについて、あなたに話さずにはいられなかった。わたしはまた、わたしのしもべたちの自分の慰めに... 続きをみる
霊的な慰めと示現とに執着する人々は光明に変形した悪魔にだまされることについて。──示現が神よりのものであるか、悪魔よりのものであるかを見分けるしるしについて。 そのうえ、しばしば、光明に変形した悪魔のわなにさらされるにちがいない。事実、悪魔は、精神がなにを受けたいと思っているか、なにを望んでいるかを... 続きをみる
霊的慰めと示現とに愛着している人々の錯誤について。 このような愛は、ときどき、霊魂にもっと大きな害を与える。わたしがしばしばわたしのしもべたちに与える慰めと示現とを求めることに、その情熱をかたむける場合がこれである。霊魂は、それが取りあげられたのを見ると、精神の悲嘆と倦怠とにおちいる。わたしがときど... 続きをみる
自分の平安と慰めとを失わないために、隣人の需要にこたえるのをおこたる人々について。 これまで、自分の方法でわたしを味わい、自分が望むとおりに、その精神にわたしを迎えようとする人々のおちいる錯誤について述べた。 これから、第二の錯誤、すなわち、そのたのしみ全体を内心の慰めを探し求めることに置いている人... 続きをみる
不完全な愛によって愛している神のしもべたちの誤りについて。 いまだに不完全な愛によってわたしを愛しているわたしのしもべたちは、わたしのなかに見出す慰めと喜びとに対する愛によって、わたしを探し求め、わたしを愛する。わたしは、実行したすべての善に報いを与える。この報いはこれを受ける者の愛の程度に応じて、... 続きをみる
自分自身の慰めのために神に仕えることを愛する世俗的な人々の迷いについて。 この不完全な愛に関して、見すごすことのできないひとつの誤り、すなわち、自分自身の慰めを見出すことができるという理由でわたしを愛したいと望む人々のおちいる誤り、について話したい。あなたに知ってほしいのは、わたしのしもべがこのよう... 続きをみる
自分自身の利益、楽しみ、慰めのために神を愛し、神に仕える人々の不完全さについて。 ある人々は、わたしの忠実なしもべになって、忠実に、すなわち、ただ罰に対する恐れによってではなく、愛によって、わたしに仕える。しかし、この愛は不完全でありうる。あるいは自分自身の利害のため、あるいは「わたし」のなかに見出... 続きをみる
橋の第一の階段によって象徴される奴隷的な恐れから第二の階段にのぼることについて。 すでに話したように、だれも、三つの階段をのぼらなければ、橋を渡ることも、河から脱け出ることもできない。ところで、ある者は不完全にこれを渡り、ある者は完全にこれを渡り、ある者はきわめて完全にこれを渡る。これが真実である。... 続きをみる
奴隷的な恐れは永遠の生命に達するのに十分ではないことについて。──恐れの律法と愛の律法とはたがいに結合していることについて。 すると、神の「いつくしみ」は、この霊魂の望みをみたしたいと思われて、つぎのように語られた。 ──奴隷的な恐れによって大罪の泥沼から立ちあがる人々を見るがよい。もし、かれらが、... 続きをみる
この霊魂が神の鏡のなかで被造物がさまざまの方法でのぼるのを見たことについて。 そこで、この霊魂は、燃えるような望みにかられて、神の真理の心地よい鏡に見入った。すると、被造物がさまざまのしかたで、さまざまの思いを抱いて、その目的を目ざして歩いているのが見えた。 多くの者は、奴隷的な恐れに刺激されて、す... 続きをみる
橋の三つの階段はどのように霊魂の三つの状態を意味するかについて。──神はこの霊魂に、真理を観想するために自分自身を乗り越えるよう求めることについて。 わたしはさきに、普通の仁愛に生きている人々、すなわち掟を実行し、勧めを精神的に守っている人々は、どのように歩かなければならないかについて述べた。これか... 続きをみる
これまで話したいくつかのことがらの要約。 これまで、わたしは、一般的に、理性を与えられた被造物が、世の荒海を抜け出し、これにおぼれること、永遠の亡びにおちいることをまぬかれるためには、どうしなければならないかを示した。また、三つの一般的な階段、すなわち、霊魂の三つの能力があること、だれもその全部をの... 続きをみる
すべての理性的被造物が世の荒波を抜け出て橋を渡るためには、どのような方法にたよるべきかについて。 これから、三つの階段について、あらためて話したい。あなたがたが、河におぼれないでこれを脱出し、招かれている生ける水に到達したいと思うならば、そしてまた、わたしがあなたがたのなかにいるのを望むならば、この... 続きをみる
「のどが渇いている者は、わたしのもとに来なさい」というキリストの言葉の説明。 あなたがたはみな、わたしの「真理」が神殿で、望みと不安とにかられて、「のどが渇いている者は、わたしのもとに来て飲みなさい。わたしは生ける水の泉です」(10) と叫んだとき、全体的にも個別的にも、招きを受けた。かれは、「父の... 続きをみる
霊魂の三つの能力が一致協力しなければ堅忍は不可能であり、堅忍がなければ目的に達することができないことについて。 わたしはあなたに、三つの階段のかたどりを、霊魂の三つの能力によって、一般的に説明した。この階段は三つであるが、わたしの「真理」の教えと橋とを通りたいならば、他をさしおいて一つをのぼるという... 続きをみる
橋すなわち神の「子」のなかにある三つの階段は霊魂の三つの能力を象徴することについて。 すると、神の「いつくしみ」は、この霊魂の望みと飢えとの上にあわれみのまなこを注ぎ、つぎのように言われた。 ──いとしいむすめよ、わたしはあなたの望みをさげすむことはしない。むしろ、あなたの聖なる望みをかなえてやりた... 続きをみる
この霊魂は、河に溺れる人々の盲目を前にして、大きな苦痛を感じることについて。 そこで、この霊魂は、その望みに悩まされて、自分の不完全と他の人々の不完全とについて考えた。そして、被造物のなかにこれほどの盲目があるのを聞いたり、見たりして、大きな悲しみを覚えた。神の「いつくしみ」がきわめて大きく、この世... 続きをみる
奴隷的な恐れによっては永遠の生命を獲得することができないことについて。この恐れから善徳に対する愛に達するにはどうすればよいかについて。 これからあなたに話したいのは、つぎのことである。わたしがこの世の艱難を送るのは、霊魂に、その目的はこの世にはないこと、地上の事物は不完全で流転すること、「わたし」だ... 続きをみる
世俗的な人は満たされないことについて。──邪悪な意志は現世で罰を受けることについて。 わたしは、さきに、人間のすべての苦しみは、ただ意志によって生まれる、と言った。わたしのしもべたちは、かれらの意志を脱ぎ去ってわたしの意志をまとっているので、苦しみを感じても、これに苛責されることがない。かれらは、わ... 続きをみる
勧めを守らなければ掟を守ることができないことについて。──どんな身分を選んでも、その意志が善かつ聖であれば、いつも神によみせられることについて。 わたしは、悪徳に対する憎しみと善徳に対する愛との両刃のつるぎをもって、わたしに対する愛のために、利己的な官能の毒を断った人々について話した。このような人々... 続きをみる
知性の失明から生ずる悪について。──善は恩寵の状態で実行しなければ永遠の生命にとって無益であることについて。 これまで話したことは、悪人が地獄の前味わいをおこなっていること、その錯誤がいかにも大きいことを、もっとよく理解させるためであった。これから、かれらの迷いはどこから生まれるか、地獄の前味わいは... 続きをみる
誘惑が有益であることについて。──霊魂は最後の瞬間自分に予定された栄光あるいは苦罰を見ることについて。 いとしいむすめよ、悪魔は、みじめにもわたしを侮辱した霊魂たちを拷問するために、わたしの正義の執行人となった。この世において、わたしは、悪魔を、わたしの被造物を誘惑し、挑発する立場に立たせた。それは... 続きをみる
公審判後、地獄に落ちた者たちの苦しみは増大することについて。 わたしが義人たちの栄福について語ったのは、地獄に落ちた者たちのみじめさを、もっとよく知ってほしいからである。かれらにとって、義人たちの至福を見るのは、別の苦しみである。かれらの苦しみは、これを見ることによって増大する。善人たちがわたしのい... 続きをみる
至福者たちの栄光について。 仁愛の情念のなかで生命を終える義人の霊魂についても、これと同じことを言うことができる。この霊魂は愛のなかにつながれている。善徳に成長することはできない。時間は終わったからである。しかし、わたしのもとに来たとき抱いていた愛情をもって、いつも愛することができる。これがその愛を... 続きをみる
地獄に落ちた者はいかなる善も望めないことについて。 かれらを捕えている憎しみはきわめて大きいので、かれらはいかなる善も望むことができない。絶えずわたしを冒涜する。かれらがなぜ善を望むことができないか、あなたは知っているであろうか。それは人間の生命が終わると、自由意志もしばられるからである。かれらは、... 続きをみる
審判の日に下される第三の告発について。 これから、審判の最後の日におこなわれる第三の告発について話さなければならない。すでに、はじめの二つの告発について話したが、人間がどれほど間違っているかをよく示すために、これから、第三の告発について説明したい。公審判がこれである。このとき、あわれな霊魂は、その肉... 続きをみる
地獄におちた者が受ける四つの責苦について。──とくに悪魔のみにくさについて。 いとしいむすめよ。このみじめな霊魂の苦しみは、言葉では語ることができない。おもな悪徳に三つある。それは第一に自愛心で、それから第二の悪徳、自尊心が生まれ、自尊心から第三の悪徳、傲慢が生まれ、それとともに、不義、残酷、その他... 続きをみる
人間が、一般的にも個別的にも、不義と誤断とを認める第二の告発について。 いとしいむすめよ、この第二の告発は、もはやくすりがなくなった最後の瞬間におこなわれる。人間は死の瀬戸際に立たきれる。そして、そこで、良心の虫に再会する。かれは、すでに話したように、自愛心のために盲目になり、その存在を感じていなか... 続きをみる
キリストの「わたしは世の不義と誤断とを告発する『弁護者』を送るであろう」という言葉について。──告発の一つは継続することについて。 世に対する告発に三つある。第一は、聖霊が弟子たちの上に降ったときおこなわれた。すでに話したように、かれらは、わたしの力によって強められ、わたしの最愛の「子」の英知によっ... 続きをみる
これらの悪徳によって誤断におちいることについて。──これによっておちいるみじめな状態について。 のちに説明するように、かれらは、これらの悪徳とその他の悪徳とによって、誤断におちいる。わたしの業はすべて義であり、事実、すべて愛とあわれみとに鼓吹されているのに、かれらはいつもこれを中傷する。 わたしの「... 続きをみる
権力とその実である不義とについて このほかに、権力者であるために、これを笠に着る者がある。しかし、かれらは、その権力を行使するにあたって、不義の旗手、すなわちかれらの神であるわたしに対する不義、隣人に対する不義、かれら自身に対する不義の旗手でしかない。 自分自身に対して不義である。なぜなら、自分自身... 続きをみる
貪欲とそれから生まれる悪について 他のある者は、土の実を生ずる。貪欲な吝嗇家がこれである。かれらは、もぐらのように、いつも、死ぬまで、土を食べている。死がおとずれるとき、かれらはこれに対して薬を見つけることができない。この人々は、貪欲にも、時間を隣人に売り、わたしが惜しみなく与えるものを下落させる。... 続きをみる
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