第38 安心を得るための二つの規則 ロレンツォ・スクポリ神父『心戦(霊魂の戦い)』
第38 安心を得るための二つの規則 今まで述べてきたことに己が行状を従わせる人々は、充分安心を得るに足ると雖も、この最終の章に当り、なお二つの規則を示さんとす。もしよくこれを守るならば、この邪な世に於て得られるだけの安和を心に得るには奇妙に益するであろう。 第一の規則は、不断[たえず]注意して、起る... 続きをみる
第38 安心を得るための二つの規則 今まで述べてきたことに己が行状を従わせる人々は、充分安心を得るに足ると雖も、この最終の章に当り、なお二つの規則を示さんとす。もしよくこれを守るならば、この邪な世に於て得られるだけの安和を心に得るには奇妙に益するであろう。 第一の規則は、不断[たえず]注意して、起る... 続きをみる
第37 糾 明 よく己れについて警醒する人は、日に三度糾明するを常とす。即ち、朝昼夕である。朝と昼との糾明は省くとも、少なくも夕[ばん]の糾明を怠ってはならぬ。聖書を見るに、神は創造の時、人の為に造り給うた事について、二度もこれを好しとし給えりとあれば、まして人は一度なりとも、神に対して致した事を調... 続きをみる
キリスト教的完徳は神の戒めを完全に守るに極まると雖も、「敵を愛せよ」と云う掟は神の聖意に近寄らしむるによって完徳の重[おも]なる基礎の一つであると云う事が出来る。 もし完徳に至る道を短くせんと欲するならば、注意して、神が「敵を愛せよ」との掟を以て特に我等に何を要求し給うかと云う事を探らねばならぬ。神... 続きをみる
第35 数多の人が神に背きしを悔まず、キリスト教的完徳を離れて、徳なく暮らしつつある理由 何故に人がぬるき心を以て眠り、身を罪に委ねて、徳を守るべき義務を省みず、これにいささかも力を出さずにいるかと云うに、その理由が種々あって、 重[おも]なるものは次の如くである。先ず人が我が身を省みず、その心は如... 続きをみる
第34 神に背きしを現に悔む事を覚えて改心の恵みを求むる法 既に犯した罪を実際に悔む事を覚えるようにする最も良き方法は、神の広大にまします事を黙想し、またしばしば証明し給うた善良と愛憐[あわれみ]とを黙想する事である。何故なれば、罪を以て背かれ給える神の徳を考え、また神は最上の善にして、得も云われぬ... 続きをみる
第33 罪人は一刻も早く改心すべき数箇条の理由 罪人を一刻も早く神に立ち帰らすよう、勧めとなるべき第一の理由は、先ず神そのものの観念である。神は取りも直さず最上の善にして、極めて全能全智全善なるものにてましますに、如何にして人が厚かましくもこれに背き、これに抵抗する事あるべきや。 罪びとの身として、... 続きをみる
第32 不幸にして貞操に反する悪徳に負けた時には何を為すべきか もし不幸にして、あるいは悪心の為に、貞操に反する何かの過失をした事があって、過失に過失を重ねざらん事を望むのならば、早く別に糾明を要する事もなく、改悛の秘蹟に依頼せねばならぬ。ここに於て憚る事なく淡白に、その罪を悉く告白して、与えられる... 続きをみる
第31 貞操に反する悪徳に負けぬよう何を避くべきか 貞操に反する情慾の奴隷に陥らざる為、避くべきものが種々ある。第一に最も避くべきものは、必ず我等を危険に遇わす人々。第二に避くべきものは、是非交際せねばならぬと云うものでなくして、我等を何かの危険に逢わせ得べき人々。第三に避くべきものは、先ず種々の訪... 続きをみる
第30 貞操に反する情慾に打ち勝つ法 他の邪慾に打ち勝つには、これを直接に攻撃して、よしやこれに傷つけられたりとも、幾たびも戦いを挑んで、飽くまでこれを打ち伏せるようにせねばならぬが、貞操に反する情慾に至っては、ただにこれを引き起し、且つ挑むべからざるのみにあらず、これを引き起すべきものを注意して、... 続きをみる
第28 聖体の秘蹟の拝領 聖体拝領は何処までも聖寵を増すに決まったものであるが、これを以て聖寵の増すを頂くには、最も善き覚悟をせねばならぬ。而してこの覚悟を相当にすることは自らでは能わざるにより、極めて熱心に、聖会と共に、斯く神に祈らねばならぬ、「主よ、請い願わくは我らの心を訪問し、専らこれを清めて... 続きをみる
第27 意志に得さすべき第六の助力 人の意志に得さすべき第六の助力とも云わるるものは、ミサに与り、悔悛と聖体の秘蹟を授かる事である。何故なれば、我等の意志が悪を避け善に進むに必要にして重[おも]なる助力は聖寵であるから、聖寵を増す所のものは凡て意志の本当の助力になる。然るにミサに与って、以て聖寵の増... 続きをみる
第26 如何にして自愛を認むべきか 自愛が如何ほどまで我等を支配するかと云う事をよく認むるには、我が意志が如何なる情慾に専ら引き込まれるかと云う事を度々調べねばならぬ。即ち、意志が物を愛したり、望んだり、喜んだり、悲しんだりするのを見て、果たしてその愛する所、望む所のものが、愈々善徳に起因するもので... 続きをみる
第25 意志に得さすべき第五の助力 意志に得さすべき第五の助力は、自己を嫌う事である。それでなければ、萬善の元なる神に対する愛を惹き起す事は出来ぬ。 この助力を求める方法は、先ず神にこれを願う事である。次に、自愛が既に生じて、また日々に人の心に生ぜしむる悪しき成跡〔=結果〕を考えねばならぬ。この世で... 続きをみる
第24 来世に於て神は自己に始終忠実に仕えた者のみならず改心した罪人のためにも為し給うべき事 神が天国に於てその選まれた人々に報ゆるに与え給うべき恩寵と歓喜とは、広大且つ優勝なものにして、到底想像する事は出来ず、その価値に応じて宜しくこれを望む事は出来ぬほどである。しばしば福音書の喩えに云われてある... 続きをみる
第23 神は罪人の悔悟を待ち且つその罪を寛容してこれに顕し給う甚だしき愛憐 罪人に対する神の寛容に於て、神の甚だしき愛憐を弁うるには、先ず天主は云うに云われぬほど徳を嘉し給い、その如く、またこれに反して、限りもなく悪徳を嫌い給う事を考えよ。 即ち罪人が神の威稜の尊前、その最も清き目前に、敢えて重ね重... 続きをみる
第22 天主の日々に人の為に為し給う事 一日も一刻も、人は神より何かの新しき恵みを受けぬことはない。何故なれば、毎日毎刻、神は人に存在を保たせて、これを造ることを続け給うからである。また時々刻々、神は人に仕うる如くにして、天をも地をも空気をも海をも、尚これに含まれるものをも悉く、即ち被造物を皆人間の... 続きをみる
第21 神が人のために為し給うた事、これを為し給う愛、また要するならば尚多く為し給わんとする聖意 神が人のために為し給うた事を弁えるには、萬物の造られた事、世の贖われた事について黙想すればよい。 斯く神が人の為に、萬事を為し給うた愛の程に至っては、実に限りなしと云うても足らぬ。その贖いの価は限りなき... 続きをみる
第20 神の美徳の観念 神の美徳は広大にして限りなし。神はこれを以て他を見ず、永遠に限りなく喜び、限りなく幸いを得るのを知るのみで、その美徳の如何なるものであるかと云う事を、察する事が出来る。 然れば人たるものは、神の全善によって、己が召されたる高位の程を知り、頑ななるものとならず、目を反ける事なく... 続きをみる
第19 神の全善の観念 神の凡ての徳の如く、神の全善は無限にして、到底人智の及ぶものではない。然れども、外部に現れる所ばかりでも、勝れ、且つ広大にして、世界至る所に現れざるはなし。何故なれば、萬物の造られたるは、神の全善の結果ではないか。萬物の保存せられて世界の治まるのも、神の全善によるではないか。... 続きをみる
第18 神の全智の観念 神の智恵は如何ほど高崇にして、如何ほど無量なるかを、覚り得るものであろうか。 いささかでもこれを想像するに、目を上げて、上天の華美を仰ぎ、また地上の奇なる事を眺め、全世界の萬物の妙なる事を考えよ。この不思議な事を解するには、ただ造物主の、量られざる全智を以てのみ、知るべきもの... 続きをみる
第17 神の全能の観念 誰でも知っている通り、世の有力者をこぞっても、材料なく、またこれを組み立つるに建築の原理なければ、国家の都会を造るどころでなく、一つの家だに造る事は出来ぬのである。その上になお空間も時間も要る。而してこれが皆揃うたとしても、建物が立派に己れの目論みに合うことはない。然るに神は... 続きをみる
第16 神の本有の観念 神は如何なるものなるかと云うに、独り自己[みずから]を全く知るものたるものが、この問題に対して答えてのたまわく、「我れは有りて在るものなり」と。言葉を換えて云えば、神は独り自己の力によって有り、且つ然るものにして、有らざるを得ざるものである。 この称号は神の固有のものにして、... 続きをみる
第15 意志に得さすべき第四の助力 意志に得さすべき第四の助力は、神を愛すると云う事である。この愛は意志を強めること甚しく、これに由れば、仕懸り得らぬ事は何もない。如何なる事業でも仕懸り得られぬ、如何なる情慾、及び誘惑にでも、打ちて懸る事が出来るのである。この愛の得られる法は、即ち祈祷をして、度々神... 続きをみる
第14 祈祷の別法 祈りをするには、もう一つ最も良き方法がある。即ち、ただ一個の言葉も出さず、心を神と一致させるばかりの事である。その時は、間々愛情に満たされたる嘆息を以てこれに依頼し、心の目を以てこれを仰ぎ、専ら聖意に適いたいとの志を上げ、これを相当に、且つ純粋に愛し、これを尊び、これに仕うる為、... 続きをみる
第12 欲する度ごとに神の目前に在る事を黙想し馴れる事 欲する度ごとに神の目前に在る事を黙想し馴れるには、度々、神は我等の目に見えざれども、現にここに我等の前にましまして、我等の凡ての思念や行為をみそなわすと考えねばならぬ。 また我等の周囲に在る凡ての被造物は、みな窓の如きものにして、神はそこには見... 続きをみる
第11 意志に得さすべき第三の助力 たびたび我らの意志が力を得る第三の助力は、祈祷というものである。一旦誘惑の襲い来る事を覚えれば、直ちに神に依頼して、「嗚呼、主よ、我れを助け給え、速やかに我れを助け給え」と言うように馴れねばならぬ。 然れば祈祷の武器を以て戦い、また神の目前に居るとの思いを楯に取っ... 続きをみる
第10 傲慢の誘惑 前章に云うた誘惑は、悪魔が世界の高位、財産、快楽等の誘引を以て差し出す誘惑であるが、今は傲慢、自負、虚栄等について一言云わねばならぬ。この三個の悪徳は、多く知れずして、また重く神に背く故、別して恐るべきものである。 嗚呼、幾千の神の忠僕や勇々しき兵士が、数年来数多の勝利を得たるに... 続きをみる
第9 意志に得さすべき第二の助力 意志に得さすべき第二の助力とも云うべきものは、悪魔を情慾から起る凡ての邪なる感動の原動者なりと認めて、これを遠くへ退ける事である。 凡そ己が心の中に、情慾の発動、及び猥りなる望みに勝ちて、これを押える度ごとに、悪魔を退けてこれに勝つのである。故に、悪魔を逃がさんと欲... 続きをみる
第7 意志を助力すべし 自然の傾向の影響によっては、我等の意志は弱く、情慾に逆うてこれに勝ち、神の命に従うてこれを治め、神に服せしむるのは、甚だ難しき事である。経験はこれを証して余りあり。何故なれば、如何にも己れに克つの善意は、満腔にあるように度々思わるれど、偶然機会が起るか、情慾の刺激を覚ゆるや、... 続きをみる
第8 世間に打ち勝つには意志が非常に助力を要す 専ら我等に情慾を起させ、これを強からしむるものは、世間と凡て世間に属するものとである。即ち世間は我等の眼前に、その高位、その宝物[ほうもつ]、その快楽等を見せ、以て我等の心を引き込むのである。然るに意志は、この世間の誘引に勝った上、しばらく息をつき、他... 続きをみる
第6 我が主[おも]なる情慾、即ち己れ及び被造物を愛する情慾を抜き去り、これを犠牲に供すれば、間もなく心の全体が秩序と義務とに服するに至る 意志を支配する邪慾を容易に、または順序を追って脱するには、先ず全力を込めて、我が重[おも]なる情慾を制し、且つ治むるように努めねばならぬ。この情慾は取りも直さず... 続きをみる
第5 始終我等の意志について警戒し、平生如何なる情慾に支配されるかを認むべし 出来るだけ我れと我が身を省み、平生如何なる情慾が、我が意志を取り込むかを、認むるようにせねばならぬ。何故なれば、無論この情慾は、他の情慾よりもなお迷いに入らしめ、奴隷にならしむるものであるから、元来人間の意志は、何かの情慾... 続きをみる
第4 抵抗と強制及びこれを用うる法 抵抗と強制とは、実に重くして、疲労を来たす武器である。しかし余程必要にして、これがなくては到底勝利は得られぬのである。これを用うる法は左の如し。 腐敗したる己が意志、及び悪しき傾向によって、神の思召しを欲せず、これを為すまじと思う時は、必ずこれに抵抗して、こう言わ... 続きをみる
第3 キリストの新兵に必要なる三つの事 キリストの新兵が戦いを始めた以上、これに三つの事が必要である。即ち大いなる勇気及び堅固なる決心と、よく整うたる武器と、その武器を巧妙に使用する習慣とである。 人の生涯は、地上に於ける戦いであると云う事を度々考えて、これを以て戦う決心をせねばならぬ。この戦いの法... 続きをみる
付録 第2 完全に達する為に戦うべき法 凡そ為さんと欲する事を言うは易くして、僅かな言葉を以て尽す事が出来るけれども、事業に着手し、その目論見を実行せんとする時に当り、その事業の困難に囲まれたる事が見ゆるのである。人祖の犯罪[つみ]以来、また我等の悪しき傾向の結果として、我が身に於て神の律法に反する... 続きをみる
第1 キリスト教に於ける完徳 数多の人は、精神的修業を為して、無駄骨折りをすることがある。斯かる事を免れるため、また行き先を知らずして歩まざらんために、先ずキリスト教に於ける完徳は如何なるものなるかを知らねばならぬ。 キリスト教に於ける完徳は、神より賜りたる律法、及び禁誡[いましめ]めを、厳密に実行... 続きをみる
第66章 臨終の時に起る迷想及び無実の出現の誘惑 我等の霊魂の敵は、なかなか我等を苦しむるに飽き足らず、自ら光明の天使の姿に変じて、無実の出現を以て、我等を誘惑せんとする。この誘惑の起る時は、心を動かさず確固として、己が何も無き者なるをいよいよ信じ、而してこう言わねばならぬ、「悪しき者よ、汝の暗黒に... 続きをみる
第65章 虚栄の誘惑 臨終の時、第三の誘惑は、虚栄と自負とである。如何なる口実の下にも、己れ及び己が事業にいささかたりとも誇ってはならぬ。我らの専ら心を安んずべきは、ただ神とその慈悲と、イエズス・キリストの生涯の事業と、その受難の功力とのみである。 我等は自分の目に、益々自分を見下げねばならぬ。もし... 続きをみる
第64章 失望の誘惑及びこれを防ぐ法 臨終の時に、悪魔が我等に打ち勝たんと務むる所の第二の誘惑は、我等に罪を思い出さしめて、恐怖を懐かしめ、失望の淵に沈ましめんとする事である。 斯かる危険に際しては、次の原理を間違いなきものとして、始終保有[も]たねばならぬ。即ち、罪の紀念(記憶?想起?)は聖寵より... 続きをみる
第63章 臨終の時に敵の起すべき四つの誘惑 第一、信仰に対する誘惑及びこれに反する法 我が救霊の敵は、臨終の時に当り、常に重なる且つ殊に危険なる、四つの誘惑を起す。即ち信仰に反対する誘惑と、失望と虚栄と、また悪魔が光明の天使の姿に変じて、起させる迷いとの四つである。 悪魔が虚偽の格言を以て、信仰に反... 続きをみる
第62章 臨終の時に我等を襲撃する敵に反抗する準備法 人の生涯は、地上に於て止む時なき戦いであるが、一番大切な時、勝負を決する時は、生より死に移る臨終の時である。この時に倒れるものは、再び起きる道はない。 この大切な時の準備として、我等の為すべき事は、取りも直さず、今より与えられてある試しの時の間に... 続きをみる
第61章 死するまで霊魂の敵と戦うべし 心戦に必要の条件種々ある中に、第一のものは辛抱である。情慾はこの世に於て死することなく、却って悪しき草の如く日々に増えるものなるにより、これを制することをやめてはならぬ。 この戦いは生命と共にでなければ終わらぬものであるから、どうしても避けられぬ。この戦いを否... 続きをみる
第60章 糾 明 糾明に於て考うべき事三つあり。第一、当日の過失、第二、その機会、第三、これに打ち勝つため、またこれと反対の徳を求むるために為すべき決心、これである。 当日の過失については、本書の第二十七章に勧めた事を守らねばならぬ。 過失の機会となったものを認めた時には、これを退け、再び来たらぬよ... 続きをみる
第59章 感情的信心及び神の道に於る感覚 感情的信心は主に三つの原因から起る。即ち人生と悪魔と聖寵とからである。その中の何れより起ったかは、この結果によって知ることが出来る。もし感情的信心によって自分が一層善良なものにならぬならば、これ恐らくは悪魔、もしくは人性の結果であろう。而してその信心によって... 続きをみる
第58章 身を献ぐる法 神に己れを献ぐるを以て神の聖意に適わん為に、必要なる条件二つあり。第一、イエズス・キリストが自らその聖父に為し給うた凡ての献げと一致同心してこれを為さねばならぬ。第二、我等の意志が全く世間の愛着心を離れておらねばならぬ。 第一の条件については、聖子がこの涙の谷にお住まいあそば... 続きをみる
第57章 感謝の事 凡て我等の持てるもの及び行うところの善事は悉く神のものにして神より出ずるものであるから、我等の求め得た成功や勝利のため、また我等が慈悲の聖手より戴ける一般の或いは特別の恩恵のために感謝するのは、義の当然のことである。 適当にこれを尽さんが為には、神が我等にその恩寵を与えて下さる目... 続きをみる
第55章 我等が神に対する愛を惹き起す為、如何に聖体拝領に準備すべきか 聖体の秘蹟を以て我等が神に対する愛を惹き起す為には、神が自ら我等に示して下さった愛を思い、前の晩から左の事柄を考えるがよい。 最大、全能にてまします神は、我等をご自分に象りて造り給うたのみならず、我等の救霊の為、御独り子を地上に... 続きをみる
第53章 聖体の秘蹟 これまでは敵に勝つが為に必要なる四つの主なる武器を持たせて、これをよく用うる事を学ぶに、大切なる教訓を与えたが、尚一つ、わざと残したものがある。それは聖体の秘蹟である。 この神聖な秘蹟は、他の六つの秘蹟の上に位しておるが如く、この第五番目の武器として、他の四つの武器よりは遥かに... 続きをみる
第52章 十字架に釘けられ給うたイエズスを黙想し、その徳に倣うより得べき利益 この尊き黙想より得べき種々の利益の中に、第一のものは、ただ過去の罪を悔やむばかりでなく、終始我等の内に活きておって、我が救い主の受難の原因となった乱れた情慾をいたく悔むことが出来る。 第二の利益は、神に我等の罪科の赦しを求... 続きをみる
第51章 愛の種々の感情を惹き起すが為にイエズス・キリストの苦難について為し得る黙想 救い主の苦難について前に述べた事は、祈り、及び黙想にも、これを願いの体裁にする時は利用することが出来るが、ここにこれを以て愛の種々の感情を惹き起すことの出来る方法を述べよう。 例えば、イエズス・キリストが十字架に釘... 続きをみる
第50章 諸天使及び諸聖人の取次ぎを以て黙想し且つ祈祷する方法 祈祷の時に、諸天使及び諸聖人の保護と恩恵とを利用するために、左の二つの勤めを守るがよい。 第一。我等の精神を永遠の父に上げ、これに天使聖人より受け給う愛情、賞讃、光栄を捧げ、また諸聖人が地上に於て神を愛するために忍ばれた困難苦痛を捧げ、... 続きをみる
第49章 聖母マリアに依頼すべき信仰と信頼との理由を説明する観念 もし我等が入用の時に、信頼と信仰とを以て聖母マリアに依頼しようと思うたならば、左の観念が余程補助[たすけ]となるであろう。 第一に凡ての人は経験で知っておるが、麝香とか、または何かの香物を入れた器は、その香物が無くなっても、なお幾分か... 続きをみる
第48章 聖母マリアの転達[とりつぎ]を以て祈る法 前に述べた種々の黙想や祈祷の方法の外に、聖母マリアの取次ぎを以て祈る方法がある。これが為には第一精神を永遠の聖父に差し向け、次に温良のイエズス、終に至栄の聖母に向わねばならぬ。 我等の思考を天主聖父に当て嵌めて、二つの事を考える。即ち第一に、神は始... 続きをみる
第46章 黙想のようにする祈祷 或る一定の時間、例えば半時間とか一時間とか、またその余にも、祈らんとする時には、イエズス・キリストの御生涯御苦難に関する何かの事柄の黙想を祈祷に添ゆるがよい。その時は現にこれを求めんとする徳に当て嵌めるように注意せねばならぬ。例えば、目下我等が堪忍の徳を求めたいと仮定... 続きをみる
第45章 念 祷 念祷とは、神に精神を上げると同時に、欲するところを求めん事を、現に、あるいは暗に願うことである。 現に願うとは、心の内に何かの恵みを求むることを謂うので、例えば斯く申す時の如きがそれである、即ち「我が神よ、我れに斯々の恵みを与え給え。我れは主の光栄[みさかえ]の為にこれを願い奉る」... 続きをみる
これまで証明して来た通り、己れを頼まぬ事と神を頼む事と、我等の能力の修練とが、心戦に斯くまで必要である如く、第四の武器であると云うた祈祷は、尚一層必要にして、欠くべからざるものである。何故なれば、我等は祈祷によって何事をも主なる神より求めることが出来るからである。 祈祷[いのり]は、神の仁愛の泉より... 続きをみる
第43章 我等の悪しき傾向と悪魔の誘惑との影響によって猥に他人を批評するに傾き易き事、及びこれに反抗する方法 前に確かめておいた自愛心や虚栄心の欠点から、我等に大害を来たす他の欠点が出て来る、即ち我等が人の上に下すところの邪推である。これが為に我等は人を賤しいもの、軽んずべきもの、卑劣なものの如く見... 続きをみる
第42章 悪魔が度合いを外れた方法を以て我等を欺かんとする時にこれに抵抗する方法 悪魔は、我等が熱心なる、また善く規定されたる心組みを以て徳の正しき道を歩んでいると云う事を見、またその奸策で我等を欺くことが出来ぬと云う事を見れば、方法を変えて光明の天使の様に変じ、そうして楽しそうな考えや聖書の金言や... 続きをみる
第41章 堪忍を以て忍びつつある困難を遁れたいとの望みに身を委ねべからざる事、又我等の望みを徳に適合せしむるために制限する方法 我等が何か困難に遭うているのに、また堪忍を以てこれを忍びつつある時には、悪魔、あるいは自愛心の為、これを逃れたいという望みに引かされぬように注意せねばならぬ。さもなければ我... 続きをみる
第40章 各徳の修練に掛かるべき日数、及びその徳に於ける進歩の徴候 各徳の修練に従事すべき日数は、一般に規定[きめ]るべきものではない。各人の身分、特別の要求、霊生の道に於ける進歩、指導者の判断等によって、決めるべきものである。 しかしながら、我等が徳を修練するに、前に述べた凡ての方法と注意とを真面... 続きをみる
第39章 如何に異なる機会が同一の徳行を修練するに益するか 一時に数徳を求めんとするよりは、暫時の間はただ一つの徳に従事するのが尚有益であると云う事は既に述べた通りであって、凡て出来する実行的機会は幾ら相互に異なっておっても、皆このただ一つの徳の方へ向けることが出来ると云う事は明らかに分った。今や如... 続きをみる
第38章 徳を得るがために戦うべき機会、殊に最も困難な機会を貴重すべき事 徳を得る道を遮る機会を避けぬばかりでは未だ足りぬ。この機会は余程価値のあるもので、大いに貴重すべきものであるから、時々はこれを求むるようにして、この機会が来れば喜んで直ちに受けねばならぬ。しかのみならず、我等の自然の傾向に酷く... 続きをみる
第37章 徳行修練を続けながら、徳を得る機会を避くべからざる事 既に完徳に至る道に於て立ち止まるところなく何時も前へ前へと進まねばならぬことは明らかに分ったが、これが為に注意して、徳を得る種々の機会を一つも失わぬようにせねばならぬ。故に、この有益なる機会をなるべく避けようとするのはその実益を知らぬの... 続きをみる
第36章 絶え間なく警醒して徳の道に進むべき事 既に述べた外に、なお徳を求むるには、最も必要な事の中に、忘るべからざるものが一つある。 それは我等が目指している目的に達する為に、何時も先に先にと進まねばならぬ必要のある事である。斯くの如き道に一刻でも立ち止まるのは、これ即ち後戻りするのである。 何故... 続きをみる
第35章 徳を求める種々の方法、及び先ず暫時一個の徳に従事する為に用うべき方法 前に述べた外、徳を求むるには、精神寛大、意志強固にして、種々の困難の起こる事を予知し、これらに打ち勝つ決心がなければならぬ。 しかのみならず殊更に心を傾け、また愛を以て、この練習に従事せねばならぬ。この徳は全ての完徳の本... 続きをみる
第34章 徳は徐々漸々にして順次に得べき事 キリストの真正なる兵士にして完全徳の頂に達しようと望んでいる者は、その徳の道に於ける進歩に限界を付ける筈はないが、しかしながら熱心の発動があって殊に初めのうちにあまり熱気を以てこれに身を委ねれば、その熱心は途中で俄かに途切れることがあるから、程よくこれを抑... 続きをみる
第33章 邪慾に克ち、新たに徳を求むるに有益なる数箇条の意見 最早、己れに克ち、徳を以て霊魂を飾るため為すべき事について多く語ったが、なお話したい意見がある。 第一、我等が徳を求むる為に働く時は、一週間の日を精密に分けて、今日はこの徳、明日はあの徳、云々と云うように修業する事を勧める人があるけれども... 続きをみる
第32章 我等の求め得たる徳を以て我等に滅亡の機会とならしむる為の悪魔の最後の謀計 狡猾にして悪逆なる敵は、我等の求め得たる徳についてもその謀計を回[めぐ]らして、我等を誘おうとするのである。彼はこれを以て我等に罪の機会としようと務め、これが為に彼は、我等をしてこれらの徳に満足せしめ、あるいは自惚れ... 続きをみる
第31章 悪魔が我等に徳の道を離れさす為に用うる奸策 悪魔が我等の徳の道に進んで居ると見て取った時、我等に向って用うる所の第四の奸策は、我等に何か好き[よき]望みを起さして、それが為に徳行を打ち棄てさし、我等を悪魔に投げ落そうとする事である。 例えばここに一人の病者があって、非常の堪忍を以て病苦を忍... 続きをみる
第30章 完徳の道に歩めりと徒に想像する人の迷想 我らの救霊の敵は、二度ほど襲い来て失敗しても、また三度目の戦いを開く。この時は現在我らに何か害を加えて、戦うている敵を忘れさすように努め、我らをして完徳の高きに達せしめんとて、その望みと決心とを以て心を紛らかすようにするのである。それであるから、我ら... 続きをみる
第29章 罪の奴隷たる者、己れの状態を知って脱れんと欲する時に、悪魔の用ゆる策略と、迷誤と、またその人の善良なる決心の無功となる理由 己が心の悪しき状態を知り、そこより脱[のが]れようと思う者は、常に悪魔より左の如くに欺かれて負けるのである。 即ち、その者は自分にこう云うておる、「後で後で、明日の事... 続きをみる
第28章 悪魔が既に罪の奴隷となった者と戦い、永くその奴隷たらしむる為に用うる策略 一旦悪魔が人を罪の奴隷たらしめた以上専ら務むる所は、益々その目を暗まして、己が哀れな状態を認むるに至らしむべき思いを避けさす事である。 悪魔は唯その人の思想を改めて、感化するに導くべき考えや勧めを避けしむるのみならず... 続きをみる
第27章 徳に身を委ねんとする者、及び罪の奴隷たる者を攻撃し、これを欺く為に悪魔の守る順序 悪魔は我らを亡ぼさんとのみ務むる事を知らねばならぬが、しかし悪魔は我らと戦う時に、何時も同じ武器を用いるものではない。 悪魔が人を種々攻撃するに守る順序、及び欺く方法を述ぶるに先立って、霊生に於る人の種々の状... 続きをみる
第26章 罪によりて負傷せる時に為すべき事 我らが弱きため、あるいは悪しき心より、殊更に何か罪に陥る不幸に遭い、これがために我らの霊魂が負傷しておっても、決して恐怖や憂慮に流れてはならぬ。むしろ精神を神に引き上げて、こう言うがよい、「嗚呼、我が神よ、これこそ我が力によって出来た事なれ。我が浅ましき性... 続きをみる
第25章 敵と戦うて勝つが為にキリストの兵士たるもの出来るだけ心の擾乱と憂慮とを避くべき事 もし我らが心の平和を失うた時には、力の及ぶだけ、これを取り返す為に働かねばならぬ。とは云うものの、実は世に、我らより心の平和を奪うて、道理上我らを擾乱の中に陥れる筈の場合は一つも無いと知らねばならぬ。 なるほ... 続きをみる
第24章 舌を戒むる法 我らは舌をよく治めて、これを戒める必要がある。何故ならば、我らは舌を恣[ほしいまま]にして、五感を楽しませる事柄を出放題に語る自然の傾向があるから。 この無駄言に流れ易い理由は、なかんずく我らの傲慢にあるので、我らはややもすれば物知りのように思い、自分の思想に満足して、勢い無... 続きをみる
第23章 五官を善く使う機会を利用する方法 既に前章に於て、我らの知識を感覚的事物より引き離して、これを神の事、及びキリストの生涯の事の観想に引き上ぐる道を述べたのである。今やここには、これらの事物より(も)、観念の種々の題を適用する他の方法を示そう。それは、人の好みが各々異なって、その種々の好みに... 続きをみる
第22章 被造物がイエズス・キリストの生涯と苦難との玄義を観念する機会を与え、我らの五官を導く法 既に五官に触れる事物が如何に我らの精神を引き上げて神の盛徳を観想する機会となるかを示した。今や我らが五官を利用してイエズス・キリストの御生涯と御苦難との奥義を観念する方法を学ばねばならぬ。 萬物は皆この... 続きをみる
第21章 外感を収むる法、及びこれを神事の観想に利用する法 外感をよく治むるには、注意に注意を加えて大いに勉励せねばならぬ。感覚的嗜慾は我らの腐敗せる性質の大将のようなもので、快楽と五官の満足とを求むるに非常に傾いておるから、自分ばかりではこの目的を達することが出来ぬ故、五官を己が兵卒の如く用い、こ... 続きをみる
第20章 怠慢に打ち克つ方法 怠慢は唯に完徳に進むに反抗する障害であるのみならず、我らを敵の勝手気ままに任せる事もある。斯くして哀れな奴隷とせらるるのを免れるには、先ず凡て好奇や、あまり人情に流れる愛着や、身分に不相応な仕事を避けねばならぬ。 その次に、総て受くるところの良き勧めになるだけ早く応ずる... 続きをみる
第19章 邪淫の罪悪と戦う方法 邪淫の罪悪と戦うには、他の情欲に対するのと全く異なる一種特別の方法を用いねばならぬ。 そこで我らはこの戦いに於いて、順序を立てる事を心得る為、誘惑の「前」「中」「後」の三つの時を区別せねばならぬ。 先ず「誘惑の前」には、常にこれを惹き起こす機会となるものに向かって戦わ... 続きをみる
第18章 情欲突然の激発に反抗する方法 我らが未だ侮辱もしくはその他の反対の攻撃を忍ぶに馴れておらぬ間は、これに馴れる為に、先ず努めてこれを前もって見込み、次に意志のたびたびの働きを以てこれを望み、心によく覚悟して待ち受けるようにせねばならぬ。 これを前もって見込む方法は、己が情欲の有様を考えた後、... 続きをみる
第17章 邪欲と戦うに守るべき順序 適当に戦う為、守るべき順序をよく心得る事は極めて大切である。数多の無暗な者が、ここに気をつけずして、偶然一時の出来心を以て戦い、遂に亡びてしまうのと同じようにしてはならぬ。そこで、我らが敵及び悪しき傾向と戦うに当たって守るべき順序と云うのは、左の通りである。 先ず... 続きをみる
第16章 キリストの兵士は拂暁より如何にして出陣すべきか 我らは朝目が覚めるや否や、先ず第一に心の眼を以て視察すべき事は、我らは果し合い場にあって戦うか死ぬかの境にあると云う事である。 我らはこの時に、最早これまでたびたび防戦して来た敵及び悪しき傾向が眼前に武器を取って我らを撃ち殺そうとして厳然と立... 続きをみる
第15章 戦いの方法についての訓告 防ぐべき敵、及び戦いを始むべき、且つ耐ゆべき勇気 我らは如何にして己れに克つが為、また徳の美を以て己が心を飾る為に戦うべきか、と云う事は、既にこれを述べたのである。 なおまた一層速やかに、一層容易く我らの敵に打ち勝つ為には、単に戦うばかりでは足らず、実に日々、また... 続きをみる
第14章 上流意志が下流意志に敗け、殆ど滅せられたる如く思われる時に為すべき事 時々上流意志が下流意志、及びその敵に対して最早力及ばずと思われる事がある。けだし、これらに反対するだけの強き意志が心中に覚えぬようになるのである。斯くの如き心持ちの時にも屹然[しっかり]して、戦う事をやめてはならぬ。いよ... 続きをみる
第13章 感覚の激動と戦う方法、及び徳行の習慣を得る為に努むべき意志の行為 既に述べた通りで、我らの意志は、神の意志と感覚的意志との二つの影響に支配せられるのである。ところで、この二者が各々我らの上に勝ちを占めようと努める間に、もし我らが神の意志に勝ちを得させようと思うならば、種々の方法を以て我らの... 続きをみる
第12章 人の心中に起る種々の意志、及びその相互の戦い 先ず第一に我らは、二個の意志を持っていると云う事を心得ておらねばならぬ。その第一は、理性より出ずる意志。我らはこれを合理的意志、または上流の意志と称す。第二は、五官より来たる意志。我らはこれを感覚的意志、もしくは下流の意志と名付く。これを指して... 続きをみる
第11章 意志をして何事に於ても神の聖意のみを求めしむる観念 前章に述べた外にもまた、我らをして何事に於ても神の聖意とその光栄とをなお容易く求むるに至らしむる観念がある。それは、神が自ら先にかたじけなくも種々の道を以て我らを貴くし且つ愛し給うたことを、しばしば追念する事である。 先ず、かの創造の時、... 続きをみる
第10章 意志の修練、及び内外行為の向かうべき目的 我らは知識の修練の外に、意志をも規定して、その自儘[じまま]の傾向を抑え、何事にもこれを神の聖旨[みむね]に適うように成らしめねばならぬ。 またここに覚えておらねばならぬ事は、神の聖意[みこころ]に最も適うところの事を望み且つ行なうばかりでは足らぬ... 続きをみる
第9章 正しく識別を為すに知識の避くべき他の一の弊害 既に愚暗を避くべきことを述べたが、なおまた我らの知識に予防せねばならぬ一の弊害がある。即ちそれは好奇心であって、我らは、危うく、空しく、煩わしき思念を多く精神に起こす時は、真正の克己、及び完徳に進ましむべき業に専心従事することが出来ぬようになるに... 続きをみる
第8章 事理の識別を妨ぐる理由、及びこれを得る方法 前章に述べた事、及びその他の事柄をよく識別し得ぬ理由は、軽率にも一見して直ちに愛憎の念をこれに差し挟むからである。この意志の癖は知識を暗まし、実際事実を有りのままに判断することを妨げるものである。 ところで、この迷誤に陥らぬようにするには、出来るだ... 続きをみる
第7章 修業一般第一、知識の修練、愚暗と好奇とを避くる法 己れを頼まぬ事と神を頼む事とが心戦に必要である事は云うまでもなき事ながら、そればかりでは未だ我ら自身に打ち勝つためには足らぬのである。よしやそれがあってもなお沢山な罪悪に陥ることがあるから、修業をこれに加えねばならぬ。これ即ち心戦に勝利を得る... 続きをみる
第6章 己れを頼まず神に信頼することを得るための意見 己れを頼まざる事と神に信頼する事とは我らが敵に打ち勝つ力の由って出ずる主要の本源であるから、なおここに意見を加え、神の庇護を以てこれを求めんと欲する者の補助に供するつもりである。 先ず第一、我らが確かな事としてよく心得ておらねばならぬ事は、神の聖... 続きをみる
第5章 小心を徳と見做す人の迷想 他にまた数多の人々の陥る迷想[まよい]がある。それは小心と罪を犯した後の憂慮[しんぱい]とをば、不快の念を帯びているからとてこれを徳であるが如く見做すことである。彼らはこの如き心持ちの起るのは傲慢の密念と己れと己が力とを頼みにした自負の念からであるということを覚らぬ... 続きをみる
第4章 己れを頼まず神に信頼して以て事を行うや否やの徴候 時々自負の人は自ら想像して、自分はもはや己れを頼まず神に信頼していると思うことがあるけれども、それは誤りである。その証拠には、ひとたびその人が何か過失に陥った時の心持ちに於いて明らかに顕われる。 もし何か過失に陥った時は非常に憂い、また心配し... 続きをみる
ロレンツォ・スクポリ『心戦(霊魂の戦い)』 第3章 神を頼みにする事 己れを頼まざる事が心戦に於いて極めて必要である事は、既に述べた通りであるが、しかし幾ら必要であっても、そればかりでは足らぬのである。そればかりでは、ようやく敵に勝利を得させずして逃れるだけの事であるから、己れを頼まざると同時に、神... 続きをみる
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