聖マリア・マグダレナ St. Maria Magdalena
聖マリア・マグダレナ St. Maria Magdalena 記念日 7月22日 聖福音書中に記された聖女中、主の御母を除けばマリア・マグダレナほど人口に膾炙している人はあるまい。それではその生涯の事跡はどうかと言えば、ほとんど明らかに知られていないのである。そかしただ聖書中の彼女に関する乏しい記事... 続きをみる
聖マリア・マグダレナ St. Maria Magdalena 記念日 7月22日 聖福音書中に記された聖女中、主の御母を除けばマリア・マグダレナほど人口に膾炙している人はあるまい。それではその生涯の事跡はどうかと言えば、ほとんど明らかに知られていないのである。そかしただ聖書中の彼女に関する乏しい記事... 続きをみる
ブリンディジの聖ラウレンチオ司祭教会博士 St. Lawrence de Brindisi 記念日 7月21日 ラウレンチオは1559年イタリア南部のブリンディシで生まれ、16歳の時カプチン会修道院に入り、パドアで司祭となった。当時は、16世紀の宗教改革の時代であったので、ラウレンチオは中央ヨーロッ... 続きをみる
聖マルガリタおとめ殉教者 St. Margarita V. M. 記念日 7月20日 聖会にはマルガリタと呼ばれる聖女が幾人かあるがその最も古くして他の人々に宗家と仰がれているのは、本日祝う聖マルガリタ童貞である。ギリシャ正教会ではこの聖女を大殉教女と敬称し、またわがローマ公教会ではこれを14人の救... 続きをみる
聖アルセニオ修道士 St. Arsenius 記念日 7月19日 アルセニオは。世界中で最も有名な教師の一人であった。助祭としてローマにいた時、ダマソ教皇は皇帝の子供達の教師として彼を推薦した。アルセニオは金銭、召使い、名誉、財宝などに恵まれて10年間過ごしたが、「すべてを捨てることによって救われる... 続きをみる
聖アレクシオ証聖者 St. Alexius C. 記念日 7月17日 15世紀のことである、病者、殊に精神病者の救済並びに寄る辺なき死者の埋葬等に尽くすのを目的とする一新修道会が創立され、会則にはアウグスチノ会の戒律を用い、保護の聖人には聖アレクシオを仰いでアレクシオ修道会と称した。 このアレクシオ... 続きをみる
聖マリア・マグダレナ・ポステル修道女 St. Maria Magdalena Postel V. 記念日 7月16日 聖会を滅ぼそうとする迫害者は、いつもまずその指導者階級なる司祭聖職者たちを狙う。これは牧者さえ打ち倒せば、子羊の群れは四離滅裂に陥る外はないと思うからである。しかし司祭を失った場合も... 続きをみる
聖ボナヴェントゥーラ司教教会博士 St. Bonaventura Ep., Doct. Eccl. 記念日 7月15日 聖トマス・アクイナスと共に公教神学界の双璧と称えられる聖ボナヴェントゥーラ、彼の遺した偉大な足跡は中世紀はもちろん現代までもなお燦然たる光輝を放っている。この二大学者はその著書、な... 続きをみる
聖カミロ・レリス司祭 St. Camillo de Lellis 記念日 7月14日 1550年イタリアのナポリで生まれたカミロ・レリスは気の短い男であった。ローマの病院で労働者として働いたが、乱暴な行いとばくちのために追い出されて兵士となった。当時ベネツィアはトルコと戦っていたが、カミロは5年間こ... 続きをみる
聖ハインリッヒ皇帝 St. Henry 記念日 7月13日 ハインリッヒはドイツのレーゲンスブルク市で、972年に生まれ、幼い時から同市の司教、聖ウォルフガングから王侯の義務、権限、謙遜、神への畏敬などを学んだ。 1002年、いとこのドイツ皇帝オットー3世のあとを継いで皇帝となり、教会の改革に力を尽... 続きをみる
聖ベネディクト修道院長 St. Benedictus, fundator O.S.B. 記念日 7月11日 大聖ベネディクトは始めて修道会戒律中に共同生活に関する規定を設けた人で、世に修道会の始祖と称せられる。もっともこれより先聖アントニオも既にエジプトで諸々に散在する山修士隠遁者等を糾合して共同的... 続きをみる
ゴルクムの聖殉教者 Sts. Martyres Gorcomienses 記念日 7月10日 オランダはもとドイツ帝国の一部で、それからスペインの領土となったが、その頃住民の一部はカルヴィンの異端に迷わされ、国の独立を計って反乱を起こした。これは政治上の争いでもあり、同時に宗教上の争いであったとも言... 続きをみる
聖ヴェロニカ・ジュリアニ修道女 St. Veronica Giuliani Virg 記念日 7月9日 1660年イタリアのウルビノで生まれたヴェロニカ(本名はウルスラ)は、幼い時から修道院に入りたいと望んでいたが、父のフランシスコは大反対で、よい夫を選んで早く結婚させようと計画していた。ヴェロニカ... 続きをみる
聖プロコピオ殉教者 St. Procopius M. 記念日 7月8日 プロコピオは非常に厳しい苦行の生活を送っていたので、彼の同時代の教会歴史家エウゼビオは、「彼は死人のように衰えたが、神の言葉を読んで霊魂に大きな力を与えられ、体も回復した」と伝えている。プロコピオは、ほとんどパンと水だけで生きて... 続きをみる
聖エセルブルガ St. Ethelburga 記念日 7月7日 イギリスの東アングルの王女であったエセルブルグは、幼い時から修道女になることを望んでいた。彼女の姉セクスブルガはケントのエルコンベルト王に嫁いで非常に王を感化した。 福者ベーダによると、エルコンベルト王は国中に布告を出して、あらゆる偶像... 続きをみる
聖マリア・ゴレッティおとめ殉教者 St. Maria Goretti Virgo M. 記念日 7月6日 マリア・ゴレッティは、20世紀の聖アグネスとも称せられているが、これは何も彼女が生前アグネスと名のっていたからとか、またアグネス同様イタリア人であるからという訳によるのではない、彼女がかのキリス... 続きをみる
聖アントニオ・マリア・ザカリア司祭 St. Antonius Maria Zacharias C. 記念日 7月5日 1503年イタリアのクレモナで、ザカリアと名乗る身分の高い青年が世を去った。彼はまだ若かったが既に妻帯の身で、妻は彼より更に若く、なお少女と言えるほどの年頃であった。二人の間には生後... 続きをみる
ポルトガルの聖エリザベト王妃 St. Elisabeth Portugalliae Vid. 記念日 7月 4日 ポルトガルは今でこそ共和国になっているが、しばらく前までは王国で、その王妃の中から本日語らんとするエリザベトの如き聖女を出だした。これは同国に取って大いなる名誉と言わねばならぬ。 彼女は... 続きをみる
使徒聖トマ St. Thomas Ap. 祝日 7月3日 「汝等行きて万民に教えよ!」 使徒達が主のこの御遺言に添うべく、思い思いに世界の各方面へ伝道旅行に赴いた中で、最も我が国に近い所まで来たのは聖トマであった。 彼は使徒の首領聖ペトロと同じくガリラヤ州の生まれでゲネサレト湖のほとりに住み、漁を生... 続きをみる
聖プロチェッソと聖マルティニアノ殉教者 記念日 7月2日 ローマのあるカタコンブの中に、聖ペトロがモーゼのように岩を打って、そこから水が流れ出る絵が描かれている。ペトロのそばには二人の兵士が立っているのが見える。この二人が洗礼を受けているのか、水を飲んでいるのかは、絵を見ただけではわからない。伝承に... 続きをみる
聖シメオン・サールス St. Simeon Salus 記念日 7月1日 シメオンは、29年間シナイの砂漠で苦行の生活を送っていたが、故郷のシリアのエメサへ帰って浮浪者たちの世話をすることを決心した。彼の持論は「真に謙遜になりたければ、屈辱を愛さなければならない」ということであった。それで彼はわざと... 続きをみる
ローマ教会最初の聖なる殉教者たち 記念日 6月30日 ローマ教会の栄光、使徒聖ペトロ、聖パウロの殉教を祝ってから、今日当時のかずかずの殉教者たちを祝う。64年にローマで大きな火事があったが、ネロ皇帝はその責任を問われないために、キリスト信者の放火だときめつけて恐ろしい迫害をはじめた。当時の歴史家コル... 続きをみる
使徒聖ペトロ、聖パウロ St. Petrus et St. Paulus Ap. 大祝日 6月29日 かつてイエズス御自ら弟子達に宣うた「総て自らへりくだる人は上げれれるべし」という御言葉はわけえもよく聖ペトロに当たっている。彼は始め一介の漁師に過ぎなかったのに、主の御口づから使徒達の首領、全聖会の... 続きをみる
聖イレネオ司教殉教者 St. Irenaeus E. M. 記念日 6月28日 使徒聖ヨハネの愛弟子聖ポリカルポは156年の1月末小アジアのスミルナで栄えある殉教の死を遂げたが、炎々と燃え上がる火中に立ったこの老人の胸は「恩師ヨハネより受けた信仰はこれをことごとく我が弟子イレネオに伝えたからもはや思... 続きをみる
聖ラジスラオ王 St. Ladislaus C. 記念日 6月27日 中世の初め聖教は、非常な勢いで欧州の北部諸国に広まったが、それはアイルランド、イングランド等から来た宣教師等の献身的努力と共に当時輩出した諸国の聖王たちの好意ある援助による所もすこぶる多かった。その最も顕著な例はハンガリー国王ステ... 続きをみる
聖ヨハネ、聖パウロ兄弟殉教者 Sts. Joannes et Paulus MM. 記念日 6月26日 350年ローマ皇帝の位に即いたユリアノは、自ら天主の信仰をなげうったばかりでなく、不埒にも聖教の根絶、偶像教の再興を企て、新たに聖会に対し猛烈な迫害を始めた。かくて諸々方々の聖堂は焼き払われ、幾多... 続きをみる
レッジョの聖プロスペロ司教 記念日 6月25日 イタリアのレッジョ・ネル・エミリア市を訪れる人々は、その市の最も有名な聖人のプロスペロ司教が大きなカテドラルで記念されておらず、市場の広場に建てられた小さな教会でひそかに記念されているのを見て驚くであろう。しかし、こういうことは、謙遜な聖プロスペロを悩... 続きをみる
洗礼者聖ヨハネの誕生 St. Joannes Baptista C. 大祝日 6月24日 聖書によれば主イエズス・キリストは「我誠に汝等に告ぐ、女より生まれたる者の中に、洗者ヨハネより大いなる者はあらず」(マテオ11・11)と仰せられたとある。およそ聖人は多しといえども、天主の御口ずからかかる讃辞を... 続きをみる
聖エテルドレダ修道女 St. Etheldreda 記念日 6月23日 イギリスの有名な聖女のエテルドレダ(聖オードレイとも呼ばれる)は2度結婚した。最初に結婚した夫は5年後に死亡した。2度目に結婚した時、彼女は夫に勧めて兄と妹のような関係を保ったが、12年目に二人は別れることになった。その時、エテ... 続きをみる
ノラの聖パウリノ司教 St. Paulinus a Nola E. 記念日 6月22日 313年かのコンスタンチノ大帝が自らもキリスト教に帰依すると共に、有名なミラノの勅令を以て聖教信仰の自由を与えてからは、国民も先を争って受洗し、聖会は一時に隆盛に赴いた。しかしそれは量的に見ての話で、質的には遺憾... 続きをみる
聖アロイジオ・ゴンザガ証聖者 St. Aloysius Gonzaga C. 記念日 6月21日 聖会にはあらゆる階級、あらゆる年輩の人々に対し、模範となる聖人聖女があるが、青年諸君にとって無上の鑑と仰ぐべきは、聖ヨハネ・ベルヒマンス、聖スタニスラオ・コストカ、それに今語らんとする聖アロイジオ・ゴン... 続きをみる
マグデブルグの聖アダルベルト大司教 St. Adalbert de Magdeburg 記念日 6月20日 ロシアのキエフのオルガ女王は長い間、国を統治していたが70歳の時キリスト信者となり、ドイツのオットー大帝に頼んで自分の臣下たちを改宗させるために宣教師を派遣してくれるように頼んだ。オットー大帝... 続きをみる
聖ロムアルド大修道院長 St. Romualdus Abbas 記念日 6月19日 聖ロムアルドの生涯は御憐れみの限りない事と、罪人も痛悔して聖寵の導きに従えばよく完徳の域に達し得る事とを示す最高の実例である。 彼はイタリアのラヴェンナに生まれた。父母は貴族であったが、その生活振りは全く世俗的非キリ... 続きをみる
聖ユリアナ修道女 St. Juliana Virg. 記念日 6月18日 聖ユリアナ童貞は、かの聖母の僕会の7人の創立者達がフィレンツェに男子修道院を起こした時、同じ目的で除し修道院を創めた人である。 彼女は1270年イタリアの貴族ファルコニエリ家に生まれた。それまで長い間女子に恵まれなかった両親は... 続きをみる
ピサの聖ライネリオ証聖者 記念日6月17日 ライネリオは、若い時イタリアのピサで放埒な生活を送っていたが、ある日伯母が紹介した聖ヴィト修道院の修道士に会ったときから、すっかり回心して今までの生活を改め、両親が心配するほどの変わり方であった。まもなく、イエズスが地上の生活を送られた聖地への巡礼を望んで... 続きをみる
聖ルトガルジスおとめ St. Lutgardis Virg. 記念日 6月16日 聖女ルトガルジスの一生は、いわば主イエズス・キリストとの完全な一致を目指す努力精進の連続であった。「汝等は死したる者にして、その生命はキリストと共に天主において隠れたるなり。我等の生命にてましますキリストの現れ給う時に... 続きをみる
聖ヴィト、聖モデスト、聖女クレスチェンチア三殉教者 記念日6月15日 Sts.Vitus, Modestus et Crescentia MM. 聖ヴィト、その乳母クレスチャンチア及びその夫聖モデストに就いては、歴史に伝えられる所甚だ少ないが、彼等に対する崇敬は中世紀から相当盛んに行われたもので、わ... 続きをみる
コンスタンチノープルの聖メトディオ総大司教 記念日 6月14日 メトディオがシラクサで生まれた頃は、東方教会の人々がイエズスや諸聖人の絵画を破棄していた時代であったが、メドティオは美しいイコンを描いて信者達を励まそうと努めた画家達を、力を尽くして支持したのであった。 メドティオは若い時に皇帝の廷臣に... 続きをみる
パドアの聖アントニオ聖会博士 St. Antonius de Padua C. et E. D. 記念日 6月13日 パドアの聖アントニオといえば、大方の読者はすぐに、縄帯褐衣、フランシスコ会修士の服装で幼きイエズスをお抱きしている聖人の聖絵を思い起こされるであろう。これはある時イエズスがその御姿で... 続きをみる
サハグンの聖ヨハネ司祭証聖者 St. Joannes a S. Facundo C. 記念日 6月12日 南欧には熱しやすく冷めやすい、いわゆる多血質の人々が多いが、かかる人々を心服させる為には、何か目覚ましい功績を立てねばならぬ。本日は華々しい活躍を以て彼等の心をしっかりとつかんだ不世出の司祭サハ... 続きをみる
聖バルナバ使徒殉教者 St. Barnabas Ap. M. 記念日 6月11日 聖バルナバはもとヨゼフという名であったが、主イエズス・キリストの弟子になってから、仲間の者にバルナバ(雄弁家という意味)とあだ名されるようになった。 かれはキプロ島の生まれでユダヤ教を奉じて人となったが、信仰を強めるた... 続きをみる
パリの聖ランドリー司教 記念日 6月10日 650年にパリの司教に任命されたランドリーは、パリ市内にたくさんの貧しい病人たちがいて、病気の治療はおろか、入院するための病院すら十分でないのをみて、このような人々を世話するための病院が必要であることを認め、カテドラルの傍らに大きな病院を建てて、聖クリスト... 続きをみる
聖コルンバ司祭 St. Columba 記念日 6月 9日 コルンバは、アイルランドのドニゴール州で生まれ、15年間アイルランドで宣教して、デリーとケルスとデュローに有名な修道院を設立した。563年にスコットランドのイオナ島に航海してひとつの修道院を建てたが、それは何世紀もたつうちに有名な所となり、... 続きをみる
ヨークの聖ウイリアム司教 記念日 6月8日 ウイリアムは、イギリスのヨーク大聖堂の参事会員及び会計係として功績をあげ、1142年にサースタン大司教の死後、カテドラルの参事会員の大部分によって大司教に選挙された。しかし、この時点でウイリアムの平和な生活は終わりを告げたのであった。ヨーク大司教区のシトー... 続きをみる
聖ノルベルト大司教 St. Norbertus E. 記念日 6月6日 1015年頃の事である、皇帝ヘンリコ5世の宮廷に、ノルベルトという副助祭がいた。家は門地の高い貴族で、収入も相当豊かであったが、ただその生活振りは地位に似げなく放縦を極め、甚だ感服出来かねるものがあった。 所がある日の事、馬に乗... 続きをみる
聖ボニファチオ大司教殉教者 St. Bonifatius Archiep. M. 記念日 6月5日 8世紀から9世紀にかけて、イギリスには熱心な信者が多く、殊に司祭修道士達の間からは、己が信仰に精進するばかりでなく、遙々外国までも押し渡って布教に活躍する者が輩出したが、異教国ドイツに乗り込んだ人も少... 続きをみる
聖カロロ・ルワンガと同志殉教者 記念日 6月3日 ウガンダのムワンガ王は、自分の侍従兼王室長官としてヨセフ・ムサカ・バリクデンペという若いキリスト信者を任命した。ヨセフは、ムワンガ王が若者たちをみだらな行為に誘うので、王を嫌って、若者たちを保護しようと努めた。その頃、王は外国から来る訪問客たちが自分... 続きをみる
聖エラスモ司教殉教者 St. Erasmus m. 記念日 6月2日 一般に聖エルモという名で知られているエラスモは、シリア人でイタリアのカンパーニャのフォルミアの司教であったと伝えられている。キリスト信者たちがディオクレチアヌス皇帝によって迫害されていた時、エラスモはレバノン山に逃げて、毎日カラス... 続きをみる
聖ジャンヌ・ダルクおとめ殉教者 記念日 5月30日 1329年、フランス王チャールズ4世の逝去によりカペー王朝が断絶し、そのいとこにあたるヴァロア家のフィリプがあとを継いだ。ところが、英王エドワード3世はチャールズ4世のおいにあたるという理由からフランス王位相続権を主張して一歩もゆずらなかった。ここ... 続きをみる
パッチの聖マリア・マグダレナおとめ St. Magdalena a Pazzis V. 記念日 5月29日 パッチの聖女マリア・マグダレナは1566年、イタリアのフィレンツェの名門パッチ家に呱々の声を挙げた。洗礼の折りにはシェナのカタリナと命名された。栴檀は双葉より香しとやら、彼女もつとに幼児より聖... 続きをみる
カンタベリーの聖アウグスチノ司教 St. Augustinus E. D. 記念日 5月27日 4世紀の民族大移動に際し、アングロ・サクソン族はブリタニア(今のイギリス)に侵入し、既にキリスト教の教化に浴していた土着民を殺戮、征服したので、同地における聖会も一時全滅の悲運を見るに至ったが、ローマにあ... 続きをみる
聖フィリポ・ネリ司祭証聖者 St. Philippus Neri C. 記念日 5月26日 「汝等常に主において喜べ、我は重ねて言う、喜べ!」(フィリピ書 4・4) フィリポ・ネリは、この使徒聖パウロの言葉を一生の標語としたような聖人であった。フィリポ・ブオノ(善良なフィリポ)と言えば当時のローマ市... 続きをみる
聖マグダレナ・ソフィア・バラ修道女 St. Magdalena Sophia Barat V. 記念日 5月25日 カトリックの女子修道会も数多あるが「聖心会」の如きは、最も大にして最も著名な一つであろう。同会経営の女子教育機関は殆ど世界の各国に亘って置かれ、我が国においても東京、神戸の両市にその女... 続きをみる
聖デシデリオ司教殉教者 St. Desiderius M. 記念日 5月23日 デシデリオは6世紀の中頃にゴールのオータンで生まれて、後にウィーンの司教になった。当時は、教会の聖職者たちの規律がゆるんでいたので、それを改めさせるためにデシデリオは力を尽くした。そのうえ、宮廷でも不品行なことが行われて... 続きをみる
カスチアの聖リタ修道女 St. Rita de Cascia 記念日 5月22日 1377年イタリアのロカポレナで農民の家に生まれた若きリタは、修道女になることを願ったが、両親の願いに従って結婚した。彼女の夫は、凶暴で放蕩であることがわかり、彼らの二人の息子はますます彼を真似するようになっていった。... 続きをみる
聖マリア・ドミニおとめ St. Maria Dominica 記念日 5月15日 聖マリア・ドミニカ・マゼレロおとめは1951年6月24日にピオ12世によって列聖された、彼女は我が国において宮崎教区をはじめ大分教区、東京大司教区、大阪大司教区等で活動している「扶助者聖マリアの修女会」(扶助者聖母会)... 続きをみる
使徒聖マチア St. Matthias Ap. 祝日 5月14日 ある日聖ペトロが使徒達を代表して「主よ、私共は一切を棄ててあなたに従いました。その代わりにはどんな報酬が得られましょう?」とお訊ねすると、聖主は「我に従うた汝等は、世あらたまって人の子がその光栄の座に就く時、同じく12の座に就いてイス... 続きをみる
聖ネレオ、聖アキレオ兄弟、聖ドミチラおとめ、聖パンクラチオ殉教者 記念日 5月 12日 Sts. Nereus, Achilleus, Domitilla et Pancratius M.M. 聖会は本日4人の聖なる殉教者を併せ記念する。その天国への凱旋の日は必ずしも同一ではないが、共にローマ帝国の... 続きをみる
聖イシドロ農夫 St. Isidorus C. 記念日 5月11日 天主は社会のあらゆる階級、あらゆる方面の人々に、それぞれ模範となり保護者となるようなさまざまの聖人を起こし給うが、本日祝う聖イシドロは生前農業を生業としていた所から全世界農民の保護者と仰がれている聖人であって、4月4日のくだりに述べ... 続きをみる
フィレンツェの聖アントニノ大司教 St. Antoninus Archiep. 記念日 5月10日 イタリアのフィレンツェは古来数多の名高い美術家、政治家、文学者等を生んだ由緒ある土地として知られているが、そればかりでなく、同市を揺籃とした聖人も少なくない。本日記念する聖アントニノもその一人である。... 続きをみる
タレンテスの聖ペトロ司教 記念日 5月8日 タレンテスのペトロほど成功した司教は他にないであろうが、また彼ほど司教職につくことをいやがった者もないだろう。 ペトロの唯一の望みはシトー会の修道者になることであった。20歳の時にシトー会の修道院に入ったが、自分の両親と兄弟、姉妹にも修道院に入るように勧め... 続きをみる
ベバリーの聖ヨハネ司教 記念日 5月7日 イギリスの東部ベバリーの教会は、国中で最も美しいカテドラルだと言われている。それを建てた人はベバリーのヨハネ司教であった。 ヨハネは、福音史家聖ヨハネにささげられた小さな教会のそばに修道院を建てて、721年に死去した時、ここに埋められた。ベーダによると、ベバ... 続きをみる
聖ボニファチオ殉教者 St. Bonifatius M. 記念日 5月5日 この聖人はドイツの使徒と呼ばれる聖ボニファチオ大司教殉教者と異なり、四世紀ローマに生きていた人である。最初は聖人どころか、キリスト信者の名を汚すような罪の生活を送っていたが、後勇ましい殉教によってその一切を償い、以て聖なる痛... 続きをみる
聖フィリポ、聖ヤコブ使徒 Sts. Philippus et Jacobus App. 祝日 5月3日 聖フィリポ及び聖ヤコブ両使徒の記念は、昔から日を同じくして行われる定めになっている。しかし彼等は同じ日に帰天した訳でもなければ、主の御昇天後共に働いた訳でもない、却って別れ別れに異なる国へ、福音を... 続きをみる
聖アタナシオ司教教会博士 St. Athanasius E . D. 記念日 5月2日 堅信の秘跡を受けてキリストの兵士となった信者は、己の信仰の為、力を尽くして闘わねばならぬ。ただしこの世の兵士の如く武器を用いるのではない、各自の能力に応じて、或いは学問により、或いは祈りにより、或いは迫害の時にも... 続きをみる
聖ジェオルジオ殉教者 St. Georgius Mart. 軍人の守護者 記念日 4月23日 聖会の初代にはローマの軍隊中に数多のキリスト信者が出来、殉教した人も少なくなかった。かように軍人が入信し易かったのは恐らく厳しい軍紀に慣れた身には聖教を守ることも難しくなく、またいつ何時祖国の為生命を投げ出... 続きをみる
聖アダルベルト司教殉教者 St. Adalbertus Ep. et Mart. 記念日 4月22日 中央ヨーロッパの一小公教国、チェコ・スロバキアの首府プラハは、古来文化の中心地として世に聞こえているが、それにもまして同市の誉れとなるのはヨハネ・ネポムク(5月16日)、ヴェンセスラオ王(9月28日... 続きをみる
聖アンセルモ大司教教会博士 St. Anselmus Archiep. et D. 記念日 4月21日 中世期の大学者大人物と讃えられる聖アンセルモは、1034年イタリアのピエモント州アオスタ市の富貴の家に生まれた。子供の頃から信心の業を好み、修道院に入って一生を天主に献げようと志した。しかし血気盛... 続きをみる
聖アポロニオ殉教者 St. Apollonius Mart. 記念日 4月18日 ローマ皇帝マルコ・アウレリオは聖会に峻烈な迫害を加えた。しかしその死後帝位を継いだ彼の子コモドはキリスト教徒に寛大であったので、聖会も暫く平和を楽しむ事が出来、信者の数も著しく増加し、上流の家庭からも信仰に入る者が少な... 続きをみる
聖ベルナデッタおとめ St. Bernadetta Virg. 記念日 4月16日 フランスのルルドは、1851年2月21日天主の御母が14歳の一少女に現れ給うた所として、全世界に有名であるが、その御出現に就いては既にその祝日なう2月11日のくだりに記した。本日は右の少女ベルナデッタの記念日であるか... 続きをみる
聖リドヴィナおとめ St. Lidwina Virg. 記念日 4月15日 我等はなぜ、また何の為に苦しまねばならぬか?これは古来人類にとって一つの大いなる謎である。この謎を解く鍵として、天主は旧約時代ヨブという聖人を世に遣わし給うたが、新訳時代に於いて同じ使命を託されたと見るべき人の中に、聖女リド... 続きをみる
聖ユスチノ殉教者 St. Justinus Mart. 記念日 4月14日 第二世紀の聖ユスチノは初代キリスト教会に於ける最も有名な聖人の一人で、その事跡も聖人自身がものにした記録によって比較的明瞭に知ることが出来る。 彼はパレスチナのシケムに生まれた。この町は紀元七十年ローマ皇帝ティトの軍勢が聖地... 続きをみる
聖ゼーノ司教殉教者 St. Zeno Ep. et Mart. 記念日 4月12日 聖ゼーノはイタリアのヴェロナ市の司教で、4世紀に起こったアリオ派の異端と戦い、その害毒に滅びんとする者を救おうと努めた聖教教父達の一人である。司教になる前の事はあまり詳しく知られていないが、兎に角聖アウグスチノと同時... 続きをみる
聖女ワルトルーディス St. Waltrudis Vid. 記念日 4月9日 聖女ワルトゥーディスは680年今のベルギーのヘンネガウ州に生まれた。両親はフランスのメロヴィング王室の親戚にあたり、その血縁からは聖女アデルグンディス、その夫聖ヴィンセンシオ、その三子ランドリコ、聖女マデルベルタ、聖アデル... 続きをみる
聖ヨハネ・バプチスタ・ド・ラ・サール司祭 記念日 4月7日 近代教育の先駆者と呼ばれるヨハネ・バプチスタ・ド・ラ・サールは1651年フランスのランスで生まれ、10歳で司祭を志して勉強を始め27歳の時叙階された。彼は貧しい少年達の教育に身を献げることを決心して、司教座聖堂参事会員の地位と自分の家族の遺... 続きをみる
エスキルの聖ウイリアム修道士 記念日 4月6日 ウイリアムは1125年頃パリで生まれた。パリのサン・ジェネヴィエーヴ・ド・モン教会の参事会員として功績をあげ、後にデンマークのロスキルドの司教の依頼で、エスキロにある修道院の院長となった。 デンマークでは、彼がフランスで経験したことが大いに役立った。ウ... 続きをみる
聖イシドロ司教教会博士 St. Isidorus Ep. et D. 記念日 4月4日 聖イシドロの家はスペインの王室と縁続きであり、殊にもの聖人を出した事で名高い。イシドロの父はカルタゲナ州の総督で、母はテオドリッヒ王の後裔であった。さればこれら父祖の勇ましい血を受けた4人の子、レアンドロ、フルゲ... 続きをみる
黒人聖ベネディクト証聖者 St. Benedictus a S. Philadelpho C. 記念日 4月3日 聖書に「神には人就きて偏り給うが如き事なし」(ローマ人への手紙2-1)とあるが、その通り天主は誤り易い人智の判断とは異なり、その底の底まで見抜き給う全知のよしとする所に従って、聖寵を分か... 続きをみる
パオラの聖フランシスコ証聖者 St. Franciscus de Paola C. 記念日 4月2日 イタリアのパオラ市に住む敬虔なヤコボ・マルトリラ夫妻は子宝がないのを悲しみ、アッシジの聖フランシスコの取り次ぎによってこれを与えられん事を天主にお願いした。その甲斐あって1416年、遂に男の子を儲け... 続きをみる
聖フーゴ司教証聖者 St.Hugo E. 記念日 4月1日 聖人達の伝記を調べて見ると、敬虔な父母の子と生まれた人が非常に多い、例外もあるが大方は「善き木は善き実を結ぶ」という聖福音の聖言葉通りである。即ち善き親は大抵善き子を恵まれるのである。 聖フーゴの両親もやはり信心深い人々であった。父は勇まし... 続きをみる
聖バルビナおとめ St. Balbina Virgo 記念日 3月31日 聖女バルビナは2世紀初めの人である。父はクイリノのいいローマ帝国の軍人で、大佐まで昇進した。父も娘も最初は偶像教の信者であったが、後には共にカトリック教に入り、二人ながら聖人の列に加えられたのは、いかにも恵まれた親子ではないか... 続きをみる
聖ポリカルポ司教殉教者 St. Polycarpus E. et M. 記念日 2月23日 火に近づけば近づくほど、その熱を受ける事も甚だしい。されば火のような信仰の持ち主であった使徒達の直弟子が、衆に勝れた熱烈な信仰を有していたのも不思議ではあるまい。一昨日の所に記した聖パウロの愛弟子聖テモテオな... 続きをみる
聖ペトロ・ダミアノ司教教会博士 St. Petrus Damiani E. et Doct.Eccl 記念日 2月21日 主イエズス・キリストの聖言に「汝等は世の光なり。(中略)汝等の光は人の前に輝くべし」(マテオ5-14,16)とあるが、中世紀の有名な教父、聖ペトロ・ダミアノ枢機卿こそは、まことに... 続きをみる
レオニッサの聖ヨゼフ証聖者 St Josefus a Leonissa 記念日 2月20日 西暦1556年北イタリアのミラノ市で聖フランシスコの流れをくむカプチン会修道者フェルノのヨゼフという一司祭が逝去した。この人は欧州に盛んな「四十時間の御聖体訪問」という信心の業をはじめて提唱したので知られてい... 続きをみる
聖王カヌト4世殉教者 St. Canutus IV.M. 記念日 1月19日 天主より受けた主権を乱用せず、人民を正しく治め、之に諸徳の模範を示す国王こそ、真に尊敬すべく心服すべき仁君であると言わねばならぬが、聖カヌトもそういう一人であった。 カヌトは11世紀の末頃、北欧デンマークの国王であった人で... 続きをみる
聖フランシスコ・ザビエル司祭証聖者 St. Franciscus Xaverius C. 記念日 12月 3日 東洋に福音を宣べ伝えた宣教師の中で誰が最も名高いかと言えば、それは聖フランシスコ・ザビエルであろう。彼は1506年4月7日スペインはナヴァラの貴族の子として生まれた。不幸間もなく戦乱その他... 続きをみる
聖カタリナ・ラブレ修道女 St. Catherine Laboure 記念日 11月28日 不思議のメダイの聖母がお現れになったカタリナ・ラブレはフランスのブルゴンヌの小村で1806年に生まれた。9歳の時母に死に別れてから、もっぱら家事に専念したが、1830年7月18日愛徳姉妹会に入ってパリの修道院... 続きをみる
ハンガリーの聖エリザベト王妃 記念日 11月17日 エリザベトは1207年にハンガリーの王女として生まれ、4歳の時、ドイツのチューリンゲンの領主ヘルマンの子息で当時11歳のルードヴィッヒと婚約させられた。そして領主の希望により、将来領主の后として必要な教養を与えるためにチューリンゲンのワルトブルク城... 続きをみる
聖大アルベルト司教教会博士 St. Albertus Magnus Ep. D. E. 記念日 11月15日 聖トマス・アクイナスや聖ボナヴェントゥーラと共に中世紀神学界一方の権威であり、スコラ哲学の先駆者であった聖大アルベルトは1193年南ドイツ、ラウィンゲンのボルスタット家に呱々の声を挙げた。幼... 続きをみる
聖ヨゼフ・ピニャテリ 記念日 11月14日 1737年スペインのサラゴサ市に貴族の親から生まれたヨゼフは、1753年イエズス会に入会し、1762年司祭に叙階された。学校で教えるかたわら、貧しい人に喜んで教理を教え、病人を見舞い投獄された人々を訪れて慰めたりした。健康がすぐれていないのに、いつも神に信... 続きをみる
聖スタニスラオ・コストカ 記念日 11月13日 1550年、ポーランドの上流階級の家に生まれたスタニスラオは14歳の時兄と一緒にオーストリアのウイーンに留学するようになった。そこで彼は反対したが兄はプロテスタントの家に下宿するようになった。15歳のとき重病にかかり、悪魔は猛犬の姿で攻めてきた。彼は御... 続きをみる
聖ヨサファト司教殉教者 St. Josaphat E. M. 記念日 11月12日 コンスタンチノープル総主教区に属するキリスト教会は不幸にも10世紀の頃ローマ教会を離れたので、爾来教皇庁は常にその帰正に努めてきたが、、その運動は16世紀南東ロシアやポーランドに於いて盛んであって、1594年離教側の... 続きをみる
ツールの聖マルチノ司教 St. Martinus de Tours E. 記念日 11月11日 ハンガリーの首都ブダペストの付近聖マルチノ山に立つ修道院は、同国カトリック教の中心ともいうべく、既に創立以来千年の歳月を閲した由緒ある名刹であるが、同国の名は317年その麓なるサバリア市に生まれた聖人にち... 続きをみる
真理的に「お金」とは?
一人を全体のように・・・
罪を憎んで人を憎まず
神様が喜ぶ再出発には・・・オモニの間違いは間違いと言える文化が必要です。
実際は、Holyではなくて、Horribleかな?
数が非常に多くなっている絶対善霊が働いてないからです・・・
統一教会の考察 149 「天の父母様」
神様を求める原動力
飛蚊症
原理講論547頁『天の側とサタン側が・・・』⇒【特殊摂理】天の側とサタン側の連合軍!
問題に直面して二つの道があるんです・・・。
神様が実在されるということは、叙事詩では通じないということ。
「世界大会議」をすべきと思います・・・。
自己否定して美しい晩年を・・・
神様の摂理を振り返ると・・・生まれ変わるべき日本、日本家庭連合。
祝福の基「アブラハム」
最初に、神は光あれと言った。すると光があった、という話がありますが、
【動画メモ】幕屋のすべてに意味がある! ①|第18話:シャロームイスラエルシーズンⅠ(2014-2016)
「ナフサ」の話
サマリヤの女
【動画メモ】現代イスラエルにも神様は働かれている! ②|第17話:シャロームイスラエルシーズンⅠ(2014-2016)
統一教会の考察 143 「逆境はチャンス」
難しい時代 3
【動画メモ】現代イスラエルにも神様は働かれている! ①|第16話:シャロームイスラエルシーズンⅠ(2014-2016)
難しい時代 2
信仰の体験談 「刈り込み(1)」
【動画メモ】死海写本は見つからなかったのが奇跡⁈|第15話:シャロームイスラエルシーズンⅠ(2014-2016)
難しい時代
【動画メモ】本当の種なしパンの作り方!|第14話:シャロームイスラエルシーズンⅠ(2014-2016)
聖書の言葉