女性編34/特別御作法の裏事情
徳川幕府には歴代15人の将軍とその正室・側室がいました。 そして、それら歴代の正室・側室の人数を合計すると一体何人になるのかは 知りませんが、その中でたった一人だけ極めて特異な扱いを受けた女性がいます。 誰かって? 実は二代将軍・秀忠(1579-1632年)の正妻・お江サン(1573-1626年)で... 続きをみる
徳川幕府には歴代15人の将軍とその正室・側室がいました。 そして、それら歴代の正室・側室の人数を合計すると一体何人になるのかは 知りませんが、その中でたった一人だけ極めて特異な扱いを受けた女性がいます。 誰かって? 実は二代将軍・秀忠(1579-1632年)の正妻・お江サン(1573-1626年)で... 続きをみる
徳川幕府歴代15人の将軍には、正室の他にもそれなりの人数の側室がいました。 その歴代分の全部を合算すると一体何人になるのかは知りませんが、その中に たった一人だけ、極めて異例で「例外」的な扱いを受けた女性がいます。 二代将軍・秀忠(1579-1632年)の正室・お江サン(1573-1626年)がその... 続きをみる
筆者の生息地・熱田では、地元の熱田についてもっとよく知ろう、もっとよく 知って貰おうとの趣旨のイベントがこ数年続けて開催されています。 うっかりすると噛みそうなタイトルですが、「あったか!あつた魅力発見市」と 銘打っています。 もっとも、こうした地元の啓発・情報発信という高尚系の目的だけではなく、 ... 続きをみる
江戸幕府第二代将軍である父・秀忠(1579-1632年)とともに上洛(1623年)した 徳川家光(1604-1651年)は、朝廷より,将軍宣下を受けました。 第三代将軍の誕生です。 そして二年後、大御所だった秀忠が死去した際には再びの上洛を果たしました。 その大きな目的のひとつに、江戸幕府の権威を朝... 続きをみる
江戸幕府第三代将軍・徳川家光(1604-1651年)のエピソードには割合ユニークに 感じられるものも少なくありません。 たとえば、将軍職に就任した際に諸大名に発したこんな言葉。 ~余は生まれながらの将軍である~ 将軍になる人自体が非常に稀である上に、そこに「生まれながらの」が付くのですから、 「割合... 続きをみる
江戸幕府の第三代将軍となった徳川家光(1604-1651年)の政治姿勢を眺めると、 少なからず「上から目線」であることに気が付きます。 家光の祖父である初代将軍・家康(1543-1616年)も、また父である二代将軍・ 秀忠(1579-1632年)も、かつては諸大名らと共に戦地を駆け巡った経験を持つ ... 続きをみる