私の日本地図のムラゴンブログ

  • 初詣は一関 配志和神社

    令和になって最初の正月は、妻と義姉と一緒に平泉・一関で過ごした。 宿泊した宿は衣川の高台にあったので、元日の朝、中尊寺・金色堂のある丘陵、金鶏山、義経堂のある高館(たかだち)など、初日に輝く世界遺産平泉の中心域が一望できた。 平泉・一関地方は江戸時代から続く「もち食文化」の地で知られる。道の駅厳美渓のレストランで、お正月らしくお餅を食べることに。ごま、沼えび、ずんだ、餡など8種類の餅が味わえる「和

  • 奈良井宿を歩く

    前にこのブログで紹介したRambalac(ラムバラック)さんのYouTubeチャンネルに、奈良井宿(長野県塩尻市)がアップロードされていた。ちょうど1年前、私も同じ季節に同じコース(下町から上町まで)でこの宿場町を歩いたので、再びその場に舞い戻ったような心持になった。 奈良井宿は江戸時代の5街道のひとつ中山道のほぼ中間、江戸から数えて34番目の宿場町であった。南に鳥居峠という難所を控え、峠越えに備

  • 吉田初三郎の種差海岸

    青森県八戸市へ行ったついでに種差海岸まで足をのばしたら、葦毛崎展望台の周辺でニッコウキスゲが今を盛りと咲いていた。 紫色の花はニッコウキスゲと同時期に咲くノハナショウブ 葦毛崎から大須賀海岸、白浜、深久保漁港を経て種差天然芝生地まで続く遊歩道(「みちのく潮風トレイル」の一部)が整備されている。海づたいに行くこの道を歩くのは楽しい。 中須賀海岸を延びる「みちのく潮風トレイル」の道 鳥瞰図絵師・吉田初

  • 気仙沼 五十鈴神社と大島大橋

    4月7日、宮城県気仙沼市の大島と本土を結ぶ気仙沼大島大橋が開通したのをニュースで知った。https://travel.watch.impress.co.jp/docs/news/1178703.html 気仙沼市の大島といっても、東北地方の太平洋側(三陸)の住民でなければ、あまりなじみのない島かもしれない。人口2400人余り、面積も東北最大の有人島で、全国に「大島」があることから、気仙沼大島と呼ば

  • 折口父子の墓碑と歌碑

    クリント・イーストウッドが監督した「硫黄島からの手紙」(2006)を見た時、折口信夫の門弟で養子となった藤井春洋が硫黄島で戦死したことに思い至り、それが涙腺をゆるめるきっかけになったのか、映画の後半になってから、私は恥ずかしいほどにボロボロと涙を流してしまった。映画館であれほど泣いたのは、10代後半に見たピーター・フォンダの「さすらいのカウボーイ」(1971)https://www.youtube

  • 追憶の京都「彷徨館」

    『ウンタマギルー』(1989)の高嶺剛監督に1度だけ会ったことがある。 1975年の夏だったろうか…。京都の百万遍交差点のそばに「彷徨館」という名の喫茶店があり、そこで私がつくった8mmフィルムの上映会を催したことがあった。上映までのいきさつについては、よく覚えていない。たぶん、「彷徨館」がインデペンデント・フィルムの上映の場を提供していて、それを何かで知った私がオーナーに申し込んだのだと思う。

  • 武蔵府中の思い出

    東京都下、多摩地域の府中市に、1976年の春から冬にかけて住んだ。府中の名は遠く律令時代、大化の改新(645年)の後、ここに武蔵国の国府が置かれたことによる。他の地方の府中(広島県に同名の市がある)と区別する為に「武蔵府中」とも呼ばれるこのまちを、30数年ぶりに訪ねてみた。 京王電鉄京王線の府中駅は高架駅となり、駅周辺は再開発ですっかり様変わりしていた。変わらないのは、甲州街道を横切って南北に延び

  • 「天国」の日々

    およそ30年前、20代半ばに四国の高知市に1年あまり棲んだ。その時にとてもお世話になったOさんから「天国のおばちゃんに会った」と電話があった。そのことばだけ聞くと、亡くなった人に会ったと言っているみたいだが、そうではない。「天国」は高知の繁華街にあった酒場の名前で、その酒場のオーナーであったおばちゃんに会ったと言っているのだ。 普通、おばちゃんがやっている酒場といえば客層の年齢が高いのが普通だが、

  • 足助を訪ねて

    三河・尾張の旅で、「中馬(ちゅうま)のおひなさん」のまつりで賑わっている足助(あすけ)に、柄澤照文さんを訪ねた。柄澤さんは菅江真澄や松浦武四郎の足跡をたどるスケッチ旅をしたり、全国各地の町並や農村風景などを描いている岡崎(愛知県)在住のペン画家。 柄澤さんと初めて会ったのは今から20年ほど前のこと。柄澤さんが菅江真澄の足跡をたどるスケッチ旅の途中に秋田に立ち寄った際、取材した地元新聞社の記者がたま