• 江戸を見れば 101  大石ら46人、切腹

     1703年元禄16年癸未(みずのとひつじ) 大石ら46人は2月4日に武士の礼をもって切腹させられた。その家族も縁坐によって処罰され吉良家の一族もそれぞれ処分された。  縁坐=犯罪人の親類縁者が連帯責任を取らされること。  切腹した46人には19人の男子がいたが15歳以上の者は4人で、4月27日に大島に遠島になった。それ以下のものはみな出家となった。  3年後の宝永3年に許されて帰ったが、ひとりだ

  • 江戸を見れば 97  金融緩和と物価上昇

     1699年元禄12年己卯(つちのとう) 幕府の無策な政策と金の含有量を減らした悪貨の流通で、通貨は膨張して物価の急激な高騰を招き人民の生活は非常な不安と困窮に襲われた。  それに対して幕府は倹約令を以て対応したのでますます不安定な社会状況となっていった。  大和郡山や江戸の大火、肥前の津波、津軽暴風、肥後・豊後の洪水と日本列島は自然災害で、「捨て子」の再々禁止令を出さなければならないほど人民は生