中世・近世ともに歴史の舞台となった下関:長州の旅・下関北九州編⑩
下関では唐戸市場でランチの後は、山陽道を東に進み、阿弥陀町に進みました。この地には895年(貞観元年)創建の阿弥陀寺がありましたが、明治時代の神仏分離により阿弥陀寺は廃止され、神社となり、天皇社と改称しました。さらに1875年(明治8年)に赤間宮と改称。官幣中社に列格されました。その後、1940年(... 続きをみる
下関では唐戸市場でランチの後は、山陽道を東に進み、阿弥陀町に進みました。この地には895年(貞観元年)創建の阿弥陀寺がありましたが、明治時代の神仏分離により阿弥陀寺は廃止され、神社となり、天皇社と改称しました。さらに1875年(明治8年)に赤間宮と改称。官幣中社に列格されました。その後、1940年(... 続きをみる
日清戦争前、旅順には防衛部隊33個営(キャンプ)15,000人が駐屯した。清軍の訓練場の写真は、殆ど見られない。最近ネット上に旅順清軍の古写真を発見した。 上面の写真は大変貴重である。これは1886年5月21日、李鴻章が醇親王奕譞に伴って黄金山砲台を視察する途中の写真で、沿道には黄仕林総兵が率いる1... 続きをみる
当地時間1896年8月28日、大清帝国直隷総督兼北洋大臣李鴻章は、米国訪問を開始する為にクルーズ客船「セント・ルイス」でニューヨークに到着しました。 李鴻章はアメリカのクリーブランド大統領から迎えられ、アメリカの要人や群衆と会い、「前例のない礼儀」を受けた(ニューヨーク・タイムズ)。このインタビュー... 続きをみる