Ⅲ-11 オオナムチ命を追い出したオシホミミ命
●英彦山神宮座主教有の奉願口上覚 前回、ニニギについて書きました。今回はその父親であるオシホミミについてです。 九州の式内社を調べているときに、オシホネ命(オシホミミ命)が香春岳二ノ岳と英彦山に祭られていることを知りました(Ⅰ-10 山幸彦・海幸彦に関連する式内社(6)福岡・大分参照)。 また、弥生... 続きをみる
●英彦山神宮座主教有の奉願口上覚 前回、ニニギについて書きました。今回はその父親であるオシホミミについてです。 九州の式内社を調べているときに、オシホネ命(オシホミミ命)が香春岳二ノ岳と英彦山に祭られていることを知りました(Ⅰ-10 山幸彦・海幸彦に関連する式内社(6)福岡・大分参照)。 また、弥生... 続きをみる
●薩摩の甕棺 弥生時代の博多湾岸の状況がわかったところで、時間をⅠ章まで巻き戻します。トヨタマヒメの伝承が対馬→糸島→薩摩でつながることを見つけたころです(Ⅰ-4 糸島の伝承参照)。 そのころ、私はまだ彼女の存在に懐疑的でした。対馬と糸島の関連は朝鮮半島との交易路が予想できましたが、糸島から遠く離れ... 続きをみる
●博多湾岸の分業体制 弥生時代の博多湾岸の遺跡は、特色があるものが目立ちます。石斧生産の今山遺跡、石包丁生産の立岩遺跡、製塩の姪浜遺跡、巨大な墓地の吉武遺跡群、金属器・ガラス器製造の須玖遺跡群、交易の西新町遺跡などです。 私は、これらの遺跡とともに、志摩半島の遺跡も重要な役割を果たしていたと考えてい... 続きをみる
●広がる銅鏡出土遺跡 弥生後期は、AD1世紀半ばから3世紀半ばまでの200年ほどの時代です。弥生末期も弥生後期に含めることにします。 天皇の在位期間で考えると、第4代懿徳(いとく)天皇から第10代崇神天皇あたりまでの時代に重なります。 遺跡では、博多湾岸の交易拠点である西新町(にしじんまち)遺跡や、... 続きをみる
●鏡が出てくる天岩戸神話 日本書紀には、日向三代や神武天皇の段に銅鏡は描かれていません。これは、彼らが生きた弥生中期後半(須玖Ⅱ式の時代)の遺跡からは、南九州や大和では銅鏡の出土が乏しいという考古学的状況と矛盾しません。 歴代天皇の中では、崇神天皇の段で鏡が初めて出てきます。 しかし、日本書紀におい... 続きをみる
●立岩遺跡群 立岩遺跡群は、博多から一山越えた嘉穂盆地(飯塚市)にあります。良質の石材から石包丁が作られ、弥生中期後半に栄えたところです。博多湾から離れているにも関わらず、立岩堀田遺跡の10号甕棺墓からは前漢鏡が6面出土しました。周辺の甕棺と合わせると出土した前漢鏡は合計10面です。これは、三雲南小... 続きをみる
●絹の出土 鉄や青銅を得るための輸出品として絹を重視するのは、その生産が朝鮮半島より北部九州のほうが早かったように思えるからです。漢にとってはシルクロードを通してローマ帝国におくるような重要な製品でした。蚕の国外持ち出しも禁止していました。その絹を倭が朝鮮半島に先駆けて生産していたようなのです。 古... 続きをみる
トヨタマヒメが対馬から糸島、薩摩へ移動したとき、ホホデミやニニギはどこにいたんでしょう。薩摩にいたのか、糸島にいたのか。 その手がかりを探す間に前章の古代史年表をつくり、トヨタマヒメとホホデミが生きた須玖Ⅱ式の時代(弥生中期後半)以降の北部九州、大和、南九州の状況を俯瞰することにしました。遠回りにな... 続きをみる
●まとめ 舒明天皇(641年没)と47世代後の昭和天皇(1989年没)から平均没年間隔を28.7年と算出し、雄略天皇の没年(479年)を起点に、天皇系図に従ってタカミムスビまでの没年を機械的に計算しました。 推定没年=479-28.7×(雄略天皇からの世代数) その結果から得られる崇神天皇の推定在位... 続きをみる
●春秋年法 古代天皇の在位期間を推定する方法として最初に私が注目したのは、長浜浩明氏が『古代日本「謎」の時代を解き明かす』で提唱した方法でした。 長浜氏の方法は、「古代の倭人たちがある時点まで、1年に2歳年をとる春秋年を使っていた」という仮説に基づいています。 この仮説をもとに日本書紀と古事記に書か... 続きをみる
Ⅱ-1では、箸墓古墳の築造年代(AD240~260年)から崇神天皇がAD250年ごろに生きていたと仮定しました。その上で、1世代25年とした場合はホホデミの生存年代をBC25年、1世代30年とした場合はBC80年と推定しました。 しばらくはこの推定で考えていたのですが、あるとき「1世代何年かを実際に... 続きをみる
トヨタマヒメを追いかけるときに必要なのは、彼女がいつごろ生きていた人かということ。おおまかでいいから、それを決めないと遺跡との関連がつけにくいです。 トヨタマヒメはホホデミの妻ですから、二人は同世代と考えて、以下ではホホデミについて年代推定します。 年代推定でまず思いついたのは、古代天皇の系図と箸墓... 続きをみる
今回は、宮崎、鹿児島の式内社7社に関しての私の解釈、補足、感想です。まだ、調査不十分で、現地にも行っていないので、途中段階での考察になります。 鹿児島と宮崎は、記紀神話の日向三代と神武天皇にまつわる神社が多いところです。そのうち式内社になっているのは霧島神社、鹿児島神社、宮浦神社だけでした。高千穂神... 続きをみる
学校の授業はまったく興味 なかった古代史。 古代史は少しずつ新しい 発見がありワクワクします。 前方後円墳が北は東北、 南は九州まで見つかって いたとは驚きです! 倭の五王の時代知りません でした。 百済の応援のために朝鮮に 出兵してたんですね。 そこで馬の偉大さを知る。 そして百済から馬を贈られて... 続きをみる
その神社がそこに存在することの謎を追うと…
Ⅱ-6 天皇系図を裏付けるもの (1)風土記の年代表記
Ⅱ-5 長浜浩明氏の春秋年法
Ⅱ-4 没年法で古代天皇の在位時代を推定する
Ⅱ-3 三雲南小路遺跡 三雲の王と王妃の墓
縄文時代にもどりたい? (笑)
Ⅱ-2 ホホデミ・トヨタマヒメが生きたのは須玖Ⅱ式の時代
宇宙人はくるのか? (笑) 2
Ⅰ-13 まとめ・参考文献
Ⅱ-1 ホホデミ・トヨタマヒメはいつごろ生きていたのか?
Ⅰ-12 山幸彦・海幸彦に関連する式内社(8)宮崎・鹿児島
Ⅰ-11 山幸彦・海幸彦に関連する式内社(7)宮崎・鹿児島
Ⅰ-9 山幸彦・海幸彦に関連する式内社(5)壱岐
Ⅰ-8 山幸彦・海幸彦に関連する式内社(4)
Ⅰ-7 山幸彦・海幸彦神話に関連する式内社(3)
仙台から乗り換えて国府多賀城へ。仙台から北の本州は、個人的に未踏の地。 今回は多賀城跡を見に行くことが目的です。 国府多賀城駅は、「ここで降りていいんですか!?」と慄くほど鄙びていたけれども。 すぐ駅前に立派な建物が。「東北歴史博物館」と。 当初予定になかったものの、入ってみることに。 もともと西日... 続きをみる
「思考力」って何さ! 聖徳太子さんって有名だよね。 すでに小学校で習っているし、余裕さっ(。-∀-) ニヒ。 なんて思ってたら、「思考力」身につかんぞっ。 マジでっ!・・・「思考力」って何さ?だって、答えられるからいいだろっ ぷんっ(-ε´-。))) これこれ、怒るでないゾ。あのね~、kelo太郎は... 続きをみる
高地性集落の分布変遷 各時代の分布変遷 ではどのような分布変遷を辿ったか見てみよう。 ①高地性集落第2次 瀬戸内、近畿、九州北部にまばらに出現する。 ②高地性集落第3次 東部瀬戸内、西部瀬戸内、近畿を中心に広がる。 ③高地性集落第4次 東部瀬戸内、近畿が中心。近畿の高地性集落が増加する。 ④高地性集... 続きをみる
前回私は「前ヤマト王権」と「邪馬台国」が同時期に別勢力として存在していたという説を立てました。 今回と次回にわたり、考古学的な視点からその根拠を以下の2つ提示したいと思います。 今回は高地性集落の分布変遷と用途についてです。 高地性集落の分布変遷と用途 高地性集落の用途 では最初に高地性集落の分布変... 続きをみる
今回からブログ形式にて、「空白の四世紀」について書いていきたいと思います。 今後私論を展開していくにあたって、私が考えるおおまかな結論から述べたいと思います。 空白の四世紀に何があったか。 現在の皇室に繋がる「ヤマト王権」(今後、便宜上「前ヤマト王権」とする)と『魏志』倭人伝に登場する「邪馬台国」、... 続きをみる
源平池の白い蓮(鎌倉)
修善寺の旅(19)横瀬八幡神社(2)北条政子ゆかりの孔門石
第55位【北条泰時(鎌倉幕府の執権)】弐
鎌倉武士ってどんな闘い方をしたんですか?
修善寺の旅(18)横瀬八幡神社(1)源頼家の廟
【ミステリー好きにも】木挽町のあだ討ち【時代劇好きにも】
修善寺の旅(17)十三士の墓
【豊臣兄弟!第26回「信長を笑わせろ!」ネタバレ感想】まさかの信長甥・信澄黒幕説!羽柴兄弟の誤算が悲劇を招く?
修善寺の旅(16)源頼家の墓
修善寺の旅(15)指月殿
修善寺の旅(14)源頼家が幽閉された修禅寺
「草燃える」「鎌倉殿の13人」の地に歴史館「いずしる」誕生&過去の大河ドラマを見るには
「真夜中のギター」が聞こえた夕空
修善寺の旅(13)源頼家ゆかりの筥湯
【読書】『源氏物語』はファンタジーだったのか【はたのしい】
Peaceful days and fun of a village head in 19th century, part 16(千葉県流山の名主日記)
Peaceful days and fun of a village head in 19th century, part 15(千葉県流山の名主日記)
Peaceful days and fun of a village head in 19th century, part 14(千葉県流山の名主日記)
【江東区】深川江戸資料館【屋内に江戸時代の街並みが】
【多摩市】旧富澤家住宅【駅近くの立派な古民家】
手鎖心中(てぐさりしんじゅう)・江戸の夕立 井上ひさし
和田傳「わが人生」と和田家に伝わる文書
天地明察(てんちめいさつ) 冲方丁(うぶかたとう)
【松阪市】松浦武四郎記念館【北海道の名付け親】
【鴨川市】naeme farmers stand【ハーブやジビエの古民家カフェ】
寺町
「新編相模国風土記稿」の「国立国会図書館デジタルコレクション」へのリンクについて
みをつくし料理帖 邦画
【普段着の着物】日常生活でのこだわりの道具【昔の暮らし!?】
【奥州市】奥州市武家住宅資料館(旧内田家住宅)【違い棚の素敵な古民家】