恐山を想う② ~イタコ~
イタコとは東北地方北部の青森県津軽地方において、降霊術、霊視などで先祖の霊の言葉を人々に伝えることを職業とした巫女のことです。 最後のイタコといわれている松田広子さんです。 恐山に行ったら避けて通れないのがイタコの存在です。 私たちが東北を旅する道中のホテルでも、イタコに口寄せを依頼するツアーが入っ... 続きをみる
イタコとは東北地方北部の青森県津軽地方において、降霊術、霊視などで先祖の霊の言葉を人々に伝えることを職業とした巫女のことです。 最後のイタコといわれている松田広子さんです。 恐山に行ったら避けて通れないのがイタコの存在です。 私たちが東北を旅する道中のホテルでも、イタコに口寄せを依頼するツアーが入っ... 続きをみる
前記事 ↓ 血糖が落ち着いているのはいいけれど - 大真面目だがいつでも行きあたりバッタリ ・・・で、自身の耳鳴りについて書いたんだけど・・・ そういえば。 高卒で就職する頃、母から聞かされていたことを思い出した。 ” 2才の時、ブランコから落ちて頭を打って気を失った ” ってのを。 これ、4日(日... 続きをみる
坐禅とは、目に見えない大切なものを、しっかりと見悟る、心の眼を開く事であり、真実の命に目覚めるという事。
仏様を拝むとは、仏様を縁として、仏の智慧に入っていく、仏道そのものであり、真理と一つになる事。
何度失敗し、躓(つまづ)こうとも、心の在り方次第で、人は、何度でも、立ち上がり、挑戦できる。
ピンチはチャンス、大ショックこそ、大ラッキー。大きな苦難の先にこそ、大きな悟りの大光明がある。
夏休み北陸一人旅 永平寺編
ありのままに、あるがままに、ただ笑顔で、幸せに生きてさえいれば、誰しも、100点満点の花が咲く。
教義と矛盾する法要【曹洞宗(禅宗)】
坐禅はする程に、続ける程に、自分自身の命、縁により繋がっているあらゆる存在の尊さ、恩恵が、色濃く感じられていく。
全ての存在に慈しみの心を持ち、愛せる人は、全ての存在から慈しみの心を持たれ、愛される人。
ありとあらゆる生きとし生けるものの幸せを願う事、それは、自分自身の幸せを願う事。
福井旅行の巻⑩
為せば成る、為さねば成らぬ、何事も、成らぬは、己が為さぬなりけり。
一人の人が、ほんの一時でも坐禅をする無限の功徳は、全宇宙の諸仏が共に力を合わせても、推し量る事はできない。
自分に与えられた仕事は、今、できる時に、精一杯の力で取り組む。それが禅の教えであり、仏の生き方。
修行中の初体験、、、、、法話だからね!