• 平安と感謝をもたらすもの

    偽りの宗教と真の宗教はどのように見分けられるでしょうか。 簡単です。 偽りの宗教は恐怖と不安を煽りたてます。 真の宗教は魂の救いと平安をもたらします。 障害を持つ子の親の心境は、次のように変化していくと聞いたことがあります。 まず、否定。まさかうちの子が障害を持っているはずがない。 次に、怒りと絶望。なぜ、自分たちだけがこんな目にあうのか。健康な子供たちの姿を見ながら、体が震えるほどの憤り、絶望を

  • 私には夢がある(キング牧師)

    私には夢がある。 あの名演説をインターネットで聞くことができます。 リンクをご紹介します。 あのI have a Dream.は、演説の草稿にはなく、その場で語り出された、とも伝えられています。 人種差別は、アメリカだけの問題ではありません。我国自身の問題です。 同じ肌の色を持ち、ともに同じ国に生きる人同士が、互いに尊重し、ともに喜び、ともに泣き、互いに助け助けられて生きることが、なぜできないのか

  • 悪ガキと台風娘への向き合い方(父よ、あなたは偉かった!)

    ある時、スーパーマーケットで小学生ぐらいの3人の男の子が走りまわっていました。鬼ごっこでもしていたのでしょう。 「君たち、やめなさい!」厳しく叱りました。 ところがその後でもまたその子供たちが走りまわっているのです。私はそのうちの2人の手をつかみ、「やめなさい!」ともう一度厳しく言いました。 慌ててお母さんたちが飛んできて、「二度も注意されたでしょう。やめなさい!」と言って、私に「申しわけありませ

  • 毒母(どくぼ)の条件ー子供をつぶすもの(母よ、あなたは怖かった)

    子供を潰す毒母(どくぼ)の条件として、様々なサイトでチェックリストが公開されています。気になる方はお試しください。毒母だけでなく、毒父もあるでしょう。 ご自身が、お母様が、奥様が・・あるいはお父様が、ご主人が・・ 条件にどれだけ当てはまっているかちょっとチェックしてみてください。    例)「望み通りになるよう指図してばかりいる。」「『親子の縁を切る』といって脅したがる」「いつも自分が中心にいたい

  • おばちゃんはクリスチャン? (母よ、あなたは強かった!)

    「大阪のおばちゃん度チェックリスト100」というのがあります。 100の質問に「はい」「いいえ」で答えて、81点以上なら「最強のおばちゃん」 以下、20点刻みで「上級」「中級」「初級」「普通」と認定されます。 「商品はとりあえず値切ってみる」「お一人様3個までというチラシが入れば、家族を連れて買い物に行く」「車を運転していて、黄色信号ではアクセルを踏んで通過する。」 など、いかにもそれらしいリスト

  • 祈りの力

    平成4年(1992年)12月のことです。 種痘などの予防接種の副作用で死亡したり重い障害を負った被害者や家族が国を相手に損害賠償などの訴訟を起こし、勝訴判決を得ました。 しかし、失われた健康が回復することはありません。 被害にあった子供さんが、「注射・・」と恨めしそうに親御さんに語る、そんなことが新聞に載っていました。 なんと痛ましいことだ、と思い、次の瞬間、ほとんど恐怖に駆られました。 私の息子

  • 夏の輝き

    燃え立つ夏の太陽をいっぱいに受けて 街路樹から黄金のしずくがこぼれています。 木陰でひととき涼んでください。 僕たちは日の光に輝いています。 丸の内のビルの一角。ここにも命が輝いています。 【注】2012年7月に東京カベナント教会ブログ「重荷をおろして」に投稿していたものです。丸の内に勤務していたとき、昼休みに撮影した写真です。

  • 誇りをかけた戦い

    あの日。 東京から高井戸まで4時間半歩いて帰宅しました。結構歩けるものだと思いました。 八重洲口から皇居を回り、新宿通りから甲州街道へと歩きました。 たくさんの人が秩序正しく、ピクニックにでも行くように、楽しげに歩いていました。 甲州街道の途中、ある会社のビルの前でおじさんたちが楽しげに呼び込みをしていました。 「トイレどうぞお使いください。お疲れの方、遠慮なく、中でお休みください。」 日曜日の夜

  • みつばさのかげに―第二次大戦に生きたあるドイツの作家

    朝ごとに主は 目を覚まさせ 私の耳に 語りかける 主のみ言葉で 迎える朝 私と共に 主はおられる。 (讃美歌21 第472番第1節) この讃美歌の右肩に「詞Jochen Klepper(1903-1942)」と書かれています。  39歳の若さで亡くなったヨッヘン・クレッパーは、ドイツでは著名な作家です。 ナチスの治世下でも、その作品は非常に高い評価を受けていました。 彼は、ユダヤ人の未亡人を妻に迎

  • 「受難(パッション)」を捧げた恵み~真夏の祈り~

    イエス様の十字架の受難を題材にした曲です。 聖イグナチオ教会のホイヴェルス神父の作詞、山本直忠先生(髭の指揮者山本直純先生のお父様)の作曲です。1950年に初演されましたが、1965年に山本直忠先生が亡くなった後は、演奏されることもなく、ようやく1994年に上野奏楽堂で直純先生の指揮で演奏されました。「エンゲルコール」(カベナントコワイヤ指導者の四家先生の賛美グループ)を軸に、いくつかの合唱団、オ

  • 「スラヴ舞曲集」の誕生

    ブラームスが貧しい音楽家のための奨学金の審査委員を務めていたときに、目に留まったのがボヘミアの田舎から応募してきた青年ドヴォルザークの曲でした。 ブラームスはこの青年が世に出るのに力を貸そうと決意します。「自分が世に出ることができたのはシューマン先生ご夫妻のご尽力によるものだ。自分はこの青年が世に出るのに力を貸そう、それが先生ご夫妻のご恩に報いることにもなる。」 ブラームスはそう考えたに違いありま

  • ブラームス「夏のサンタおじさん」

    ブラームスはどんな人でしょうか。 音楽室にかかっていたのはいかめしい顔つきの怖そうな人でした。 「これぞ大作曲家!」と惚れ込んでいる君も、「ブラームスは暗いから嫌!」というあなたも、ちょっと私の話を聞いてください。 交響曲第1番 (2005年6月池袋東京芸術劇場「宇宿允人の世界」フロイデフィルハーモニーの演奏より) ブラームスは大作曲家ではありません。普通のおじさんです。 苦労して迷って、散々時間

  • それでも、日本人は「戦争」を選んだ。

    東京大学の現代史の先生が歴史研究会の高校生を対象に5日間にわたった講義を本にされたものです。ぜひ多くの方に読んでいただきたいと思います。 この国の過去を振り返り、未来を考えるうえで、貴重な示唆があると思います。 一言だけ、この本で大変気になる箇所がありました。 「日本軍ほど自国の軍人を大切にしない軍隊はなかった。」という箇所です。 食料の補給も考えずに兵士を戦線に送り、戦死者よりも餓死者のほうがは

  • 広島とグラウンド・ゼロ

    私がはじめて広島平和記念公園を訪れたのは、もう30年ほども前でしょうか。 そこには、こんな碑がありました。 「安らかに眠ってください。 過ちは繰り返しませぬから」 かつて、この碑文をめぐって「主語がない。誰が過ちを犯したのか、誰が誤っているのかをはっきりさせるべきだ。」という議論があったのを思い出しました。 はじめてこの碑の前に立ったときに、なぜ主語がないのか、はっきりとわかりました。 この碑の前

  • 急募!クール・ジャパンのクールビズ

    クールビズというのが、おかしな方向に進んでいるように思います。 ビジネスの場の服装である以上、フォーマルな感じは崩さず、なお、自分にも涼しく、人にもさわやかさを感じさせることが必要でしょう。 くだけた服装やリゾートウェアをスーパークールビズというのは、いかがでしょうか。 ジーパンに至っては、工員さんが体を守るため厚手のデニム生地で作ったのです。暑苦しいことこの上もありません。 女性の夏の服装はバラ

  • 渡り廊下の祈り(病棟の七夕)

    2013年7月、私が急な病で入院していた時の出来事です。 東京カベナント教会のブログ「重荷をおろして」に掲載したものですが、七夕を控え、再度投稿しました。入院時の思いのままに、原文そのまま投稿しています。(虎猫)  私が入院しているのは大きな大学病院です。病棟が道路をまたいで建っており、その間を透明なガラスで覆われた渡り廊下がつないでいます。 七夕を控えて、その渡り廊下に幾本もの笹がおかれました。

  • 人生は駅伝

    人生はマラソン? 1人の力で最後まで走り抜くマラソン? そうではない。 私たちは駅伝の選手。 前の世代の人の「たすき」を受け継ぎ、人生の走路を走り、 次の世代に「たすき」を手渡していく。 私たちの世代のゴールを目指して走りぬく。 でも、それは、世の中のゴールではない。 自分の力で及ばないことは、私たちの後の世代に託そう。 そのようにして私たちも前の世代から「たすき」を渡されたのだから。 2017年

  • 明るい高齢化社会―「子育てお助け隊」

     急に歯が痛みだした。困った。夫は出張中。息子はまだ1歳。この町に来て日も浅く歯医者さんの場所も知らない。何よりも息子をどうしたらよいのだろう。 お隣のおばあさんの姿が見えた。 私は、歯が痛いと伝えようとしたが、声も出せないほどの激痛。 うう、と言いながらほっぺたを押さえるのが精いっぱい。 「どうしたの、歯が痛いのね。困ったね。私も今日は出かけるところだったから。でもちょっと待ってね。」 おばあさ

  • 花の招き

    梅雨の楽しみは、紫陽花の花です。 昨日も、散歩の途中、赤青紫に咲いた姿を見ました。 以前は、この時期になると必ず、息子と一緒に京王線沿線の高幡不動の見事なアジサイを見に行きました。 ご近所でも、よく見かけて、まだ小さかった息子が「アジサイ!」と叫ぶと、その家の方がニコニコとほほ笑んでくださいました。 梅雨を見ると、あの可憐な花が、さまざまな色の着物をまとって咲くさまを思います。 ひたむきに咲く姿が

  • 梅雨の宝石

    あなたの涙を私にください。 輝く宝石にしてあげましょう。 宝石に包まれた私を見て あなたの笑顔を取り戻してください。 そして、あなたの笑顔で まわりの人を輝かせてください。 ビルの谷間の紫陽花より 丸の内のビルの一角です。2012年6月に東京カベナント教会ブログ「重荷をおろして」に投稿していたものですが、梅雨入りにあたり、再投稿いたしました。 この写真も詩も、私のお気に入りです。 虎猫

1 2 3