• 我期待【阿妹版】(私の期待)

     【恩師張雨生作品《我期待》阿妹44歳涙之演唱】  《我期待》は、台湾のシンガーソングライター張雨生(チャン・ユーシャン、英名:Tom Chang 1966年6月7日 - 1997年11月12日)が1994年9月5日に発表したアルバム《卡拉OK Live‧台北·我(カラオケ ライブ・台北・私)》に収録している楽曲で、既に2017年の12月17日に当ブログでご紹介しています。  ところが、丁度1年前

  • 腳步(ジャゥ ブー:歩み)

     腳步(ジャゥ ブー:歩み)は、台灣のシンガーソングライター盛曉玫(シォン シァォメイ、英名:Amy Sand、女、出生地・生年月日非公開)が、2007年に発表した同名のアルバムの第1曲目に収録しているこのアルバムの表題曲です。  盛曉玫は、敬虔なキリスト教徒(新教)ですが、自らは「形に捉われないクリスチャン」を以て任じており、2004年から「泥土音樂(Clay Music)」という新しい音楽のジ

  • 總有一天等到你(いつの日にか君の帰り來たるを待つ)

     「總有一天等到你」は、台灣の歌手蔡琴(Tsai Chin,1957年12月22日-)が 2002年8月1日に発表した2枚組のアルバム「意亂琴迷」の1枚目「台灣國語篇」の5曲目に収録している楽曲です。  作詞は李雋青、作曲は姚敏で、歌詞の内容は何らかの事情で遥か遠く離れて暮らす男の帰りを待つ女の心情を詠じたものです。  内容としてはやや単純なものですが、歌詞の全篇に亘り対句と句中対(一句の中で対に

  • 中秋節に因む歌:月光

     本日は、旧暦の8月15日、十五夜の月を観賞する中秋節です。  中秋節は、東アジアの伝統的な行事のひとつで、旧暦(農暦)の8月15日に行われます。  特に中華圏では春節、清明節、端午節とならぶ重要な行事であり、多くの国で法定祝日になっています。  台湾では中秋節は重要な民俗行事であり、全台湾が休日となり、この日の夜には月見をして月餅やブンタン(文旦)を食べる習慣があります。  地区的な文化としては

  • 加油~😍  ~天空和大地之中~

        台灣のmoli小姐の記事をリブログしてご紹介します。 加油!!! 北海道加油~ 😍 天空和大地之中 / 松山千春【鋼琴】  天空和大地之中 是與盡頭沒有的天空寬廣的大地那個中 是什麼時候的日 幸福 好像用自己的手臂抓住 走出那樣 向明天的日 向回顧過去 還年輕 刮大風的 向北風 好像不被迫飛的那樣 不飛 爲凍僵的雙手 吹氣呼吸 暖和 結冰的身體 活的事 辣 困苦 說向之前 如果成長爲野的

  • 又見炊煙(また炊煙を見る:里の秋)

     《又見炊煙》は、台灣の歌手鄧麗君(テレサ・テン、1953年1月29日 - 1995年5月8日)が1978年8月に同名のアルバムの中の主題曲として発表した楽曲です。  このアルバムは、日本の楽曲を東南アジアの漢文化圏に紹介する目的で製作されたもので、収録されている12曲全てが日本の楽曲に漢訳の歌詞を付けたものです。  《又見炊煙》は、1945年(昭和20年)12月24日に発表された日本の童謡で、斎

  • 這一年 這一夜(この一年 この一夜 : 合唱版)

     《這一年 這一夜》は、音楽の魔術師と謳われた台灣のシンガーソングライター張 雨生(チャン・ユーシャン 1966年6月7日 - 1997年11月12日)が作詞・作曲し、1994年9月5日に《卡拉ok·台北·我》と題するアルバムに収録して発表した楽曲です。  歌詞の内容は、夕暮れ時の海岸で夕日の沈む光景を見た後、月や銀河や満天の星空の下で、愛する人と過ごした楽しくて幸せな思いのこの1年、更にこの1夜

  • ハナミズキ(花水木:四照花)

         「ハナミズキ」は、日本のシンガーソングライターの一青窈(ひとと よう、台灣名:顏窈〔がん よう:イェン・ヤオ〕1976年9月20日 - )が自身5枚目のシングルとして2004年2月11日に発表した楽曲です。  2010年8月には、この楽曲のイメージを実写化した映画が公開されて、興行収入27億円を超える大ヒットとなっています。  一青窈は台湾生まれで、台湾人の父親の顏恵民(がん けいみん:

  • 媽媽(お母さん)

     《媽媽》は、台灣の女優であり歌手である王彩樺(ワン・サイファー:1969年11月24日-)が、歌手として初めて発表したアルバム《有唱有保庇》に収録されている楽曲です。  王彩樺(ワン・サイファー)は、台灣の台南縣で生まれましたが、1歳の誕生日直前の生後約11か月のとき、彼女の母親は胃癌のためこの世を去っています。  また、彼女の父親が事業に失敗したことから、その借金返済の為、彼女は子供のころから

  • 恩情 (慈しみ)

     「恩情」は、台灣の女歌手林柔均(リン・ロウチュン:生年不肖8月19日-)が、2009年に発表した自身初となる全曲台灣語のアルバム《恩情》に収録している同名の楽曲です。   台灣語とは、現在台灣の公用語とされている北京語由来の台灣國語或いは台灣華語といわれているものではなく、戦前から台湾の本省人が使用している閩南語由来の言語で、台灣閩南語或いは台語ともいわれています。  台灣語には、台灣國語同様漢

  • 庭院深深(庭園は奥深く)

     《庭院深深》(庭園は奥深く)は、1971年に公開された同名の台湾映画の主題歌として、主演した女優の歸亞蕾(グァ・アーレイ:1944年6月2日-)が演唱した楽曲です。  この曲は、それから8年後の1979年4月に、台灣の新人女歌手であった蔡琴(ツァイ・チン:1957年12月22日-)がカバーして、彼女のファーストアルバムである「出塞曲」に収録して発表したことでも知られています。  この映画は、台灣

  • 沒有煙抽的日子(煙草を吸えない日々)

     「沒有煙抽的日子」は、台灣の高音王子こと張雨生(チャン・ユーシャン 1966年6月7日 - 1997年11月12日)が、1989年7月17日 に発表jしたアルバム《想念我》に収録されている楽曲です。  詞題は、直訳すると「煙草を吸えない日々」ということですが、実は「煙草」とは「自由」の比喩であり、真意は、中共に於ける「自由な空気を吸えない日々」を詠ずることにあります。  この歌詞は、中共の民主化

  • 跟往事乾杯(過ぎ去ったことへの乾杯)

     「跟往事乾杯」は、台灣の歌手で「憂鬱王子」と称されている姜 育恒(チャン・ユーハン:ジャン ユーハン 1958年11月15日-)が、1988年9月19日に発表した楽曲です。  この曲は、日本のシンガーソングライター長渕 剛(ながぶち つよし 1956年9月7日 - )が作詞・作曲して1980年9月5日に発表した楽曲「乾杯」の曲に、台灣の作詞家陳桂珠が台灣國語の詞を付けたものです。  長渕 剛の「

  • 天天想你 (日々君を想う)

     《天天想你》は、台灣の歌手で「高音王子」と称えられた張 雨生(チャン・ユーシャン 1966年6月7日 - 1997年11月12日)が、1988年に発表した楽曲です。  作詞・作曲は、これまで何度かご紹介した陳樂融と陳志遠の名コンビで、美しいメロディーに愛と思いやりとを歌いこみ、張雨生の高く澄んだ声が適合して心に沁みる一曲となっています。  なお、この楽曲は今では恋歌として知られていますが、元々は

  • 魯冰花(ルービンファ:ルピナス:ノボリフジ:母親花)

     【魯冰花の花畑】  漢語の魯冰花(ルービンファ)とは、花の名で、日本ではルピナス、或いは花の形がフジの花が立ち上がっているように見えることからノボリフジ(昇藤)とも呼ばれています。  この花は、現在では観賞用として、紫・藤色・樺色・紅・白など様々な花色のものが栽培されています。  しかしながら、元々この花は、緑肥用作物として明治期に欧米から導入されたもので、当時は黄色い花が一般的でした。  「緑

  • 鄧麗君(テレサ・テン)紀念公園 (台灣新北市)

     【鄧麗君(テレサ・テン)紀念公園入口、遠方にテレサの金色像が見える】  1953年1月に台湾雲林に出生し、幼い頃から歌唱の天賦を発揮して、14歳で歌壇にデビュー、1970年代から1990年代にかけて、中華文化圏全域ないし日本、タイ、マレーシアなども含めたアジア圏に於いて広く人気を博し「アジアの歌姫」と称された鄧麗君〈デン・リージュン〉(テレサ・テン:1953年1月29日 - 1995年5月8日)

  • 明天會更好:明日はきっと好くなる(台灣学生版)

     【東日本大震災津波の後に…】(2011.3 © itoh akane)  未曾有の大災害東日本大震災の発生(2011.3.11)から既に7年が経過しました。  日本では殆ど知る人もいませんが、この震災発生の1箇月後の4月17日に台湾新北市中和区にある華夏技術學院(かかぎじゅつがくいん、2014年 8月 「華夏科技大學」と改称 )の学生により日本を応援する1本の動画が作成されました。  この動画の

  • 我和你(私とあなた)

     1977年4月5日、日本の歌手千昌夫の演唱による「北国の春」(きたぐにのはる)と題する楽曲が発表されました。  作詞は「いではく」、作曲は「遠藤実」で、歌詞の内容は、都会で一人暮らしをしている若者が、故郷の北国に居る親兄弟や恋人を追憶して望郷の念を募らせるものですが、この曲が台湾でも有名になり、次のように数多くのカバー曲が作られました。 歌手(言語)- 「曲名」(和訳) 文夏(台灣語) - 「北

  • みかんの花咲く丘(蜜柑花開的山丘)

     『みかんの花咲く丘(みかんのはなさくおか)』は、1946年8月25日に発表された楽曲で、日本を代表する童謡の1つとして知られています。  作詞は加藤省吾、作曲は海沼實により、当時12歳の童謡歌手川田正子(かわだ まさこ、1934年7月12日 - 2006年1月22日)が、社団法人日本放送協会東京放送局(現・NHKラジオ第1放送。1951年まで日本の放送局はNHKしかなかった)のラジオ番組『空の劇

  • 伊賀山人闘病記執筆の開始にあたって

     【奈良県立医科大学附属病院】 1 闘病記執筆の趣旨  2月7日、肝細胞癌の発症を確認し、5年生存率が約50%と診断された。  未だ余命を確定できる段階ではないが、治療の経過と患者の心境とを記録して、生存の証とするとともに同病者への参考に供する。 2 発症の経緯  輸血後や注射器の使い回しによりかなりの確率で肝炎を発症することは戦前から知られていた。この原因がウイルスに依るものであることは、196

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