• ハナミズキ(花水木:四照花)

         「ハナミズキ」は、日本のシンガーソングライターの一青窈(ひとと よう、台灣名:顏窈〔がん よう:イェン・ヤオ〕1976年9月20日 - )が自身5枚目のシングルとして2004年2月11日に発表した楽曲です。  2010年8月には、この楽曲のイメージを実写化した映画が公開されて、興行収入27億円を超える大ヒットとなっています。  一青窈は台湾生まれで、台湾人の父親の顏恵民(がん けいみん:

  • 媽媽(お母さん)

     《媽媽》は、台灣の女優であり歌手である王彩樺(ワン・サイファー:1969年11月24日-)が、歌手として初めて発表したアルバム《有唱有保庇》に収録されている楽曲です。  王彩樺(ワン・サイファー)は、台灣の台南縣で生まれましたが、1歳の誕生日直前の生後約11か月のとき、彼女の母親は胃癌のためこの世を去っています。  また、彼女の父親が事業に失敗したことから、その借金返済の為、彼女は子供のころから

  • 恩情 (慈しみ)

     「恩情」は、台灣の女歌手林柔均(リン・ロウチュン:生年不肖8月19日-)が、2009年に発表した自身初となる全曲台灣語のアルバム《恩情》に収録している同名の楽曲です。   台灣語とは、現在台灣の公用語とされている北京語由来の台灣國語或いは台灣華語といわれているものではなく、戦前から台湾の本省人が使用している閩南語由来の言語で、台灣閩南語或いは台語ともいわれています。  台灣語には、台灣國語同様漢

  • 庭院深深(庭園は奥深く)

     《庭院深深》(庭園は奥深く)は、1971年に公開された同名の台湾映画の主題歌として、主演した女優の歸亞蕾(グァ・アーレイ:1944年6月2日-)が演唱した楽曲です。  この曲は、それから8年後の1979年4月に、台灣の新人女歌手であった蔡琴(ツァイ・チン:1957年12月22日-)がカバーして、彼女のファーストアルバムである「出塞曲」に収録して発表したことでも知られています。  この映画は、台灣

  • 沒有煙抽的日子(煙草を吸えない日々)

     「沒有煙抽的日子」は、台灣の高音王子こと張雨生(チャン・ユーシャン 1966年6月7日 - 1997年11月12日)が、1989年7月17日 に発表jしたアルバム《想念我》に収録されている楽曲です。  詞題は、直訳すると「煙草を吸えない日々」ということですが、実は「煙草」とは「自由」の比喩であり、真意は、中共に於ける「自由な空気を吸えない日々」を詠ずることにあります。  この歌詞は、中共の民主化

  • 跟往事乾杯(過ぎ去ったことへの乾杯)

     「跟往事乾杯」は、台灣の歌手で「憂鬱王子」と称されている姜 育恒(チャン・ユーハン:ジャン ユーハン 1958年11月15日-)が、1988年9月19日に発表した楽曲です。  この曲は、日本のシンガーソングライター長渕 剛(ながぶち つよし 1956年9月7日 - )が作詞・作曲して1980年9月5日に発表した楽曲「乾杯」の曲に、台灣の作詞家陳桂珠が台灣國語の詞を付けたものです。  長渕 剛の「

  • 天天想你 (日々君を想う)

     《天天想你》は、台灣の歌手で「高音王子」の異名をとった張 雨生(チャン・ユーシャン 1966年6月7日 - 1997年11月12日)が、1988年に発表した楽曲です。  作詞・作曲は、これまで何度かご紹介した陳樂融と陳志遠の名コンビで、美しいメロディーに愛と思いやりとを歌いこみ、張雨生の高く澄んだ声が適合して心に沁みる一曲となっています。  なお、この楽曲は今では恋歌として知られていますが、元々

  • 魯冰花(ルービンファ:ルピナス:ノボリフジ:母親花)

     【魯冰花の花畑】  漢語の魯冰花(ルービンファ)とは、花の名で、日本ではルピナス、或いは花の形がフジの花が立ち上がっているように見えることからノボリフジ(昇藤)とも呼ばれています。  この花は、現在では観賞用として、紫・藤色・樺色・紅・白など様々な花色のものが栽培されています。  しかしながら、元々この花は、緑肥用作物として明治期に欧米から導入されたもので、当時は黄色い花が一般的でした。  「緑

  • 鄧麗君(テレサ・テン)紀念公園 (台灣新北市)

     【鄧麗君(テレサ・テン)紀念公園入口、遠方にテレサの金色像が見える】  1953年1月に台湾雲林に出生し、幼い頃から歌唱の天賦を発揮して、14歳で歌壇にデビュー、1970年代から1990年代にかけて、中華文化圏全域ないし日本、タイ、マレーシアなども含めたアジア圏に於いて広く人気を博し「アジアの歌姫」と称された鄧麗君〈デン・リージュン〉(テレサ・テン:1953年1月29日 - 1995年5月8日)

  • 明天會更好:明日はきっと好くなる(台灣学生版)

     【東日本大震災津波の後に…】(2011.3 © itoh akane)  未曾有の大災害東日本大震災の発生(2011.3.11)から既に7年が経過しました。  日本では殆ど知る人もいませんが、この震災発生の1箇月後の4月17日に台湾新北市中和区にある華夏技術學院(かかぎじゅつがくいん、2014年 8月 「華夏科技大學」と改称 )の学生により日本を応援する1本の動画が作成されました。  この動画の

  • 我和你(私とあなた)

     1977年4月5日、日本の歌手千昌夫の演唱による「北国の春」(きたぐにのはる)と題する楽曲が発表されました。  作詞は「いではく」、作曲は「遠藤実」で、歌詞の内容は、都会で一人暮らしをしている若者が、故郷の北国に居る親兄弟や恋人を追憶して望郷の念を募らせるものですが、この曲が台湾でも有名になり、次のように数多くのカバー曲が作られました。 歌手(言語)- 「曲名」(和訳) 文夏(台灣語) - 「北

  • 伊賀山人闘病記執筆の開始にあたって

     【奈良県立医科大学附属病院】 1 闘病記執筆の趣旨  2月7日、肝細胞癌の発症を確認し、5年生存率が約50%と診断された。  未だ余命を確定できる段階ではないが、治療の経過と患者の心境とを記録して、生存の証とするとともに同病者への参考に供する。 2 発症の経緯  輸血後や注射器の使い回しによりかなりの確率で肝炎を発症することは戦前から知られていた。この原因がウイルスに依るものであることは、196

  • 如果你是一片雲(若し 君 一片の雲ならば)

     《如果你是一片雲》は、1977年2月20日に上映された台湾映画《我是一片雲》の中の挿入歌として鳳飛飛が歌っている楽曲です。  この曲は、同映画の中で「私はひとひらの雲、大空を住み家として自由に生きる」と詠じている主題歌で映画と同題名の《我是一片雲》への応答歌の位置づけにあります。  この為、鳳飛飛が発表したシングルレコードでは、A面に《我是一片雲》、B面に《如果你是一片雲》が収録されています。

  • 我是一片雲(我れ是れ一片の雲)

     《我是一片雲》は、台灣の女歌手鳳飛飛(フォン フェイフェイ:1953年8月20日-2012年1月3日)が、1977年1月に発表した楽曲です。  この曲は、その翌月の2月20日に上映された同名の台灣映画の主題歌として作られたもので、映画と共に大ヒットとなりました。  その映画は、これまた同名の小説を題材に映画化されたものです。  その小説は、台灣の女流小説家瓊瑤(けい よう:1938年4月20日-

  • 台灣加油!

     台灣加油!  我們在一起!!  謹祈願死者的冥福。  祈願被受傷者的一日早的恢復。  更加祈願花蓮的兄妹的平安。

  • 仰げば尊し(米国編)

    【アメリカの楽譜集「歌のこだま」に収録されている「仰げば尊し」の原曲(右下部)】  日本の唱歌「仰げば尊し」は、1884年(明治17年)3月29日付「小学唱歌集第三編」に記載して発表された文部省唱歌ですが、この楽曲の作者は永年不明でした。  しかし、2011年1月に一橋大学名誉教授の桜井雅人が、旋律やフェルマータの位置が「仰げば尊し」と同一である「Song for the Close of Sch

  • 仰げば尊し(台灣編)

     日本の唱歌「仰げば尊し」は、台灣でも戦前の日本統治下で歌い継がれてきました。  戦後、この曲に台灣の作詞家張方露が台湾国語の歌詞を付けて、現在でも台灣の卒業歌として殆ど全ての学校の卒業式で歌われています。  歌詞の内容は、恩師への感謝の念を詠ずるところは日本と同じですが、日本の歌が「身を立て 名をあげ やよ励めよ」と、私的な立身出世を歌うのに対し、台灣の歌は第三節で主として男子に対し「 民主共和

  • 仰げば尊し(日本編)

     【映画『二十四の瞳』〔1954年(昭和29年)松竹〕記念写真撮影の一場面】  後列左から:田辺由実子(加部小ツル)、上原博子(片桐コトエ)、石井裕子(“マちゃん”/香川マスノ)、高峰秀子(“小石先生”/”泣きみそ先生”/大石先生/大石久子) 神原いく子(“フジちゃん”/木下富士子)、草野節子(“マッちゃん”/川本松江)、加瀬かをる(山石早苗)、小池泰代(“ミーさん”/西口ミサ子)  前列左から:

  • 清平調(鄧麗君の遺作)

     〈清平調〉は、日本では奈良時代に相当する支那唐代の詩人李白(701年(長安元年) - 762年10月22日(寶應元年9月30日)が作った七言律詩三首からなる「楽府題」といわれる漢詩の一種です。  「楽府題」とは、漢代以前に元々曲があってその曲に合うように替え歌のような詩を作っていたころの、その曲名のことを言います。  唐代には、その曲自体は既に失われており、どのようなものだったかは分かってはいま

  • 遠別離(台灣編)

     「遠別離(えんべつり)」は、台灣の中正学校(1975年「新華学校」に校名変更)の卒業生により作られた畢業歌(ひつぎょうか:「卒業歌」の意)です。  作詞者は不明ですが、詞を書いたメモ書きに見える日付から1971年1月に作られたようです。  この詞に2011年頃、市井の作曲家李明方が補詞し曲を付けてこの楽曲は完成しました。  そして、この学校の卒業生有志が一堂に会して動画を作成しました。  かなり

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