• 大空と大地の中で(天空和大地之中)

     「大空と大地の中で」は、日本のシンガーソングライター松山千春が1977年6月に発表したファースト・アルバム『君のために作った歌』(きみのためにつくったうた)のA面第2曲目に収録されている楽曲です。  この曲は、北海道出身の松山千春の代表曲であり、さだまさしの「北の国から〜遥かなる大地より〜」と並んで、北海道をイメージするスタンダードナンバーとして40年を経た現在でも広く親しまれています。  作詩

  • 旅人よ

     「旅人よ」は、日本の俳優兼シンガーソングライターの加山雄三が、自身10枚目のシングルレコードとして、1966年(昭和41年)10月15日に発表した楽曲です。  このシングルレコードには「夜空を仰いで」がA面に収録されており、「旅人よ」はB面にカップリングされています。  また、この2曲は12月15日に発表されたシングル「まだ見ぬ恋人」と共に、翌1967年元日に公開された加山雄三主演の映画「若大将

  • Ellie My Love(Ray Charles)

     「Ellie My Love」は、アメリカのソウルミュージック歌手でありピアニストでもあったレイ・チャールズ・ロビンソン(Ray Charles Robinson、1930年9月23日 - 2004年6月10日)が、1989年に発表した楽曲です。  この曲は、元々日本のロックバンド:サザンオールスターズが、バンド結成3枚目のシングルとして1979年3月25日に発売した楽曲を、レイ・チャールズが英

  • 最後一夜(最後の一夜)

     【映画「金大班的最後一夜」で主人公:金兆麗を演じた香港女優:姚煒】  「最後一夜(最後の一夜)」は、1984年に公開された台湾映画《金大班的最後一夜(金リーダーの最後の一夜)》の主題歌として、映画のラストシーンで歌われた楽曲です。  この映画は、1968年に刊行された白先勇の著作になる同名の短篇小說が原作で、内容は、上海で20歳の頃からショーダンサーとして活躍して大班(班長:チームリーダー)に指

  • まだ見ぬ恋人

      「まだ見ぬ恋人」は、日本の俳優兼シンガーソングライターの加山雄三が、自身12枚目のシングルレコードとして、1966年(昭和41年)12月15日に発表した楽曲です。  また、この曲は、半月後の翌年元日に公開された映画「レッツゴー! 若大将」の主題歌としても使われています。  作曲はいつものとおり、弾厚作(加山のペンネーム)ですが、作詞は雑誌「平凡」が一般から募集して当選した原とし子の歌詞を岩谷時

  • We Are The World 25 For Haiti (YouTube Edition)

     『We Are The World 25 For Haiti (YouTube Edition)』(2010年) は、ハイチ大地震救援チャリティーソングとして2010年2月1日に発表された「We Are The World 25 Years for Haiti」のYouTube版として、同年2月20日に発表された楽曲です。  2月1日に「We Are The World 25 Years for

  • 秋櫻の花を觀て詩を賦し故人に寄す

     【今日の伊賀山人秋櫻薗】  觀秋櫻花賦詩寄故人 (コスモスの花を見て詩を作り友人に贈る)  碧天如水白雲流 (秋の空は水のように青く、白い雲が流れている)  西風氣爽意自悠 (秋風の空気は爽やかで、自然と気持ちがゆったりとして來る)  隔地遙思多病友 (遠く地を隔てていても 病気がちな友のことを思い起す)  萬花滿苑一山秋 (数えきれないほどの花が庭一面に咲き誇る この山の秋の日に)  觀秋櫻花

  • We Are The World 25 Years for Haiti      (ウィ・アー・ザ・ワールド:25 フォー・ハイチ)

     『We Are The World 25 Years for Haiti』は、2010年1月12日に発生したハイチ大地震の救済チャリティとして録音されて同年2月1日に発表された楽曲です。  この曲は、25年前の1985年に大ヒットした「We Are The World」のリメイク版で、原版でプロデュースを担当したクインシー・ジョーンズと作詞・作曲と歌い始めのリードボーカルを務めたライオネル・リッ

  • An American Trilogy:美國的三部曲:アメリカ3部曲

       An American Trilogy:美國的三部曲は、アメリカ南部テキサス州ヒューストン出身のカントリーソング ライターのミッキー ニューベリーが、19世紀の南北戦争当時の3つの曲をメドレーに編成して、1971年に発表した楽曲です。  この楽曲は、南部連合の非公式国歌となっている『ディキシー(南部の地)』、北軍の行進曲である『共和国戦いの讃歌(リパブリック賛歌)』、バハマの子守唄を元にアフ

  • 奇跡 〜大きな愛のように〜

       『奇跡 〜大きな愛のように〜』は、日本のシンガーソングライターさだまさしが1991年7月25日に発表したアルバム『家族の肖像』(かぞくのしょうぞう)に収録されている楽曲です。  アルバム『家族の肖像』は、親子兄弟だけではなく、祖母や叔母などの親族、家族以前の恋人、子供のころからの友人なども含めて、全ての人を家族と見做して人類普遍の愛を詠い上げた10曲からなり、全てさだ自身が作詩・作曲していま

  • 伊賀山人秋桜園

     秋分の日から一夜明けた今朝の伊賀山人フラワーガーデンの秋桜園をご紹介します。  【紅白のコスモス】  【遊びに来た揚羽蝶】  【南園、遠くに見えるのは南山】  【上から見た南園】  【上から見た西園】   『秋櫻』             作詩・作曲:佐田 雅志 歌唱:山口 百惠(1977年10月1日)  這是首名曲,聽不出是40年前的老歌。  當年18歲的山口百惠唱,出嫁的女兒牽掛母親的樂曲。

  • 夕陽は赤く

     【シングルレコードの2種類のジャケット】  『夕陽は赤く』は、日本の俳優でもありシンガーソングライターでもある加山雄三が、1966年4月5日に発表した自身7枚目のシングルレコードです。  この曲は、『蒼い星くず』とカップリングされて、兩A面扱いで発売されたため、ジャケットは上掲のように2種類ありますが、中身のレコードそのものは全く同じ物です。  作曲は弾厚作(加山のペンネーム)、演奏は加山雄三と

  • 昨夜夢に家に還り    寒山

     寒山については分かっていることが少ないです。注釈書は日本人のものばかりです。  昨夜夢還家     昨夜夢に家に還り  見婦機中織     婦の機中に織るを見る  駐梭若有思     梭(ひ)を駐(とど)めて思い有るが若(ごと)く  擎梭似無力     梭を擎(ささ)げて力無きに似たり  呼之廻面視     之(これ)を呼べば面(おもて)を廻らして視(み)  怳復不相識     怳(きょう)とし

  • 里の秋

     『里の秋』(さとのあき)は、終戦直後の1945年(昭和20年)12月24日、JOAK(現・NHK第1放送)のラジオ番組「外地引揚同胞激励の午后」の中で発表された童謡です。  このラジオ番組は、復員兵や引き揚げ者たちを励ますために日本放送協会(NHK)が企画したもので、その中で流す歌の制作を児童合唱団「音羽ゆりかご会」の主宰者でもある童謡作曲家の海沼実に依頼しました。   放送日は、12月24日と

  • 九月九日山中の兄弟を憶う    王維

     唐の詩人王維は十五歳のころ山西省から受験勉強のために都の長安に出ました。  勉強の合い間に上流階級の家に出入りして実力を認めてもらっていました。  王維の場合、絵と詩と音楽に秀でていたため王朝でも評判になり、サロンの寵児になりました。  二十歳ごろ(数えで二十一)進士に及第しました。  自注に年十七とある詩を挙げます。  九月九日憶山中兄弟     九月九日山中の兄弟(けいてい)を憶(おも)う

  • 九月九日玄武山に登る   盧照鄰  邵大震

     盧照鄰は初唐の四傑の一人、王勃と玄武山に登り、このとき旅に出る邵大震と共に競作の形で残っています。手法は王勃と似ています。   九月九日登玄武山      九月九日玄武山に登る  九月九日眺山川       九月九日 山川を眺む  帰心帰望積風煙       帰心帰望 風煙積む  他郷共酌金花酒       他郷共に酌む 金花の酒  万里同悲鴻雁天       万里同じく悲しむ 鴻雁の天  この

  • 山水

     山水とは、文字通り山と水のことですが、広くは、それらを描いた山水画や詩に綴った山水詩のことも意味します。 【山水圖】  伊賀山人の母親は生前、掛け軸の表装をするのが趣味でした。  上掲画像は、亡母が表装した山水図です。  遠景に霞みのかかった山を配し、中景に滝と川、近景に岩山に立つ紅葉と岩棚に座っている一人の隠者を描いています。  支那(萬里の長城に囲まれた地域)の画人の手に成るもののようですが

  • 蜀中九日   王勃

     王勃(649-676)は初唐の詩人です。早熟の天才でしたが、少しおっちょこちょいな面があり、王子たちの闘鶏の遊びを煽る文章を書いたため(炎上?)、蜀の地に左遷させられてしまいました。  その蜀にいる間詠んだ詩があります。   蜀中九日           蜀中九日  九月九日望郷臺     九月九日望郷台  他席他鄕送客杯     他席他郷 客を送るの杯  人情已厭南中苦     人情已に厭う南

  • 芭蕉布(音楽編)

     歌曲「芭蕉布(ばしょうふ)」は、1965年(昭和40年)7月2日に、ハワイ生まれで沖縄系三世のアメリカ人歌手、クララ新川の演唱により発表された楽曲です。   この歌は、曲がまず先に作られました。   作曲は、、西洋音楽でも既存の沖縄民謡でもない新しい沖縄の楽曲づくりに情熱を傾けて新しい沖縄サウンドを作り出し、現地では古賀政男と並び称される普久原恒勇(ふくはらつねお)。   クララ新川のために「沖

  • サヨナラだけが人生だ

     映画監督川島雄三の墓碑銘に刻まれた言葉、「サヨナラだけが人生だ」は井伏鱒二の『厄除け詩集』に収められています。  原典は于武陵(うぶりょう)の「勧酒」という詩です。五言絶句の後半二句は、  花發多風雨     花発(ひら)けば 風雨多し  人生足別離     人生別離足る  これを井伏鱒二が訳して、  ハナニアラシノタトヘモアルゾ  サヨナラダケガジンセイダ  となり、これを川島監督が好んでいま

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