ウダーナ ~ ブッダのつぶやき
以前公開した「ウダーナ ~ ブッダのつぶやき」を、今回NOTEでより分かりやすく少し訳を変えて、具体的に役に立つ解説も新たに加え、タイトルを「ブッダ・心のことば ウダーナ わかりやすい版」として公開してます。 お経によっては深遠な教え、仏教徒に役立つ教えなどポイントを絞って解説しています、解りやすい... 続きをみる
以前公開した「ウダーナ ~ ブッダのつぶやき」を、今回NOTEでより分かりやすく少し訳を変えて、具体的に役に立つ解説も新たに加え、タイトルを「ブッダ・心のことば ウダーナ わかりやすい版」として公開してます。 お経によっては深遠な教え、仏教徒に役立つ教えなどポイントを絞って解説しています、解りやすい... 続きをみる
8.10 二のダッバの経(80) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、サーヴァッティーに住んでおられた。 ジェータ林のアナータピンディカ長者の聖園で、お釈迦様は修行者たちに語りかけました。 「ビクたちよ」と。「尊き方よ」と、修行者たちはお釈迦様に答えました。お釈迦様は、 こう言い... 続きをみる
8.9 第一のダッバの経(79) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様はラージャガハ(王舎城)に住んでおられた。 ヴェール林のカランダカ・ニヴァーパ(竹林精舎)でダッバが、お釈迦様のおられるところに行き、ご挨拶(あいさつ)して、かたわらに坐った。ダッバは、お釈迦様にこう申し上げた。 ... 続きをみる
8.8 ヴィサーカーの経(78) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、サーヴァッティーに住んでおられた。 東の聖園にあるミガーラ・マートゥの高楼で、ヴィサーカーの可愛がっていた孫が命を終えたのです。 「ヴィサーカーさん、濡れた衣濡れた髪で、朝も早くからここに来たのですか」 「尊き... 続きをみる
8.7 分かれ道の経(77) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様はコーサラ国で、遊行しておられます。 お供の修行者である尊者ナーガサマーラとともに。尊者ナーガサマーラは道が途中で分かれ道になっているのを見て、お釈迦様こう申し上げた。 「尊き方よ、わたしたちはこちらの道を行きましょう... 続きをみる
8. (77) あるとき、お釈迦様はコーサラ国で、お供の弟子であるナーガサマーラとともに、歩く旅をしていた。 ナーガサマーラは道が途中で分かれ道になっているのを見て、お釈迦様こう申し上げた。 「尊き方よ、わたしたちはこちらの道を行きましょう」 このように言われたとき、お釈迦様はナーガサマーラにこう伝... 続きをみる
8.6 パータリ村の者たちの経(76) あるとき、お釈迦様は、マガダ国で弟子衆と共にパータリ村へ歩く旅をし、パータリ村の信者たちは、お釈迦様に、こう申し上げた。 「 尊き方よ、世尊よ、わたしたちの休息堂を、お使いください」 お釈迦様は沈黙をもってお受けになりました。 「尊き方よ、世尊どうぞ、お越しく... 続きをみる
ウダーナ最後の章をこれからお伝えしていきます。テーマは涅槃(さとり)です。 ウダーナ第8章の中でも1~4は、ブッダが涅槃を語った極めて稀な経典です 最後の章に相応しい経典に思います。 8.1 一の涅槃のこと経(71) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、サーヴァッティー(舎衛城)... 続きをみる
8.1 第一の涅槃に関することの経(71) あるとき、お釈迦様は、サーヴァッティー(舎衛城)に住んでおられまた。 ジェータ林のアナータピンディカ長者の聖園(祇園精舎)で、お釈迦様は弟子たちに、悟りに関する真理の法話によって、教えられ、観(すす)められ、励まし、喜ばせた。 弟子たちは悟りの教えに、その... 続きをみる
7-10 ウダーナの捕捉 お釈迦様の時代にはすでに、バランモンの間では常識になっていた、ウパニシャットから、有名な教えを紹介します ヤージュニャヴァルクヤというウパニシャットの哲人と、妻との会話の一部です じつに、夫を愛するがゆえに、夫が愛しいのではない、アートマンを愛するがゆえに、夫が愛しいのだ ... 続きをみる
7-10 ウテーナ と 5 最上についての八つの詩句 9 マーガンディヤ 13 並ぶ応答―大篇 物語では 語られているのは、世間の愚かさと優れた妃たちですが、宮殿の火災は放火です、詳しい物語は、別に記載しましたが、宮殿に火を放ったのは、マーガンディヤという妃の一人です。マーガンディヤはアッタカ・ヴァ... 続きをみる
7-9 井 戸 と 4 清浄についての八つの詩句 8 バズーラ 12 並ぶ応答―小篇 物語では アーナンダ尊者が清らかな代表格として登場し、世間の代表格として、バラモン村の人々が描けれます。井戸の水は清らかさの象徴です。 詩では アッタカ・ヴァッカ4清浄についての八つの詩句の内容を、8バズーラ経が具... 続きをみる
7-8 カッチャーナと 2 洞窟についての八つの詩句、6 老 い、10死ぬよりも前に ウダーナ7-8 5・6行目 Anupubbavihāri tattha so, その都度に、その瞬間の条件に、諸々の因縁により起こる反応現象は 仮に『覚者』と名付ける現象の流れです。 Kāleneva tare v... 続きをみる
7-8 カッチャーナと 2 洞窟についての八つの詩句、6 老 い、10死ぬよりも前に 物語では カッチャーナ尊者は、ウダーナ5-6でお釈迦様にアッタカ・ヴァッカを披露した、ソーナ尊者にアッタカ・ヴァッカを伝えた方です。身体を観察して、悟りをひらいたカッチャーナ尊者が主役です。 詩では アッタカ・ヴァ... 続きをみる
7-7虚構の滅尽 と 3悪意についての八つの詩句、7ティッサ・メッティヤ、11争 闘 物語では お釈迦様ご自身が、悟った後に、虚構の想いと名称を捨てた、ことを思い出して詩を口にされたとあります。悟りとは、虚構の想いと名称を捨てることということです。 お釈迦様の教、最大の鍵です。 詩では 虚構の滅尽と... 続きをみる
7-6渇愛の滅尽 と 15武器を執ること 物語では アンニャーシ・コンダンニャ尊者の物語は転法輪転経との、つながりを象徴しています。そして高度な瞑想をアンニャーシ・コンダンニャ尊者はしています、瞑想実践(修行)が主要テーマだと読み取れます。修行の具体的な方法が三転十二相として転法輪転経に説かれていま... 続きをみる
7-5ラクンダカ・バッディヤ と 15武器を執ること 物語では ウダーナ7-1、7-2教と同様にラクンダカ・バッディヤ尊者が、今度はお釈迦様の前に、瞑想の達人として現れます。 修行者の後からやってくる外見悪いラクンダカ・バッディヤ尊者を、お釈迦様が瞑想の達人だと語っている姿は、アッタカ・ヴァッカ93... 続きをみる
7-3第一の執着する者たち と 1 欲 望 7-4第二の執着する者たち と、1 欲 望 物語では ウダーナ7-3と7-4では、お釈迦様がkāma(欲望)に捉われた、多くの人々、世間の人々や修行者達の姿を見ての言葉です。 アッタカ・ヴァッカは、欲望(kāma)をかなえたいと願う多くの人々に向けた言葉で... 続きをみる
7-2第二のラクンダカ・バッディヤ と 14迅 速(後半921~934)16サーリプッタ 物語は、ウダーナ7-1とほぼ同じ 詩では ウダーナでは、輪廻より離脱したひと、悟りを開いたひとを説く、これは理想の修行者 の姿です。アッタカ・ヴァッカでは、理想の修行者の姿が具体的に説かれています。 ウダーナで... 続きをみる
ウダーナ副読本 ウダーナ7章と アッタカ・ヴァッカ(スッタニパータ第四章) との関係について ウダーナ(感嘆の言葉)は、悟りを開かれた目覚めた人、覚者であるお釈迦様が、日常の生活のなかで子供たちに話しかけたことばから、悟りをひらいた人と会話のように、私達には別次元のことば、と想うような多彩な教えが集... 続きをみる
7.10 ウテーナの経(70) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様はコーサンビーに住んでおられた。 ゴーシタの聖園で、ウテーナ王が庭園にいたころ宮殿が焼け落ちてしまい、サーマーヴァティー王妃と五百の婦女が命を終えたのです。 大勢の修行者は午前中に衣を着て鉢と衣料をもって、コーサンビ... 続きをみる
7.10 ウテーナの経(70) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様はコーサンビーに住んでおられた。 ゴーシタの聖園で、ウテーナ王が庭園にいたころ宮殿が焼け落ちてしまい、サーマーヴァティー王妃と五百の婦女が命を終えたのです。 大勢の弟子は午前中に衣を着て鉢と衣料をもって、コーサンビー... 続きをみる
7.9 井戸の経(69) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、マッラ国で、大いなる修行者の僧団と共に、遊行の旅を歩みながら、トゥーナという名のマッラ国のバラモン村のあるところに着きました。 トゥーナ村のバラモンたちと家長たちは、 「サキャの家から出家したサキャ族であるサマナ・ゴー... 続きをみる
7.9 井戸の経(69) あるとき、お釈迦様は、マッラ国で、弟子衆と共に、歩く旅をしていた、マッラ国のトゥーナ村で、バラモンたちと家長たちは、 「サキャの家から出家したサキャ族であるサマナ・ゴータマが、マッラ国で弟子衆と共に 歩く旅をし、トゥーナに到着した」と耳にし、井戸を草やら、もみがらで満たし ... 続きをみる
7.8 カッチャーナの経 (直訳詩) Yassa siyā sabbadā sati, 常にきづきが、あるなら Satataṃ kāyagatā upaṭṭhitā; 身体の、きづきが常に、そこにある No cassa no ca me siyā, 私は、あったであろうでなく、そして、私は、これから... 続きをみる
7.8 カッチャーナの経(68) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、サーヴァッティーに住んでおられた。 ジェータ林のアナータピンディカ長者の聖園で、尊者マハーカッチャーナが、お釈迦様から遠く離れていないところで、瞑想姿で身体を真っすぐに立てて、身体の在り方についての、きづきが内... 続きをみる
7.8 カッチャーナの経(68) あるとき、お釈迦様は、サーヴァッティーに住んでおられた。 ジェータ林のアナータピンディカ長者の聖園で、マハーカッチャーナが、お釈迦様から遠く離れていないところで、瞑想姿で身体を真っすぐに立てて、身体の在り方についての気づきが内に全面にしっかり起こり、坐っていたのです... 続きをみる
7.7 虚構を滅する経(67) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、サーヴァッティーに住んでおられた。 ジェータ林のアナータピンディカ長者の聖園で、お釈迦様は、みずからの虚構の想いと名称を捨てることを観察しながら、坐っておられたのです。 お釈迦様は、みずからの虚構の想いと名称を捨... 続きをみる
7.7 虚構の滅尽の経(67) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、サーヴァッティーに住んでおられた。 ジェータ林のアナータピンディカ長者の聖園で、お釈迦様は、みずからの虚構の想いと名称を捨てることを観察しながら、坐っておられたのです。 お釈迦様は、みずからの虚構の想いと名称を捨... 続きをみる
7.6 渇愛を滅する経(66) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様はサーヴァッティーに住んでおられた。 ジェータ林のアナータピンディカ長者の聖園で、尊者アンニャーシ・コンダンニャが、お釈迦様から遠く離れていないところで、瞑想姿で身体を真っすぐに立てて、渇愛の滅した解脱を観察しながら... 続きをみる
7.6 渇愛の滅尽の経(66) あるとき、お釈迦様はサーヴァッティーに住んでおられた。 ジェータ林のアナータピンディカ長者の聖園で、アンニャーシ・コンダンニャが、お釈迦様から遠く離れていないところで、瞑想姿で身体を真っすぐに立てて、渇愛の滅した解脱を観察しながら、坐っていたのです。 お釈迦様は、アン... 続きをみる
7.5 ラクンダカ・バッディヤの経(65) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、サーヴァッティーに住んでおられた。 ジェータ林のアナータピンディカ長者の聖園で、尊者ラクンタカ・バッディヤは、大勢の背後から背後へと、お釈迦様のおられるところに近づいてきた。 お釈迦様は、尊者ラクンタ... 続きをみる
7.4 第二の執着する人々の経(64) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、サーヴァッティーに住んでおられた。 ジェータ林のアナータピンディカ長者の聖園で、サーヴァッティーで、人間たちは、欲望の対象に限度を超えて執着し、楽しみ、むさぼり、縛られ、夢中になり、固執し、愛欲に溺れた者... 続きをみる
7.4 第二の執着する者たちの経(64) (物語は7-3と同じ) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、サーヴァッティーに住んでおられた。 ジェータ林のアナータピンディカ長者の聖園で、サーヴァッティーでは、ものをやたら欲しがり、楽しみ、むさぼり、縛られ、夢中になり、こだわり、俗欲に... 続きをみる
7.3 第一の執着する人々の経(63) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、サーヴァッティーに住んでおられた。 ジェータ林のアナータピンディカ長者の聖園で、サーヴァッティーで、人間たちは、欲望の対象に限度を超えて執着し、楽しみ、むさぼり、縛られ、夢中になり、固執し、愛欲に溺れた者... 続きをみる
7.3 第一の執着する者たちの経(63) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、サーヴァッティーに住んでおられた。 ジェータ林のアナータピンディカ長者の聖園で、サーヴァッティーでは、ものをやたら欲しがり、楽しみ、むさぼり、縛られ、夢中になり、こだわり、俗欲に溺れた者たちがいた。 お... 続きをみる
7.2 第二のラクンダカ・バッディヤの経(62) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、サーヴァッティーに住んでおられた。 ジェータ林のアナータピンディカ長者の聖園で、尊者サーリプッタは、尊者ラクンダカ・バッディヤをいまだ学びが必要と思い、励まし、喜ばせます。 お釈迦様は尊者サーリ... 続きをみる
7.2 第二のラクンダカ・バッディヤの経(62) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、サーヴァッティーに住んでおられた。 ジェータ林のアナータピンディカ長者の聖園で、サーリプッタは、ラクンダカ・バッディヤをいまだ学びが必要と思い、励まし、喜ばせます。 お釈迦様は、ウダーナを唱えま... 続きをみる
7.1 第一のラクンダカ・バッディヤの経(61) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、サーヴァッティーに住んでおられた。 ジェータ林(祇園精舎)のアナータピンディカ長者の聖園(舎衛城)で、尊者サーリプッタは、尊者ラクンダカ・バッディヤを、法話によって、教え、観(すす)め、励まし、... 続きをみる
7.1 第一のラクンダカ・バッディヤの経(61) あるとき、お釈迦様は、サーヴァッティーに住んでおられた。 ジェータ林(祇園精舎)のアナータピンディカ長者の聖園(舎衛城)で、サーリプッタは、ラクンダカ・バッディヤを、法話で、教え、観(すす)め、励まし、喜ばせます。 ラクンダカ・バッディヤですが、サー... 続きをみる
6.10 生起するの経(60) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、サーヴァッティーに住んでおられた。 ジェータ林のアナータピンディカ長者の聖園で、尊者アーナンダはお釈迦様のおられるところに行き、お釈迦様にご挨拶(あいさつ)して、かたわらに坐った尊者アーナンダはお釈迦様に、こう申... 続きをみる
6.10 現れる経(60) あるとき、お釈迦様は、サーヴァッティーに住んでおられた。 ジェータ林のアナータピンディカ長者の聖園で、アーナンダはお釈迦様のおられるところに行き、お釈迦様にご挨拶(あいさつ)して、かたわらに坐ったアーナンダはお釈迦様に、こう申し上げた。 「尊き方よ、アラカンにして覚者で悟... 続きをみる
6.9 走るの経(59) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、サーヴァッティーに住んでおられた。 ジェータ林のアナータピンディカ長者の聖園で。お釈迦様は、漆黒の闇夜のなか油の灯明が燃やされている野外に坐っておられたのです。 大勢の蛾(が)が油の灯明のなかに舞い落ちる、さだめをうけ... 続きをみる
6.9 走るの経(59) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、サーヴァッティーに住んでおられた。 ジェータ林のアナータピンディカ長者の聖園で。お釈迦様は、漆黒(しっこく)の闇夜のなか灯明が燃やされている野外に坐っておられたのです。 大勢の蛾(が)灯明のなかに舞い落ちるさだめをうけ... 続きをみる
6.8 遊女の経(58) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、ラージャガハ(王舎城)に住んでおられた。 ヴェール林のカランダカ・ニヴァーパ(竹林精舎)にて、ラージャガハには、一人の遊女に執着し、心が縛られた二組の人の集まりがいます。言い争い、紛争し、論争を起こし、互いに拳で争い、... 続きをみる
6.8 遊女の経(58) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、ラージャガハ(王舎城)に住んでおられた。 ヴェール林のカランダカ・ニヴァーパ(竹林精舎)にて、ラージャガハには、ひとりの遊女に夢中になった、二組のグループが、面倒ごとや暴力抗争をくりかえし、死人までだしていた。 大勢の... 続きをみる
6.7 スブーティの経(57) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、サーヴァッティーに住んでおられた。 ジェータ林のアナータピンディカ長者の聖園において。尊者スブーティが、お釈迦様から遠く離れていないところで、瞑想姿で身体を真っすぐに立てて思考なき心の統一(無尋定)に入定して、坐... 続きをみる
6.7 スブーティの経(57) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、サーヴァッティーに住んでおられた。 ジェータ林のアナータピンディカ長者の聖園にで。スブーティが、お釈迦様から遠く離れていないところに、瞑想姿で身体を真っすぐに立てて思考なき心の統一(無尋定)で、坐っていたのです。... 続きをみる
自己と世界・楽と苦 について仏教以外の説を語りながら修行の進んだ弟子にブッダの法(教え)を説く。当時の思想に対するブッダの回答の形をとりながら同時に縁起の理法をそれぞれの側面から説明しているのは6・4と同じだが説明の仕方が変わる (1)我(アートマン)も世界も<常恒である>ではない (2)我(アート... 続きをみる
第6章4・5・6第を一・二・三の異教の人々経は、お釈迦様が教える相手により理論的に、当時のインドの理論を使って、インドの理論好きなお弟子さんたちに向けて説いた経典です。 インドは0を発見した理論の国です、その当時の理論を引き合いに出しながら、対立することなくお弟子さんを導いていく驚愕のお釈迦様論理を... 続きをみる
6.6 第三の異教の人々経(56) このように、わたしは聞きました。 あるとき。お釈迦様は、サーヴァッティーに住んでおられた。 ジェータ林のアナータピンディカ長者の聖園で、大勢の異教のサマナやバラモンや遍歴遊行者たちがサーヴァッティーに滞在しています。 種々なものの見方があり、観察があり、認識があり... 続きをみる
6.6 第三の異教の人々経(56) 物語は、ウダーナ6-5と同じ 自分のもの、自分の教え、自分は自分 自分という実感が、ろくでないものなのに ただ一つ、自分がという実感が こころに刺さった、ただ一つの矢だとわからない 矢だと解ってしまえば 自分がという気持ちは生まれない 他人は自分がいなければ、現れ... 続きをみる
6.5 第二の異教の人々経(55) このように、わたしは聞きました。 あるとき。お釈迦様は、サーヴァッティーに住んでおられた。 ジェータ林のアナータピンディカ長者の聖園で、大勢のインドの哲学者やかしこい人や行者らが、サーヴァッティーに寝泊まりし、はてしない論争をしています。 (1)「我(アートマン)... 続きをみる
6.4 第一の異教の人々経(54) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、サーヴァッティーに住んでおられた。 ジェータ林のアナータピンディカ長者の聖園において、大勢の異教のサマナやバラモンや遍歴遊行者たちが、サーヴァッティーに滞在しています。 種々なものの見方があり、観察があり、認... 続きをみる
6.4 第一の異教の人々経(54) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、サーヴァッティーに住んでおられた。 ジェータ林のアナータピンディカ長者の聖園において、大勢のインドの哲学者やかしこい人や行者らが、サーヴァッティーに寝泊まりし、はてしない論争をしています。 (1)「世界は、常... 続きをみる
5.5 斎戒の経(45) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様はサーヴァッティーに住んでおられた。 東の聖園にあるミガーラ・マートゥの高楼(鹿母講堂:ミガーラの母のヴィサーカーが寄進した堂舎)で、お釈迦様は斎戒(布薩:ウポーサタ・地域内のビクが集まり戒律条項を読誦して自省する僧団行事... 続きをみる
6.3 注視の経(53) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、サーヴァッティーに住んでおられた。 ジェータ林のアナータピンディカ長者の聖園(祇園精舎)でお釈迦様は、ご自分の過去に捨てさられた無数の悪しき、善からぬ法(業)を、修行を完成した無数の善なる法(業)を観察しながら坐ってお... 続きをみる
6.3 注視の経(53) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、サーヴァッティーに住んでおられた。 ジェータ林のアナータピンディカ長者の聖園(祇園精舎)でお釈迦様は、ご自分の過去に捨てさられた無数の悪い、善くないカルマを、修行を完成した無数の善きカルマを観察しながら坐っておられたの... 続きをみる
6.2 七人の結髪者の経(52) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、サーヴァッティー(舎衛城)に住んでおられた。 東の聖園にあるミガーラ・マートゥの高楼(鹿母講堂:ミガーラの母のヴィサーカーが寄進した堂舎)で、お釈迦様は、夕刻時に坐禅から覚められ、門小屋の外に坐っておられたので... 続きをみる
6.2 七人の結髪者の経(52) あるとき、お釈迦様は、サーヴァッティー(舎衛城)に住んでおられた。 東の聖園にあるミガーラ・マートゥの高楼(鹿母講堂:ミガーラの母のヴィサーカーが寄進した堂舎)で、お釈迦様は、夕方に坐禅から覚められ、門小屋の外に坐っておられたのです。 コーサラ国のパセーナディ王は、... 続きをみる
1 輪廻を司るカルマを捨てる経(51) あるとき、お釈迦様は、ヴェーサーリーに住んでおられた。 マハー林の二階建て堂舎(重閣講堂)で、お釈迦様は、ヴェーサーリーで托鉢をしてかアーナンダに語りかけたけたのです。 「アーナンダよ、坐具を取りなさい。わたしたちは昼の休息にチャーパーラ塔廟のあると ころに行... 続きをみる
5.10 チューラパンタカの経(50) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、サーヴァッティーに住んでおられた。 ジェータ林のアナータピンディカ長者の聖園にて、尊者チューラパンタカがお釈迦様から遠く離れていないところ、瞑想姿で身体を真っすぐに立てて全面に、きづきを置いて坐っていたの... 続きをみる
5.10 チューラパンタカの経(50) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、サーヴァッティーに住んでおられた。 ジェータ林のアナータピンディカ長者の聖園にて、チューラパンタカがお釈迦様から遠く離れていないところ、瞑想姿で身体を真っすぐに立てて全面に気づきを置いて坐っていたのです。... 続きをみる
5.9 大騒ぎをしながらの経(49) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、コーサラ国において、ビク衆と共に遊行の旅を歩んでおられた。そのとき大勢の若いバラモンがお釈迦様から遠く離れていないところで大騒ぎをしながら浮かれた様子で通り過ぎます。お釈迦様は、大勢の若いバラモンが遠く離れ... 続きをみる
5.9 大騒ぎをしながらの経(49) あるとき、お釈迦様は、コーサラ国において、弟子衆と共に歩るき旅をしておられた。そのとき大勢の若いバラモンが、お釈迦様から遠く離れていないところで大騒ぎをしながら浮かれた様子で通り過ぎていった。 そのときお釈迦様は、ウダーナを唱えました。 利口とカン違いした人の話... 続きをみる
5.8 僧団の分裂の経(48) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、ラージャガハに住んでおられた。 ヴェール林のカランダカ・ニヴァーパにおいて、尊者アーナンダは斎戒のその日に衣を着けて鉢と衣料をもって、ラージャガハに托鉢のために入りました。 デーヴァダッタは、尊者アーナンダが托鉢... 続きをみる
5.8 僧団の分裂の経(48) あるとき、お釈迦様は、ラージャガハに住んでおられた。 ヴェール林のカランダカ・ニヴァーパにおいて、アーナンダは戒の確認の日に、ラージャガハに托鉢のために入りました。 デーヴァダッタは、アーナンダが托鉢しているときに、こう言ったのです。 「アーナンダよ。今日から、わたし... 続きをみる
5.7 カンカーレーヴァタの経(47) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、サーヴァッティーに住んでおられた。 ジェータ林のアナータピンディカ長者の聖園において、尊者カンカーレーヴァタがお釈迦様から遠く離れていないところに、瞑想姿で身体を真っすぐに立てて自己の疑いの思いを超えて清... 続きをみる
5.7 カンカーレーヴァタの経(47) あるとき、お釈迦様は、サーヴァッティーに住んでおられた。 ジェータ林のアナータピンディカ長者の聖園において、カンカーレーヴァタがお釈迦様から遠く離れていないところに、瞑想姿で身体を真っすぐに立てて自己の疑いの思いを超えて清浄の知恵を観察しながら、坐っていたので... 続きをみる
5.6 ソーナの経(46) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、サーヴァッティー市外にあるジェータ林のアナータピンディカ長者の聖園に住んでおられた。 同じころ、尊者マハーカッチャーナは、アヴァンティ国に住んでおられた、クララガラのパヴァッタ山に在俗の信者のソーナ・クティカンナが尊... 続きをみる
5.6 ソーナの経(46) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、サーヴァッティー市外にあるジェータ林のアナータピンディカ長者の聖園に住んでおられた。 同じころ、マハーカッチャーナは、アヴァンティ国に住んでおられた、クララガラのパヴァッタ山に在俗の信者のソーナ・クティカンナがマハー... 続きをみる
5.5 斎戒の経(45) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様はサーヴァッティーに住んでおられた。 東の聖園にあるミガーラ・マートゥの高楼(鹿母講堂:ミガーラの母のヴィサーカーが寄進した堂舎)で、お釈迦様は斎戒(布薩:ウポーサタ・地域内のビクが集まり戒律条項を読誦して自省する僧団行事... 続きをみる
5.4 少年たちの経(44) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、サーヴァッティーに住んでおられた。 ジェータ林のアナータピンディカ長者の聖園で、大勢の少年たちがサーヴァッティーとジェータ林との中途で魚たちを捕まえて痛めつけ遊んでいます。 お釈迦様は午前中に、衣を着て鉢と衣料をも... 続きをみる
5.4 少年たちの経(44) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、サーヴァッティーに住んでおられた。 ジェータ林のアナータピンディカ長者の聖園で、大勢の少年たちがサーヴァッティーとジェータ林との中途で魚たちを、いじめて遊んでいます。 お釈迦様は午前中に、衣を着て鉢と衣料をもって、... 続きをみる
5.3 ハンセン病者のスッパブッダの経(43) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、ラージャガハ(王舎城)に住んでおられた。 ヴェール林のカランダカ・ニヴァーパ(竹林精舎)におられ、ラージャガハには、スッパブッダという名のハンセン病者が貧しい人として、哀れな人として、惨めな人とし... 続きをみる
5.3 ハンセン病者のスッパブッダの経(43) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、ラージャガハ(王舎城)に住んでおられた。 ヴェール林のカランダカ・ニヴァーパ(竹林精舎)におられ、ラージャガハには、スッパブッダという名のハンセン病者が貧しく、哀れで、惨めに暮らしていた。お釈迦様... 続きをみる
5.2 短命の者たちの経(42) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、サーヴァッティーに住んでおられた。 ジェータ林のアナータピンディカ長者の聖園で、尊者アーナンダは夕刻時に坐禅から覚め、お釈迦様のところに行き、ご挨拶(あいさつ)して、かたわらに坐りました。尊者アーナンダは、お釈... 続きをみる
5.2 短命の者たちの経(42) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、サーヴァッティーに住んでおられた。 ジェータ林のアナータピンディカ長者の聖園で、アーナンダは夕刻時に坐禅から覚め、お釈迦様のところに行き。お釈迦様にこう申し上げた。 「尊き方よ。世尊の母は短命で世尊が生まれて七... 続きをみる
5.1 より愛しいものの経(41) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、サーヴァッティー(舎衛城)に住んでおられた。 ジェータ林のアナータピンディカ長者の聖園(祇園精舎)で、コーサラ国のパセーナディ王はマッリカー妃と、テラスでくつろいでいたとき、コーサラ国のパセーナディ王はマッリ... 続きをみる
5.1 より愛しいものの経(41) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、サーヴァッティー(舎衛城)に住んでおられた。 ジェータ林のアナータピンディカ長者の聖園(祇園精舎)で、コーサラ国のパセーナディ王はマッリカー妃と、テラスでくつろいでいたとき、コーサラ国のパセーナディ王はマッリ... 続きをみる
ウダーナは八章からなり、半分の四章まで記載し終わりました。そこで今回は改めてウダーナをなぜ取り上げたのかを書いてみました。 テーマは、「ゴーダマ・ブッダのそのままの教」とはなにかです ウダーナについて ウダーナはパーリ語で記された経典の中の、教蔵・小部の三番目に位置している、お経です、スッタニパータ... 続きをみる
4.10 サーリプッタの静寂の経(40) このように、わたしは聞きました。 ある時、お釈迦様は、サーヴァッティーに住んでおられた。 ジェータ林のアナータピンディカ長者の聖園で、尊者サーリプッタが、お釈迦様から遠く離れていないところ、瞑想姿で身体を真っすぐに立てて、自らのこころの静寂(せいじゃく)を省... 続きをみる
4.10 サーリプッタの静寂の経(40) このように、わたしは聞きました。 ある時、お釈迦様は、サーヴァッティーに住んでおられた。 ジェータ林のアナータピンディカ長者の聖園で、サーリプッタが、お釈迦様から遠く離れていないところ、瞑想姿で身体を真っすぐに立てて、自からのこころの完全な安らぎを自ら理解し... 続きをみる
4.9 ウパセーナの経(39) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、ラージャガハに住んでおられます。 ヴェール林のカランダカ・ニヴァーパで、離れて独り静かに座っているヴァンガンタの子の尊者ウパセーナの心にこのような考えが浮かびました。 「わたしには幸いだ。わたしの師はアラカンにし... 続きをみる
4.9 ウパセーナの経(39) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、ラージャガハに住んでおられます。 ヴェール林のカランダカ・ニヴァーパで、離れて独り静かに座っているヴァンガンタの子のウパセーナの心にこのような考えが浮かびました。 「わたしには幸いだ。わたしの師はアラカンにして正... 続きをみる
4.8 スンダリーの経(38) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、サーヴァッティーに住んでおられた。 ジェータ林のアナータピンディカ長者の聖園で、お釈迦様は、人々から尊敬され、重んじられ、慕われ、捧げられ、うやまわれ、衣料や食事や寝具坐具や常備薬を受けていた。 ビクの僧団もまた... 続きをみる
4.8 スンダリーの経(38) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、サーヴァッティーに住んでおられた。 ジェータ林のアナータピンディカ長者の聖園で、お釈迦様とビクの僧団は、人々から尊敬され、衣料や食事や寝具坐具や薬を受けていた。 いっぽう、異教の遊行者たちは、人々から尊敬されず、... 続きをみる
4.7 サーリプッタの経(37) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、サーヴァッティーに住んでおられた。 ジェータ林のアナータピンディカ長者の聖園で、尊者サーリプッタが、お釈迦様から遠く離れていないところ、瞑想姿で身体を真っすぐに立てて、求むこと少なく、常に満ち足りていて世俗の事... 続きをみる
4.7 サーリプッタの経(37) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、サーヴァッティーに住んでおられた。 ジェータ林のアナータピンディカ長者の聖園で、サーリプッタが、お釈迦様から遠く離れていないところ、瞑想姿で身体を真っすぐに立てて、求むこと少なく、常に満ち足りていて世俗の物事か... 続きをみる
4.6 ピンドーラの経(36) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、サーヴァッティー(舎衛城)に住んでおられた。 ジェータ林のアナータピンディカ長者の聖園(祇園精舎)で、尊者ピンドーラ・バーラドヴァージャがお釈迦様から遠く離れていないところで、瞑想姿で身体を真っすぐに立てて森に住... 続きをみる
4.6 ピンドーラの経(36) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、サーヴァッティー(舎衛城)に住んでおられた。 ジェータ林のアナータピンディカ長者の聖園(祇園精舎)で、ピンドーラ・バーラドヴァージャがお釈迦様から遠く離れていないところで、瞑想姿で身体を真っすぐに立てて森に住み、... 続きをみる
4.5 象の経(35) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、コーサンビーに住んでおられた。 ゴーシタの聖園で、お釈迦様は、ビクやビクニや在俗の信者や女性の在俗信者や王や大臣や異教の者や異教の者の弟子らに煩わされ、混乱して住んでおられた。お釈迦様はこう思ったのです。 「わたしは、ビ... 続きをみる
4.5 象の経(35) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、コーサンビーに住んでおられた。 ゴーシタの聖園で、お釈迦様は、ビクやビクニや在俗の信者や女性の在俗信者や王や王の大臣や異教の者や異教の者の弟子らに煩わされ、混乱して住んでおられた。お釈迦様はこう思ったのです。 「わたしは... 続きをみる
4.4 ヤッカの打撃の経(34) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、ラージャガハ(王舎城)に住んでおられた。 ヴェール林のカランダカ・ニヴァーパ(竹林精舎)で、尊者サーリプッタと、尊者マハーモッガッラーナとが、カポータカンダラーに住んでいます。その時、尊者サーリプッタは月明かり... 続きをみる
4-4 ヤッカの打撃の経(34) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、ラージャガハ(王舎城)に住んでおられた。 ヴェール林のカランダカ・ニヴァーパ(竹林精舎)で、サーリプッタと、マハーモッガッラーナとが、カポータカンダラーに住んでいた。その時、サーリプッタは月明かりの夜、髪を新し... 続きをみる
4.3 牛飼いの経(33) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、コーサラ国を大いなる修行者の僧団と共に、遊行しておられた。 道から外れて。木の根元のところに行き、設けられた坐に坐られました。 そのとき、牛飼いがお釈迦様のところにやって来て、お釈迦様にご挨拶(あいさつ)して、かたわ... 続きをみる
4.3 牛飼いの経(33) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、コーサラ国をビク衆と共に、遊行しておられた。 道から外れて。木の根元のところに坐られました。 そのとき、牛飼いがお釈迦様のところにやって来たので、お釈迦様は真理の話をし、感動させたのです。 牛飼いは、お釈迦様の真理の... 続きをみる
4.2 うわついた者たちの経(32) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、クシーナーラーに住んでおられた。 マッラ族のもつウパヴァッタナのサーラ樹の林で大勢の修行者が、うわついた、謙虚でない心で、落ち着きなく、口が悪く、言葉が乱れ飛び、気づきを忘れ、正しく知ることなく、静まってい... 続きをみる
4.2 うわついた人たちの経(32) あるとき、お釈迦様は、クシーナーラーに住んでおられた。 マッラ族のもつウパヴァッタナのサーラ樹の林で大勢の弟子が、うわつき、口が悪く、本能のままに生きる、お釈迦様から遠く離れていない林の小屋に住んでいます。 そのときお釈迦様は、ウダーナを唱えました 身もこころも... 続きをみる
4.1 メーギヤの経(31) このように、わたしは聞きました。 あるとき、お釈迦様は、チャーリカーに住んでおられた。 村はずれのチャーリカ山で、お釈迦様の世話係である、尊者メーギヤは、お釈迦様にご挨拶(あいさつ)して、かたわらに立ちました。 尊者メーギヤは、お釈迦様に 「尊き方よ、わたしは、ジャント... 続きをみる
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枕崎で釣りをするぞー
52◇◇◇温泉は最終受付時間を過ぎて晩ご飯は静岡で会津〜春の気まま旅2025その52
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東シナ海を眺めながら酒を飲むのだ
日経平均がザラ場で6万円突破
金の売りが一先ず成功!ナイトの引けはトントンと思いきや寄り付きのギャップダウンで60円前後利確!本日はおはよう6万円前後也!
何故白金は買いサインが継続なのに売りのままにしてるのか?その理由がコレ!
ねー、、、触らぬ神に祟りなしでしょ!日経225先物が上げ下げおもしろーい!寄り付き60000円超えたら達成感で一気に800円近い暴落、、、
どうだ!金の2回目!本日2回目のおはよう利食い!本日は金のラージでおかわり8万円也!
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【4/23 今日の予測】私の保有投資信託「eMAXIS SIim米国株式(S&P500) • フィデリティUSリートB(毎月分配型)」
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