エッセイ シェイクスピアとドストエフスキー <試論7>
シェイクスピアの劇は、どれも早く進行するという印象があるのだが、その中でも、四大悲劇は、特にスピーディであると言って、良いようだ。 総行数で、もっとも長いのが、ハムレットであり、もっとも短いのがマクベスであるが、どちらも、科白が、畳みかけるように流れていく。リア王やオセローも、この点、同断である。 ... 続きをみる
シェイクスピアの劇は、どれも早く進行するという印象があるのだが、その中でも、四大悲劇は、特にスピーディであると言って、良いようだ。 総行数で、もっとも長いのが、ハムレットであり、もっとも短いのがマクベスであるが、どちらも、科白が、畳みかけるように流れていく。リア王やオセローも、この点、同断である。 ... 続きをみる
先の記事で、リア王については、かなり短く済ませてしまったので、少し付け加えておきたい。 リアは、自らの愚かな振る舞いによって、王としての地位を追われ、権威も権力も財力も、そうした外形の諸力は、悉く剥ぎ取られ、狂気と正気の境さえさまよい、野にあって、ただの老人に過ぎなくなる。だが、劇の最後で、その裸形... 続きをみる
これは、わたし自身の言い方となるが、この二人の作風の違いを、一度、比喩を使って表現して見たい。 シェイクスピアについては、スタンダールの故知を鑑みて、モーツァルトの音楽にも通ずる作風を持っていることから、 透き通った豊かな海の、明るく照らされた底が、間近に見え、その水深を尋ねると、驚嘆するような深さ... 続きをみる
シェイクスピアの諸作品は、読み易い古典である。おそらく、世界の古典の中でも、もっとも読み易い古典ではないかと思われる。 これは、日本ではもう江戸時代から、翻訳本があったこと、また、とても多くの優秀な翻訳家たちが、挙ってシェイクスピアを翻訳して、洗練されて来たこと、それと、作品自体の性格として、ことば... 続きをみる
父とイヴ、主宰の関係性を整理。バレリーナ:The World of John Wickの感想。
「エトワールたち1993」(第700話)十二月十四日 橘麗
「エトワールたち1993」(第701話)十二月十四日バーレッスンが始まる(一)
「エトワールたち1993」(第699話)十二月十四日朝のバーレッスン
「エトワールたち1993」(第690話)十二月十三日ホテルに帰って
「エトワールたち1993」(第689話)十二月十三日そして明日へ(二)
「エトワールたち1993」(第688話)十二月十三日そして明日へ(一)
「エトワールたち1993」(第666話)十二月十三日『くるみ割り人形』休憩時間(四)祈り
「エトワールたち1993」(第665話)十二月十三日『くるみ割り人形』休憩時間(三)
「エトワールたち1993」(第664話)十二月十三日『くるみ割り人形』休憩時間(二)
「エトワールたち1993」(第663話)十二月十三日『くるみ割り人形』休憩時間(一)
「エトワールたち1993」(第662話)十二月十三日『くるみ割り人形』第一幕(九)ルベランス
「エトワールたち1993」(第661話)十二月十三日『くるみ割り人形』第一幕(八)雪の場
「エトワールたち1993」(第660話)十二月十三日『くるみ割り人形』第一幕(七)由奈から園香へ
「エトワールたち1993」(第659話)十二月十三日『くるみ割り人形』第一幕(六)冬の松林の場