花柳界のムラゴンブログ

  • 東京ぶらぶら歩き - 赤坂の料亭、麻布十番の柳と酒場、神田ガード下の居酒屋

    ブラタモリ的、東京街歩きしてきました~ 粋な黒塀~ 赤坂の料亭(跡)「金龍」 平成29年(2017年) 8月23日 村内伸弘撮影 「江戸」の頃から続いている町ですから「東京」って、いろいろ奥深さを感じる点がありますよね。この日も都内をぶらぶら歩いていたら、いろいろ風情があるものを見かけました。ブログに記録(ログ)しておきます。 皆さん、東京見物してみてください。 赤坂の料亭 まず赤坂の料亭ですが、

  • 神楽坂界隈 戦前戦後

     神楽坂界隈は花柳界が昔からあって現在でも片鱗は伺えます。でも石畳のあるところはまだしもビルやマンションが建ってしまうと以前何があったか思い出せないものです。  『熱情 田中角栄をとりこにした芸者』T・K著という本には昔の大ざっぱな地図が載っています。以下は推測だったり、記憶の受け流しだったりしますから間違いがあったらお許しください。  この著書によりますと、戦前の検番(見番)は神楽坂通りの鳥茶屋

  • 小唄を聴きながら

     世田谷に住んでいたころ、小唄を好んで聴いていた時期がありました。  小石川図書館で見つけた春日とよのレコードを聴いてずいぶんシブい世界があるもんだと驚いたものです。  小唄といっても粋とかそういうことよりも渋みが強い傾向です。心にジンジンと響きました。  三味線は自ら弾いたものもあったかもしれませんが、弟子の人が弾いてるのが多かったかもしれません。  弟子といっても師匠クラスの大御所ばかりです。

  • 太地喜和子 続

     四ツ谷に荒木町(新宿区)というところがあります。  大ざっぱに言って四ツ谷駅と四谷三丁目の交差点の間にある町です。  近くに津の守坂という坂があります。高須藩主松平氏が摂津の守だったので津の守坂と名付けられたそうです。  太地喜和子は一時荒木町に住んだようです。太地の女優半生記の本に載っていました。山田ハイツというところに住んでいた、と記されています。山田ハイツは実在しなかったみたいです。近所の