• 今月のそっくりさん 11月

    ヴィオラ・ダ・ガンバ 「黄色いセーターを着たジャンヌ・エビュテルヌ」モディリアーニ 子役時代の松田洋治(映画「ドグラマグラ」で主演)差し障りがある場合削除します。 オート三輪 舌出し犬

  • 書籍:「ぼくらの昭和オカルト大百科」

    この本も図書館で借りました。表紙カバーはあの有名な「ノストラダムスの大予言」のパロディです。内容は、1970年代のノストラダムスの大予言、UMA、超能力、UFO、心霊(コックリさん等の解説です。資料としての考現学的な価値は特にないですが、当時、小学生だった方が読んで懐かしむ本だと思います。

  • 書籍:「昭和ちびっこ未来画報」

    この本も図書館で借りました。内容は1950〜70年代に考えだされた未来世界の予想図です。現在からコメントするのは申し訳ないですが、ほとんどは当たってないです。しかしながら、絵を見ていると平和というか楽しくなります。地球最後の日の想像図では、大洪水で奈良から250トンの大仏が流れてきています。

  • 青春あるある

    中一のときにクラスで旅行に行った。風呂に入ったら小川くんはもうボーボーだった。 「いやあもう生えてるのバレちゃったよー」と言いながら余裕の態度。 ぼくはつるつるの股間を隠して入湯。 そのころ一ツ木通りのY君はバイタリスをバッチリぬりたくって髪の形を整えて通学していました。 ぼくは控えめにスコアを塗って髪を流し気味に梳かしていました。それが精いっぱいの中一のオシャレでした。 叔母が「〇〇ちゃん、整髪

  • イベント告知

    うちの旦那さんの趣味は、昭和集めです。 おもちゃや、バイク、車までも…。 来月、仲間で御殿場の時の栖でイベントをやるそうです♪ 興味のある方は是非に。 フライヤー裏面です↓時の栖の施設内のクーポンになってます。

  • 『論語物語』『荘子物語』

     まだ読みさしですが『論語物語』下村湖人著と『荘子物語』諸橋轍次著はたいそう面白い。  どちらも共通に読みやすいし、相対化しています。  『論語物語』では孔子が怪人二十面相のように疑われ、明智小五郎のように信じられています。  『荘子物語』では荘子が孔子の悪口を言っている。老子にも相談に行っている。その老子も孔子よりだいぶ先輩のようですし、文献によっては孔子より後代の人のようだったりで、何がホント

  • Roswell Rudd & Steve Lacy

    Steve Lacy and Roswell Rudd - Koko  トロンボーンのラズウェル・ラッドはアルトサックス奏者ジョン・チカイ(最近亡くなったのを知った)らとニューヨーク・アート・クワァルテットなどで活動しました。二人の浮遊感にあふれたプレイは心地よいです。  ソプラノ・サックスのスティーヴ・レイシーはけっこう有名です。ラッドとレイシーはリズムが全然違うのですが飄々とした感じが合う気が

  • 恋の奴隷 奥村チヨ

    奥村チヨ 「恋の奴隷」 1969  69年ですから意外と昔ですね。ウーマンリブの波が盛んになってきたとはいえ、まだ大丈夫だったんです。  今こういうような歌詞だとどこからかクレームが来そう。  北斗晶が面白いことを言ってました。男女平等なのにレディーファーストっておかしい。なるほどそうかもしれない。北斗晶を見直しました。

  • 水色のワルツ  二葉あき子  高木東六

    水色のワルツ SP 二葉あき子  昭和25年の「水色のワルツ」は懐メロの中でも特別印象深い曲です。シングル盤のレコードもうちにありました。  LPも二葉あき子のアルバムを買いました。  二葉あき子の歌声も良かったし高木東六の作曲というのも素晴らしい。詞は藤浦洸なんですね。  メンデルスゾーンの無言歌集を聴いたとき、ワルツと表記はなかったけれど、何かしら水色のワルツを想起させる曲もありました。

  • フロイト的堕胎と糞尿愛好

     母親がいらいらしていたのとちょうど妹が腹にいた時期と重なる。ぼくと妹の間に二度中絶していた。  昭和30年代中絶は流行していた。青山のN産科は超一流女優Yがよく中絶に来たという。  5歳の誕生日ごろか、一人で寝るようにしつけられた。その数年前草月から大金を受け取ったうちは増築して部屋をひとつ増やした。そこに両親は寝て、ぼくはそれまでどおり広めの部屋で一人で寝ることになった。  母親は計算上半年後

  • 鈴木茂の歩み

    Tin Pan Alley - Sobakasu no Aru Shoujo [ソバカスのある少女]  1stアルバム「バンドワゴン」をアメリカで録音して発表した後、キャラメルママから発展的解散でティンパン・アレーに拡張した際にアルバムに収録された曲「そばかすのある少女」はミュージシャン仲間からも人気が高く多くのカバーが存在する。 TIN PAN ALLEY SUZUKI SHIGELU REHE

  • 意外とはっぴいえんど(ティンパン)っぽい曲もあり 大瀧詠一

    けいおん!×大瀧詠一「あつさのせい」 福生ストラット(パートⅡ)www  はっぴいえんど時代プレスリー張りのボーカルを聞かせていた大瀧だがソロになってもバンドのメンツは多くはなっているものの、いわゆるティンパンアレーサウンドになっているものも多い。これらは下北ロフトでよくかかっていたので想い出深い。  りんごはなるべく大きなものを齧りたい気持ちは自分も嚥下障害になって大いにわかる。大瀧もリンゴをガ

  • 70年代の混沌 細野晴臣

    Haruomi Hosono - Hong Kong Blues (1976) Haruomi Hosono - Sayonara (The Japanese Farewell Song) (1976) ソロアルバム1st「細野ハウス」からいきなり「トロピカルダンディ」の時点でファンは戸惑ったにちがいない。「泰安洋行」においては細野から離れて行ったファンも多かったはず。細野のファンなのか細野のサウ

  • 唯子さん☆探し物が見つかりません

    2018年8月5日(日) 18時頃 パパに連れられて帰ってきた 唯子さん♪ 実は 唯子さん 2・3日前から 探し物をしています ハート型のキラキラしたコンパクトみたいな ゲーム機のような おもちゃ♪ どこかで見たような気がするのですが 思い出せません 唯子さんも どこに置いたのか 全く思い出せないようです ふたりで あっちこっち探したのですが やっぱり 見つかりません 一時は  唯子さん 『おかあ

  • 細野晴臣の風景

     細野晴臣は白金の出身である。ふた昔ぐらい前、テレホンショッキングで山本コータローが細野さんああ見えて麻布の出身なんですよ、と言って場内を沸かせた。  次のゲストは細野自身でタモリに細野さんご出身は?と問われ、芝と答えた。地方出身者は芝、芝?芝ってどこだ?となる。  芝は芝區のことである。港区の南側に位置する地域は細野晴臣が生まれるころまではれっきとした芝區だったのである。つまり山本の誤解に基づく

  • 松本隆論

     作詞家の松本隆は元はっぴいえんどのドラマーだ。細野晴臣が君は本をいっぱい読んでいるから作詞を頼むと言ったのがきっかけで作詞を試みた。  はっぴいえんどのアルバム自体の売り上げは大したものではなかったが日本語ロックとして伝説に残った。  松本が当初こんな日本を代表する作詞家になるなんて誰が予想しただろうか。  親は官僚、青山生まれの西麻布育ち慶応中等部から内部進学と聞いて誰もがお坊ちゃんを想像する

  • 紫外線と熱中症

     昨今、熱中症が多くなり、紫外線対策も熱心になりました。  どうしてこんなに暑いのか誰も明言しません。  それはともかく、ひと昔前から街中を歩いていても日傘を差した女性も男性さえも多くなりました。  住宅街で角を急に曲がってくる、完全防備の人に出会うことがある。帽子、日よけターバン、マスク、サングラス、両腕にタオル地のタイ、手袋、だいたいこんな感じ。買物でもなさそう。ウォーキングのようだ。  だい

  • 三橋美智也 天才

     うちが1965年ごろ初めて買ったステレオに合わせて買ったレコードの中に三橋美智也が含まれていました。全部民謡でしたが、母の希望です。 哀愁列車 三橋 美智也  その後昭和40年代には懐メロ番組が始まり私の世代も耳に親しい音楽になりました。 リンゴ村から/三橋美智也 おんな船頭唄 三橋 美智也

  • ギターとベース、ドラムのからみが秀逸

    コミュニケーション Happy End - Happy End - 02 氷雨月のスケッチ  この曲は茂ファンにとっては必須。  ただしYouTubeでしか再生できませんので青い文字をクリック願います、 無風状態  この2曲を聴くと松本隆は作詞の合い間にドラムを叩いていたんじゃないことがお分かりと思う。

  • 西田佐知子に歌ってほしい浅川マキ

    Maki Asakawa 浅川マキ 「 少年(歌詞付) 」  1972年に発表された初のライブアルバムに収録曲。 Maki Asakawa 浅川マキ 「 それはスポットライトではない It's not the spotlight (歌詞付) 」  1978年に発表されたライブアルバム収録曲。

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