• チラシの裏

     明治4年4月4日生まれの人は大正4年4月4日に44歳になった。    大正7年7月7日生まれの人は平成7年7月7日に77歳になった。    年齢の数え方はいろいろあるようです。  ざっと計算したので間違えているかも。

  • 今月のそっくりさん 11月

    ヴィオラ・ダ・ガンバ 「黄色いセーターを着たジャンヌ・エビュテルヌ」モディリアーニ 子役時代の松田洋治(映画「ドグラマグラ」で主演)差し障りがある場合削除します。 オート三輪 舌出し犬

  • 山径

       山径(やまみち)            天竺浪人  山林幽深(おくぶか)き 径(みち)歩み 浮雲に梢搦(こずえから)みて根岸  靑丹(あおに)の匂ふが如く 山肌の側の葉乾き落つれば紬の生壁色、  踏捨(ふみすて)の桑染(くはぞめ)見たやうに、濕(しめ)らし土が  床しきは 煤竹(すすだけ)の帷子(かたびら)を想ふ。      霄(そら)諦見(ながむ)るに 菱星(ひしぼし)滑る刹那交睫(まばた

  • 青春あるある

    中一のときにクラスで旅行に行った。風呂に入ったら小川くんはもうボーボーだった。 「いやあもう生えてるのバレちゃったよー」と言いながら余裕の態度。 ぼくはつるつるの股間を隠して入湯。 そのころ一ツ木通りのY君はバイタリスをバッチリぬりたくって髪の形を整えて通学していました。 ぼくは控えめにスコアを塗って髪を流し気味に梳かしていました。それが精いっぱいの中一のオシャレでした。 叔母が「〇〇ちゃん、整髪

  • モノトーン

    日差しが強いのに、明るさはなく、ちょっとノスタルジックな通勤時。 レジンで、封入するシートにシルエット的なものがあるのですが、廃虚とか説線とか好き。

  • 妄想 森鴎外  を読む

     森鴎外の「妄想」はエッセイのようであり、私小説、詩のような部分もある。鴎外は夏目漱石ほど人気はないが、漱石より魅かれるところがある。  下部に挙げる文脈でそのわけが判ったような気がした。文中のハルトマンはエドゥアルト・フォン・ハルトマンのことだと思われる。  形而上学と云ふ、和蘭寺院楽(オランダじゐんがく)の諧律(かいりつ)のやうな組立てに倦(う)んだ自分の耳に、或時ちぎれちぎれのAphoris

  • 『論語物語』『荘子物語』

     まだ読みさしですが『論語物語』下村湖人著と『荘子物語』諸橋轍次著はたいそう面白い。  どちらも共通に読みやすいし、相対化しています。  『論語物語』では孔子が怪人二十面相のように疑われ、明智小五郎のように信じられています。  『荘子物語』では荘子が孔子の悪口を言っている。老子にも相談に行っている。その老子も孔子よりだいぶ先輩のようですし、文献によっては孔子より後代の人のようだったりで、何がホント

  • 腸とドグラマグラ

     腸は第二の脳と言われています。ときには脳の指令なしで腸が判断して動くらしいです。  そうなってくると夢野久作の『ドグラマグラ』が表示したことを想起します。脳がすべてを支配しているのではなく、末端の神経なり細胞が独自に判断を行なっている、と。  逆に腸から情報を脳に伝達する関連性もあるようなのです。  現在腸は水素を発生して活性酸素を減らすなどと言われていますが、それも一つの可能性でしょう。まあ、

  • 恋の奴隷 奥村チヨ

    奥村チヨ 「恋の奴隷」 1969  69年ですから意外と昔ですね。ウーマンリブの波が盛んになってきたとはいえ、まだ大丈夫だったんです。  今こういうような歌詞だとどこからかクレームが来そう。  北斗晶が面白いことを言ってました。男女平等なのにレディーファーストっておかしい。なるほどそうかもしれない。北斗晶を見直しました。

  • 水色のワルツ  二葉あき子  高木東六

    水色のワルツ SP 二葉あき子  昭和25年の「水色のワルツ」は懐メロの中でも特別印象深い曲です。シングル盤のレコードもうちにありました。  LPも二葉あき子のアルバムを買いました。  二葉あき子の歌声も良かったし高木東六の作曲というのも素晴らしい。詞は藤浦洸なんですね。  メンデルスゾーンの無言歌集を聴いたとき、ワルツと表記はなかったけれど、何かしら水色のワルツを想起させる曲もありました。

  • フロイト的堕胎と糞尿愛好

     母親がいらいらしていたのとちょうど妹が腹にいた時期と重なる。ぼくと妹の間に二度中絶していた。  昭和30年代中絶は流行していた。青山のN産科は超一流女優Yがよく中絶に来たという。  5歳の誕生日ごろか、一人で寝るようにしつけられた。その数年前草月から大金を受け取ったうちは増築して部屋をひとつ増やした。そこに両親は寝て、ぼくはそれまでどおり広めの部屋で一人で寝ることになった。  母親は計算上半年後

  • Jean Fournier Ginette Doyen

    Faure:Violin Sonata#1 in A-Op13-Jean Fournier&Ginette Doyen-monoLp-circa1951  ジャン・フルニエとジネット・ドワイアンは夫婦です。  ジャンはチェリストのピエール・フルニエの弟。ジネットはピアニストのジャン・ドワイアンの妹です。  フォーレのヴァイオリン・ソナタはクリスチャン・フェラス、ピエール・バルビゼのレコードが決定盤

  • Jean Doyen , Ginette Doyen

    Fauré - Jean Doyen (1972) Pièces brèves op.84 (Piano Bösendorfer)  ジャン・ドワイアンは1907年生まれで年代的にジェルメーヌ・ティッサン=ヴァランタンより若く、アンリエット・ピュイグ=ロジェやジャン・ユボーより年長。  独特のきらめきと立体的な粒立ちを感じさせる。使用ピアノはベーゼンドルファー。  かつてLPで聴いた覚えがあるが、

  • 鈴木茂の歩み

    Tin Pan Alley - Sobakasu no Aru Shoujo [ソバカスのある少女]  1stアルバム「バンドワゴン」をアメリカで録音して発表した後、キャラメルママから発展的解散でティンパン・アレーに拡張した際にアルバムに収録された曲「そばかすのある少女」はミュージシャン仲間からも人気が高く多くのカバーが存在する。 TIN PAN ALLEY SUZUKI SHIGELU REHE

  • 意外とはっぴいえんど(ティンパン)っぽい曲もあり 大瀧詠一

    けいおん!×大瀧詠一「あつさのせい」 福生ストラット(パートⅡ)www  はっぴいえんど時代プレスリー張りのボーカルを聞かせていた大瀧だがソロになってもバンドのメンツは多くはなっているものの、いわゆるティンパンアレーサウンドになっているものも多い。これらは下北ロフトでよくかかっていたので想い出深い。  りんごはなるべく大きなものを齧りたい気持ちは自分も嚥下障害になって大いにわかる。大瀧もリンゴをガ

  • 70年代の混沌 細野晴臣

    Haruomi Hosono - Hong Kong Blues (1976) Haruomi Hosono - Sayonara (The Japanese Farewell Song) (1976) ソロアルバム1st「細野ハウス」からいきなり「トロピカルダンディ」の時点でファンは戸惑ったにちがいない。「泰安洋行」においては細野から離れて行ったファンも多かったはず。細野のファンなのか細野のサウ

  • 細野晴臣の風景

     細野晴臣は白金の出身である。ふた昔ぐらい前、テレホンショッキングで山本コータローが細野さんああ見えて麻布の出身なんですよ、と言って場内を沸かせた。  次のゲストは細野自身でタモリに細野さんご出身は?と問われ、芝と答えた。地方出身者は芝、芝?芝ってどこだ?となる。  芝は芝區のことである。港区の南側に位置する地域は細野晴臣が生まれるころまではれっきとした芝區だったのである。つまり山本の誤解に基づく

  • 松本隆論

     作詞家の松本隆は元はっぴいえんどのドラマーだ。細野晴臣が君は本をいっぱい読んでいるから作詞を頼むと言ったのがきっかけで作詞を試みた。  はっぴいえんどのアルバム自体の売り上げは大したものではなかったが日本語ロックとして伝説に残った。  松本が当初こんな日本を代表する作詞家になるなんて誰が予想しただろうか。  親は官僚、青山生まれの西麻布育ち慶応中等部から内部進学と聞いて誰もがお坊ちゃんを想像する

  • 紫外線と熱中症

     昨今、熱中症が多くなり、紫外線対策も熱心になりました。  どうしてこんなに暑いのか誰も明言しません。  それはともかく、ひと昔前から街中を歩いていても日傘を差した女性も男性さえも多くなりました。  住宅街で角を急に曲がってくる、完全防備の人に出会うことがある。帽子、日よけターバン、マスク、サングラス、両腕にタオル地のタイ、手袋、だいたいこんな感じ。買物でもなさそう。ウォーキングのようだ。  だい

  • 三橋美智也 天才

     うちが1965年ごろ初めて買ったステレオに合わせて買ったレコードの中に三橋美智也が含まれていました。全部民謡でしたが、母の希望です。 哀愁列車 三橋 美智也  その後昭和40年代には懐メロ番組が始まり私の世代も耳に親しい音楽になりました。 リンゴ村から/三橋美智也 おんな船頭唄 三橋 美智也

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