• 撃沈2

    その昔、プロテスタント教会に通っていた時期がありまして、牧師さまに教わったことがあります。 旧約聖書に出てくるバアル神など、当時の人々は、預言者が現れるまでは、その存在こそが唯一絶対の神様であると信じ、決して、カルトな悪魔崇拝者たちが成すように、「ははあ、親愛なるサタンさま~~」と、頭を垂れ、敬拝を捧げていたわけではありませんでした。 おそらく、現在のキリスト者と同じような、礼拝に近い感覚であった

  • 撃沈

    教会関係の内輪話です。 ご指摘があったので、そのことに少し触れます。 以前、書きましたが、このブログは外向きに発信しており、当初から、あまり教会員どうしの交流を想定していなかったため、ぼかす意味も含め、表現も多少、故意に変換してきました。 例えば、亨進さま これは、自身の、アジア人特有のというか、古しき価値観からくるものなのですが、古来より、存命中の尊崇なる偉人に対しては、礼を失しないよう、決して

  • マグニフィセント・セブン

    気になる映画の紹介です。 なぜ気になるかというと、昨今、銃規制の問題がアメリカを中心に展開され、誤った捉え方をしないよう、ペンシルバニアの旦那を中心に、サンクチュアリ教会の方々も、それぞれ各種論陣を張ったりで対応、対グローバリズム戦の雄、トランプをサポートする方向で動かれていると思いますが、ここでは、少し難解な話から外れまして、思考を啓発する映画からも、少しは感じ取るものがあるかと思いまして、その

  • 北斗の拳

    私がサンクチュアリ教会に来た、理由らしきもの。 今回は内向きな内容となってます、ご容赦ください。 もし関心を持つならば、この世には、真理の欠片がいたるところに、散りばめられていることに、気づくはずです。 例えば、世紀末救世主伝説「北斗の拳」 一子相伝の北斗神拳に対し、南斗聖拳には数々の分派が存在する。 ここにもまた真理の断片を発見でき、家庭連合の分裂問題に見る、天の相続権争いに重なるものがあります

  • 光の柱、空にかけたる虹の夢

    新潟県上越市内から魚沼へ抜ける道で、周りを田畑に囲まれ、地平線まで一直線に伸びる道路があり、ある日、そこを走行中のこと、前方真正面から、それはまるで、火の柱のごとく立ち塞がったのでした。 2012年、偉大なあの方が聖和される少し前の出来事で、聖和前日の虹の写真も、これとは別にあります。 明らかに、これはメッセージだと感じ、身が振るえました。 「私の知らないところで、いったい何が起こっているんだ?」

  • サンクチュアリ教会

    このブログは、基本的に、教会との接点がない方などへ、外向けに発信しており、教会としては、すでに天が用意した、必要なサイトが存在しており、上級者は、ぜひ、そちらへアクセスしていただきたいのが本懐で、重複を避けるため、ここでは、極度な会員向けの内容は控えていこうと思います。 しかし、ここに訪問してくださった方には、ぜひサンクチュアリ教会に関心を持っていただきたいし、何より幸せを掴んでもらいたいと思って

  • 目糞は鼻糞を笑ってはいけない

    ルカによる福音書6章41~42節 なぜ、兄弟の目にある塵を見ながら、自分の目にある梁を認めないのか。 自分の目にある梁は見ないでいて、どうして兄弟に向かって、兄弟よ、あなたの目にある塵を取らせてください、と言えようか。偽善者よ、先ず自分の目から梁を取り除けるるがよい、そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目にある塵を取り除ける事ができるだろう。 岬キリスト教会さんより引用します。 平行記事

  • 銃と刀と私 忍者部隊月光編

    名ゼリフ「馬鹿!撃つ奴があるか。拳銃は最後の武器だ。我々は忍者部隊だ」 その部隊、その名は「月光」 1964年に設定を変えてドラマ化されましたが、原作は吉田竜夫の「少年忍者部隊月光」で、設定も内容も、太平洋戦争只中。 陸軍中野学校で世界各国へ潜入するためのスパイ訓練をうけ、忍術と科学を駆使して戦場を駆け巡る少年兵たちの物語。 後にヒットした、「科学忍者隊ガッチャマン」の原型とも言われています。 正

  • 霊界あれこれ

    少し思うところがあって、霊界について注意喚起、内向けに軽く書いておきます。 家庭連合時代は、いやはや、霊界絡みの悪しき事件が山ほどありましたので、トラウマのようになって、どの組織問わず、此の手の話は、警戒されている方も多いかと思います。しかし、真理探究するにおいて、ある一定レベルに達した方は、どうしても避けて通れなくなる場合もあるのではないかと。 家庭連合時代は、全体主義的なところがあったので、霊

  • 銃と刀と私 七色仮面編

    少し、内向きな内容となります。 2代王の登場、そして「鉄の杖の王国」の説教、今まで、クリスチャンでさえ知りえなかった核心的な部分に突入し、その登場によって、時代がどんどん切り開かれていく感じがします。 もはや、女帝のたわ言など相手にせずとも、時代を切り開く、その崇高な内容そのものが、全てを物語っているのではないでしょうか。 まだ、ご存知ない方は、はやく情報を収集していただきたいと思います。 私が聞

  • ビギンズ

    ブログ出発にあたっては、いくつかの指示というか、方向性を頂いております。 もともとは、数年前、教会長さまとの会話の中で、「外向けに発信していったらいいね」と、それとなく発せられた言葉を、天の声と捉え、出発は遅くなりましたが、本年、ブログデビューに至ったわけでありますが、天の声はもうひとつ、「身内からも、なんらか抵抗はある」ようなメッセージも受け取り、実際、そんな感じの出発となってしまったことに驚き

  • 蛇のおっさん VS 只のおっさん

    実は、神様のことを知らずとも、み言葉にそれほど精通していなくとも、天道の前に正しく立ち位置を確保し、天運を呼び込み、生活を改善できる方法がありまして、しかしそれには、敵が何であるか、大雑把でもいいから把握していくということ。 最低でも、そこが前提条件となりますが、おそらく私がその部類でありまして、おそらく日本人の多くがそうであろうと思われますから、その方々への今後の指針になればと思い、少しだけ述べ

  • 朝霧の密使

    吉凶は糾える縄のごとし 今更、何かを振り返ったところで、何かが変わるわけでもなし。 与えられた小さな力量で、その都度その都度、勝負をかけ、変化に対応しながら、願われた役割を果たしていく、それが人生であり、そこに幸せを感じれば、何よりかも。 取るに足らない経歴なれど、それなりに楽しかった思い出も、今は昔。 いとも簡単に、母体組織を乗っ取られた無念はあるものの、王の心中は遥かにそれを凌ぎ、推し量ること

  • 銃と刀と私 多羅尾伴内編

    若旦那が銃を構え、自民党も、ついに伝家の宝刀を抜き、それぞれが戦いを始めた。 自民結党以来の悲願、憲法改正まで、ぜひ辿りついてほしい。 私も、天空剣を紹介したし、そんな流れで、もう少しいきたいと思います。 時は戦後、GHQの占領政策により、一時期、チャンバラ映画が禁止された時期がありましたが、その代替のような格好で制作されたのが、この伴内シリーズ。 剣劇禁止の中、刀を2丁拳銃に置き換えられて立ち回

  • 銃と刀と私 ボルテスV編

    国の違い、文化や歴史の違いというのは大きいもので、なんだかんだ言っても、アメリカ発の内容を、日本に伝えようとすると、誤解は生じてしまうもの。 しかし、同時にそれは、日本から他国へも、同じことが言えるということ。 銃の件があったので、今回は、フィリピンを例にとって、刀で考えてみることにします。 今でこそ、帯刀は禁止されているものの、刀を見れば、日本人の心の中に、侍としての魂を見出す方も多いのではない

  • シビルウォー

    前の稿で、「よほど大きな事件でも・・・」と書いてましたが、書いてる先に、でかいのが起きてしまい、家庭連合のみなさんは、どう感じるのでしょうか、興味があります。 まだ知らない方は、サンクチュアリの上位ブログを、ご確認ください。 さて、前稿のつづきから行きます。 正装しての、銃器を構えた写真の件ですが、補完しておくことがありました。 この、正装というところに、意味があるからです。 おそらく、一般的な判

  • 銃と刀と私

    各教派、考え方の溝も深くなり、それぞれが、一応の居場所を見出し、なんとなく落ち着いたというか、冷戦時代に突入したような気がしますが、今は、この流れを見ながら、各自の立場で進むしかなさそうです。 よほど大きな事件でもないかぎり、このバランスは、それほど変わらないと思ってます。 夫が家庭連合、妻がサンクチュアリ、あるいはその逆。 そんな家庭は、象徴でもあり、何家庭か知ってますが、お互い、愛するがゆえ、

  • RE START

    皆さま、いつも、ご愛読ありがとうございます。 7月に、このブログを出発させて、もう1ヶ月が経ちました。 日常の生活圏だと、見向きもされない内容も、ネットだと、訪ねて下さる方が、ことのほか多く、驚きと、感謝と、いろいろな心情を感じております。 さて、今回は、仕切り直しというか、なにか勘違いされている、関係者に向けた発言になりますので、それ以外の方は、スルーしてくださればと思います。 読者のみなさんに

  • はじめに

    すでに、諸先輩方のすばらしい考察を、ブログ村を通して拝見させてもらっており、これからも、いち読者として存在していこうとおりましたが、全体を見渡したとき、なかなか脱出劇がままならないことに憂慮を覚え、多少なりとも役に立てまいかと出発した次第です。 膨大な情報や考察が展開される中、結局のところ、どこかで何かを信じるしかないと思ってますが、その基点が立たない限り、人は永遠に翻弄されることでしょう。 特に