• 【産土神社】 (うぶすなじんじゃ)大阪市平野区

    【産土神社】 (うぶすなじんじゃ)大阪市平野区 由緒、創建年等は不明です。もとは牛頭天王社と称し、1872年に現在の【産土神社】 (うぶすなじんじゃ)と改称し村社となりました。御祭神は、素盞鳴尊です。 旧社殿の棟札(屋根裏の柱に取り付け後世に記録を残す板札)に天保七年上棟の記述がありましたが、現在の社殿は1986年に建替えられたものです。管理は「志紀長吉神社」がしているようです。 また、この神社の

  • 【成本天神社】(なしもとてんじんじゃ)大阪市平野区

    【成本天神社】(なしもとてんじんじゃ)大阪市平野区 祭神 は、菅原道真、素戔嗚尊。由緒についての案内板があり、つぎのように書かれています。 「当社は創建すこぶる古く、孝徳天皇、大化年中(643-649)天神の尊像現れ社殿、之造宮して霊像を祀りしもの、天神社の期限となった。明治四十年九月、成本の村社天神社の御神霊は当時の瓜破天神社うりわりてんじんじゃに合祀されたまま今日に至ったものである。昭和六十一

  • 【瓜破天神社】(うりわりてんじんじゃ)大阪市平野区

    【瓜破天神社】( うりわりてんじんじゃ)大阪市平野区  この神社は瓜破小学校のすぐ東に鎮座しています。御祭神は、素盞嗚尊、菅原道真、平維盛。由緒について;「瓜破の歴史を記録し唯一現存する船戸録(天文元年、1736記)によれば、 孝徳天皇の大化年中(645~649)当地に居住された高僧、船氏道昭が、 5月晦日三密の教法観念の折、庵室に光る天神の尊像が現れたので、西瓜を割って霊前に供えた。 道昭は朝廷

  • 【西瓜破天神社】(にしうりわりてんじんじゃ)大阪市平野区

    【西瓜破天神社】( にしうりわりてんじんじゃ)大阪市平野区 由緒、創建年代等は不明。慶長年間(1596~1615年)に耕作の都合で集団移住し作られた西川村(旧西瓜破)に氏神として祀られた天満宮がこちらの神社かと思われます。1910年に瓜破天神社に合祀されましたが、昭和になって分霊鎮座されています。 御祭神は、菅原道真。境内は狭いですが、参道があります。神社に隣接して「瓜破西 地域集会所・老人憩の家

  • 【赤坂神社】(あかさかじんじゃ)大阪市平野区

    【赤坂神社】(あかさかじんじゃ)大阪市平野区 この地は、もと丹北郡赤坂村と呼ばれたが、元弘元年(1331年)金剛山麓の「千早赤坂」を拠点に楠木正成が鎌倉幕府に対して反旗をあげたので、同名の「赤坂村」の名では混同されて幕府軍から攻撃される恐れがあり、赤の字から縦の線を、坂の字から土を取り「六反」になったと伝わる。 赤坂神社は、創建は明らかでなく、もと素盞鳴尊を祀るのみであったが、明治5年4月に素盞鳴

  • 【産土神社】(うぶすなじんじゃ)大阪市平野区

    志紀長吉神社の兼務社である【産土神社】(うぶすなじんじゃ)です。開運厄除けの宮。 創建は明らかではないが、もと牛頭天王社と称し素盞鳴尊を祀った。明治5年に産土神社(うぶすなじんじゃ)と改称し村社となった。旧社殿の棟札(屋根裏の柱に取り付け後世に記録を残す板札)に天保7年上棟の記述があったが、現在の社殿は老築化により昭和61年に建て替えられたものである。  住所:大阪市平野区長吉出戸6-10-14 

  • 【川辺八幡神社】(かわなべはちまんじんじゃ)大阪市平野区

    【川辺八幡神社】(かわなべはちまんじんじゃ)大阪市平野区 大和川堤防の北側に位置し、品陀別尊を祭紀しています。 創建の年月については不詳ですが、「石清水八幡宮」の分霊を勧請したものと伝わります。往時は、社殿も壮大で社領も広く、いまの境外地字垣添の全部を包容し、社領も4町歩以上ありましたが、1704年の大和川付け替え工事よって立ち退きを余儀なくされ、社領地の大部分がその川床となりました。1872年に

  • 【宇賀神社】(うがやじんじゃ)大阪市平野区

    国道25号線沿いの杭全神社の大きな鳥居をくぐって少し歩くと左側に弁天池があります。社が池の中にあって、弁才天が祀られています。杭全神社の摂社、【宇賀神社】(うがやじんじゃ)です。祭神は、市杵島姫命。この神社の由緒等は不明です。この弁天池の横奥に杭全神社の摂社、「天満宮」拝所があります。また、弁天池のそばに、筆塚という石碑が建立されてあります  住所:大阪府大阪市平野区平野宮町1丁目9 弁天池のそば

  • 【馬場口地蔵堂】(ばばぐちじぞうどう)大阪市平野区

    【馬場口地蔵堂】(ばばぐちじぞうどう)大阪市平野区 国道25号線(奈良街道)の平野元町交差点を南に少し入った所にあります。向かいが融通念佛宗 総本山大念佛寺です。この地蔵堂は馬場口門の傍らにあったもので、大門の木戸口は泥堂口(でいどうぐち)とともに奈良街道の大坂、天王寺方面に接続していて、大阪方面から大念佛寺への参詣口でもあった。 #じゃらん #じゃらんネット #観光スポット #むらごんブログ #

  • 【大佛念寺】(だいぶつねんじ)大阪市平野区

    【大佛念寺】(だいぶつねんじ)大阪市平野区 1127年、聖徳太子信仰の厚かった良忍上人が四天王寺に立ち寄った際、太子から夢のお告げを受け、鳥羽上皇の勅願により平野に根本道場として創建したのが始まり。平安末期以降広まった念仏信仰の先駆けとなり、国産念仏門の最初の宗派で日本最初の念仏道場といわれる。その後、火災などで荒廃するが、元禄期(1700年頃)に本山として体裁が整い、現在に至る。融通念佛宗の総本

  • 【杭全神社】(くまたじんじゃ)大阪市平野区

    【杭全神社】(くまたじんじゃ)大阪市平野区 平安時代初期の征夷大将軍・坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)の孫・当道(とうどう)が素戔嗚尊(すさのおのみこと)を勧請して第一殿に平野郷の氏神として祀り、創建したと伝えられている古社。鎌倉時代初めの建久元年(1190)には、熊野権現を勧請して第三殿に祀り、さらに後醍醐天皇の勅命で伊弉諾尊(いざなぎのみこと)を第二殿に祀った。3社殿とも、国の重要文化財

  • 【むすびの宮 諏訪大神】 大阪市平野区

    【むすびの宮 諏訪大神】 大阪市平野区  住宅街の中にぽっかりとあいた敷地の奥に祠が見えます。ブロックをモルタルで固めた塀に囲まれ、わりと立派な樹が数本生えています。鳥居はありません。扁額に諏訪大神とあり、石標には「むすびの宮」と掘られています。由緒等の案内板などはないです。 住所: 大阪府大阪市平野区加美正覚寺1丁目3−17 アクセス:JR関西本線「平野駅」から約700m。  #じゃらん #じゃ

  • 【旭神社】前の正体不明の祠 大阪市平野区

    大阪市平野区の【旭神社】(あさひじんじゃ)前に祠 があります。旭神社の鳥居の道を通る度に気になるのですが、詳細は不明で調査中です。旭神社とは関係ないと思います。小さな祠の中にはキツネさんがいるので、稲荷神社になると思うのですが、よくわかりせん。 木製の祠自体は古いですが、狭い境内は掃除されていて管理されているようです。ひっそりと鎮座しているのがいい感じです。このような目立たない小さな祠にとても興味

  • 【旭神社】(あさひじんじゃ)「若宮八幡宮」 大阪市平野区

    【旭神社】(あさひじんじゃ)「若宮八幡宮」大阪市平野区   由緒;御祭神;素盞鳴尊、天照大神、春日大神、堅牢大神、諏訪大神、公守大神、勝手大神、丹生大神、嶋戸大神。 旭神社の鎮ります大阪市平野区加美正覚寺の地は、古くは“河内国渋川郡賀美郷橘嶋荘(里)”と称されており、その賀美(加美)澁河(渋川)の地名は、早くも『日本書紀』や『類聚和名抄』などに見え、古くから栄えてきた地であった。また“橘嶋”の名が

  • 【正覚寺】(しょうがくじ)大阪市平野区

    【正覚寺】(しょうがくじ)大阪市平野区 山号は成等山(じょうとうさん)。奇数日の午前9時半と午後1時半に一般参詣できる。天長2年(825年)に空海(弘法大師)により開基。かつては境内四町四方、本堂二十一間四面、不動堂七間四面、その他山門、廻廊、伽藍等巍々たる名刹で、東之坊ほか五坊を有する巨刹だった。 明応2年(1493年)2月25日に畠山政長が室町幕府10代将軍足利義稙と共に正覚寺城(現在の旭神社

  • 【大念佛寺】(だいねんぶつじ)大阪市平野区

    【大念佛寺】(だいねんぶつじ)大阪市平野区 融通念仏宗の総本山で、本堂は大阪府下最大の木造建築物。国宝「毛詩鄭箋残巻」、重要文化財「融通念仏勘進帳」などの寺宝があり、毎年1・5・9月のそれぞれ16日に行なわれる百万遍会(大数珠くり)は有名だ。5月1~5日の阿弥陀経万部会(万部おねり)は、壇家代表や稚児行列など総勢百人に続いて、金色の面ときらびやかな衣装で25体の菩薩にふんした僧侶らが、本堂裏から本

  • 【赤留比売命神社】(あかるひめのみことじんじゃ)大阪市平野区

    【赤留比売命神社】(あかるひめのみことじんじゃ)大阪市平野区 平野公園の一角に鎮座されている、【赤留比売命神社】(あかるひめのみことじんじゃ)は、主祭神 阿加流比売神(あかるひめのかみ)をお祀りしている神社です。現在は、杭全神社の境外末社となっていますが、かつては、住吉大社の末社でした。由緒について;当社の祭神、赤留比売命は新羅(しらぎ)から来た女神で天之日矛(あめのひぼこ)の妻と伝える。当地を開

  • 【杭全神社】(くまたじんじゃ)大阪市平野区

    【杭全神社】(くまたじんじゃ)大阪市平野区 主祭神 :素盞嗚尊 熊野三所権現(伊弉册尊・速玉男尊・事解男尊) 当社の由緒は、平安の初期、征夷大将軍坂上田村磨の子、広野麿が枕全荘を荘園として賜ってこの地に居を構え、その子当道が862年(貞観4年)に氏神として素盞嗚尊を勧請し祇園社を創建したのが現在の第一殿で、これを創祀とする。後年、1190年(建久元年)に熊野信仰が大いに流行するにおよび、熊野證誠権

  • 【宇賀神社】(がやじんじゃ)「杭全神社末社」大阪市平野区

    杭全神社の境内に摂社の【宇賀神社】(がやじんじゃ)があります。社が池の中にあって、弁才天が祀られています。この神社の由緒等は不明です。 住所:大阪府大阪市平野区平野宮町1丁目9 #じゃらん #じゃらんネット #観光スポット #むらごんブログ #ムラゴン #Sakamoto119

  • 【小さな駄菓子屋さんの博物館】全興寺内 / 大阪市平野区

    「全興寺」(せんこうじ)は大阪市平野区にある高野山真言宗の寺院。境内に【小さな駄菓子屋さんの博物館】があります。 これは「平野町ぐるみ博物館」の常設館の一つ。1993年に寺の蔵を改修してオープンした。川口住職が小さい頃駄菓子屋で集めた数百点のコレクションを展示している。展示物は駄菓子の外箱や包装紙、ブリキのポンポン船やメンコ、ビー玉、ベーゴマ、日光写真、リリアンなどで、昭和20、30年代に駄菓子屋

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