参拝のムラゴンブログ

  • 近鉄フリーきっぷ その12 伊勢志摩 賢島へ

    伊勢神宮 内宮(正宮)で参拝を終え、 近鉄フリーきっぷを使い、賢島に向かいます。 宇治橋を渡ります。 内宮を出て、鳥居に一礼です。 帰りは、おかげ横丁を通ってみました。 朝9時30分過ぎで、歩いている方は少ないですね。 おかげ横丁を出て、近くに鎮座されている 猿田彦神社にも参拝しました。 方角によって、朝日がまぶしく 写真を撮る位置取りが難しかったです。 猿田彦神社で、参拝を終え、 近鉄五十鈴川駅

  • 近鉄フリーきっぷ その11 伊勢神宮 内宮へ

    伊勢神宮 外宮をあとに、内宮に向けて、 御木本道路を歩いていきました。 外宮前から途中、すき家で朝食をすませ、 内宮前には、朝8時30分頃に到着。 昨日の雨とは違い、雲ひとつない晴天です。 これより、内宮(皇大神宮)に入ります。 宇治橋を渡ります。 朝日がまぶしいです。 両サイドの木々も、丁寧にお手入れ されています。 玉砂利を踏みしめながら 参道を歩いていきます。 いよいよ階段を上がって、内宮(

  • 近鉄フリーきっぷ その10 伊勢神宮 外宮へ

    フリーきっぷ 3日目 前日、宇治山田駅に到着し、 駅近くのホテルに宿泊。 朝7時前に伊勢市駅から、伊勢神宮、 外宮(豊受大神宮)まで歩いていきます。 伊勢市駅から歩いて10分ほどで、 外宮前に到着です。 手水舎で、手や口を清めます。 外宮の入口、鳥居をくぐります。 朝7時に、玉砂利を踏みしめて、歩いています。 参拝される方も少なく、とても清々しい 空気が満ちあふれている感じでした。 外宮 正宮で参

  • 間接照明…年始の花

    リビングに新しい間接照明購入しました😊 これまでは小さめの間接照明だったのですが、思いきって ドンっ💦 リビング全体に柔らかい灯り✨ 明るい照明が苦手だから、夜は間接照明がほとんどです。 そして気に入っていたイームズチェア、あたしの家にはスペースないので、ちょうど娘宅キッチンカウンター前に小さめの机とイス置きました🎵 デカ孫は、娘がキッチンに立ってる間そこに居て宿題したり、話てます。 初詣

  • 【kazu1000のブログ】➡【kazu2000のブログ】へ継続

      神社が好きで関西を中心に廻っています。kazu1000のブログ記事で画像の使用量が満杯になりましたのでkazu2000より引き続き投稿致します。今後ともよろしくお願い申し上げます。 URL:https://kazu2000.muragon.com/entry/1.html                    👇 Instagram(インスタグラム) 👇facebook(フェイスブック)

  • 本のレビュー「総図解 よくわかる 日本の神社」

    この本も図書館で借りました。内容は神社に関する基礎知識+全国の有名な神社の紹介です。神社は地域ごとにまとめられており、全316ページで詳しく解説しています。コンパクトなので神社を訪れるのに携帯しても良いと思います。

  • 【大龍大神】(だいりゅうじん)大阪府松原市

    【大龍大神】(だいりゅうじん)大阪府松原市 近鉄「高見ノ里駅」から西へ歩いて西除川沿いに【大龍大神】(だいりゅうじん)が鎮座しています。鳥居や社は新しく、近年に建立されたと思われます。由緒等は不明です。 所在地:大阪府松原市南新町2丁目

  • 【高見神社】 (たかみじんじゃ ) 大阪府松原市

    大阪府南河内郡の松原市高見の里に、小さな神社、【高見神社】 (たかみじんじゃ ) が鎮座しています。 この【高見神社】の御祭神は、地元では「シンメイさん」と呼ばれる女神さまです。その起源や由来は不明ですが、反正天皇(はんぜいてんのう)が行幸の際に出会った、一人の美少女の伝説が由来になっているようです。この神社は昭和63年には、改修工事をされています 【高見神社】では、毎年10月の第二土曜日から日曜

  • 【丹比柴籬神社】(たじひのしばがきじんじゃ)大阪府松原市(2/2)

    【丹比柴籬神社】(たじひのしばがきじんじゃ)は松原市上田にある柴籬神社にはあったと伝えられています。【柴籬神社】周辺には「極殿山」「大門」「若宮」「反正山」など、都に関連する地名が近くにいくつも残っているようです。丹比柴籬宮の主は18代天皇である反正天皇と言われています。仁徳天皇が亡き後、長男の去来穂別が履中天皇として即位。しかし次男の住吉仲皇子がそれに不満を持ち、履中天皇を襲撃。その後、三男の瑞

  • 【丹比柴籬神社】(たじひのしばがきじんじゃ)大阪府松原市(1/2)

    【丹比柴籬神社】(たじひのしばがきじんじゃ)は松原市上田にある柴籬神社にはあったと伝えられています。【柴籬神社】周辺には「極殿山」「大門」「若宮」「反正山」など、都に関連する地名が近くにいくつも残っているようです。丹比柴籬宮の主は18代天皇である反正天皇と言われています。仁徳天皇が亡き後、長男の去来穂別が履中天皇として即位。しかし次男の住吉仲皇子がそれに不満を持ち、履中天皇を襲撃。その後、三男の瑞

  • 知多四国八十八ヶ所スタート

    ロードバイク乗りの大先輩から誘われて 知多半島にもある四国八十八ヶ所のおへんど さん参りをする事になりました。 7月に母を亡くし何も親孝行できなかったので せめてもの供養と思ってます。 第一回目は大先輩からお借りしたミニベロ でスタート〜〜小回りがきくののでお寺回りには大変便利です。 23カ所まわる予定でしたが時間切れで22カ所 までしか参拝できず(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾ 帰りは初めての

  • 【錦織神社】(にしきおりじんじゃ)大阪府富田林市

    【錦織神社】(にしきおりじんじゃ)大阪府富田林市 地元では、錦織を「にしこり」「にしこおり」「にしごり」と呼ばれています。 所在地は本来の錦織地区からはかなり離れています。神社のある地域は、太古は「錦部(にしごり)部」と呼ばれていたらしく、旧くは織物の技術を持つ人々が百済より渡来し住みついていたとされています。神社は錦部部(錦部氏)の氏神です。 創建年代は不明ですが、昭和10年(1935年)の本殿

  • 【大和神社】(おおやまとじんじゃ)奈良県天理市新泉町星

    【大和神社】(おおやまとじんじゃ)は、奈良県天理市新泉町星山にある神社。式内社(名神大社)、二十二社(中七社)。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。 祭神は次の3柱。中殿:日本大国魂大神、左殿:八千戈大神、右殿:御年大神。 『日本書紀』によれば、元々倭(日本)大国魂神は天照大神とともに大殿に祀られていたが、世の中が乱れ謀反を起こすなどするのは、両神の勢いだと畏れられた。そのため崇神天皇6

  • 【伊射奈岐神社】(いざなぎじんじゃ)奈良県天理市(2/2)

    【伊射奈岐神社】(いざなぎじんじゃ)は奈良県天理市にある神社。崇神天皇陵近くの大和天神山古墳に鎮座する。 延喜式神名帳にある城上郡の伊射奈岐神社に比定される。楊本天神、楊本天満宮と称し、かつては南東の山田垣内にあったといわれる。文明年間には現在地に鎮座し、楊本の総鎮守とされていた。寛正2年4月6日(1461年5月24日)には興福寺大乗院主・尋尊が、天文22年2月28日(1553年4月20日)には三

  • 【伊射奈岐神社】(いざなぎじんじゃ)奈良県天理市(1/2)

    【伊射奈岐神社】(いざなぎじんじゃ)は奈良県天理市にある神社。崇神天皇陵近くの大和天神山古墳に鎮座する。 延喜式神名帳にある城上郡の伊射奈岐神社に比定される。楊本天神、楊本天満宮と称し、かつては南東の山田垣内にあったといわれる。文明年間には現在地に鎮座し、楊本の総鎮守とされていた。寛正2年4月6日(1461年5月24日)には興福寺大乗院主・尋尊が、天文22年2月28日(1553年4月20日)には三

  • 【森市神社】(もりいちじんじゃ) 奈良県磯城郡田原本町

    【森市神社】(もりいちじんじゃ)は奈良県の田原本町の大安寺池横の縦長い境内にあります。御祭神は、生雷命。式内社は大和國城下郡 千代神社、千代神社、八千千姫命。 しかながら、境内に式内社・千代神社があるらしいが、境内社は見当たらず。 本殿として、二つの祠があります。 壬申の乱に功のあった生雷神を祀ります。もとはこの地より西,カキノモリというところにあり郷社村屋神が例祭に渡御されるところであったとのこ

  • 【夜都岐神社】(やつぎじんじゃ)奈良県天理市

    【夜都岐神社】(やつぎじんじゃ)は、奈良県天理市にある神社である。旧社格は村社。夜都伎神社とも書かれ、「やつき」「やとぎ」などとも読まれる。 祭神 は、 武甕槌神 配 經津主命、比賣大神、天兒屋根命。 境内社: 琴平神社、八坂神社、鬼子母神社。 由緒 について;  「山辺郡所属の式内小社夜都伎[ヤツキ]神社の他の論社に天理市竹之内町十二神社、天理市田井庄町八剣神社がある。 夜都伎の読みは[ヤツキ]

  • 【恵比須神社】(えびすじんじゃ)「石上神宮の境外末社」/ 奈良県天理市

    【恵比須神社】(えびすじんじゃ)「石上神宮の境外末社」/ 奈良県天理市 石上神宮の大鳥居から右へ下りて行く参道を道なりに約100m行ったところに御鎮座になり、 事代主神(ことしろぬしのかみ)をお祀りしています。御創祀について詳細は不詳です。例祭は3月23日に斎行しています。この【恵比須神社】(えびすじんじゃ)の横に社があります。中には、不動明王が祀られています。 住所:奈良県天理市布留町 布留町2

  • 【石上神宮】(いそのかみじんぐう)奈良県天理市(2/2)

    【石上神宮】(いそのかみじんぐう)奈良県天理市 主祭神は、「布都御魂大神」(ふつのみたまのおおかみ) 神体の布都御魂剣(ふつのみたまのつるぎ)に宿る神霊。 配神は、布留御魂大神(ふるのみたまのおおかみ) - 十種神宝に宿る神霊。 布都斯魂大神(ふつしみたまのおおかみ) - 天羽々斬剣(あめのはばきりのつるぎ)に宿る神霊。宇摩志麻治命(うましまじのみこと)五十瓊敷命(いにしきのみこと)。 白河天皇。

  • 【車折神社】(くるまざきじんじゃ)京都市右京区(3/3)

    【車折神社】(くるまざきじんじゃ)は、京都市右京区嵯峨朝日町にある神社。 社名は「車裂」「車前」とも書いた。 旧社格は村社で、現在は単立神社。祭神は清原頼業(きよはらのよりなり)である。頼業は、学問で有名な清原氏の出であり、自身も平安時代後期の著名な漢学者・儒学者であった。大外記の職を長年務め、晩年には九条兼実より政治の諮問を受け、兼実から「その才、神といふべく尊ぶべし」と評された。 頼業が文治5

  • 【車折神社】(くるまざきじんじゃ)京都市右京区 (2/3)

    【車折神社】(くるまざきじんじゃ)は、京都市右京区嵯峨朝日町にある神社。 社名は「車裂」「車前」とも書いた。 旧社格は村社で、現在は単立神社。祭神は清原頼業(きよはらのよりなり)である。頼業は、学問で有名な清原氏の出であり、自身も平安時代後期の著名な漢学者・儒学者であった。大外記の職を長年務め、晩年には九条兼実より政治の諮問を受け、兼実から「その才、神といふべく尊ぶべし」と評された。 頼業が文治5

  • 【車折神社】(くるまざきじんじゃ)京都市右京区(1/3)

    【車折神社】(くるまざきじんじゃ)は、京都市右京区嵯峨朝日町にある神社。 社名は「車裂」「車前」とも書いた。 旧社格は村社で、現在は単立神社。祭神は清原頼業(きよはらのよりなり)である。頼業は、学問で有名な清原氏の出であり、自身も平安時代後期の著名な漢学者・儒学者であった。大外記の職を長年務め、晩年には九条兼実より政治の諮問を受け、兼実から「その才、神といふべく尊ぶべし」と評された。 頼業が文治5

  • 【斎明神社】(さいめいじんじゃ)京都市右京区

    【斎明神社】(さいめいじんじゃ)京都市右京区 859年(貞観1)伊勢齋王に卜定された文徳天皇皇女恬子内親王が、嵯峨の野の宮に篭られた際、天照大神を祀って潔斎した旧跡と伝え、それに因んで1344年(康永3)天龍寺慈済院の仏慈和尚によって創祀された。現在の本殿は1771年(明和8)に建てられたもの。末社には稲荷大神、愛宕大神、八坂大神、天満天神を祭る。簀屋祢(すやね)に覆われた神明造の本殿と江戸末期に

  • 【斎宮神社】(さいぐうじんじゃ)京都市右京区

    【斎宮神社】(さいぐうじんじゃ)京都市右京区 天照大神を祭神とします。伊勢神宮に奉仕する斎宮が有栖川の辺に野宮を建て、精進潔斎をした旧跡と伝わります。小さな神社で、厄除け開運・婦女子の血の道の守護などに御利益があります。境内には、神殿の旧地を示す石碑が置かれています。この地は、垂仁天皇の皇女で初代の斎宮となった倭姫命(やまとひめのみこと)の別荘があったと伝えられています。 大きな木の下にある小さな

  • 【與喜天満神社】(よきてんまんじんじゃ)奈良県桜井市(2/2)

    【與喜天満神社】(よきてんまんじんじゃ)奈良県桜井市 長谷寺門前町を歩むと、正面に赤い鳥居の立つ緑濃い常緑樹の山容が、大きな存在感をもって参詣者を迎えてくれます。  このお山が現在、国の天然記念物に指定されている與喜山で、その中腹に鎮座されているのが、学問の神として知られる菅原道真公をご祭神とする與喜天満神社です。菅原道具公のご先祖・野見宿禰は、ここ初潮の出雲のご出身で、初めは土師氏と称しました。

  • 【與喜天満神社】(よきてんまんじんじゃ)奈良県桜井市(1/2)

    【與喜天満神社】(よきてんまんじんじゃ)奈良県桜井市 長谷寺門前町を歩むと、正面に赤い鳥居の立つ緑濃い常緑樹の山容が、大きな存在感をもって参詣者を迎えてくれます。  このお山が現在、国の天然記念物に指定されている與喜山で、その中腹に鎮座されているのが、学問の神として知られる菅原道真公をご祭神とする與喜天満神社です。菅原道具公のご先祖・野見宿禰は、ここ初潮の出雲のご出身で、初めは土師氏と称しました。

  • 【與喜天満神社御旅所】(よきてんまじんじゃおたびしょ)奈良県桜井市

    「鎮與喜天満神社」の境内外にあたる【與喜天満神社御旅所】(よきてんまじんじゃおたびしょ)です。菅原道真公が禊をしたり腰を掛けたりした場所です。 桜井市天然記念物の紅梅の木が二本あります。樹齢300年以上。 住所: 奈良県桜井市初瀬793

  • 【長谷山口神社遙拝所】(はせやまぐちじんじゃようはいじょ)奈良県桜井市

    長谷山口神社から長谷寺に向かう初瀬街道沿いに【長谷山口神社遙拝所】(はせやまぐちじんじゃようはいじょ)があります。境内に「手力雄神」の標石があります。 👇「長谷寺」

  • 【長谷山口神社】(はせやまぐちじんじゃ)奈良県桜井市

    【長谷山口神社】(はせやまぐちじんじゃ)奈良県桜井市 初瀬川の南岸上に北面して鎮座する旧指定村社。延喜式の式内大社で「大山祇神」を主神とする大和六山口社の一つです。後に手力雄神を配祀しました。桜井市史には「ここは室町時代からいまに「テジカラさん」と言って親しまれているが、それは伊勢信仰を借り、長谷の山口に位置した山口神と、天照大神を天岩戸から引き出した天手力男神を結合させたためにおこった俗称である

  • 【白髭神社】(しらひげじんじゃ)奈良県桜井市

    【白髭神社】(しらひげじんじゃ)は法起院の向かい側に鎮座する旧指定村社。奈良時代の749年(天平勝宝元年)に創建(鎮座)された神社です。 祭神は「猿田昆古命」(さるたひこ)と天宇豆賣命(あめのうずめのみこと)で、神社の由緒書きによると、『 この神様は、寺垣外、上之森、下之森、与喜浦の四区域の氏神様であり、常に氏子を見守って居てくれます。御祭神の由縁に依り、縁結び子宝の神として崇められています 』と

  • 【見廻不動尊】(みかえりふどうそん)奈良県桜井市

    【見廻不動尊】(みかえりふどうそん)奈良県桜井市 案内板には下記のように書かれています。 『弘法大師豊山に参籠をおわって笠山の方へ向われた時、此処で回顧されまことに金剛界・胎蔵界の深理おのづと顕れた秘密荘嚴の霊場故、この山入る者は心を定め、浄めるようにと、この霊山の護り神である堅固不壊たる須弥山王の上に不動は、不動明王ふどうみょうおう(見廻不動尊みかえりふどうそん)御形を彫られたものだと傳えられて

  • 【天落神六社権現】(あまのおろちがみろくしゃごんげん)奈良県桜井市

    祭神は、「味鉏高彦根命」(落神権現)。初瀬と和田との境界、初瀬川の中流(初瀬ダムにより水没)に、高さ4.8m、幅7.6mの巨岩があり、岩上に落神権現(祭神・味すき高彦根命、春日造)をまつっている。付近の山中に三社、河中に三社がまつられ、六社権現とも伝えられるという。 「天落神六社権現由緒記」について境内の石碑には下記のように書かれています。  落神の宮は、当地に祀られている山に三社、川に三社ある総

  • 【桜井護国神社】(さくらいごこくじんじゃ)奈良県桜井市

     【桜井護国神社】(さくらいごこくじんじゃ)は桜井駅の南東約900m、国道165号線・薬師町信号から37号線に入り、段山神社に向かうと左手、旧縣社・等彌神社(とみじんじゃ)に隣接して鎮座しています。静かな場所で等彌神社に溶け込んでいます。 所在地 :奈良県桜井市桜井1176 アクセス: JR・近鉄 桜井駅から 徒歩15分 JR・近鉄 桜井駅から談山神社行きバス「神之森町」下車 徒歩2分

  • 【鳥見山稲荷神社】(とりみやまいなりじんじゃ)奈良県桜井市

    【鳥見山稲荷神社】(とりみやまいなりじんじゃ)は【等彌神社】(とみじんじゃ)内に鎮座しています。 桜井市の鳥見山は中世の鵄山(とびやま)城跡であったとも言われ、山中には鉄砲塚があるようです。また鳥見山の西麓を能登山と言ったことから、等彌神社のことを能登宮とも称します。この朱色の鳥居が鳥見山登山の入口になっているようです。 往復約2㎞の鳥見山観光散策路が案内されており下記のように書かれています。 「

  • 【等彌神社】(とみじんじゃ)奈良県桜井市(2/2)

    【等彌神社】(とみじんじゃ)奈良県桜井市 本社にあたる上社「上津尾社」の祭神は大日霊貴命とされるが、饒速日命とする説も存在する。下社「下津尾社」には八幡大神・春日大神が祀られ、その他稲荷、猿田彦、金比羅、愛宕、恵比寿等の境内社と桜井市護国神社が鎮座する。 創建年月は不詳であるが、社伝によると当社は古より鳥見山に鎮座していたとされる。鳥見山は初代天皇とされる神武天皇が皇祖神を祀った場所(霊畤)と伝え

  • 【等彌神社】(とみじんじゃ)奈良県桜井市(1/2)

    【等彌神社】(とみじんじゃ)奈良県桜井市 本社にあたる上社「上津尾社」の祭神は大日霊貴命とされるが、饒速日命とする説も存在する。下社「下津尾社」には八幡大神・春日大神が祀られ、その他稲荷、猿田彦、金比羅、愛宕、恵比寿等の境内社と桜井市護国神社が鎮座する。 創建年月は不詳であるが、社伝によると当社は古より鳥見山に鎮座していたとされる。鳥見山は初代天皇とされる神武天皇が皇祖神を祀った場所(霊畤)と伝え

  • 【今井町】(いまいちょう)「重要伝統的建造物群保存地区」 奈良県橿原市(1/2)

    【今井町】(いまいちょう)「重要伝統的建造物群保存地区」 奈良県橿原市(1/2) 戦国時代に、浄土真宗称念寺の寺内町として発達し、江戸時代になると堺と並ぶ自治特権が与えられた。豪商が軒を連ね、「大和の金は今井に七分」といわれるほどの繁栄をみせた。東西600m、南北300mの範囲に江戸時代以来の伝統的民家や商家が密集し、そのうちの8軒は重要文化財に指定されている。国の重要伝統的建造物群保存地区。 住

  • 【今井春日神社】(いまいかすがじんじゃ)奈良県橿原市今井町(2/2)

    【今井春日神社】(いまいかすがじんじゃ)奈良県橿原市今井町 かつては常福寺の鎮守社だったとされますが、明治の廃仏毀釈運動の影響で常福寺は廃寺になったとされています。 そのため、境内には旧常福寺の仏堂などが残されており、橿原市の文化財に指定されています。主祭神は「天児屋根命」(アメノコヤネ)。日本神話に登場する神で、藤原氏の氏神として信仰されています。 創建年代は不詳とされますが、明治の廃仏毀釈で廃

  • 【今井春日神社】(いまいかすがじんじゃ)奈良県橿原市今井町(1/2)

    【今井春日神社】(いまいかすがじんじゃ)奈良県橿原市今井町(1/2) かつては常福寺の鎮守社だったとされますが、明治の廃仏毀釈運動の影響で常福寺は廃寺になったとされています。 そのため、境内には旧常福寺の仏堂などが残されており、橿原市の文化財に指定されています。主祭神は「天児屋根命」(アメノコヤネ)。日本神話に登場する神で、藤原氏の氏神として信仰されています。 創建年代は不詳とされますが、明治の廃

  • 【一刀石】(いっとうせき)奈良市柳生町 / パワースポット(2/2)

    【一刀石】(いっとうせき)奈良市柳生町 / パワースポット(2/2) 【一刀石】(いっとうせき)は「天石立神社」(あめのいわたてじんじゃ)から北方100m程隔のところにあります。全体で長さ 8m、幅7m、高さ2mの花崗岩。中央付近で斜め一直線に割れている。上泉信綱と試合をして敗れた石舟斎宗厳が3年間この地で毎夜天狗を相手に剣術修行をし、ある夜一刀のもとに天狗を切ったと思えば実はこの岩であったと伝え

  • 【一刀石】(いっとうせき)奈良市柳生町 / パワースポット(1/2)

    【一刀石】(いっとうせき)奈良市柳生町 / パワースポット(1/2) 【一刀石】(いっとうせき)は「天石立神社」(あめのいわたてじんじゃ)から北方100m程隔のところにあります。全体で長さ 8m、幅7m、高さ2mの花崗岩。中央付近で斜め一直線に割れている。上泉信綱と試合をして敗れた石舟斎宗厳が3年間この地で毎夜天狗を相手に剣術修行をし、ある夜一刀のもとに天狗を切ったと思えば実はこの岩であったと伝え

  • 【柳生八坂神社】(やぎゅうやさかじんじゃ)奈良市柳生町

    【柳生八坂神社】(やぎゅうやさかじんじゃ)奈良市柳生町 主祭神は「素盞鳴命」(すさのうのみこと)。相祭神は「 品陀別命」(ほんだわけのみこと)「天児屋根命」(あめのこやねのみこと)。 末社祭神は「大山祇命」(おおやまつみのみこと) 「大国主命」(おおくにぬしのみこと) 「菅原道真」(すがわらみちざね) 「井上内親王」(いのうえないしんのう)  「品陀別命」(ほんだわけのみこと) 柳生陣屋跡の北隣に

  • 【天石立神社】(あめのいわたてじんじゃ)奈良市柳生町 / パワースポット(3/3)

    【天石立神社】(あめのいわたてじんじゃ)奈良市柳生町 天石立神社(あまのいわたてじんじゃ)は奈良県奈良市柳生町の岩戸谷にある神社。戸岩山という小高い山の北麓、標高330メートルの山中に本殿を有たず、鎮座する巨岩を直接拝する形態をとる。『延喜式神名帳』に「天乃石立神社」と記載される式内小社で旧社格は村社。社辺は戸岩谷と称し「一刀石」をはじめとする巨岩、巨石が累々とする景勝地で、沢庵によって「柳生十景

  • 【天石立神社】(あめのいわたてじんじゃ)奈良市柳生町 / パワースポット(2/3)

    【天石立神社】(あめのいわたてじんじゃ)奈良市柳生町 天石立神社(あまのいわたてじんじゃ)は奈良県奈良市柳生町の岩戸谷にある神社。戸岩山という小高い山の北麓、標高330メートルの山中に本殿を有たず、鎮座する巨岩を直接拝する形態をとる。『延喜式神名帳』に「天乃石立神社」と記載される式内小社で旧社格は村社。社辺は戸岩谷と称し「一刀石」をはじめとする巨岩、巨石が累々とする景勝地で、沢庵によって「柳生十景

  • 【天石立神社】(あめのいわたてじんじゃ)奈良市柳生町 / パワースポット(1/3)

    【天石立神社】(あめのいわたてじんじゃ)奈良市柳生町 天石立神社(あまのいわたてじんじゃ)は奈良県奈良市柳生町の岩戸谷にある神社。戸岩山という小高い山の北麓、標高330メートルの山中に本殿を有たず、鎮座する巨岩を直接拝する形態をとる。『延喜式神名帳』に「天乃石立神社」と記載される式内小社で旧社格は村社。社辺は戸岩谷と称し「一刀石」をはじめとする巨岩、巨石が累々とする景勝地で、沢庵によって「柳生十景

  • 【円成寺】(えんせいじ)の庭園 奈良市忍辱山町

    【円成寺】(えんせいじ)の楼門前に広がる美しい庭園です。平安時代末期に寛遍上人のころに造成されたと見られています。平安から鎌倉時代にかけて貴族住宅に流行した寝殿造系庭園に類似し、寺院としては阿弥陀堂の前面に広がる浄土式庭園として、奥州平泉(岩手県)の毛越寺庭園とともに貴重な遺構です。 苑池中央と西には中島があり、かつて中央の島には橋が架かっていました。 明治以降、池と伽藍地の間に県道が走り、その景

  • 【都塚古墳】(みやこづかこふん)奈良県高市郡明日香村

    【都塚古墳】(みやこづかこふん)は、奈良県高市郡明日香村大字阪田にある古墳。形状は方墳。国の史跡に指定されている。別称を「金鳥塚」とも。6世紀後半(古墳時代後期)の築造で、蘇我稲目の墓と推定する説がある。類例のほとんどない「階段ピラミッド」形状を持つ古墳として知られる。 奈良盆地南東縁、明日香村中央部の石舞台古墳(明日香村島庄)の南南東約400メートルの尾根上に位置する大型方墳である。1967年(

  • 【天武・持統天皇陵】「檜隅大内陵」(てんむ・じとうてんのうりょう)「ひのくまのおおうちのみささぎ」

    【天武・持統天皇陵】「檜隅大内陵」(てんむ・じとうてんのうりょう)「ひのくまのおおうちのみささぎ」 【天武・持統天皇陵】 天武天皇とその皇后で皇位を継承した持統天皇の合葬墳墓。 直径50m、高さ6.36m。 円墳とも八角墳ともとれるこの古墳の石室は八角形で、金銅製の蔵骨器がのっている。天武天皇は古代律令国家体制の基礎を築き、持統天皇がその志を継いだ。また、持統天皇は天皇として初めて火葬された人物と

  • 【益田岩船】(ますだのいわふね)奈良県橿原市白橿町 / パワースポット (3/3)

    【益田岩船】(ますだのいわふね)は、奈良県橿原市白橿町にある石造物。奈良県指定史跡に指定されている(指定名称は「岩船」)。亀石や酒船石などと並ぶ飛鳥の石造物の1つで、その中でも最大のものである。形状については、橿原ニュータウン内、白橿南小学校の西の丘陵(岩船山)頂上付近の斜面にある。東西約11メートル、南北約8メートル、高さ約4.7メートル(北側)の台形状の花崗岩で、東西の側面はほぼ垂直に切り立っ

  • 【益田岩船】(ますだのいわふね)奈良県橿原市白橿町 / パワースポット(2/3)

    【益田岩船】(ますだのいわふね)は、奈良県橿原市白橿町にある石造物。奈良県指定史跡に指定されている(指定名称は「岩船」)。亀石や酒船石などと並ぶ飛鳥の石造物の1つで、その中でも最大のものである。形状については、橿原ニュータウン内、白橿南小学校の西の丘陵(岩船山)頂上付近の斜面にある。東西約11メートル、南北約8メートル、高さ約4.7メートル(北側)の台形状の花崗岩で、東西の側面はほぼ垂直に切り立っ

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