• 【錦織神社】(にしきおりじんじゃ)大阪府富田林市

    【錦織神社】(にしきおりじんじゃ)大阪府富田林市 地元では、錦織を「にしこり」「にしこおり」「にしごり」と呼ばれています。 所在地は本来の錦織地区からはかなり離れています。神社のある地域は、太古は「錦部(にしごり)部」と呼ばれていたらしく、旧くは織物の技術を持つ人々が百済より渡来し住みついていたとされています。神社は錦部部(錦部氏)の氏神です。 創建年代は不明ですが、昭和10年(1935年)の本殿

  • 【大和神社】(おおやまとじんじゃ)奈良県天理市新泉町星

    【大和神社】(おおやまとじんじゃ)は、奈良県天理市新泉町星山にある神社。式内社(名神大社)、二十二社(中七社)。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。 祭神は次の3柱。中殿:日本大国魂大神、左殿:八千戈大神、右殿:御年大神。 『日本書紀』によれば、元々倭(日本)大国魂神は天照大神とともに大殿に祀られていたが、世の中が乱れ謀反を起こすなどするのは、両神の勢いだと畏れられた。そのため崇神天皇6

  • 【伊射奈岐神社】(いざなぎじんじゃ)奈良県天理市(2/2)

    【伊射奈岐神社】(いざなぎじんじゃ)は奈良県天理市にある神社。崇神天皇陵近くの大和天神山古墳に鎮座する。 延喜式神名帳にある城上郡の伊射奈岐神社に比定される。楊本天神、楊本天満宮と称し、かつては南東の山田垣内にあったといわれる。文明年間には現在地に鎮座し、楊本の総鎮守とされていた。寛正2年4月6日(1461年5月24日)には興福寺大乗院主・尋尊が、天文22年2月28日(1553年4月20日)には三

  • 【伊射奈岐神社】(いざなぎじんじゃ)奈良県天理市(1/2)

    【伊射奈岐神社】(いざなぎじんじゃ)は奈良県天理市にある神社。崇神天皇陵近くの大和天神山古墳に鎮座する。 延喜式神名帳にある城上郡の伊射奈岐神社に比定される。楊本天神、楊本天満宮と称し、かつては南東の山田垣内にあったといわれる。文明年間には現在地に鎮座し、楊本の総鎮守とされていた。寛正2年4月6日(1461年5月24日)には興福寺大乗院主・尋尊が、天文22年2月28日(1553年4月20日)には三

  • 【森市神社】(もりいちじんじゃ) 奈良県磯城郡田原本町

    【森市神社】(もりいちじんじゃ)は奈良県の田原本町の大安寺池横の縦長い境内にあります。御祭神は、生雷命。式内社は大和國城下郡 千代神社、千代神社、八千千姫命。 しかながら、境内に式内社・千代神社があるらしいが、境内社は見当たらず。 本殿として、二つの祠があります。 壬申の乱に功のあった生雷神を祀ります。もとはこの地より西,カキノモリというところにあり郷社村屋神が例祭に渡御されるところであったとのこ

  • 【夜都岐神社】(やつぎじんじゃ)奈良県天理市

    【夜都岐神社】(やつぎじんじゃ)は、奈良県天理市にある神社である。旧社格は村社。夜都伎神社とも書かれ、「やつき」「やとぎ」などとも読まれる。 祭神 は、 武甕槌神 配 經津主命、比賣大神、天兒屋根命。 境内社: 琴平神社、八坂神社、鬼子母神社。 由緒 について;  「山辺郡所属の式内小社夜都伎[ヤツキ]神社の他の論社に天理市竹之内町十二神社、天理市田井庄町八剣神社がある。 夜都伎の読みは[ヤツキ]

  • 【恵比須神社】(えびすじんじゃ)「石上神宮の境外末社」/ 奈良県天理市

    【恵比須神社】(えびすじんじゃ)「石上神宮の境外末社」/ 奈良県天理市 石上神宮の大鳥居から右へ下りて行く参道を道なりに約100m行ったところに御鎮座になり、 事代主神(ことしろぬしのかみ)をお祀りしています。御創祀について詳細は不詳です。例祭は3月23日に斎行しています。この【恵比須神社】(えびすじんじゃ)の横に社があります。中には、不動明王が祀られています。 住所:奈良県天理市布留町 布留町2

  • 【石上神宮】(いそのかみじんぐう)奈良県天理市(2/2)

    【石上神宮】(いそのかみじんぐう)奈良県天理市 主祭神は、「布都御魂大神」(ふつのみたまのおおかみ) 神体の布都御魂剣(ふつのみたまのつるぎ)に宿る神霊。 配神は、布留御魂大神(ふるのみたまのおおかみ) - 十種神宝に宿る神霊。 布都斯魂大神(ふつしみたまのおおかみ) - 天羽々斬剣(あめのはばきりのつるぎ)に宿る神霊。宇摩志麻治命(うましまじのみこと)五十瓊敷命(いにしきのみこと)。 白河天皇。

  • 【車折神社】(くるまざきじんじゃ)京都市右京区(3/3)

    【車折神社】(くるまざきじんじゃ)は、京都市右京区嵯峨朝日町にある神社。 社名は「車裂」「車前」とも書いた。 旧社格は村社で、現在は単立神社。祭神は清原頼業(きよはらのよりなり)である。頼業は、学問で有名な清原氏の出であり、自身も平安時代後期の著名な漢学者・儒学者であった。大外記の職を長年務め、晩年には九条兼実より政治の諮問を受け、兼実から「その才、神といふべく尊ぶべし」と評された。 頼業が文治5

  • 【車折神社】(くるまざきじんじゃ)京都市右京区 (2/3)

    【車折神社】(くるまざきじんじゃ)は、京都市右京区嵯峨朝日町にある神社。 社名は「車裂」「車前」とも書いた。 旧社格は村社で、現在は単立神社。祭神は清原頼業(きよはらのよりなり)である。頼業は、学問で有名な清原氏の出であり、自身も平安時代後期の著名な漢学者・儒学者であった。大外記の職を長年務め、晩年には九条兼実より政治の諮問を受け、兼実から「その才、神といふべく尊ぶべし」と評された。 頼業が文治5

  • 【車折神社】(くるまざきじんじゃ)京都市右京区(1/3)

    【車折神社】(くるまざきじんじゃ)は、京都市右京区嵯峨朝日町にある神社。 社名は「車裂」「車前」とも書いた。 旧社格は村社で、現在は単立神社。祭神は清原頼業(きよはらのよりなり)である。頼業は、学問で有名な清原氏の出であり、自身も平安時代後期の著名な漢学者・儒学者であった。大外記の職を長年務め、晩年には九条兼実より政治の諮問を受け、兼実から「その才、神といふべく尊ぶべし」と評された。 頼業が文治5

  • 【斎明神社】(さいめいじんじゃ)京都市右京区

    【斎明神社】(さいめいじんじゃ)京都市右京区 859年(貞観1)伊勢齋王に卜定された文徳天皇皇女恬子内親王が、嵯峨の野の宮に篭られた際、天照大神を祀って潔斎した旧跡と伝え、それに因んで1344年(康永3)天龍寺慈済院の仏慈和尚によって創祀された。現在の本殿は1771年(明和8)に建てられたもの。末社には稲荷大神、愛宕大神、八坂大神、天満天神を祭る。簀屋祢(すやね)に覆われた神明造の本殿と江戸末期に

  • 【斎宮神社】(さいぐうじんじゃ)京都市右京区

    【斎宮神社】(さいぐうじんじゃ)京都市右京区 天照大神を祭神とします。伊勢神宮に奉仕する斎宮が有栖川の辺に野宮を建て、精進潔斎をした旧跡と伝わります。小さな神社で、厄除け開運・婦女子の血の道の守護などに御利益があります。境内には、神殿の旧地を示す石碑が置かれています。この地は、垂仁天皇の皇女で初代の斎宮となった倭姫命(やまとひめのみこと)の別荘があったと伝えられています。 大きな木の下にある小さな

  • 【與喜天満神社】(よきてんまんじんじゃ)奈良県桜井市(2/2)

    【與喜天満神社】(よきてんまんじんじゃ)奈良県桜井市 長谷寺門前町を歩むと、正面に赤い鳥居の立つ緑濃い常緑樹の山容が、大きな存在感をもって参詣者を迎えてくれます。  このお山が現在、国の天然記念物に指定されている與喜山で、その中腹に鎮座されているのが、学問の神として知られる菅原道真公をご祭神とする與喜天満神社です。菅原道具公のご先祖・野見宿禰は、ここ初潮の出雲のご出身で、初めは土師氏と称しました。

  • 【與喜天満神社】(よきてんまんじんじゃ)奈良県桜井市(1/2)

    【與喜天満神社】(よきてんまんじんじゃ)奈良県桜井市 長谷寺門前町を歩むと、正面に赤い鳥居の立つ緑濃い常緑樹の山容が、大きな存在感をもって参詣者を迎えてくれます。  このお山が現在、国の天然記念物に指定されている與喜山で、その中腹に鎮座されているのが、学問の神として知られる菅原道真公をご祭神とする與喜天満神社です。菅原道具公のご先祖・野見宿禰は、ここ初潮の出雲のご出身で、初めは土師氏と称しました。

  • 【與喜天満神社御旅所】(よきてんまじんじゃおたびしょ)奈良県桜井市

    「鎮與喜天満神社」の境内外にあたる【與喜天満神社御旅所】(よきてんまじんじゃおたびしょ)です。菅原道真公が禊をしたり腰を掛けたりした場所です。 桜井市天然記念物の紅梅の木が二本あります。樹齢300年以上。 住所: 奈良県桜井市初瀬793

  • 【長谷山口神社遙拝所】(はせやまぐちじんじゃようはいじょ)奈良県桜井市

    長谷山口神社から長谷寺に向かう初瀬街道沿いに【長谷山口神社遙拝所】(はせやまぐちじんじゃようはいじょ)があります。境内に「手力雄神」の標石があります。 👇「長谷寺」

  • 【長谷山口神社】(はせやまぐちじんじゃ)奈良県桜井市

    【長谷山口神社】(はせやまぐちじんじゃ)奈良県桜井市 初瀬川の南岸上に北面して鎮座する旧指定村社。延喜式の式内大社で「大山祇神」を主神とする大和六山口社の一つです。後に手力雄神を配祀しました。桜井市史には「ここは室町時代からいまに「テジカラさん」と言って親しまれているが、それは伊勢信仰を借り、長谷の山口に位置した山口神と、天照大神を天岩戸から引き出した天手力男神を結合させたためにおこった俗称である

  • 【白髭神社】(しらひげじんじゃ)奈良県桜井市

    【白髭神社】(しらひげじんじゃ)は法起院の向かい側に鎮座する旧指定村社。奈良時代の749年(天平勝宝元年)に創建(鎮座)された神社です。 祭神は「猿田昆古命」(さるたひこ)と天宇豆賣命(あめのうずめのみこと)で、神社の由緒書きによると、『 この神様は、寺垣外、上之森、下之森、与喜浦の四区域の氏神様であり、常に氏子を見守って居てくれます。御祭神の由縁に依り、縁結び子宝の神として崇められています 』と

  • 【見廻不動尊】(みかえりふどうそん)奈良県桜井市

    【見廻不動尊】(みかえりふどうそん)奈良県桜井市 案内板には下記のように書かれています。 『弘法大師豊山に参籠をおわって笠山の方へ向われた時、此処で回顧されまことに金剛界・胎蔵界の深理おのづと顕れた秘密荘嚴の霊場故、この山入る者は心を定め、浄めるようにと、この霊山の護り神である堅固不壊たる須弥山王の上に不動は、不動明王ふどうみょうおう(見廻不動尊みかえりふどうそん)御形を彫られたものだと傳えられて

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