• 【川俣神社】(かわまたじんじゃ)大阪府東大阪市

    【川俣神社】(かわまたじんじゃ)は、奈良時代から平安時代に官社となった神社の一覧表(延喜式)に記載され、その頃から祈年祭には、鍬・ゆぎ(矢を容れて背に負う道具)が備えられたと書かれています。川俣の地名は古くから知られています。 「日本書紀」には、仁徳天皇が詠んだと言われている歌があり、その中に「…川俣江の蔆殻(ひしがら)の…」は、水辺に生い茂る菱を詠っており、この川俣は、当地であると言われています

  • 【難波神社】(なんばじんじゃ)大阪市中央区

    【難波神社】(なんばじんじゃ)大阪市中央区 社格は府社。摂津国総社として「難波大宮」または「平野神社」と呼ばれていたという。 反正天皇が仁徳天皇を偲んで建立したと伝えられる古社です。もとは河内の地(現在の河内松原市)にあったが、秀吉が大阪城を築城した際に現在の地へ移転、その地名から「上難波神社」と称され、その後明治8年(1875)には現在の社名になっています。同じ境内でひときわ賑わっていたのが現在

  • 【若宮八幡大神宮】(わかみやはちまんだいじんぐう)大阪市城東区

    【若宮八幡大神】(わかみやはちまんおおみかみ)大阪市城東区 「仁徳天皇」を祭神とする神社で、創建年月は定かではありません。社地は、昔から村内の小さな丘にあって、楠や榎などの大木がうっそうと繁り、昼なお暗い感があったと伝えられています。中でも楠の老大樹は、明治18年まで神木として崇敬されていました。境内にあるクスノキやムクノキなど11本の樹木が、平成9年10月31日大阪市保存樹に指定されました。大阪

  • 【朝日大神】(あさひだいじん)大阪府東大阪市荒本

    【朝日大神】(あさひだいいじん)大阪府東大阪市荒本  この場所を見つけるのは苦労します。「春日若宮神社」から生駒方向へ向かって斜め東へ数分歩いたところですが、住宅地の奥に鎮座していますので近づいても見えにくいです。また、ちょうど工事中でした。以前は鳥居もあったようですが今はないです。由緒等、詳しいことは一切不明です。ここは完成した頃にまた訪れるつもりです。  住所:大阪府東大阪市荒本2丁目12 

  • 【市杵嶋姫神社】 ( いちきしまひめじんじゃ ) 大阪府東大阪市

    【市杵嶋姫神社】 ( いちきしまひめじんじゃ ) 大阪府東大阪市 大阪府東大阪市客坊の氏神様です。明治五年まで今の客坊公民館の場所にあったそうですが、明治五年(1872)に枚岡神社(ひらおかじんじゃ)への合祀後、昭和十二年に現在の場所に移ってきたそうです。祭神は市杵嶋姫であり、この神様は実は弁財天です。 昭和十二年(1937)に社殿と石造物等が現在地に移設、正確には合祀によって廃社となっていますの

  • 【幸村ロード】 大阪市天王寺区

    戦国武将・真田幸村や真田十勇士のパネル人形、真田家の家紋「六文銭」が描かれた真っ赤なのぼり旗が 狭い通りにずらりと並びます。100メートルほどの通称「玉造幸村ロード」。 大阪市天王寺区のJR玉造駅西側にあります。ここから歩いて5分くらいでドラマ「真田丸」で有名になった「三光神社」があります。 #じゃらん #じゃらんネット #じゃらん #観光 #観光スポット #神社 #社寺仏閣 #絶景 #murag

  • 【日下神社】(くさかじんじゃ)大阪府東大阪市日下町

    【日下神社】(くさかじんじゃ)大阪府東大阪市日下町 この【日下神社】(くさかじんじゃ)の社殿は日下古墳の墳丘上にあります。 石造物も狛犬はありませんが、鳥居、一対の燈籠、手水鉢等があり、本殿(小祠)も石造となっています。 御祭神は、「若日下部王」(わかくさかべのみこ)。「若日下部王」は、仁徳天皇の子です。由緒等については不明です。 所在地:大阪府東大阪市日下町1丁目 #じゃらん #じゃらんネット

  • 【田島神社】(たしまじんじゃ)大阪市生野区

    【田島神社】(たしまじんじゃ)大阪市生野区 由緒について; 古い記録は洪水などで紛失していますが、残った石灯籠などに刻まれた文言によれば、少なくとも貞享元(1684)年にはすでに神社があったことがわかります。その頃、菅原大神を主神とし、事代主命(ことしろぬしのみこと)・八幡大神を相殿として天満宮といわれていました。寛政4(1792)年には、少彦名命(すくなひこなのみこと)を主神として天神社といわれ

  • 【生野八坂神社】(いくのやさかじんじゃ)大阪市生野区

    【生野八坂神社】(いくのやさかじんじゃ) 大阪市生野区  【生野八坂神社】(いくのやさかじんじゃ) は、諸説がいくつかあるので定かではなく元禄二巳年に勧請されたのが始まりとされる神社です。 もとは東成郡林寺村の氏神として崇められていましたが、明治41年に河堀稲生神社に合祀され、その後に氏子有志により昭和30年に生野八坂神社の認証を受けて"生野の祇園様"として知られるようになりました。神社前の桑津街

  • 【生野神社】(いくのじんじゃ)大阪市生野区

    【生野神社】(いくのじんじゃ)大阪市生野区 木瓜を神紋とする生野神社の古名は、牛頭天王宮という神号を用い、明治 5(1872)年村社、明治42(1909)年素盞嗚尊(すさのをのみこと)神社を経て、戦後の昭和22(1947)年に生野神社と改称。 神社の鳥居は小振りながら宝永7(1710)年の刻銘があり、区内では最も古い貴重なもので、鳥居より背の高い大きな歌碑と榎・いちょうの古木が景観を添えています。

  • 【巽神社】(たつみじんじゃ)大阪市生野区

    【巽神社】(たつみじんじゃ)大阪市生野区  応神天皇を主祭神とし、印色入日子命・伊弉册尊・天常立尊・天照大神・天児屋根命・菅原道真を配祀する。 1907年(明治40年)4月27日、中河内郡(旧渋川郡)巽村内にあった八幡神社(祭神 応神天皇)に、村内の5社(大字大地字印地の横野神社(式内社。祭神 印色入日子命)・大字伊加賀字伊加賀の天神杜・大字西足代字葭の内の天照皇大神社・大字矢柄字宮の前の熊野神社

  • 【三吉大明神】(みよしだいみょうじん)大阪市生野区

    【三吉大明神】(みよしだいみょうじん) 大阪市生野区 大阪市生野区小路東1丁目14に 【三吉大明神】(みよしだいみょうじん) の祠と地蔵尊の祠が並んで鎮座しています。 三吉大明神の祠は桧皮葺(ひわだぶき)の立派なもので地蔵尊の祠のふっくら優しい顔の地蔵尊です 由来が書かれた説明板などがないので解りませんでした。 住所:大阪府大阪市生野区小路東1丁目14 #じゃらん #じゃらんネット #観光スポット

  • 【馬場口地蔵堂】(ばばぐちじぞうどう)大阪市平野区

    【馬場口地蔵堂】(ばばぐちじぞうどう)大阪市平野区 国道25号線(奈良街道)の平野元町交差点を南に少し入った所にあります。向かいが融通念佛宗 総本山大念佛寺です。この地蔵堂は馬場口門の傍らにあったもので、大門の木戸口は泥堂口(でいどうぐち)とともに奈良街道の大坂、天王寺方面に接続していて、大阪方面から大念佛寺への参詣口でもあった。 #じゃらん #じゃらんネット #観光スポット #むらごんブログ #

  • 【大佛念寺】(だいぶつねんじ)大阪市平野区

    【大佛念寺】(だいぶつねんじ)大阪市平野区 1127年、聖徳太子信仰の厚かった良忍上人が四天王寺に立ち寄った際、太子から夢のお告げを受け、鳥羽上皇の勅願により平野に根本道場として創建したのが始まり。平安末期以降広まった念仏信仰の先駆けとなり、国産念仏門の最初の宗派で日本最初の念仏道場といわれる。その後、火災などで荒廃するが、元禄期(1700年頃)に本山として体裁が整い、現在に至る。融通念佛宗の総本

  • 【杭全神社】(くまたじんじゃ)大阪市平野区

    【杭全神社】(くまたじんじゃ)大阪市平野区 平安時代初期の征夷大将軍・坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)の孫・当道(とうどう)が素戔嗚尊(すさのおのみこと)を勧請して第一殿に平野郷の氏神として祀り、創建したと伝えられている古社。鎌倉時代初めの建久元年(1190)には、熊野権現を勧請して第三殿に祀り、さらに後醍醐天皇の勅命で伊弉諾尊(いざなぎのみこと)を第二殿に祀った。3社殿とも、国の重要文化財

  • 【西脇口地蔵堂】(にしわきぐちじぞうどう)大阪市平野区

    【西脇口地蔵堂】(にしわきぐちじぞうどう)は、南口地蔵とも呼ばれ、西脇口(南口)門の傍らにあったもので、この木戸口より南下すると、堺口の住吉、堺へ行く道と合流する。地蔵堂前の東西の道は環濠跡である。 (説明板により) 場所:大阪市平野区本町4丁目5(「本町商店街」の南側) #じゃらん #じゃらんネット #観光スポット #むらごんブログ #ムラゴン #Sakamoto119

  • 【池島地蔵石仏】(いけしまじぞうせきぶつ)大阪府東大阪市

    【池島地蔵石仏】(いけしまじぞうせきぶつ)大阪府東大阪市 大阪府東大阪市池島町に浄慶寺の門前に地蔵尊があります。 この地蔵尊は【池島地蔵石仏】とも呼ばれ、天文十五年(1546)の年号と梵字(十三仏の種子)を刻んだ十三個の月輪によって十三仏を表し、地蔵信仰と十三仏信仰が一つの石仏に表されている珍しいものだそうです。 また地蔵堂前には嘉永五年(1852)の年号が刻まれた、花立てと線香立てがあります。石

  • 【仲村神社】(なかむらじんじゃ) 大阪府東大阪市

    【仲村神社】(なかむらじんじゃ) 大阪府東大阪市 祭神について; 己己都牟須比命 、配祀 國常立尊、國狹槌尊、豐斟渟尊、泥土煮尊、沙土根尊、大戸之道尊、大苫邊尊、面足尊、惶根尊、伊弉諾尊、伊弉册尊、天照大神、忍穗耳尊、瓊瓊杵尊、彦火火出見尊、鵜鵜葺不合尊、琴平大神、宇賀御魂大神 由緒について; 河内国若江郡の式内社。 中臣連の遠祖、興臺産霊神(天児屋根命の父神)を祀る。仲村連の祖。  古来、疱瘡を

  • 【龍王大神】(りゅうおうおおかみ)大阪市北区

    大阪市北区の交通量の多い道路上に【龍王大神】( りゅうおうおおかみ)は鎮座しています。祠の下には、「龍王大神」と書かれてあり、その横には、太融寺の文字が見えます。この付近は、元は太融寺の境内で、その後、一帯が道路となり、このイチョウも伐採されようとしたのでした。ところが、幹に鋸を入れて4分の1ほど伐ったところで事故が起こり、伐採した人は、その事故がもとで死んでしましったといわれてます。伐採は中止と

  • 【阿麻美許曾神社】(あまみこそじんじゃ)大阪市東住吉区

    【阿麻美許曾神社】(あまみこそじんじゃ)大阪市東住吉区  延喜式神名帳に記載されている河内国丹比郡の式内社で、旧社格は郷社。祭神:素盞嗚尊、天児屋根命、事代主命。 現在の祭神は上記の3柱であるが、「金剛寺本」には1座と記載されており、元の主祭神は不明確である。この地域が中臣氏の支配地域であったことから、神社名に含まれる「許曾」(こそ)が尊称を表すことと考え合わせ、中臣氏の阿摩比古命(アマノヒコノミ

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