想像力だけで楽しむ「長岡宮跡」
このブログの「目次」と「分類」 - 「おままごとSTYLE」60歳からの暮らし読本 長岡京市に、友人と来た際に、車で連れて行ってもらいました 一度見てみたかった、長岡宮跡へ 驚くほど、普通の公園です でも、784年から10年にわたって、ここが内裏で 巨大な大極殿が、そびえたっていたそうです 平城京も... 続きをみる
このブログの「目次」と「分類」 - 「おままごとSTYLE」60歳からの暮らし読本 長岡京市に、友人と来た際に、車で連れて行ってもらいました 一度見てみたかった、長岡宮跡へ 驚くほど、普通の公園です でも、784年から10年にわたって、ここが内裏で 巨大な大極殿が、そびえたっていたそうです 平城京も... 続きをみる
興福寺 中金堂 奈良県奈良市登大路町 大化の改新への先駆けとなった乙巳の変で中大兄皇子【後の天智天皇】に従い続け、帝第一の側近として君臨した中臣鎌足を祖とした藤原氏。 その藤原氏の氏寺として創建された興福寺は、鎌足の正妻、鏡王女の宿願として山城国(現在の京都府)に山階寺として創建されたのが前身でした... 続きをみる
興福寺 三重塔 奈良県奈良市登大路町 興福寺境内の南円堂の後方〜南西の隅に立つ三重塔は、平安時代後期の崇徳天皇の中宮、皇嘉門院(こうかもんいん)が創建した北円堂とともに現存する最古の興福寺伽藍で、窪弁才天像を安置する塔内部は通常非公開ですが、毎年7月7日に特別開扉し、弁財天供養が行われます。 三重塔... 続きをみる
興福寺 南円堂 奈良県奈良市登大路町 藤原氏の氏寺として栄華を極めた興福寺。 その開基は藤原の始祖、中臣鎌足の夫人である鏡王女が鎌足の病気平癒を願い、669年 天智8年に山城国(現在の京都市山科区付近)に山階寺を創建したのが始まりで、山階寺は平城京遷都と共に移転、厩坂寺を経て興福寺と名を改め、現在の... 続きをみる
興福寺 北円堂 奈良県奈良市登大路町 興福寺 北円堂は、藤原不比等の没後一周忌の721年 養老5年に元明、元正天皇の命により創建された現存する興福寺 最古の堂宇の八角円堂で、本尊の木造弥勒仏坐像と木造無着菩薩立像、木造世親菩薩立像は鎌倉時代の仏師、運慶により製作され、無着、世親は法相宗の開祖とされる... 続きをみる
興福寺 五重塔 奈良県奈良市登大路町 興福寺 五重塔は、奈良時代前期の730年 天平2年に建立されましたが火災により焼失し、その後も火災、戦災に見舞われて計五度の焼失を経て現在の五重塔は六代目で、1426年 応永33年の室町時代に再建されたもので、高さ50メートルの堂々とした威風を誇ります。 南都焼... 続きをみる
興福寺 東金堂 奈良県奈良市登大路町 興福寺は、中臣(藤原)鎌足の夫人 鏡女王が病に臥した夫、鎌足の回復を願って山城国(現在の京都)に657年 斎明天皇8年に造営させた山階寺が始まりです。 鎌足の死後、飛鳥に厩坂寺として移転、さらに都が平城京に遷都されると鎌足の子、不比等により現在の奈良市 奈良公園... 続きをみる
春日大社 奈良県奈良市春日野町 奈良市、特に春日大社、東大寺、興福寺や奈良公園を中心に見られる鹿は奈良のシンボル的存在です。 人によく馴れ、奈良公園周辺の路上売店で売られている鹿せんべい を貰う際にお辞儀する愛らしい仕草を見せる奈良の鹿は古来から飼われているものではなく野性種です。 もともと古来より... 続きをみる
西大寺 奈良県奈良市西大寺芝町 この西大寺を取材したのは今から約7年前です。 この西大寺から近い大和西大寺駅前で衝撃的な事件が起きました。 忘れもしない あの2022年7月8日、日中にこの惨劇を知ったぼくは、残業を終えて急いで帰宅し、静岡発〜大阪行きの夜間高速バスに乗り、京都駅前で降車。始発の奈良行... 続きをみる
唐招提寺 鑑真和上 開山御廟 奈良県奈良市五条町 奈良時代になり、日本に仏教かがもたらされて約200年の年月が流れました。 仏教の教えにおいて、守らなければならない掟が戒律です。 戒とは内面性の道徳規範のことで、悪事を働いたりしない、善行を行い、他者に尽くす。といったもので、律とは、 教団で守らなけ... 続きをみる
唐招提寺 戒壇 奈良県奈良市五条町 戒壇は、唐招提寺創建時に造営されたものとして伝わり、火災により焼失し、その後、宝塔が再建されています。 754年 天平勝宝6年、鑑真和上は、戒律を授ける戒匠として来日後、東大寺において聖武天皇をはじめ、400名の僧侶に受戒の儀式を行いました。 来日から約5年、一応... 続きをみる
唐招提寺 鼓楼 舎利殿 奈良県奈良市五条町 鼓楼は、低い二階建ての建物で、当時は経典を納める経楼として造立されたものの、鑑真和上が亡くなると一階には鑑真和上の舎利(遺骨)が納められることになり、舎利殿とも呼ばれます。 老朽化で鎌倉時代に再建されて鼓楼と呼称されるようになりました。 鑑真和上が命懸けで... 続きをみる
唐招提寺 講堂 奈良県奈良市五条町 唐招提寺 講堂は、760年 天平宝字4年、鑑真和上が唐招提寺を創建するにあわせて天武天皇の皇子、新田部親王の邸宅跡を聖武天皇から賜わり、戒律の道場として創建します。 講堂は、平城宮 朝堂院の 東朝集殿を移築したものと伝わり、奈良 天平時代の貴重な宮殿建築です。 僧... 続きをみる
唐招提寺 金堂 奈良県奈良市五条町 唐招提寺の南大門を正面に進むと天平建築の一大傑作ともいえる金堂に突き当ります。 厚な本瓦葺の屋根、正面からは横一列に並ぶ大柱はかすかな胴張(エンタシス)をもつ寄棟造の建築は、日本の招きに応じようと、5度の渡海の失敗にも諦めず、失明の末に6度目の渡海で日本に辿り着き... 続きをみる
聖武天皇 御陵 奈良県奈良市法蓮町 第45代、聖武天皇は、飛鳥時代末の女帝 持統天皇を祖母に持ち、仏教に深く帰依した25年に及ぶ治世の中で、四度の遷都と東大寺の創建と大仏造立に代表される全国総国分寺、国分尼寺建立の詔を発譜しての寺院建立に情熱を傾けました。 聖武天皇の深い仏教の傾斜は、父 文武天皇と... 続きをみる
【現代語訳】続日本紀 元明天皇紀 霊亀元年④ 5月 朝廷、国司・郡司への不信あらわ?
【現代語訳】続日本紀 元明天皇紀 霊亀元年③ 4月 その労を憐れむなり
【現代語訳】続日本紀 元明天皇紀 霊亀元年② 2月〜3月 長屋王家の権威拡大
【現代語訳】続日本紀 元明天皇紀 霊亀元年①正月 皇太子、初めて朝賀に列す
【現代語訳】続日本紀 元明天皇紀 和銅7年⑦11月〜12月 新羅使・南嶋の民、来朝
海獣葡萄鏡
【現代語訳】続日本紀 元明天皇紀 和銅7年⑥7月〜10月 200戸の人民、出羽国へ
【現代語訳】続日本紀 元明天皇紀 和銅7年⑤ 皇太子、元服。
八花鏡
【現代語訳】続日本紀 元明天皇紀 和銅7年④ 小野妹子の孫、薨去する
【現代語訳】続日本紀 元明天皇紀 和銅7年③ 大隅国への移住。律令国家に組み込まれる隼人
【現代語訳】続日本紀 元明天皇紀 和銅7年② 天の虫「蚕」。出羽国で養蚕始まる
【現代語訳】続日本紀 元明天皇紀 和銅7年① 食封の加増。氷高内親王、即位の兆し?
”千の手”と”千の目”
【現代語訳】続日本紀 元明天皇紀 和銅6年⑦ 廃嬪事件-後宮に何があったのか?文武天皇の2皇子の存在
喜光寺 奈良県奈良市菅原町 喜光寺は、奈良時代初期に東大寺造立に貢献した行基が721年 養老5年に創建しました。 東大寺の大仏殿造立にあたって、行基は喜光寺の本堂を参考に造立を行ったことから、試みの大仏殿と呼ばれます。 架橋や灌漑土木による水田のための池の工事など、布教に留まらない行基の行動は民衆の... 続きをみる
行基 像 奈良県奈良市 近鉄奈良駅前 668年 天智7年、飛鳥時代末期に河内(現在の大阪府堺市)に生をうけた行基は、15歳で仏門に入りました。 行基は、この時代の僧侶の多くにある寺院の中で経を唱え、布施を受けるようなことはせず、全国を自らの足で歩き、民衆に寄り添う僧侶でした。 仏門の道を説き、流行病... 続きをみる
東大寺 二月堂 奈良県奈良市雑司町 東大寺 二月堂は、大仏殿を見下ろす東の高台に建立された懸崖造(けんがいづくり)で、奈良に春を告げる本尊、十一面観音の修二会(しゅにえ~お水取り)が行われる伽藍です。 西に向けて舞台の様にせり出した回廊からは、眼下に奈良市内をはじめ、生駒山まで望めるビュースポットで... 続きをみる
東大寺 転害門 奈良県奈良市雑司町 正倉院の西、現在は東大寺境内の枠から外れた場所にひっそりと建つ転害門は、762年 天平宝字6年 造営と伝わる東大寺創建以来の建物で、1180年 治承4年 平安末期の平家の南都焼き討ち、1567年永禄9年 室町末期 戦国時代の松永 三好の戦いによる兵火の延焼を免れた... 続きをみる
東大寺 閼伽井屋(あかいや) 奈良県奈良市雑司町 閼伽井屋は、毎年 三月十二日 午前1時過ぎより、二月堂で修二会を始めるあたり、屋内の井戸より水をくみ取り、御香水(閼伽水~あかみず)として本尊 十一面観音にお供えするための儀式を行う場所で、752年 天平勝宝4年に当時の実忠和尚が初めて修二会をはじめ... 続きをみる
東大寺 講堂跡 奈良県奈良市雑司町 講堂は、僧が説法を行ったり、講義、勉強を行うための建物で、東大寺の講堂は、大仏殿の裏手(大仏殿の北側)に建立され、回廊を通じて繋がってました。 講堂は917年 延喜17年に火災、1180年治承4年に平家による南都焼き討ちにより焼失、さらに1508年永正5年にも火災... 続きをみる
戒壇院 山門 戒壇堂 〜(現在は耐震工事中で拝観停止中です。この写真の撮影は2017年12月当時のものです。) 戒壇院 境内 奈良時代になり、日本に仏教かがもたらされて約200年の年月が流れました。 仏教の教えにおいて、守らなければならない掟が戒律です。 戒とは内面性の道徳規範のことで、悪事を働いた... 続きをみる
東大寺 法華堂【三月堂】 奈良県奈良市雑司町東大寺 法華堂は、東大寺の前身となった金鐘寺の遺構で、現存する東大寺最古の伽藍です。 日本で初めて法華経が講じられた建物で、内部は入母屋造りの礼堂(らいどう)と天平建築の寄棟造の本堂の二堂からなります。 これは、本尊の不空繭索観音像(ふくうけんじゃくかんの... 続きをみる
東大寺 南大門 金剛力士立像 阿形 金剛力士立像 吽形 東大寺 南大門 金剛力士立像 阿形、吽形 奈良県奈良市雑司町東大寺 南大門両側に睨みを効かせる金剛力士立像は、東大寺の守護像として、平安時代に倒壊してしまった南大門の修復を、1203年、建仁3年に東大寺再建と共に進められることになり、鎌倉幕府に... 続きをみる
東大寺 南大門 奈良県奈良市雑司町 東大寺の入口となる南大門は、創建後に平安時代の962年、応和2年に風により倒壊し、その巨大な構造もあって 東大寺は しばらく南大門の無い状態が続きました。 治承4年12月28日、(1181年1月15日)、平家による南都焼き討ちにより東大寺は大仏殿をはじめ、伽藍のほ... 続きをみる
東大寺 大仏殿(金堂) 奈良県奈良市雑司町 東大寺 大仏殿は、奈良時代前期の747年 天平19年、聖武天皇の大仏造立の詔(みことのり)により、盧舎那仏(大仏)の造立とほぼ同時に紫香楽(しがらき)宮で建築が始まりました。 ただ、聖武天皇による紫香楽(しがらき)宮は平城京遷都し、現在の地にて大仏造立とと... 続きをみる
東大寺 盧舎那仏坐像 奈良県奈良市雑司町 奈良と聞くと、何を思い浮かぶでしょうか。 多くの人が大仏様や鹿を思い浮かぶでしょう。 国宝にして世界遺産に登録された東大寺の大仏様です。 正しくは、銅造 盧舎那仏坐像(るしゃなぶつざぞう)といいます。 盧舎那仏は、知恵と慈悲の光明をあまねく照らす仏の意味を表... 続きをみる
平城宮跡 朱雀門 奈良県奈良市佐紀町 710年 和銅3年 女帝 元明天皇が飛鳥、藤原京から現在の奈良市佐紀の平地に築いた平城京に遷都し、奈良時代が始まりました。 平城京遷都の詔(みことのり)は、708年 和銅 元年、先代の文武天皇が発願し、唐の都、長安を参考に準備を進められました。 新都 平城京は、... 続きをみる
平城宮跡 大極殿 奈良県奈良市佐紀町 710年 和銅3年の藤原京から、784年 延暦3年の長岡京に遷都するまでの74年間に渡る国政を担った平城京において、大極殿は天皇の即位式や数多くの儀式を執り行う最も重要な建物でした。 大極殿は大内裏の朝堂院の北端の中央に位置し、殿内には高御座(たかみくら)が据え... 続きをみる
<女性の副業・起業・在宅・お小遣い稼ぎ> 女性向けライター講座はこちらから!! 初心者でも、プロのライターになって自由な時間を手に入れませんか? ↓↓↓<LINEにつながります!> https://liff.line.me/1657226913-Y8bQ6ey8/landing?follow=%40... 続きをみる
東大寺・興福寺・春日大社などとともに奈良の世界遺産の唐招提寺、鑑真和上という僧侶が東大寺を出て開いたとされています、奈良時代に建立された金堂の柱の重厚感が見応えあります。西ノ京というエリアにあり薬師寺にも歩いて行けます。
歴史を学ぶ前にぜひ僕・村内伸弘が心込めて書き上げた歴史ブログ集をご覧ください。そして縄文時代、弥生時代、古墳時代、飛鳥時代、奈良時代、平安時代、鎌倉時代、室町時代/南北朝時代、戦国時代、安土桃山時代、江戸時代など日本の歴史や世界の歴史を楽しんでみてください。 歴史 - 徳川家康の顰像(しかみ像) 歴... 続きをみる
行基(ぎょうき)と奈良県の公式マスコットキャラクター・せんとくんが古都奈良で見事なコラボレーションです せんとくん 平成30年(2018年) 10月11日 村内伸弘撮影 奈良きたまち(奈良北町)から東大寺、そして東大寺からバスに乗って近鉄奈良駅にやってきました。 近鉄奈良駅前の街並み 近鉄奈良駅 近... 続きをみる
平成が去っていく。。。去りゆく平成を惜しみつつ、平成に至るまでの日本史を年表にしてまとめてみました。 ありがとう平成!さようなら平成! 「平成」という元号が始まったのは 1989年になります。そして 2019年この元号は静かに消え去っていきます。僕が生まれた日本という国は、元号という文化を持つ美しい... 続きをみる
佐藤至子「山東京伝―滑稽洒落第一の作者」高田衛「滝沢馬琴―:百年以後の知音を俟つ」
蔦屋重三郎の歩みを調べた-黄表紙の傑作「江戸生艶気樺焼」とは?-「蔦重のあとさき」その3
【べらぼう】#48 天罰下すも作者の自由!大河にはニッチな主人公のドラマをきれいにまとめて見せた、よく出来た最終回~1年間面白かった
【べらぼう】#47 大崎の自白で家斉動く!傀儡好き父治済に鉄槌下す驚きの復讐劇!兄・家治の仇討ち完了の清水重好がここぞのドヤ顔、意次思う三浦の涙にもらい泣き✨
2025年10月20~31日◆べらぼう(後編)
【べらぼう】#46 お帰り歌麿!君の笑顔を待っていた~!で、写楽誕生✨ 定信の打倒治済策は大失敗、蔦重の「そうきたか」抜きじゃダメだよね
【べらぼう】#45 チーム「写楽」始動!定信、力技で蔦重を一味に加え、ていは腹をくくり蔦重を鼓舞&歌麿を説得、MVP獲得
圓福寺の隠れた秘宝「蔦重のあとさき」その2-吉原細見に蔦重の工夫のあと
【べらぼう】45話の感想と徹底レビュー
【べらぼう】#44 源内ミステリー➡戦隊モノか必殺仕事人か!ワクワクの治済成敗物語(➡八犬伝?)の始まり始まり(・∀・)闇落ち歌麿にはただ涙😢
圓福寺の隠れた秘宝「蔦重のあとさき」その1-蔦屋重三郎のセンス溢れる仕事に触れた
【べらぼう】#43 絶望の二人!歌麿の恋心をどこまでも汲み取れず、手切れを告げられた蔦重。家斉親子の罠にはまり梯子を外された定信には俊寛の面がお似合い
【べらぼう】#42 ていが孕み、舞い上がった自己中蔦重はアーティスト歌麿の心を踏みにじる!いきり立つ定信、深まる孤立に気づかない
【べらぼう】#41 ババア➡おっかさんとの呼び方の変化が切ないが、間もなく母つよは退場。ハートブレイク歌麿が、初めて本心を明かした
【べらぼう】42話の感想と徹底レビュー
【動画】タイの道路でタクシーとトラックの運転手のケンカが原因で大渋滞!
#852 レビュー 『田辺聖子の古典まんだら 下』田辺聖子
#851 2024年10月の購入本その3 2冊
#今日のひとことブログ 禅語「真観清浄観」
#850 レビュー 『田辺聖子の古典まんだら 上』田辺聖子
#855 本レビュー『歴史街道 令和6年11月号』の感想
#849 レビュー 『月と日の后 下』 冲方丁
#848 献本到着『伝兵衛』夏之始
#847 レビュー 『月と日の后 上』 冲方丁
#846 第39回「とだえぬ絆」感想~大河ドラマ『光る君へ』
#845 2024年10月の購入本その2 3冊
#今日のひとことブログ 禅語「只管打坐」
#844 2024年9月の読了本 15冊
#843 レビュー 『デカメロン』ボッカッチョ
#842 2024年10月の購入本その1 2冊