• 【灰塚大峯堂】(はいづかおおみねどう)大東市

    大阪府大東市灰塚に【灰塚大峯堂】があります。右横は、【産土神社】(うぶすなじんじゃ)素盞嗚神社が鎮座しています。 堂内には役行者像の他、石仏二体がまつられています。この【灰塚大峯堂】(はいづかおおみねどう)の詳しい由緒などは不明です。また、この大峯堂の前には、明治四十年(1907)の年号がある「大峯山上三十三度」と刻まれた大峰山への参拝記念碑の標石があります。おの標石の上に灯篭が設置されています。

  • 【妙法寺】(みょうほうじ)大阪市東成区

    【妙法寺】(みょうほうじ)大阪市東成区  聖徳太子の創建と伝えられ、近世国学の祖と言われる契沖(けいちゅう)が、延宝7年(1679年)から元禄3年(1690年)まで住職をし、また修学の道場としても有名で、現在大阪府顕彰史跡に指定されています。 「契沖遺跡」(けいちゅういせき) 昭和24年(1949年)に妙法寺境内は、僧契沖遺跡として大阪府顕彰史跡に指定されています。近世国学の祖といわれる契沖は、延

  • 文明開化の町 【御厨会館】と【 御厨行者堂】東大阪市

    文明開化の町 【御厨会館】と【 御厨行者堂】東大阪市 暗越奈良街道沿いに発展した御厨(みくりや)は、明治時代になると、この付近の中心的存在になります。 チョンマゲはザンギリ頭になり、和服から洋服になり、暦も月を中心とする太陰暦(旧暦)から太陽歴に変わりました。 また、街道沿いには、乗合自動車や人力車などが走るようになります。 明治7年2月には、この御厨村に屯所が置かれ、番人が配置されました。同10

  • 【蒲生行者講】(がもうぎょうじゃこう)大阪市城東区

    【蒲生行者講】(がもうぎょうじゃこう)大阪市城東区 住宅街の中にこの規模の地蔵堂は珍しく地元の人達から手厚く管理されているようです。 中に入って、真正面に役行者神変大菩薩(えんのぎょうじゃ じんべんだいぼさつ)。左側に弘法大師空海(こうぼうだいし くうかい)。右側に和合不動明王(わごう ふどうみょうおう)。役行者と不動明王の間に立つ供養塔の陰に御鎮座まします光長大明神(みつなが だいみょうじん)で

  • 【蒲生大弁財天】(がもおだいべんざいてん)【誓願地蔵尊】(せいがんじぞうそん)大阪市城東区

    【蒲生大弁財天】(がもおだいべんざいてん)【誓願地蔵尊】(せいがんじぞうそん) 京橋駅から歩いて約8分(約500m)、大阪市城東区蒲生1丁目に【蒲生大弁財天】(がもおだいべんざいてん)【誓願地蔵尊】(せいがんじぞうそん)が鎮座しています。真ん中に赤い鳥居がありますが、左側に地蔵尊、右側に社殿、さらにその右には教会があります。そして裏は小さな児童公園になっています。 場所:大阪府大阪市城東区蒲生1丁

  • 【聖徳太子堂】(しょうとくたいしどう)大東市太子田

    【聖徳太子堂】(しょうとくたいしどう)大東市太子田 大東市太子田に鎮座する「大神社」西側の【聖徳太子堂】には、聖徳太子十六歳の孝養像(きょうようぞう)が安置されている。いい伝えによれば、この付近に善根寺という七堂伽藍の達ち並ぶ大きな寺があったが、何時の頃か廃絶してしまい、この太子堂のみが、往時のおもかげを今に伝えるものという。古くからの太子信仰が今に継承されており、本市でも貴重なものである。太子田

  • 【北野神社】と【泉勝寺】 大東市

    【北野神社】と【泉勝寺】 大東市 天文八年(1539)正月六日と裏書の「方便法身尊像」が保存。 山門の左側に北野神社も大改築されている。祭神(さいじん)は菅原道真。赤井はもともと氷野地域と一体。北野神社は大東町(桃山時代の形式を残している象鼻一対、蟇股かえるまた三個が保存)にある。少し距離があるので、地元赤井に分祀。【北野神社】と【泉勝寺】の間に地蔵堂もあります。 住所:大阪市大東市赤井2-13 

  • 【 弁財天】(べんざいてん)大東市

    【 弁財天】(べんざいてん)大阪府大東市 ここを見つけるには苦労します。角のバイクショップが目印ですが、その横に自動販売機が3台あります。その後ろに降りる階段がありますが、自動販売機で見えないです。 この【 弁財天】 住所:大阪府大東市御供田3丁目17−37 (撮影:2017/5/15)

  • 【日限地蔵尊・不思議地蔵尊】 大阪市城東区

    【日限地蔵尊・不思議地蔵尊】は「させん堂不動寺」を出て左に行くとすぐ右側の民家の奥にあります。注意しないと見落としてしまうと思います。由緒等は不明です。 場所:大阪市城東区諏訪1丁目 アクセス: 「させん堂不動寺」(JR片町線(学研都市線) 放出駅から0.3km)のすぐ近く。 (撮影:2017/5/10)

  • 【させん堂不動寺】大阪市城東区

    【させん堂不動寺】大阪市城東区 真言宗の寺院。本尊は不動明王。豊臣秀吉が大坂城を築城した時、現在の生玉神社のあたりにあった不動堂は取り壊され、慶長7年(1602年)東成郡木野村に再建されましたが、その後たびたび水害に見舞われたので、宝暦9年(1759年)に現在の場所に移されました。大阪四不動尊詣のひとつとして、東方を担っています。  江戸時代には広く信者を集め、参詣の列が絶えないほどの賑わいでした

  • 【波切不動尊】(なみきりじぞうそん)大阪市西成区

    【波切不動尊】(なみきりじぞうそん)大阪市西成区 「水かけ不動明王」とも呼ばれています。昭和14年(1939年)に現在の松1丁目で発掘され、大きさは約150センチメートル、同年、北側にある西宝寺のそばに祀られました。戦時中、数度の空襲で周囲は焼失しましたが、この不動明王は難を免れたことなどで、日ごと信仰者が増え、願いごとをかなえてくれる不動さんとして参拝者でにぎわっています。 所在地:大阪府大阪市

  • 【慈願寺】(じがんじ)八尾市

    【慈願寺】(じがんじ)八尾市 真宗大谷派(東本願寺末)で福井山と号し、開基は信願房法心(しんがんぼうほうしん)です。法心は親鸞聖人(しんらんしょうにん)の関東での布教活動の際に帰依した人物で、親鸞聖人直弟24輩のうち13番目に教えられます。弘安3年(1280)に聖人の遺命により、この法心によって久宝寺村に建てられた道場が慈願寺の始まりであると伝えられています。 15世紀後半、本願寺第8代蓮如上人(

  • 【秋篠寺】(あきしのでら)奈良市

    【秋篠寺】(あきしのでら)奈良市 奈良時代末期780年頃、光仁天皇の勅願によって建立され、開山は善珠僧正と伝えられています。平城京西北の外れ「秋篠」の地に建てられたためこう呼ばれています。平安時代末期に戦火のため伽藍の大部分を焼失し、鎌倉時代には今の本堂がもとの講堂の跡に再興されましたが、金堂や東西両塔の跡は雑木林になってしまっています。本堂に25体安置されている仏像の中でも特に著名なのが伎芸天(

  • 【西大寺】(さいだいじ)奈良市 ②

    【西大寺】(さいだいじ)奈良市 奈良市西大寺芝町にある真言律宗の本山。高野寺(たかのでら)ともいう。南都七大寺・十五大寺の一つ。本尊釈迦如来。平城宮の西方に位置し,東大寺に対して西大寺と称せられた。当寺の創建は764年(天平宝字8)9月に起こった恵美押勝(藤原仲麻呂)の乱の鎮定を祈願して,孝謙上皇が銅造7尺の四天王像の造立を発願したのに始まり,765年(天平神護1)に四天王像は完成し,四王院(堂)

  • 【西大寺】(さいだいじ)奈良市 ①

    【西大寺】(さいだいじ)奈良市 奈良市西大寺芝町にある真言律宗の本山。高野寺(たかのでら)ともいう。南都七大寺・十五大寺の一つ。本尊釈迦如来。平城宮の西方に位置し,東大寺に対して西大寺と称せられた。当寺の創建は764年(天平宝字8)9月に起こった恵美押勝(藤原仲麻呂)の乱の鎮定を祈願して,孝謙上皇が銅造7尺の四天王像の造立を発願したのに始まり,765年(天平神護1)に四天王像は完成し,四王院(堂)

  • 【祖霊社】(それいしゃ)「星合の池」大阪市北区

    【祖霊社】(それいしゃ)は天阪天満宮の境外末社であり、「星合の池」があります。 天暦3年(949)に天満宮が御鎮座になった時 この池水に霊光が映ったと伝承されています。天正2年(1574)の石山軍記に「天満山の北 明星の池 星合の池の間 少し北に属し 織田信長本陣を布き」と録しているから千年以上の歴史を持つ古池です。付近に七夕池・明星池・夫婦池等が明治年間まで現存していた事は 昔「難波碕」の付近に

  • 【天下茶屋】(てんがちゃや)跡 大阪市西成区

    【天下茶屋】(てんがちゃや)跡 大阪市西成区 天下茶屋は豊臣秀吉が堺や住吉への途中立ち寄り、茶の湯を楽しんたところです。その名も殿下茶屋がなまったものといわれています。この茶屋には名水のほまれ高い泉があり、秀吉はこれに「恵の水」と名づけました。その跡は芽木(めぎ)家とともに邸内に保存されていたが、戦災で焼失しました。  なお、道(紀州街道)をへだてた東側に紹鴎森天満宮がありますが、ここは千利休の師

  • 【谷の清水 地蔵尊】大阪市天王寺区

    【谷の清水 地蔵尊】大阪市天王寺区 昔はこちらの井戸の水源はここから約10m南西の民家の井戸からひいていたらしいです。しかし元井戸の水も涸れてきたので、昭和51年より現井戸の地下約15mをポンプで汲み上げているのが現実だそう。戦前は近隣の風呂屋、醤油醸造所がここの井戸の水脈を利用するほど水量は豊富だったそうです。 『摂津名所図会』には、「谷の清水、庚申堂の南一丁ばかりあり、清泉にして甘味なり」とあ

  • 【室生寺】(むろうじ)② 奈良県宇陀市

    【室生寺】(むろうじ)は、奈良県宇陀市にある真言宗室生寺派大本山の寺院。山号を宀一山(べんいちさん)と号する。開基(創立者)は賢憬(賢璟)、本尊は釈迦如来である。奈良盆地の東方、三重県境に近い室生の地にある山岳寺院である。宇陀川の支流室生川の北岸にある室生山の山麓から中腹に堂塔が散在する。平安時代前期の建築や仏像を伝え、境内はシャクナゲの名所としても知られる。女人禁制だった高野山に対し、女性の参詣

  • 【室生寺】(むろうじ)① 奈良県宇陀市

    【室生寺】(むろうじ)は、奈良県宇陀市にある真言宗室生寺派大本山の寺院。山号を宀一山(べんいちさん)と号する。開基(創立者)は賢憬(賢璟)、本尊は釈迦如来である。奈良盆地の東方、三重県境に近い室生の地にある山岳寺院である。宇陀川の支流室生川の北岸にある室生山の山麓から中腹に堂塔が散在する。平安時代前期の建築や仏像を伝え、境内はシャクナゲの名所としても知られる。女人禁制だった高野山に対し、女性の参詣

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